はじまりはじまり!


いや、参ったな。

いくら大好きとはいえ、こんな奇跡が起こるとは思っていたなかった。

こんな。

巨人の群れの中にたった一人いるなんて。





周囲には無残に食い散らかされた兵士の皆さんがいる。
俺の大好きな漫画、進撃の巨人の、兵士の皆さんだ。片足や片腕がないのなんてまだ優しい方で、体半分がないとか、もしくは腕しか残っていないとか、そんなのがごろごろ血反吐脳漿まき散らしながら無残に死んでいる。


目の前には巨人がいて、取り囲まれてる俺。


漫画じゃ、怖いなとか嫌だなとかしか思わなかった。
けど、実際目の前で見てみると、本当、なんていうか。


「絶望する……」


こんな奇跡を、喜びたいのに喜べない。
そう思っていたら。


「何遊んでいやがる」
「うわ……」


俺を手づかみしようとしていた巨人は悲惨な顔で倒れて行った。
地面に倒れた巨人の背に悠々と立つ、見覚えのありすぎる男に目が釘付けになる。
もちろんこの「うわ、」は最悪だ、とかそういう意味ではなく、綺麗な景色を見た時とかに使われる方の「うわ、」だ。

「何が『絶望する』だ、馬鹿か。新兵ごっこがしたいなら終わってからにしろ」
「出た……」

やばいカッコいい、俺の目の前にリヴァイ兵長がいる!
どうしようもなく興奮しながら巨人に食われるまでの時間せめてリヴァイ兵長を見つめ続けようとずっと見ていた。
カッコよすぎる。何がチビオッサンだ、目の前の兵長はそんな短所、むしろ長所さえ本当長所だマジやばい可愛いカッコいい綺麗やばい。


「……ふざけたいなら俺が削いでやる、そのまま動くな」


兵長に殺されるならむしろ本望です。巨人に食い殺されるくらいなら兵長がいい。
怖いくらい兵長しか見れずにいると、音が出そうなほど俊敏に横を見て、アンカーを射出してすぐに空に飛びだして行った。
ああ、行っちゃった……と思ったけど、すぐ近くで兵長は巨人を削いで行った。やばい、本当やばい。何あの身のこなしカッコいい。本当ほれぼれする。俺兵長がいるだけでいい。あ、やっぱうそ、エルヴィンかエレンも一緒じゃないとちょっと嫌だ。楽しめない。じっと見つめ続けていると、兵長は周囲の巨人を綺麗に駆逐した後でまた俺の前に着地した。さっきよりも近い距離の兵長を眼福とばかりに舐めまわすように見る。
兵長はブレードを手に携えたままじっと俺を見つめている。あ、そうかさっき兵長に削いでやるって言われたんだった忘れてた。死ぬのかなと思うと確かに脊髄あたりをゾクリと何かが駆け巡って行ったが、目の前の兵長の神々しさに恐怖さえ忘れる。


「チッ……さっさと立て!行くぞフェリクス」
「え、っ」


首根っこをひっつかまれて無理やり立たされて引っ張られ、無理な体制のまま兵長に引きずられ歩くことになった。
兵長に削がれると思っていたのに、多分結局俺は兵長に助けられてしまったみたいだった。兵長に助けられるとかなんだ、奇跡か。やばいちょっと引きずってくれてるおかげで兵長とすごい距離が近い。こんな状況でさえなければきっと兵長の匂いもかげたんだろうな、もったいない。

無駄とは知りつつ、兵長の腕を取って、肘裏あたりに鼻を押し付ける。
削がれてもいい。もう削がれてもいい。けどもう抑えきれないこの衝動。ハスハス匂いを嗅ぐ。これはもうどうしようもない。この衝動抑えきれぬ!ここで匂いかがずにいつかぐんだ!それこそ腐男子の名折れ!


「何してんだ」


兵長が制止させようと冷静に声を上げたけど俺は気に留めずに嗅ぎ続ける。むしろ腕を引っ張って抱きしめながら首筋に鼻を近づけるはすはすはすはす。我が人生に一片の悔いなし。

「や、……やめろこの豚野郎が!」
「ぐふぅ」
「何考えてやがる変態!」
「どうせ喰われる短い余生」
「ああ?」
「やりたいことやってくたばる」
「っ」

俺は相当やばい顔をしていたのか、あの兵長が顔を強張らせて半歩引いた。わかる、わかるよ、わかるけど俺はもう衝動を抑えきれなかったんですごめんなさい。
俺が腹を押さえて前かがみになっていると、続々とこの場に兵士さんたちが集まってきた。


「あれ、またやってるんですか?」
「この光景みると、今回も生き残った、ってほっとします」
「ああ、全くだ」


周りで他の兵士さんたちが話している中、俺はじっと兵長を見る。眉根を寄せて、まるで汚い物でも見るかのような兵長は、さすがに俺から目を逸らした。もっと罵ってもっと殴ってください痛いけど幸せです、って変態すぎるけど!痛いけど本心!いいの、兵長が安らいだ笑顔を見せるのはエルヴィンかエレンと決まってるから!
ああやばい、きっと本部に戻ったら二人で無事を噛み締めるんだろ!そうなんだろ!アッー!なんだろ!

ていうか、俺にとっては初めてやったこのやり取りはどうやら調査兵団の中では恒例行事にでもなっているような反応だった。それも俺を蔑む感じじゃなくてどうぞもッとやってくださいみたいな感じに俺は自覚しながらも公認されたみたいでつけあがる。これからも悪戯させてください兵長。



これにて、第56回壁外調査終了!


……ん?
来たばかりなのになんでこれが56回だって分かったんだろ?
へんなの。



***



リヴァイside



巨人共がわらわらと一点に集中して集まっているのを見て、怪訝に思いながらその先に目をやる。
その中心にはフェリクスが、スリル狂がいやがった。
ブレードは手に携えているものの、跪くように座り込んでぼんやりと正面の巨人を見上げている。動く様子はない。
あいつはいつもギリギリ食われるか食われないかの境目を見極め、ギリギリで巨人を駆逐するような変態野郎だった。簡単に命を賭け金にしてスリルを楽しんで周囲をぞっとさせる。


「あの馬鹿……!」


主にぞっとするのは俺だった。
立体機動で近くまで来ると、あいつはぽつりと言葉を零す。



「絶望する……」



何をまた訳の分からない事をと思いながら回り込んで顔を覗き込めば、あいつはぼんやりとした生気の無い無表情。無意識に舌打ちしながら、フェリクスの正面の巨人を削ぎ落して地面に降り立ち座り込んだフェリクスを上から睨みつけると、俺に焦点を合わせて目に輝きを取り戻した。輝きなんて綺麗なもんじゃないがな。獣みたいな目をして、俺を見上げる。楽しみを邪魔されて怒っているのかもしれない。


「何遊んでいやがる」
「うわ……」


獣みたいな目のままフェリクスは俺を見ながらそう言った。恨み言も言わないフェリクスは代わりに俺をじろじろ見やる。いつもの事だった。何してくれてんだと、チンピラがガンつけるように視線をうろうろ俺の体に這わせる。若干目の色が戻ったのに息を吐きながら、血振りする。

「何が『絶望する』だ、馬鹿か。新兵ごっこがしたいなら終わってからにしろ」
「出た……」

目を細めながら嫌そうに呟くフェリクスに青筋が浮き上がる。
また説教か、と嫌そうなのに俺から目を逸らさないフェリクスの目が正直苦手だった。全体的に色素の薄いこいつと目を合わせていると吸い込まれそうな気がして、そのまま俺も目を離せなくなってしまう。
いつも、相当な腕を持っているこいつならあんなふざけた真似をしても生き残ることは知っているがそれでも。それでも結局こいつの楽しみを奪って助けてしまう、という事がどういう事か少しくらい考えやがれ馬鹿が。


「……ふざけたいなら俺が削いでやる、そのまま動くな」


段々腹が立ってきて、ブレードを持ち上げて怒りを表してもフェリクスはどこ吹く風と、じっと俺を見つめているだけだ。怖がりも焦りもしない。こんなことをしておきながら俺の方が怯えてるとはどういう事だクソ。
結局振り切れずにアンカーを射出して迫ってきている巨人を削いで回る。動き回っている俺よりも、蹲っているフェリクスばかりに群がろうとしやがるから焦ってガスを噴かしすぎている。
駆逐し終わってフェリクスの正面にまた着地する。
あいつは俺を見上げて、獣の目をさらに煌めかせていた。
こいつは、変態だ。
そして最低だ。
俺がふざけた真似しやがるフェリクスを見捨てられずに助けて回る、それを見て興奮してやがる。俺を利用して楽しんでる。俺の気持ちを利用して。最高のクズだ。こんなクズを捨てられない俺も最高のクソだ。
助けた後のこいつの、俺だけを興奮してみるその目が見たかった。興奮しきった獣のような、その目を。
耐えきれなくなって俺から目を逸らして、首根っこをひっつかんで引きずる。

「チッ……さっさと立て!行くぞフェリクス」
「え、っ」

あのままフェリクスの目を見ていたらどうなるか分からない。俺が。
心拍が上昇しているのが分かるが、巨人との戦闘で上がったものではない事は分かっていた。
引きずって歩いていると、突然こいつを掴んでいた手を取られて逆に掴みあげられた。驚いて立ち止まって振り返ると、フェリクスはあの獣の目のまま俺の肘窩あたりに鼻を押し付ける。


「何してんだ」


触れてる部分が熱い。主にこいつの鼻息で。
こいつ匂いかいでやがる気持ち悪ぃ!

「おい、」
「……」

声を掛けても行為を続けていて、ついには対応を考えているうちに、いや、頭が真っ白になっている間に俺の腕を引っ張って引き寄せ腰に腕を回して抱き寄せながら俺の首に顔を埋めた。今度は首か。興奮しきった様子で俺の匂いを思う存分吸い込んでる。鼻息きめぇ。こんなところで何盛ってやがんだこいつ。ようやく頭が回り出し、そして俺の理性もやばくなってきたのもあって、自由だった右腕であいつの横っ腹をぶん殴ってぶっ飛ばす、つもりだったがこいつはやらないだけで腕だけはあるせいで軽く離れただけだった。

「や、……やめろこの豚野郎が!」
「ぐふぅ」
「何考えてやがる変態!」
「どうせ喰われる短い余生」
「ああ?」
「やりたいことやってくたばる」
「っ」

前屈んで腹を押さえていたやるが、顔を上げて俺を見たその目は、獲物を狙う獣そのものだった。
ブルーグレイの瞳のくせに欲のせいか銀色に見えやがる。思わず二の句を継げずにいると、周囲に仲間が集まって来ていた。
クソが。俺は踵を返してさっさと帰還のため歩き出す。いつもこんな調子だ。
無表情のくせに目だけは雄弁に語る、ケダモノのこいつに。
俺は調子を崩されっぱなしだった。






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2015/09/10 gauge.


SK

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