「エレン、エレン」
「ペトラさん」

庭の掃除中にペトラにこっそりと声を掛けられ、エレンは誰にも見つからないようにと隠れながら手招きするペトラの方へと近づいた。
なぜそんなに隠れているのか分からず首を傾げながらエレンは、耳打ちしようとしているペトラへと僅かに顔を近づける。

「ねえ、エレンって、カナフと仲良いよね?」

仲が良いという事を改めて言われるとどうだろう、と首をひねる。
確かに良く一緒にいる、というか、エレンは自分からカナフを見つけると声を掛けてしまい、もちろんそれに嫌な顔をするカナフでもないので自然と一緒にいる事が多くなっている。
仲が良いかと言われるとエレンはカナフの事をほとんど何も知らない事に気付かされたが、それでも仲が悪いわけではない、はずだと自分に言い聞かせながら頷いた。

「まあ、はい」
「じゃあちょっと聞いてもいいかな?」
「なんですか?」

そこでペトラはまた周囲を警戒するように視線を左右させ、エレンに向き直る。

「カナフって、昔からカナフ?」
「はい?」

カナフは昔からカナフですが。
そう言おうかと口を開きかけながらも、それでも聞かれている意味が分からず聞き返す。
ペトラはエレンの疑問も何も興味がないかのようにふう、と悩ましげなため息をつきながら視線を伏せた。

「カナフって……似てるのよね、カナフさんに」
「……それって、前調査兵団にいたっていう」
「そう、カナフ・ベルネット。私たちの先輩で、私なんかはすっごく憧れてた。兵長くらい」
「へえ」
「カナフさんに憧れてたって人、結構多いのよ。兵長と同じくらい強くて、兵長よりも親しみやすくて、頼れるお兄さんって感じだったんだから」
「……そう、なんですか」

初めてだった。
リヴァイの以前の恋人について詳しく聞くのは、これが初めてだった。
カナフ・ベルネットという人物についての詳細を一切知らなかったエレンにとっては、衝撃的ではあったが、それでも知らないよりは知りたいと思ったし、何よりカナフ・ベルネットについて聞いているのにカナフ・クライバーについて聞いているような罪悪感を感じながらも好奇心には勝てなかった。

「訓練兵としてあった時には、もうあんな感じでしたよ。年齢も上だって言うのもあるかもしれませんけど、大人で一人だけ雰囲気違いました」
「……そう」
「頭をぽんぽんってされるの、普通だったら嫌なのに、カナフにはされても嫌じゃないっつーか」
「……え」
「変ですよね、でも、ほんとに嫌じゃないんです。あいつ、実戦じゃ鬼みたいに強かったらしいです。主席のミカサが子供に見えるくらいだったって同期のヤツが言ってました。訓練兵でランク12位だったのに、……いや、多分、わざとなんでしょうけど」
「どういうこと?」
「あいつ、昔から調査兵団に入るって決めてて、だからきっと、憲兵団に行きたいやつの邪魔にならないように、わざとランク下げてたんです。ランクが最下位だとしても調査兵団には入れますから」

一呼吸置いて、考えるように顎に手を当てたペトラは、首を傾げて迷っている様子を見せた。

「頭ぽんぽんって、どういう時にされるの?」
「どういうって……普通の時ですよ。去り際とか、愚痴言った時とか、落ち込んでる時とか、そういう」
「そう……」

意味深に黙り込んだペトラにエレンは首を傾げるしかなかった。
もし今ペトラがエレンに聞いたことが、カナフ・ベルネットの行動そのままなのだとしたら、それは一体何を指し示すのだろう。考えようかと思うのに本能がそれを拒絶しているかのような恐怖感があって思考が停止する。

「あ、ごめんね、こんなこと聞いて」
「いえ。……カナフさんって、そんなにすごい人だったんですね」
「……兵長の、恋人だった人なの」
「……え、」

ペトラが気遣わしげな視線をエレンに向ける中、本人は俯いて黙り込んだ。
頭をガツンと殴られたような衝撃があった。カナフさんが、兵長の恋人。
そして、だからだったのか、と納得もした。
エレンの告白を聞いたリヴァイは、少し驚いた表情を覗かせるだけで、嫌悪感をあらわにすることはなかった。その時は慣れているだけかとも思ったが、男性と付き合っていた経験からだったのかもしれないと思い直していた。
カナフが、カナフさん、なのだとしたら。
そんな事あり得ないと思うのに、どうしても恐怖が先に立ってしまう。
不安になる。カナフの事は好きだが、だからこそ。

「でもね、だからって、今の兵長の恋人はエレンなんだから!自信持って!」
「ええ!?な、なんで……!?」

驚くエレンに、ふふ、と穏やかに笑うペトラに不安や恐怖が吸い取られるような心地がした。
赤くなりながらもエレンは、先輩ってすげぇな、と感嘆して自身も頬を緩める。

「乙女の目を甘く見ないでよね!すぐわかっちゃった。……あ、でも多分他の人は気付いてないと思うよ」
「そ、そうですか……」

驚いて、けど、ふと思い出して笑みを深めるエレンに、ペトラの興味をひかれて尋ねた。

「実は、兵長の事諦めようとしてたの、励ましてくれたのカナフなんです。自信を持て、きっと大丈夫だからって。ペトラさんの言葉聞いたら思い出しました」
「……、……そっか」
「はい」

エレンは嬉しそうに笑っていて、だからこそペトラはそれ以上何も言えなくなってしまった。
引き留めた詫びを口にして送り出しながら、ここにはいないカナフ・ベルネットと、カナフ・クライバーを重ねてしまう。

「自信を持って、って言ったの……カナフさんが私に言ってくれたんだよ」

去っていくエレンの背を見つめながらペトラは呟いた。
似てる、似てると、その行動を見ながら思っていた。のに。
疑惑が確信に変わろうとしていた、その僅かな歪に現実を楔にする。
あるわけがないんだ。
そう思い込むことしかできず、そしてそれがまた、悲しかった。




***




「……エレン」
「はい」

リヴァイの部屋で並んでベッドに横になりながら、リヴァイは目を腕で隠しながら言葉を発した。
うつ伏せから僅かに顔を上げてリヴァイを見つめるエレンは、リヴァイがその状態から顔を見せる気はないと知ると再びベッドに沈みながら、横目でリヴァイを見つめていた。

「あいつは俺が嫌いなのか」
「あいつって……?」
「カナフ」

その名前が出たことで、ドクンとエレンの心臓が一際大きく脈打った。
リヴァイがカナフを気にしているという事を知っていたから、尚更。

「俺を嫌いな、避けてる理由は、個人的な事だから話せねぇそうだ。どういう意味だ。お前分かるか?」
「カナフが兵長を避けてる……?」

エレンにはおよそ理解のできない話だった。
カナフが誰かを避けたり嫌ったりしているというのは、今まで見てきて一度もなかったからだ。こいつ嫌いなやつとかいねぇのかな、とさえ思い、そしてその大人な様子にまたエレンは懐いたのだが、そんなカナフがリヴァイだけを避けるというのがエレンには分からなかった。

「自分はカナフじゃねぇってよ。そんなこと分かりきってる」
「ああ、以前調査兵団にいたっていう……、」

兵長の恋人だった人ですよね、そう言おうとして、エレンは口を閉じた。
傷を抉るかもしれないというのは建前で、大きくは嫉妬が、エレンにその口を閉じさせた。今なおリヴァイの心を占めている、そんな大きな存在に嫉妬せずにいられなかった。
しかし、エレンと同期のカナフの事を誤解されるのは、エレンは我慢できなかった。

「でも、カナフが兵長を嫌うなんて何かの間違いですよ」
「……ああ?」
「あいつ、訓練兵に入団したときから調査兵団以外に興味なかったし、俺もそうだったから理由を聞いたら、『守りたいやつがいるんだ』って、笑ってました。誰か聞いたら、『テッペンの男だ』って。名前は教えてくれなかったけど、それ兵長の事だと思うんです」
「……『テッペンの、男』」
「俺も兵長に憧れてたから、すげー嬉しくて。だからきっと、兵長の事避けてるのは緊張してるからだと思いますよ!それが嫌っているように見えただけですって!カナフ兵長の事、きっと好きですから」

リヴァイは泣き出しそうになっているのを奥歯を噛み締めて耐えた。
テッペンの男。
それは、カナフ・ベルネットがリヴァイの事を茶化す時によく使っていた言葉だった。選ぶ語彙まで似てんだな、心中でそう呟きながら、守りたいと言ったその言葉に自身が包み込まれるような幸福を感じて、いた。
まるであいつに言われたときみたいだと。

カナフは、訓練兵の時エレンに言った言葉がこんな形で本人に伝わるとは思っていなかった。
聞いてもすぐに忘れるだろうと思ったから言ったのだが、まさかずっと覚えていてあまつさえそれを本人に伝えられてしまうとは思いもしなかった。もし分かっていたら恐らく話はしなかっただろう。




***




リヴァイが夜、歩いていると、扉が僅かに開いて、月明かりが漏れている部屋に通りかかる。
気になって扉を静かにあけてみると、そこには出窓の内側に器用に座り込んで、外を眺めていたかのようなカナフがそのまま眠っていた。

「……カナフ」

目の前の人物を呼んだのではなかった。

「……くそ、あいつは、もう」

苦しい。忘れたはずなのに、思い出として受容し終えたはずなのに、目の前の男はそんなリヴァイの心をいとも簡単に揺らしていく。いないはずなのにと思うたびに頭の陰にちらつく。顔も、声も、出自だって、違うのに。
ふらり、ふらりと足音を消して近づく。カナフは起きなかった。目の前のテーブルには飲みかけのカップが置かれていて、赤褐色の水面は月を映している。

あいつも。
お前じゃないカナフも、そうやって窓辺に座って月を見上げるのが好きだったんだ。見てるうちにそうやって眠るくらい、飽きもせずにずっと見てたんだ。
心の中で呟くリヴァイは、考えるほどに、思うほどに泣きそうになって困惑した。

何度、たった一人泣いただろう。
脇目もふらずに泣き叫んだあの日以来、自分が消沈していては兵団の士気に関わるからとそれ以来人前では泣いたことがない。
いつも寝る時、窓から月が見えては、カナフを思い出して泣いていた。
リヴァイにとっては月はカナフだった。

冷え切ったベッド、温もりを分かち合えない広く感じる部屋に、一人きりで浴びる月の光。出会った頃からの記憶を忘れたい。あいつを求めた心を失くしたい。カナフがいなければ温められない体を捨てたい。思う事は多々あった。
月を目に留めても泣かなくなったのは、いつからだったか。


「カナフ……、カナフ……ッ」


二人の影が重なった。
眠るカナフに口付けるリヴァイは、泣いていることに気付いていただろうか。
顔は違う。体だって違う。なのに、同じだ、と思ってしまう。違うはずのカナフの唇に触れてなお、そう思っていた。

『守りたい』、『テッペンの男』。
エレンに教えられたカナフの言葉が頭をよぎる。
人類最強の自分か、調査兵団の長か、それとも。
選択肢に昇る人物は片手では数えきれないくらいいた。


「誰の事、言ったんだよ……!」


教えてくれ。




***






演習中の事だった。エレンと組むことになったカナフは、エレンの普段とは違う様子に顔を顰める。
立体機動の操作、そんなに下手だったかと思いながら注視していると、随分初歩的なミスが目立っていた。ガスのふかし過ぎや、ワイヤーの照射ミス、ブレードも力んで使うせいですぐにだめにしていた。集中できていない。それが良く見てとれて、地に降り立った時、さすがにカナフは咎めた。

「おい、エレン」
「触るな……!!」

エレンの肩を掴むと即座に振り払われる。
カナフに振り向かずに肩を怒らせて震えている様子に、咎めようとした事も忘れてカナフはエレンを心配に思った。

「ッ、エレン……? どうしたんだ?」
「なん、でもない」
「なんでもないって態度じゃないだろう。どうしたんだ」
「なんでもねぇって!!」

強く言い捨てて歩き出そうとするエレンをこのままにはしておけないと、カナフは追いかけて肩を掴んで引き留めようとしたが、それさえもエレンは振り払い、そして頑なにカナフを振り向きはしなかった。
自分は何かエレンを怒らせるようなことをしただろうか。
考えても分からなかった。カナフはエレンを大切にしていたので何も理由が思い浮かばなかったのだ。何かあればエレンはカナフに相談していて、誰にも言えない事でさえカナフには教えていた。それなのに、自分にさえも何も言えないのかと事の重大さに焦燥を感じ始める。

「おい、待てよ」
「触んな!!」
「エレン……」

歩き出そうとするエレンの腕を掴もうとすると強く振り払う。
カナフはどうしていいのか分からず、エレンの名前を呼ぶことしかできなかった。
足を止めたままでいるのでそれ以上触れようとはしなかったが、カナフは頑なな様子のエレンにすっかり困惑していた。リヴァイとうまくいっていないのだろうか。不安が足元から忍び寄る。

「お、前……、お前、昨日の夜何してた」
「昨日?……空き部屋で外見ながらぼんやりして、いつの間にかそのまま朝まで寝てたな」

おかげで体が痛い、と笑ってもエレンは振り向きさえしない。
一体それがどうしたのかと、もしかしたら昨日何かあったのだろうかと思っても、カナフはずっと一人でいたために何も想像がつかなかった。

「なんでそんな嘘つくんだよ!!兵長と会ってたんだろ?!」
「はあ?……だから、俺昨日は一人で、」
「兵長とキスしてたくせに……!!」

エレンの吐き潰すような怒り混じりの言葉に衝撃を感じ、そして何を言われたのか理解するまでに数秒要した。
エレンは一体何を言っているのだろうか。まさか悪夢でも見たのだろうか。
自分には一切身に覚えのない怒りに、カナフはそんな事まで一瞬で思いを巡らせていた。

「……ああ?」
「付き合うなんて、よく分からなくて、兵長が初めてでッ、俺と付き合ってもつまんねぇんじゃねぇかなとは、何度も思った事あるよ!けどッ、」
「おい、落ち着けよ。とにかく俺は」

エレンは何を怒って、いや悲しんでいるのだろうか。
カナフにはそれが分からなかった。リヴァイはカナフ・ベルネットに囚われているというのは、先日の飲み会でも感じてはいたがそれでもリヴァイはエレンを大事にしているというのはカナフには伝わっていた。カナフに迫ったキスをエレンにしろと言った時がまさにそれだ。そうでなければ、あそこで引き下がりはしなかっただろうと思う。

「二人で、笑ってたんだろ! お前は大人だし!顔だっていいし!そりゃ兵長だってお前の方がいいって思うよ、お前の方が釣り合ってるって、誰だって思うもんな!おまけに兵長の恋人とそっくりなんだろ!? そんなの、俺が勝てるわけねぇじゃん!」
「エレン、落ち着け!」
「触るなっつってんだろ!」
「……ッ」

ようやく顔を見せてくれたエレンは、泣いていた。
実際は目に薄らと涙を溜めていただけだったが、エレンが泣くところを初めて見たカナフは、その事実をすぐに受け入れる事が出来なかった。
しかしエレンは、カナフの心配に歪む顔を見て、必死に怒りで押し隠そうとしていた良心や悲しみや寂しさを露わにされてしまっていた。それくらいカナフの存在はエレンにとって大きく、そして支えに思っていた。怒りにまかせて攻撃していい相手じゃない。だからエレンはカナフの顔を頑ななまでに目にいれたくなかった。カナフを目にしてしまえば、泣き出してしまうのを分かっていた。

「み、……見たんだ……、兵長が、カナフにキス、してんの……!」
「……本当なのか」

悲しみに暮れるエレンの震える声に、カナフの声は怒りに濡れた。
カナフの言葉に、目元を腕で覆いながらエレンは何度も頷いた。
二人とも浮かれていたのだ。
エレンは、憧れのリヴァイと付き合えたことに。
カナフは、これでエレンもリヴァイも幸せになれるだろうことに。
自分の浅はかな想いを見透かされたような心地に打ちのめされていた。

「……く、……ふッ……俺、馬鹿みたいだ……!」
「だから俺は、」
「お前の話なんて聞きたくねぇ!……信じてたのに……!お前が、そんなやつだとは思わなかった!」
「エレン……」

「ちょ、エレン!?」
「ッ!?」

大声を聞きつけたのか、別の場所で掃除をしていたであろうペトラが駆けつけた。
誰かが急に現れたことに驚いたのか、それともそんな姿を見られたくなかったのか、エレンはペトラの姿を目に留めるとすぐに走り去ってしまう。その姿を追いかける事も、目で追う事も出来ずにいると、ペトラはカナフに歩み寄りながらもエレンの背中に向かって声を上げた。

「エレン!」
「いいんだ。俺が、エレンに酷いことをしたんだ」

エレンを呼び止めようともう一度声を上げるペトラに、俯いたままカナフは言葉を発する。
落ち着いているように聞こえたが追いかける事も出来ない程にカナフは打ちのめされていた。現実にか、人の想いにか、それは分からない。

「……カナフ、大丈夫?」

そんなカナフの様子が気にかかり、ペトラは気遣わしげにカナフを窺いながら恐る恐る声を掛けると、ようやく顔を上げたカナフは悲しそうに微笑んで手をゆっくりと持ち上げる。
自身を取り繕う事も忘れてカナフは、目を細めるように笑ってぽんぽん撫でる。

「ああ大丈夫、ありがとうペトラ」

そのまま歩き出したカナフの背を、今度はペトラが追いかける事が出来なかった。
そんなはずない、って。
ありえない、って。
思うのに。


「…………、カナフさん……?」



***



宛てもなく走りながら、それでもこの旧本部以外に行ける場所なんてなくてその事実がまたエレンを追い詰める。遠くへ行くと巨人の餌食になる。こんなに苦しい想いをしてなお、現実を考える。
結局自分には居場所なんてないのかもしれないと、そう思い知らされることがまた苦しかった。
足を止めた先から恐怖や悲しみや怒りに飲み込まれそうな気がして、立ち止まる事さえできなくて。

エレンには分かっていた。リヴァイが部屋に入ったのを見てすぐ、部屋の中を覗き込んだエレンには、経緯は全て分かっていた。
月明かりを浴びながらカナフは寝ていた。絵画のようにきれいでその幻想的な光景に幾ばく目を奪われた。
リヴァイがいなければ、きっと自分も兵長のようにふらふら近寄って行ったに違いないとさえ思う。

何かに取りつかれたように部屋の中に入れず、二人の間に入れず、二人をずっと目で追うしかできなかった。
眠るカナフに兵長がしたキス。
そこにカナフの意思はなかった。そんなのは分かっていた。
けど。あんなに。
カナフの名前を呼びながら、死んだように眠るカナフに2度3度と繰り返される口付けに、馬鹿みたいに納得してしまった。
泣き出すほど狂おしい想いを、兵長はずっとカナフに抱いていたんだ。
俺が兵長を想うのと同じくらい、もしかしたら、もっと。
似てるから。
兵長は眠るカナフにキスしたんじゃなく、もうここにはいないカナフさんにキスをしたんだ。
それだって、子供ながらに分かっていた。
でも、それならなんで。


「なんでOKしたんですか……!」


やり場のない悲しみに押し潰されそうだった。


例えば。

例えば、リヴァイと同じ時代に生まれていたとしたらもっと違った事になっていたんじゃないかとか、そうしたらリヴァイに触れていたのは自分だったかもしれない。同じ時代に生まれていないというだけで自分は出遅れてしまっていると思った。カナフ・ベルネットとリヴァイを巡って競っていたかもしれない。もしかしたら敗れていたかもしれないでも、今はどうしたって二番手にしかなれなくて、それなら同じスタートラインで戦ってみたかったと思う。

そうすれば、

こうして知らないカナフ・ベルネットの影に怯える事も無かったのに。

エレンはカナフの事が好きだった。憎み切れない分、余計に辛かった。
いっその事完璧にカナフを自分の中で悪者にさえできていれば、こんなにも苦しまずに済んだかもしれない。どっちも大事だから。どっちも大切にしたいから、その分苦しかった。

走りながら、エレンは泣いた。





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2015/10/12 gauge.


SK

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