内地から帰還したエルヴィンと廊下ですれ違った。他に誰もいない事を確認してから、俺はエルヴィンに『俺の顔』で片手をひらりと上げる。

「おかえり、エルヴィン」
「ああ、ただいまカナフ。……そうだ、内地から土産をもらってきた。後でみんなでどうだ?」
「何もらったんだ?」

エルヴィンは手に提げていた包みを僅かに開いて俺にこっそり見せ、悪戯っぽく笑った。

「サ・ケ」
「いいな!酒なんてあの出撃前に飲んで以来だ」
「それは随分ご無沙汰だな」

困ったように苦笑するエルヴィンに、今度は俺が悪戯っぽく笑った。
もしかしたら傷を抉っているのかもしれないとは思ったが、いつまでもあの時の事を引きずってもらっては困る。俺は俺としてここにいるのだから、笑い話として話せるくらいになってもらいたいという願いがあった。
包みを直して歩き出すエルヴィンからその包みと荷物を受け取って一応は団長を労うとエルヴィンは嬉しそうに目を細めるように笑った。並んで歩きながら、包みを抱えなおすと、中からちゃぷんと思わず喉を鳴らしてしまうような音が響く。

「じゃ、後で行くよ。執務室でいいんだろ?」
「ああ。他にも呼ぶが」
「……ハンジ?」
「ナナバやミケ達もな」

どんどん増えていく参加者に、視線を落としてまだ挙げられていない名前を思い浮かべて苦笑した。

「……あとはリヴァイ?」
「……そうだな。あいつにだけ声を掛けないのも不自然だ」
「まあ。……そうなったら、お前の傍から離れない方が良さそうだな」

俺の言葉にエルヴィンは喉を鳴らすように笑って、ちょいちょい、と膝を指さした。何をしているのかとエルヴィンの指す方向を見て首を傾げていると、悪戯に笑う。

「膝にでも乗ってるか?」
「うわー、あいつらに派手に突っ込まれそうだな」
「恋人ですけどって」
「何か問題でも?ってな。酷い新兵だ」

懐かしい軽口だった。
楽しい、と思う。
けど少し寂しかった。何も変わらないように見えて確かに変わっていた。あの頃と同じように会話していても、全く同じではない。そんな言語化できない程の僅かな違いが、ひそやかに俺達を切りつけていた。




***




ノックを、4回。
執務室の扉の前で、兵装のまま約束通りに訪れた。中には、リヴァイもいる。
あれだけ避け続けていて、ちゃんと面と向かうのはもしかしたら初めてかもしれない。どんな顔をするだろう。どんな事を言われるだろう。色々な事を想像しながら、それでも俺は、久しぶりに近くに感じるであろうリヴァイと同じ空間にいるという今を、重苦しく感じると同時にどこかで嬉しかった。

「どうぞ」
「失礼いたします」

中に入ると、すでにハンジとリヴァイがいた。
ナナバやミケ達の姿が見えなくて首を傾げると、エルヴィンは笑みを浮かべて俺を手招いた。

「来たな、こっちへ」
「はい」
「あっれ〜?君も来たの? そういやちゃんと会うのは初めてじゃないか、私はハンジ!」

ハンジの後ろを通り過ぎようとすると、ソファに座ったまま振り向きながらそう言われる。ああ、そういえばそうだったなと思って俺も足を止めてハンジの横に立ち敬礼した。

「すみません申し遅れました。カナフ・クライバーです。よろしくお願いします」
「あ!君か!あのカナフと同じ名前で、中身も似てるって噂のやつは!会えてよかった!会ってみたかったんだよねー!」

ハンジの言葉に苦笑しながら軽く頭を下げる。少し怖かったのでリヴァイの方は見なかったが、そのまま新兵としてどうやって対応すべきか考えているとエルヴィンが声を発した。

「挨拶はそのくらいでいいだろう、ほらカナフ、こちらへおいで」
「はい」

敬礼を解いてエルヴィンの隣まで行くと、デスクでまだ仕事をしていたらしいエルヴィンから数枚書類を渡されて、中身を確認しているとすぐに似たような書類の挟まったファイルを渡されたので、ああファイルしろって事かと納得してそのままファイルに挟めてそのまま待つ。
やがて手を止めたエルヴィンが俺を目に留める、そこでようやく持っていたファイルをエルヴィンに手渡した。

「まだ仕事が終わらなくてね」
「もう終わ、りですか?」
「ああ、これで終わりだ」
「良かった。これで心置きなく飲めますね」
「ああそうだな」

うっかり敬語を忘れそうになって慌てて言い直す。エルヴィンが立ち上がり、俺の背を軽く手で押して促し一緒に歩いてみんながいるソファに隣り合わせで腰を下ろす。長いソファの、エルヴィンは真ん中に、その奥にはハンジ、ドアに一番近いところに俺がいる。リヴァイは、対面のエルヴィンの前だ。正面じゃなかったことにほっとして、そして一番遠い場所というのがエルヴィンの心づかいのように感じられて薄く笑みを引く。

「なんだ、エルヴィンとカナフって仲良いのかい?」
ハンジのきょとりとした言葉に、
「ああ、まあね」
とエルヴィン。
俺は曖昧に笑みを刻んで笑って流した。ふと視線を感じで視線を向けると、リヴァイが俺を貫通しそうなほど怖い形相で見つめていた。念のため言っておくとあれは睨んでるわけじゃない。ただ、そう、ただ、見ているだけだ。探っている、と言ってもいいかもしれない。昔の俺なら「何睨んでんだ」と茶化しながら眉間をつついたりもしたものだが、今は引きつったような笑みで視線を逸らしながら会釈するくらいしか選択肢がない。

「エルヴィンはこいつに手ぇ出してんだよ」

リヴァイは不機嫌そうにそうハンジに言う。本当に俺の事が気に喰わないなら入室する前に追い出しているはずなので、これは別に苛めようとしているわけじゃなかった。恐らくは、きっとリヴァイ自身も何が気に喰わないのか分かっていない。リヴァイの爆弾に、シーン、と効果音が付きそうなほど一瞬静まり返って、ブッフォと特徴的にハンジが笑う。

「えええ!新兵とくっつく率高すぎィ!! リヴァイはエレンとだもんねー!今期はそういう意味でも豊作じゃーん!!」

場の空気が緩んだのを感じる。ハンジって便利だなと何度目かもわからない事を想いながら、ははは、と機械的に笑って見せた。
リヴァイはチッと舌打ちして酒を煽った。ちらりと視線を向けた先のエルヴィンは、困った様子ながらも俺を見下ろして笑っていたので俺も困った様子で笑って返した。

「ねえカナフ!君はエルヴィンのどこが良かったの!?やっぱり団長だから!?」

まるで金目当てみたいな事を言ってくれるハンジに眉根を寄せつつも笑いながら、反論しようと口を開こうとすると、なぜかじっとエルヴィンが俺を見ていて、その真剣な様子の眼差しに一瞬きょとりと目を丸くして見上げてしまった。

「あ、……え、と……そうですね、あのー……」
「なんだ、煮えきらねぇな。本当は好きじゃねぇんじゃねぇのか」

リヴァイの口から好きという単語が聞こえたのが何故か笑えてしまって噴き出して笑ってしまったが、すぐにハッとして咳払い。自分のもう見慣れた『自分の手』を見つめながら、ぐ、と軽く握る。

「エル、ヴィン団長は、……『俺』のままでいさせてくれるので」
「ええ?何それ意味シーン!!どういうこと!?あ!まさか夜の……」
「いや、いや……そういう事じゃなく。んー……ありのままでいさせてくれるというか」
「じゃあエルヴィンと一緒にいる時は素なのかい?」
「ええ、二人の時は。……さすがに他に人がいる前でため口は聞けませんし、呼び捨てにするわけにもいきませんから」
「私は構わないが」
「団長の威厳がなくなった組織は崩壊する。……ダメだって、言った、でしょう」

つい素になってしまって慌てて取り繕ってもまるっきり遅くて。軽く青ざめながら顔を逸らす。

「……スミマセン」

先ほどよりも強い沈黙に耳が痛くなる。居たたまれないのも手伝って、もう走ってここから飛び出していきたいとさえ思いながら手をぎゅっと握りしめて耐えた。

「おっどろいた……カナフにそっくりってマジだったんだ……実は、面白がってただけで信じてなかったんだよねー!」
「カナフ、さん」
「同じ事言ってたんだよ、カナフも」

どこか寂しそうに笑いながらハンジはそう教えてくれた。
教えてくれなくても知っている手前複雑だが、そうやって、俺を覚えていてくれることが嬉しくて、けど申し訳なかった。誰かの傷になるくらいならすっぱり忘れられていた方がマシだった。重い枷を、俺は色んな人に着けている。恐らくここにいる、全員には間違いなく。
気まずい空気の中、リヴァイはテーブルに置かれていた酒の束からひとつ、俺に差し出してくれたので、受け取ろうと手を伸ばそうとすると、よく見るとそれは俺が苦手としているタイプの酒で、手を僅かに引く。

「すみません、これはちょっと苦手で」
「知ってる。ほら」

別の酒を差し出してきたリヴァイに固まりながらも恐る恐る受け取る。俺の、好きな酒だった。もっと言うなら昔の俺が良く飲んでいた酒だった。高価なもじゃなく、誰でも帰るような安酒だ。これを差し出してきたこともそうだが、俺の苦手な酒をまず先に出して様子を見たあたり、やはりリヴァイは俺を疑っている。
手の中の酒を見下ろしながら何もできずにいるとリヴァイは口を開いた。

「……あいつもな、これ飲めなかったんだ」
「そう……ですか」
「安酒でしかねえのにこの方が気の済むまで飲めるからってよ。お前もそうか?」
「……はい」
「そうか」

嘘をつくという事は難しい。
どこまで俺でいていいのかが分からない。嫌いなものを好きになり、好きなものを嫌う覚悟もなく俺は俺のままで嘘を突こうとした事を少し後悔した。
そんな事、できるはずなかったんだ。
やり通す覚悟だけはあったが、それはこうやって周囲を傷つけうるものであるという事を俺はもう少し考えるべきだった。
思ったよりも穏やかなリヴァイから目を外して、手渡された酒の栓を開ける。
エルヴィンに目を向けると、やつはどこか複雑そうな表情でいて、俺と目が合うとそのままの顔で笑ってはみせたものの、どこか痛そうに胸元を握りしめてから酒に手を伸ばした。







最初の空気が嘘のように、飲んでいるとそれなりに盛り上がり、楽しい時間を過ごしていた。
こうして笑い合っているとあの頃に戻ったような気さえしてくる。
隣にいたエルヴィンは、少し前に誰かが呼びに来て席を外してしまい、ハンジは気付いたらリヴァイの肩を抱きながら何事か叫びながら熱く語っていた。リヴァイは慣れたもので適当にあしらっている。
自分の飲んでいたものを飲みきって、新しいのに手を伸ばすと、ふと影が出来て見上げる。
リヴァイが俺の方に回り込んでどかりと腰を下ろした。目を丸くしていると、リヴァイは何も言わずにハンジをなげやりに指さした。

「で、だからこう……!!その時巨人がこう……!ねえ見てる!?見てるリヴァイ!?だからこう、巨人がさあ!!」
「うるせえ見てる聞いてる」

ソファの上に乗り上げながら、何を表そうとしているのか両手を上げて反り返っている。えいどりあーんという声が聞こえてきそうなそのポーズに俺は酔いも忘れて眺めてしまった。真顔で。この僅かな間に何があったハンジよ。
重苦しい長い溜息に視線を向けると、疲れ切った様子で眉間を抑えるリヴァイに苦笑して、つい。
手を伸ばしてしまった。


「何しようとしてんだ」


昔の癖で、頭を撫でようと。
思いのほか酔いが頭まで回っていたんだ。そうとしか思えない。こんな、分かりやすく軽はずみな失敗をするなんて。しまった、と思うもののどうしていいのか分からず、思わず肩口に手を伸ばして、ごみを取る振りをした。

「すみません、ごみが」
「……、もし本当にごみがついていたとしたらハンジのだな」
「ああ……はは、そうでしょうね」

何もかもを見透かしたような目で俺を横目に見ながら、ハンジを睨みつけることで俺から視線を逸らしたリヴァイにほっと息を吐いた。わざと流した。きっと気付いていた。俺が、何をしようとしたのか。タイミングも角度も、全て『俺』だったのだから、気付かないはずがなかった。
正面に流れてきたハンジの奇行を眺めながら俺は、瓶が軋むほど握りしめていた。
馬鹿が。自分を心中で罵りながら、一息に残りの酒を煽る。飲みきってふうと息をつくと、少しだけぐらりと来て、何故か肩に重みを感じて「やばいくらい酔ったか」と視線を巡らせると、リヴァイが俺に凭れかかっていた。顔はほんのり色づいている。隙間風が抜けるようだった左隣にすっぽり収まって温もりを主張するリヴァイに、求めていたのはこのぬくもりだったのだと思い知る。染み渡るような、体の芯が震えるようなこの喜びにもにた温もりを。

「大丈夫ですか?」
「ああ」
「少し横になります?」
「ああ」

酔っ払い特有の適当な返事に頬を緩めながら、横になるために邪魔そうな瓶をさっと取り上げて、その隙にリヴァイは何年もそうしてきたかのような自然さで俺の膝に頭を乗っけた。
もぞもぞしていたのが止んで落ち着いてから飲みかけの瓶を渡し、それも当然のように受け取って。
酔っているんだ、そうでなければ説明がつかない程、迂闊な行動だった。
膝の上にあるリヴァイの頭を何度か撫で、胸元に手を置いてトン、トン、とあやすように撫でた。ん、撫でてるのか。分からないがとにかく俺は、こんなにすぐ傍にいるリヴァイに感動さえしていた。こうして触れ合える日が来るなんて思っていなかったんだ。すぐここにリヴァイがいて、俺にためらいなく触れて、命まるごと預けるような、そんなリヴァイの様子に込み上げてくる涙をこらえるのに必死だった。温かい。胸元に置いた手から控えめに伝わってくるリヴァイの脈動に心底安心する。

ブッフォと噴き出す音が聞こえてハッと手を離して顔を上げると、ものすごい面白い顔で笑いながらリヴァイを指さしていた。

「何、リヴァイ寝ちゃったの!?背だけじゃなくて中身までお子ちゃまじゃーん!」
「うるせぇ、クソメガネ。寝てねぇよ」

もぞりと起きてまた酒を煽るリヴァイに、やめておけばいいのに……と苦笑して、離れていく熱に我を忘れずにいられる安心を覚えながら、再び隙間風が抜けていくような寒さに震える。最初に、戻っただけだ。分かっているのに、勝手だな、と苦笑しながら酒に手を伸ばすと、騒ぎまくって落ち着いたのかぽすりとソファに座りなおしながらハンジは嬉しそうに笑っていた。

「しっかしその感じ、懐かしいねえ!カナフといる時じゃないと寝たりしないのに!なになに、やっぱり寝心地もカナフそっくり?」
「え?」
「あ!ごめんごめん、君じゃなくて、前ここにいた、」
「ハンジ!!」
「お、っと……あ、れ?もう乗り越えたんだと思ってた。だって君エレンと付き合ってるんだろ?さっきだって何も言わなかったのにカナフの話題、まだ禁句?」

珍しく戸惑うように言うハンジに苦笑して控えめに笑う。
ハンジから伝えられたエレンと付き合っているという言葉は俺に現実を思い出させて、今のはきっと、カミサマ的なものからのご褒美だと自分に納得させ、リヴァイから僅かに距離を取って口を開いた。

「……そんな事ありませんよ、ねえ兵長? 俺の事を気遣ってくださっているんでしたらお構いなく。大丈夫ですから」

にこりと笑うと、いたたまれないような表情で顔を歪めて視線を逸らした。

「さ、たまにしかないんですから、楽しみましょう」
「うんうん、そうだね!」
「楽しそうだな、私も入れてくれないか」

ドアを静かにあけて入ってきたエルヴィンは、出て行ったときに比べて心なしかやつれて見えたものの、席を開けて迎えた、事で結局俺はリヴァイに近づいてしまったが、これでリヴァイに意識を向けずに済むと思うとほっとしていた。
適当に酒を取ってエルヴィンに手渡す。

「どうぞ」
「ねえねえエルヴィン!カナフってマジでカナフにそっくりだね!さっきなんてリヴァイがカナフに膝枕してもらってたよマジうける!」
「……へえ」
「……」

ス、と冷たいエルヴィンの視線からさっと視線を逸らして青くなりながらちびりと酒を飲む。
なぜそんな軽はずみな真似を、とその視線がグッサグッサ刺して伝えてくるので冷や汗が止まらない。言い訳の余地もなく、全面的に俺の失態だったので何も言えなかった。

「ハ、お前でも嫉妬なんてするのかエルヴィン」
「……心外だね、私だってそれくらいするさ」
「す、すみません」
「……まあ、リヴァイにそうされたら拒否もできなかったろうし、嫉妬するほどの事でもないが」
「残念だったなエルヴィン、こいつは自分から膝を差し出したぞ」

肩に腕を置きながら、俺の体の半分に密着するようにエルヴィンを挑発するリヴァイに俺はもうどうしたらいいのか分からず正面の一点をじっと見つめながら固まるしかできなかった。
全てを知っているエルヴィンの冷たい視線が辛い。リヴァイに触れられている左側が熱い。

「おいカナフよ、この面子ならエルヴィンの威厳なんて気にしなくていい、素で話せ」
「ええ……」
「無茶を言うなリヴァイ」
「あ!私も聞きたいなあそれ!」

ハンジがはいはい!と手を上げながら無邪気に主張してくるそのメガネをかち割りたいと思った。
俺は口を閉ざしたまま軽く俯くものの、俺の左側に凭れるように密着するリヴァイが顔を覗き込もうとさらに身を乗り出して、これ俺が振り向いたらキスになるんじゃないかと思って余計に冷や汗が出るんだがああくそ、酔ってる。

「心配するな、酒の席でのことだ、後でいじめたりしねえよ」
「その心配はしてませんが……」

ちらり、とエルヴィンに助けを求める。
やはりこういう時、新兵という立場は弱いなと歯噛みしながら、リヴァイから無防備に与えられる熱にどうにかなってしまいそうだった。

「……勘弁してくれよ、リヴァイ。カナフの素は私に独占させてくれ」
「チッ」
「なあんだ、つまんね」

舌打ちをしながらリヴァイはするりと俺から距離を取る。離れた端から熱が引いて行ってようやく呼吸ができたような気がした。
助かった。思いながらほっとした表情のままエルヴィンを見上げて頬を緩めると、エルヴィンもうまくいったな、というように頬を緩めて笑った。

「やだー見つめ合っちゃってやだー!熱い熱い!ちゅーしちゃえよちゅー!!」
「ハンジさ、……!」

酔っ払い特有のノリに窘めようかと声を上げると、す、と目の前を何かが横切った。
目で追おうとするより先に、ぐ、と顎を持ち上げられて、気付いた時には間近に迫ったエルヴィンがいて、頭がついて行かないうちに唇に柔らかくて冷たい感触がした。酒で冷えた、ひんやりしてるのに濡れてつるんとした唇だった。重なって、きょとりとしている間にはむり、と軽く食まれて、久しぶりのそういった熱に思わず、「ふ、」と声を漏らしてしまう。
そのまま離れて行ったエルヴィンに口元を抑えながら恨みがましく見上げると、エルヴィンは悪戯に笑って頭をそっと一撫でした。

「エ、エルヴィン……!」
「ひゅー!!!!!あっついねえ!!」
「からかうな。……ハンジ、盛り上がってるところ悪いが、少し話がある」
「ん?なになに巨人の話なら大歓迎だよ!!」
「それは良かった」

そういいながらハンジとデスクの方に向かって色々真剣に話し始めた二人を眺め、酒を飲みながら正面に視線を移して、唇を手でなぞった。
まさか、エルヴィンにキスされるとは思わなかった。昔だって、普通に上司で、仲のいい友人で、俺とリヴァイの理解者で、とにかくそういう、兄のような家族のようなイメージしかなかった。いくら誤魔化すためとはいえ、こういう接触を図られるとどうしていいのか反応に困る。

「カナフ」
「っ、はい」

急に声を掛けられて驚いたものの、左隣を振り向いて返事をする。
リヴァイは先ほどよりも顔を赤くしながらも、それでもその視線だけは真っ直ぐなまま俺を見ていた。

「エルヴィンの野郎とはいつもさっきみてえにキスしてんのか」
「……いいえ、初めてです」

だから驚いた。苦笑しながらそう答えると、リヴァイは鼻を鳴らして俺から視線を外し、一瞬横目でエルヴィンを見てからもう一度俺を見た。そして、ソファに座ったままじりじりと俺に寄ってくる、ので俺もじり、と下がった。

「ハジメテがさっきみたいのじゃ、味気ねぇよなあ」
「い、いえ、そんなことは」
「それとも男とキスすんのは初めてじゃなかったか?」
「それは、どういう……、ッ」

じりじり追い詰められて、ついに逃げる場所がなくなった。
俺の背中にはソファの終わりを告げるように肘掛が行方を阻んでいる。目の前には酔っぱらったリヴァイが迫って来ていた。なぜこんなに絡んでくるのか分からない。リヴァイにはエレンがいるじゃないか。嫉妬ではなく、逃げる意味でそう思いながらも顔を背けつつ迫りすぎて密着しそうなリヴァイの胸を両手で押さえる。

「俺とも、しろよ」
「エレンとしてくださいよっ」
「!……チッ」

エレンの名前を出すと、ハッとした顔をして舌打ちをしながら離れて行った。
良かった。心底ほっとして胸元を握りしめる。しかし、僅かに離れただけでぴたりと止まり、動向を探っていると急にぐらりと傾いで後ろ向きに倒れ込んできた。

「ちょ、リヴァ、」

倒れ込んできた軽い背中を抱きとめて顔を覗き込む。
目を閉じていて表情は分からなかったが、どうやら酔いつぶれて酩酊しているようだったのでほっと息をつく。

「飲み過ぎですよ、兵長」
「ん……」

背後から腹にかけて回して抱きとめるその左手を、リヴァイはするりと無意識にか自身の右手を重ねた。
甘えるように背中に体重をかけるリヴァイに愛しさを感じてしまいながらもその思いを押さえつけながら体をずらしてソファに寝かせて、立ち上がって奥の物入れに入れてあるブランケットを引っ張り出してふわりとかけた。
冷えないようにとブランケットで包み込むように入れ込み、寝息を立て始めたリヴァイの頭をぽんぽんと撫でて、対面の誰も座っていないソファに腰を下ろす。

「おっ、どろいた……君、名前だけじゃなくて行動まであのカナフとそっくりじゃないか。ていうかもう君がカナフなんじゃないの!」
「カナフですが」
「ちっがうそうじゃなくてー!カナフ・クライバーじゃなくってカナフ・ベルネットなんじゃないかって!」
「そんなはずないでしょう」

何かを探すようにブランケットから手を伸ばして探っている様子のリヴァイに、腰を上げてその手を取る。そのままだとテーブルに載っている数々の空瓶にぶつかりそうだった。
俺の手をもにもに軽く確かめるように握りしめると、僅かに表情を和らげて再びすー、と寝息を立て始めたので、ブランケットの中にリヴァイの手をしまう。
昔から変わらないなと思う。それと同時に、今俺はこの手を握る資格のない人間なんだと自分を戒めて。

「……よってるせいかなあ!ほんと、あの二人を見てる見たいだよ!」
「……そうですか」
「もういいだろう、ハンジ。カナフだって、知らない人物とそっくりだと言われ続けたら嫌なはずだ」
「あ!それもそっか!ごめんよ、カナフ!」
「いえ、大丈夫です」

笑いながら。
リヴァイを運ぶためにエレンを連れてきます、と部屋を出て。
涙が流れないだけで、もう泣いているのかもしれないと思いながら、軋み続ける胸から喉にかけてをそっと手で押さえた。




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2015/10/10 gauge.


SK

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