訓練が終わり、休憩時間にカナフはエレンに離れたところの林に連れ出されていた。
カナフの腕を両手でそっと掴みながら、しきりに周囲を気にする様子に首を傾げる。

「どうした、エレン」
「……あの、さ、こんなこと、カナフくらいにしか言えないんだけど」
「……?」

息を大きく吸って、吐いて。
ようやく落ち着いたのか、おずおずと口を開こうとしてやっぱり閉じ、顔を赤くしながらゆっくりと何とかまた口を開く。
エレンの、普段の様子とは違う煮え切らない姿にカナフはただ首を傾げるばかりだった。

「俺、兵長の事……好き、みたいで、男同士だし、兵長は人類最強だし、年上だし上官だし、こんなのダメだって分かってるんだけど、でもッ」

エレンの口から飛び出した告白にカナフは目を丸くした。
その衝撃とも言える事実をカナフに告白したというのもまた驚くことではあったが、それ以上に、エレンがリヴァイを好きだというのはカナフにとっては頭を殴られたような衝撃だった。
二人に接点が合った事は知っていた。人類の希望と、人類最強の男。エレンを飼いならそうとしている事も、エレンを気持ち悪がったり怖がったりしないところをエレンが気に入っている事も知っていた。
それが恋愛に繋がってしまうところが怖いところだが、しかしもしかしたらアリ、かもな、とカナフは思っていた。
カナフの沈黙をどう捉えたのか、エレンはちらりとカナフを目に留めてから視線を彷徨わせて目を伏せ、胸の前でもぞもぞと手を合わせた。

「……ごめん、こんな事言って。気持ち悪いよな。けど、どうしていいか、分かんねぇっつーか、いや、告白なんて考えてないけど、苦しくて」

エレンが苦しげに震えるのに、カナフはとりあえず考えるのをやめて歩み寄り、さするようにエレンの腕をぽんぽんと撫でた。
エレンくらいの年の、自分の恋愛を思い出して頬を緩める。訳わかんないけど一生懸命で頭いっぱいになった、ような記憶があった。縋るように見つめるエレンの金色の目を見て、苦しいだろう彼の心情を慮って少し高い位置のエレンの頭をポンと撫で、手を下した。

「いや、分かるよそういうの。吊り橋効果だとかなんとか言われるけど、自分にとっちゃどうでもいいんだよな。男でも実際に相手が好きで、大切で、守りたくて、ずっと傍にいたくて、少し近づいただけでもドキドキして」
「そ、そうなんだよ!苦しいのに、幸せで、辛いのに、嬉しくって……、」
「ん?」

言葉を不意に区切ってエレンはじっとカナフを見つめた。
その視線に気づいて遠くを遠くに投げていた視線をエレンに戻す。
視線を戻したカナフが見たエレンは、嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに笑っていた。

「やっぱ、カナフに話して良かった」
「……告白、しないのか?」
「しねぇよ!フラれるのなんてわかりきってるじゃん」

素直な言葉に可愛いなと思いながらカナフは、疑問に思う事を口にする。
したらいいのにと思っていた。うまくいくかは分からないけど、二人がくっついたならそれはとても幸せな光景だろうなとさえ思っていた。胸の内に感じたちくりとした痛みに気付かない振りをしながら。

「ふーん……もったいねぇな、そんなに好きなのに」
「も、ったいねぇとか、そういうんじゃねぇだろ、こういうのって」
「してみたらいいじゃねぇか、兵長、結構エレンの事気に入ってると思ったけどな」

実際、先日の訓練でもリヴァイはエレン、そしてミカサと行っていたようだった。他の班員がいたのかどうかは分からないが、新兵とはいえ先に二人を逃がし、自分がその時間を稼ごうと考えるあたり、リヴァイはエレンを他の兵士よりも大切に扱っている事は明らかだった。まして、腕の立つミカサを護衛だと言ってエレンに着けるなんて破格の待遇だとさえ思う。
恋は盲目というやつなのか、エレンはそれを特別な事だとは思わずに焦がれる恋心と現実に惑わされているようだった。

「玉砕して終わりじゃねェか、嫌だよ!」
「わかんねーだろ」
「分かるわ!」

やる前から諦めるというエレンに、カナフはやれやれとため息をついて笑って見せた。
その食い破るような笑みに、エレンはぐ、と言葉をしまって言葉を飲む。エレンはどうもカナフのこの表情に弱かった。

「エレンらしくねぇなあ。目標に向かってまっしぐら!それがエレンじゃねぇのかよ」
「っ……」
「自信を持て、きっと大丈夫だから」
「分かんねぇだろ……」

苦しげに歪められる表情はエレンが俯いたことで見えなくなったが、その上からカナフは優しい声音でエレンを励ました。
男同士だし、相手は上官だし。
エレンの言った事は、確かに抱いた恋心を諦めるのに十分な現実だった。気持ち悪がられて終わりだと、考えるまでもなく理解してしまった事だろう。
でも、とカナフは思った。
きっと、エレンとリヴァイは上手くいく。
確証はなかったが、妙な確信があった。


「玉砕したら、俺が慰めてやるよ」


笑いながら両手を広げて見せるカナフに、エレンは虚を突かれて、そして噴き出して笑い、カナフもそれにつられるように笑った。

「俺、行ってくる!」
「頑張れ」

元気ないつも通りの弾けた笑顔でガッツポーズするエレンの頭を、ぽんぽん撫でて送り出す。
エレンの姿が見えなくなってからもカナフは、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。




***




翌日、廊下を歩いているカナフの背後から、ものすごい勢いで走ってくるエレンが、そのままカナフに飛びついて抱き着いた。

「カナフ!カナフ―!!!」
「おお、どうした」

多少よろけながらも踏みとどまり、自分の首元にがっちり回されたエレンの腕をぽんぽん撫でて落ち着かせる。
エレンはそれでも離れず、カナフの肩口にぐりぐり頭を押し付けて、満足したのかぱっと手を離してカナフの正面に回り込み、肩をがっちりつかんだ。

「聞いてくれ!成功した!アレ!前言ってたアレ!」
「まじでか」
「マジで!」

やっぱり、という気持ちと、それが実現して嬉しいという思いでカナフは自然と笑顔になった。
エレンの嬉しそうなはちきれんばかりの笑顔も、カナフに幸福感を与えていて、エレンの頭をぽんぽん撫でた。

「そっか、おめでとう。良かったな」
「おう!マジありがとうカナフ!」

真っ直ぐなエレンの言葉に、素直に喜びきれなかった暗い方の本音が頭を擡げたが必死に振り払ってカナフは苦笑して手を振った。

「俺は何もしてねぇよ」
「してくれたよ!カナフがいなかったら、諦めて終わってた!この幸せは、カナフがくれたんだ」

今回のこれはエレンが頑張ったからこその結果なのに、カナフの手柄だと信じて疑わない様子のエレンに座りの悪い心地を味わいながら苦笑してまた頭をぽんぽん撫でる。
どうもエレンに耳と尻尾があるように見えてしまうが、もちろん実際に生えているわけではない。

「そりゃ光栄だ。幸せになれよ」
「へへ」




***




就寝時間だった。
皆が寝静まる静かな夜だった。
見上げた空には満ちきっていない満月がぽっかりと浮かんでいる。月明かりのおかげでランプがなくても明るかった。

普段誰も使わない倉庫、影。
ぽすり、と壁に背を付けて座り込むカナフの姿があった。
これはいつもの癖で、カナフは静かな夜に月を見上げるのが好きだった。好きすぎてそのまま眠ってしまう事も度々あるほどだ。
誰の前でそれをよくやっていたのかは、誰にも語られない事実で、過去だった。


「……意外とクるな」


エレンが遠くへ行ってしまう事への寂寥ではなかった。自分の居場所を、奪われたような気がして、苦しかった。

俺がお前を守るよ。
そう誓った相手を、もうすでに裏切ってしまっているのに、また裏切ってしまったような錯覚があってそれがカナフを苦しめていた。その決意をしたのもこんな月の夜だった。
チャリ、と首から下げていたネックレスを服の上から握りしめる。
別れを言えばいいのか、謝罪したらいいのか、祝えばいいのか。
そこまで考えて、何もしなくていいかと思い直す。
今まで通り調査兵団の一員として任務を遂行する。それが、2度心臓を捧げた者の務めだと、そう言い聞かせた。





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2015/10/01 gauge.


SK

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