訓練が終わった後、食堂でみんな並んで飯を囲む。
目の前にはエレンがいて、ミカサやアルミンはまだ後片付けに時間がかかっているようだった。

「お前、最近どこ行ってんだよ? 飯食ったらすぐどっか行くだろ」

夕食を食べながら、エレンはどこか心配するような眼差しで俺をじっと見つめながら咀嚼している。その言葉ににやりと笑って身を乗り出した。

「へえ?幸せ絶頂のお前が俺の事見てる時間があるとは思わなかった」
「何だよそれ、俺は」
「冗談だ。何だっていいだろ、俺にだって色々あるんだよ。ナニ、とかな」

からかうように笑うと、拗ねたような顔になりながら眉根を寄せて、下から睨むように見つめてくる目が子供みたいで可愛いと思った。
ナニ、と匂わせるようなことを言うとエレンはギクリとしたような表情を浮かべながらも赤くして、僅かに視線をうろつかせた。

「う……、で、でも、なんか驚いた」
「何が」
「なんか、そういうのあんまり関心ないタイプだと思ってたから」
「おいおい、まさかもう枯れたとでも思ってたのか?」

心外だとエレンを困ったように笑って見つめると、エレンは今度はふんわりと笑って小さく首を振った。あんまりこういう話を訓練兵時代にもしてこなかったせいもあって、少し気恥ずかしく感じる。下ネタで盛り上がる輪に加わったことは今までなく、話を振られても適当にはぐらかせて答えなかった。それは年齢によるところが大きいのだが、子供の時していたようなストレートな下ネタを今話す気にはならなかったというだけだ。

「そうじゃなくて、なんつーか、操捧げてますみたいな、ギラギラした下品な感じがしないっつーか」

エレンの言葉に、確かにその通りだと驚いたもののすぐに誤魔化すように笑ってポンポン、とエレンの頭を撫でて立ち上がる。
エレンの言葉は、褒められているのか微妙なところだが、大人っぽいという意味としてとらえておけばいいだろうか。

「そうか? 褒め言葉として受け取っておく。じゃあな」
「……また子ども扱い」

ぷう、と膨れながらもエレンは怒るでなく少し拗ねて見せた。
誰にされても腹の立つそれは、カナフ相手には照れくさいという感情だけで片付いてしまう。どうしてなのかは未だに分からないが、落ち着いた雰囲気とか、懐深そうなところとか、自分を見る時の優しい目とか、きっとそういうのだと思っていた。
確かにカナフの事は好きだが、リヴァイに感じるような激しい思いではなかったから、エレンはきっとただの家族愛的な感じなのだと随分前に自分を納得させていた。
兄がいたらこんな感じかもしれない、と思っていた。
実際、拗ねてみせるがエレンは、こうしてカナフに頭を撫でられるのが嫌いではなかったのだ。むしろ好きだった。守られている気さえして、とても安心した訓練兵時代を思い出す。






重厚な扉をノックするのはカナフだった。
暫くして中から、「入れ」という声が聞こえて、ドアを開けると同時に僅かに緊張していた肩から力を抜いて頬を緩めてカナフも口を開く。

「よう、エルヴィン」
「来たな」

中に誰かがいた時の為に、すでに二人の間には暗号のようなものが取り決められていた。
誰もいないときは「入れ」、誰かがいる時は「どうぞ」、その些細な違いの言葉で二人は会話をする。
カナフ自身の事がばれたあの日から、こうして二人だけで会うのが多くなっていた。
特に何を話すわけでも、何をするわけでもなかった。ただ、そこにいてお互い自由にしているだけだった。話したいことがあれば会話もしたし、二人で笑い合ったことだって何度もあった。

「カナフ、演習はどうだ?」

エルヴィンの言葉に、カナフはブッと噴き出して笑った。今更そんなセリフがエルヴィンから聞けるとは思わなかったのだ。

「ああ、平和でいいな。訓練兵の時はなるべく10番以内に入らないようにって気を使ったもんだが、今はもう兵士になってから初めてかってくらいのんびりしてるよ」
「それは何よりだね。私も君が危険な目に合っていないと思うと安心するよ」

今は壁外調査もなく、兵士達全員に命の危険がない事も、エルヴィンが安心していられる要因だろう。

「そういえば、知ってるか?エレンのやつ、死に急ぎ野郎って言われてるらしいぞ」
「へえ、簡単に命で綱渡りする君とそっくりじゃないか」
「おい、俺は別に死に急いでるわけじゃねぇよ、毎回ちゃんと生き残ってるだろー」

カナフが軽く膨れて見せる。
いつもの光景に見えたそれも、実は最近は無かった事だ。カナフのいなくなった穴は想像以上に大きく、その負担はリヴァイだけじゃなくエルヴィンにも降りかかっている。
しかし、カナフの言葉にエルヴィンは一瞬ハッとした顔をした後悲しそうに微笑んだ。それを見たカナフも、自分の失言に気付いてハッとして押し黙り顔を背ける。


「……、生き残ってた、だった」

「今度は死ぬな」

「……、」


カナフは一度死んだ。そして今ここにいる。
昔馴染みと昔のように話しているとついその事実を忘れてしまう自分を、カナフは内心叱咤した。親しい人間が死んで、傷を負わない人間はいない。もし傷を負わないのだとしたら、それは親しい人間ではなかったのだ。
そして、エルヴィンの遠まわしな激励と親愛をその言葉で感じ取り。
感じ取ったからこそ、カナフは軽はずみな返事はできなかった。今度は死なない、というその立った一言を、口にすることが憚られた。約束して、そしてまた死んだら。自分は一体何度他人を削げば気が済むのかと思ってしまう。



「エルヴィン、入るぞ」
「!」


重くなった空気を吹き飛ばすように勢いよく団長室に入ってきたリヴァイに室内にいた二人はハッとしてリヴァイに視線を向けた。
室内の空気と、そしてこの場にいたカナフに目を向けてリヴァイは眉根を寄せる。その視線には、なぜここにいるのかという疑念が含まれていた。

「……カナフじゃねぇか、何してんだこんなところで」
「いえ、申し訳ございません、失礼いたします」

急いで立ち上がり敬礼をして足早に立ち去ろうとするカナフを横目でじっと見つめるリヴァイの横から、エルヴィンは大き目の、しかし優しい声音でカナフを呼び止めた。

「カナフ」
「はい」
「また後でな」

その顔をその眼光で穴が開きそうなほど見つめるリヴァイを横目で見ながらエルヴィンは、カナフだけに優しい表情で次を告げるとその言葉にカナフは少し考えるそぶりを見せてから、微笑して意味ありげに笑う。

「……いえ、また明日」
「わかった、おやすみ」
「おやすみなさい」

ぱたりと静かに閉められたドアに、リヴァイはエルヴィンをついまじまじと見てしまった。
その視線に耐えきれずに小さく息をついてから困ったように笑う。

「何だ」
「……カナフに手出してんのか?」

驚くほど硬質な声だったことに、一番驚いていたのはリヴァイだった。

「手を出すとは人聞きが悪いな、愛を育んでいると言ってくれ」
「……お前、カナフの事好きだっただろう」

今出て行ったカナフの事を言っているわけではない事は、二人とも分かっていた。

「オレと似たような目ェしてカナフの事見てたよな。気付かないとでも思ったか?」
「……だから、同じ名前の彼に手を出してると言いたいのかい?」
「名前が同じだけじゃねぇ……お前だって、分かってんだろ」

仕草も、戦い方も何もかもだった。似てると思うたびにリヴァイは、そんなはずがないと泣き出しそうになる自分の心を蹴り飛ばす。何しろカナフは、リヴァイの目の前で死んだのだ。リヴァイの目の前で、リヴァイを庇って、カナフは巨人に喰われて死んだのだった。一番幻想を見たいはずのリヴァイは必死に自分を叱咤した。そんなはずがない。


「……私が誰とカナフを重ねようが、どんな恋愛をしようが、これはプライベートだ。私たちはカナフの事を忘れるべきだ、君だってそう思ったからエレンと付き合っているんだろ?」


エルヴィンは心にもないことを言った。カナフ自身から口止めされていた事もあるが、それ以上に、リヴァイにカナフの事を知らせたくなかった。どれだけの人が傷つくか、と思ったのもあるが、それは綺麗な方の本音で、裏の本音はカナフの理解者は自分だけでいいと思っていたことが大きかった。誰にも教えたくなかった。誰にも渡したくなかったのだ。
リヴァイにばれたとしたら、今度こそ絶対にリヴァイはカナフを離さないだろうという予感があった。エレンとの関係を断ち切り、カナフを傍に置いて片時も離さないのは火を見るより明らかだった。何なら牢屋に閉じ込めるくらいの事はするかもしれない。
カナフが死んだ、あの時のリヴァイを知る人物なら、今の予想を否定しきれないと思うだろう。


リヴァイは苦虫を噛み潰したような顔を逸らした。
誰に取っても大きかったカナフという存在を、忘れられるはずがなかったのだ。




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2015/10/01 gauge.


SK

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