「なんか……最近兵長元気ねぇんだよなー……」
「……そうなのか?」

裏庭の掃除を一緒にしながら、ほうきに両手を乗せその上に顎をつく気の抜けた様子のエレンに苦笑する。リヴァイが消沈していることはカナフも遠巻きに見て気付いていた。恐らくは、近しい人にしか分からない程度のわずかな変化でしかなかったが。ふと張りつめた糸が切れる瞬間のようなものがあって、その時は僅かに俯いていたり、遠くを見ていたり、空を見上げていたり、そのままの態勢でぼう、としてたり。それは一瞬の事なので多くの人間は気付いていなかったが。

「いやいつも通りだよ、いつも通りなんだけど、なんか違うんだよな……まさか、俺に飽きた……とか……!!」
「いや、それはねぇだろ。30超えてからこんな場所でほいほい相手変える労力なんてねぇよ」

体重を預けていたほうきをぽとりと落として、ガーンと青ざめるエレンに呆れたように鼻で笑うカナフは、ないないと手を振りながらほうきを振る。
リヴァイはモテるが、二股とか浮気とか、急に冷めるとか、そんな心の器用なヤツではないという事を、カナフは一番よく分かっていた。
ありえない、とエレンの不安を一刀両断したカナフだが、だからこそエレンはすっと目を細めてカナフをじっと見た。

「……怪しい」
「は?」
「カナフ、兵長と何かあったのか?」
「はあ?なんで俺が」

カナフにじりじりと近づくエレンに不吉なものを感じはしたが、首を軽く傾げながらエレンの言葉の真意を探ろうとエレンの深い海の色の瞳を覗き込む。
しかし、エレンはそんな大人なカナフだから、相談もするし疑いもするという事を考えて罪悪感を感じてしまうのだった。俯いて目を逸らしたエレンを見つめ続けることなくそっと視線を逸らしたカナフだからこそ。


「だって……兵長時々、お前の事見てる」
「ッ……兵長が?」


訓練の準備の為に立体機動装置を装着するカナフや、掃除中のカナフを城の中から見下ろしている事もあったし、城の中ですれ違う度にカナフを気にする素振りを見せて。
それはたまにではあったが、エレンが気付いたときがそうであっただけで、もしもずっとエレンがリヴァイを見つめていたとしたら、いつもカナフを見ているとさえ思っただろう。
それくらい、リヴァイはカナフを気にしていた。
その時の兵長の顔を思い浮かべて、エレンはぎゅっと眉根を寄せ、苦しげにため息をついた。

「その時の兵長、なんか辛そうだし……なあ、何かあったんじゃねぇのかよ」
「……ねぇよ、会話したことだってそんなねぇよ」
「……」

リヴァイの様子を見れば、エレンがそう考えてしまうのも無理はなかった。しかし、カナフはリヴァイとは極力近づかないようにしていた。会話をすることもなく、一兵士と兵長という枠を超える事はなかった。それなのに、とカナフは内心で歯噛みする。

「メシ食った後どっか行ってたの、もしかして兵長と何か……」
「可愛い焼きもちだな、エレン。……俺が夜な夜などっか行ってたのはな、実は、」

エレンには幸せになってほしいんだ。そして、もちろんリヴァイにも幸せになってほしい。もう、いなくなった人間の事で心を痛めないでほしい。
それだけがカナフの願いだった。
にやり、と人の悪い笑みを浮かべながらエレンに近づいてエレンの肩に手を置いて耳元に口を寄せる。

「何だよー」
「……団長と、会ってんだよ」
「え、」

ぽんぽんと頭を撫でてからすっと離れてエレンの表情を確認して意味ありげに笑みを深め、掃除を再開するカナフの背中に向かってエレンは、声にならない悲鳴を上げた。


「マジかよ!?!?ウソ!?ウソだよな!?」



***



リヴァイは、本部の廊下を歩いていた。
目的である団長室に向かっていたのだが、扉の前まで来ると中から声が漏れていて、普段なら気にせず入るのだが中から聞こえてきた声と内容にノブに手を伸ばした状態で動きを止めた。

「エレンは可愛いな」
「意外とちゃんと見てんだなって感心はしたけどな、正直冷静さ保つの必死だった。団長と会ってるって言ったらとりあえず疑いは晴れたみたいだけどな」
「ふうん、俺と会ってる、ね」
「……なんだよ、その通りだろ? 誤解するような言い方はしたけどな」
「いっそのこと、本当にしてしまおうか」
「ははは、冗談キツイなエルヴィン」

その会話は何だ。
ギリ、と鳴ったのは、握りしめた拳だったのか、それとも噛み締めた奥歯だったのか判断がつかないまま、ガッとドアノブを乱暴にひっつかんでドアを開ける。
エルヴィンとカナフの会話だと思った。
正確に言うなら、エルヴィンと、自分の知るカナフとの会話だと。


「入るぞエルヴィン」

「っ」
「……どうした」

リヴァイが入室すると、カナフは驚いたように振り向いて瞠目していた。
リヴァイと会うとカナフは大体このような表情をする。驚いたり、気まずそうだったり、居たたまれない様子だったり、取りあえず好意的ではない。
その様子にリヴァイは言いようのない憤りを感じていた。
今も、気まずそうに視線を逸らせて慌てて立ち上がり、何も声を掛けられないようにと足早に立ち去ろうとする。
そんなに俺といるのがいやなのか、とリヴァイは今度こそギリと奥歯を噛み締めた。

「すみません、俺はこれで」

思わず、だった。
リヴァイは自分の横を足早に通り過ぎるカナフの腕を咄嗟に掴んでいた。
驚いて怖がるような表情で自分を見るカナフに、ぎゅっと眉根を寄せてリヴァイは掴む手のひらに力を込めた。

「おい、上官への態度がなってねぇな、カナフ」
「っ……え、と、すみません、何か粗相を……?」

リヴァイの言葉に、リヴァイへの態度がまずかったかと考えを巡らせるカナフに苛立って表情をさらに凶悪に歪めた。団長室を重い空気が包み込む。エルヴィンは口を挟まずに二人の様子を伺っていた。

「団長を呼び捨てとはいい度胸じゃねぇか」
「あ、……」
「私が許した」

答えに窮したカナフに、すかさずエルヴィンは口を挟み、二人はエルヴィンを凝視した。自分はともかく、なぜカナフまでエルヴィンを見るのかとカナフに視線を向けた者の、ふうと息を吐くエルヴィンにまた視線を向けざるをえなかった。

「言っただろう?カナフとは愛を育んでいるんだ、それなのにいつまでも敬語や敬称のままでは味気ない」
「ほう……つまり、エルヴィンの独り相撲じゃなく、お前もその気だって事か」

エルヴィンのフォローに場の空気が少しばかり緩むのを感じ、こっそりとカナフはがちがちに入り込んでいた体の力を少しだけ抜いた。
エルヴィンの言葉にリヴァイはそれが嘘だと分かっている、とでもいうような態度で顎をしゃくりカナフに視線を向けながら詰問するように問いかける。
カナフは、ここはエルヴィンに乗っかった方がいいかと、僅かに逡巡した後困ったような表情のまま深く頷いた。

「……はい」
「『冗談キツイな、エルヴィン』」
「ッ」

先ほどの自身の言葉だとカナフは即座に気付いた。
会話を聞かれていたのだと気付いて、視線を逸らして青ざめるカナフの様子に、やはり自分の読みは当たっているのではないかと疑惑が確信に変わろうとしていた。

「お前、エルヴィンにそう言っていたよな。つまりその気はねぇってことじゃねぇのか」
「か……」
「ああ?」
「駆け、引き……です」

穴が開いて破れそうなほど見つめるリヴァイに視線を一瞬合わせて一瞬で逸らし、泳がせる。もとよりカナフは、嘘は得意ではなかった。特に、大切な人につく嘘は特に苦手だった。
リヴァイも、そう言われてしまえばこれ以上何も言う事が出来なかった。
嘘だと分かる。しかし、嘘だと断定するための材料がなさ過ぎた。おまけに二人で口裏を合わされてしまっては、リヴァイには手立てがなく、何も言えないリヴァイは、ただカナフの腕を掴む力を強めてしまう。
嘘なのは分かる。けど暴き切れない。けど逃がしたくもない。
そんなリヴァイの内情が現れているようなその手のひらに罪悪感しかなかったカナフも振り払う事が出来なかった。

「……もういいだろう。一体何がそんなに気に入らないんだい? 新兵に手を出している事なら冗談はやめてほしいな、君も同じ貉だからね」
「チッ……もういい、行け」
「……失礼します」

エルヴィンの助け舟にとうとうリヴァイはここでこれ以上追及することを諦めて、手の力を抜いてカナフに背を向けた。
カナフは解放された腕をさすることもせず、そのまま申し訳程度に軽く会釈をして部屋を後にする。
エルヴィンの強い言い様にリヴァイは追及を諦めた。
それは認めるとしても、それでもあんなに強い言い方をしないでほしいと思ってしまったのは、カナフがリヴァイに対して罪悪感を強く感じていたからだろうか。

俯いて歩きながらカナフは、あんな状態だったとはいえ、久しぶりに触れたリヴァイの熱に、胸の内が焦がれるのを止められず、祈るようにネックレスを握りしめた。




***



就寝時間後、水を飲みに食堂までやってきていたカナフは、電気をつける事もなく窓辺に座って外を見上げながら水を飲んでいた。
眠れなかったわけではなく、目を覚ますと窓から月明かりがさしている事に気付いて水を飲みがてら月見をしに来たのだった。
もし上官が来たら見咎められるかもしれないと苦笑しながら、右手に持ったコップに口を付ける。

静かに、キイ、と扉を開けられた音に視線をそちらに向けて、目を丸くした。


「兵長……」


カナフを目に留めたリヴァイも目を丸くしたのだが、すぐにその目には剣呑な光が宿る。
その目に視線を逸らして立ち上がり、リヴァイが何も言わないのをいいことにコップを手早く片付けて立ち去ろうとする。

「おい」
「はい」

短い言葉に短く返すカナフの顔は引きつっていた。

「お前、俺が怖いのか」
「え……」
「避けてるだろう」
「あ……いえ、そういうわけでは」

苦笑しつつも視線を合わせないカナフを逃がさないように進路に立ち、下から見上げるリヴァイにちろりと視線を向けながらも直視はできなかった。

「だったらなんだ」

曖昧な返答は許さない様子のリヴァイにカナフは眉間に皺を寄せ口を閉ざしたカナフに、リヴァイは短い溜息をついた。

「なぜ俺の目を見ない」
「そ、れは」

カナフがリヴァイの目を直視していないということをリヴァイは気付いていた。
新兵にはよくある事だが、カナフのそれは新兵らしいものではないとどこかで分かっていて、そしてそれが許せないと思っていた。

「エレンの事と関係があるのか」
「……いいえ、ありません。個人的な問題です」
「ほう……個人的な問題でお前は俺を避けるのか」
「……はい」

エレンが相談をしていたのがカナフだということを以前エレン本人から聞いていた。
穏やかな親愛を向けられているカナフ自身にも興味はあったが、それだけではなかった。それはカナフとエルヴィンの親密な様子も関係していたのだが、胸の奥に巣食うような明言できない感情がどうにも気持ちが悪かった。
その答えを。

「言え」
「言えません」

目の前の男が知っているような気がしていた。
本能かもしれない。

「……、それは、いい度胸だな」
「……あなたが」
「ああ?」

視線がまったく合わないまま、静かだが剣呑な雰囲気を月明かりが照らしている。
恋人同士の逢瀬にこそふさわしいその空気が、今は燻り焦げ付いていた。
目の前にいるのに。何故かリヴァイはそう感じていた。
顔を背けたカナフは、そのままリヴァイに向かい口を開く。

「兵長が、俺に何かと声を掛けてくださるのは、私がエルヴィン団長に近づいているからでしょうか」
「……いや、違う」
「……俺に似ているという、兵士のせいでしょうか」
「、」

カナフが、カナフの事を。
カナフ・ベルネットの事を知っていて、そして自分との関係も知っていたとしても不思議ではなかった。それくらい、リヴァイとカナフは関係を隠してはいなかった。エルヴィンはもちろん、ハンジや、エルドやペトラでさえ知っていたくらいだ。
リヴァイとは違い、誰に対しても穏やかに接するカナフは憧れの兵士としても有名だった。目の前のカナフは、だから誰かから聞かされたのかもしれない、それでも、カナフの口からカナフの話題が出て、少なからずリヴァイは動揺した。

「ああ、そうだ」
「恋人だったとか」

答えに近づけるかもしれないという期待が、この話を打ち切る機会を奪っていた。
次々に突きつけられる過去に、それはもう過去の事だと言われているようで、リヴァイは呼吸が苦しくなるのを感じていた。
今は、もうあいつはいないのだと。
目の前の同じ名前の、同じ雰囲気を持つ男から。

「ああ」
「でも死んだんですよね」
「……なんだと」

短い断絶するような言葉は、リヴァイのまだ癒えていない傷を深く突き刺した。
言われなくても分かっている。
叫びだしたいのを堪えながら、カナフの口からそんな強い言葉が出たことに違和感を感じてた。
死に急ぎ野郎さえも慕うこいつが、こんな風に他人を気遣わない言葉を言うのかと。
しかし言葉の破壊力に冷静な判断力は壊されて、リヴァイは挑発に乗るように怒りを表した。カナフは静かに怒りを抑えるリヴァイに動揺のかけらさえ見せず、初めて正面から瞳を見据えながらゆっくりと、現実をつきつけるようにはっきりリヴァイに告げた。



「俺はその人じゃない。俺は、あなたの知ってるカナフさんじゃない」



そのままカナフは何も言わずにその場を去った。
他人を重ねられるのはいい気はしない。カナフの態度は理解できた。
しかし。

一歩も動けず立ち尽くしたままリヴァイは、このやるかたない感情の奔流を、どう収めたらいいのか分からなかった。






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2015/10/04 gauge.


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