訓練、だと言われていた。
しかし、突如として現れた巨人の群れに新兵はなすすべもなく、その場にいた先輩兵士の指示通りに馬で駆ける。
しかしカナフは、最後尾を走っていたのをいい事に周囲を警戒しながらも周辺を回っていた。


「ついてないな……」


カナフは呟いた。
別に迷っていたわけではない。よそ見をした瞬間にはぐれるような地形でもないし、馬の駆動音なんて一瞬で聞こえなくなるわけでもない。自分から、班を離れ一人になった。

ある人物を探していて、そして見つけた。
前から馬で駆けてくる二人の影が見えて、その奥には巨人が3体、さらにその奥から3体という状況だった。
徐々に近づいてくる二人は見知った二人だった。


「エレン!ミカサ!」

「カナフ!? お前、どうしてここにいるんだよ!?」
「そんな事より、なんだこれは、どんな状況だ」
「……急に巨人が来て、一緒にいた兵長がエレンを逃がすために、まだあそこにいる。私は、エレンの護衛」


ミカサの端的な説明に全て理解して、弾けるように巨人の群れの中心に目を向ける。
エレンは、悔しいような辛いような苦しげな表情を浮かべながら、背後を気にしつつも必死に走っていたようだった。
そんなエレンの頭をぽん、と叩いたカナフは、優しい微笑を浮かべながら手綱を握る。

「そうか、分かった。お前たちは逃げろ、兵長がやられることはないだろうが、何かあれば俺がなんとかする」
「お、おう!」
「お願い」

急に活気に満ちた二人の様子にまた頬を緩めて、手綱を引いて馬を駆けさせる。
二人があの巨人の群れを見てもカナフを何の心配もなく送り出したのは、カナフの実力はすでにトロフト区防衛線において白日の下にさらされていたからでもある。
訓練兵トップの実力を誇るミカサが、まるで子供に見えるほどの、練達した立体機動兵器の駆使、戦術、ブレードの扱いは、見たことのない人類最強の男を彷彿とさせるほどだった。不安や恐怖に駆られるたびに、彼の背中を見ると奮い立つことのできた者は一体何人いただろう。
それは、ミカサや他の者も例外ではなかったのだ。

話している間に、別れている間に、もう2,3体ほどは地に沈んでいるのが見えたが、人類最強だからと安心なんてできなくて、カナフは逸る気持ちを必死に抑えながら走っていた。


「リヴァイ兵長!」
「!? 何をしている、さっさと引け!」

「……はーい」

「……!?」


さっさと引け、と言われたカナフは、目の前の巨人に目を滑らせると同時に、それまでの落ち着いた雰囲気を全て捨て去って、獰猛な笑みを浮かべて間延びした返事をした。
リヴァイはカナフのその表情にぞくり、と何かが背なを駆けあがるのを感じたが、すぐに巨人へと意識を向ける。油断して勝てるものでもなかった。気を取られていて生き残れるほど甘い相手ではなかった。


しかし。


ちら、と視線を向けるとカナフは、ブレードを引き抜いたその手首を、新体操のバトンのようにくるくる回して手で弄んでいた。

新兵で、経験だってないはずの、やつが。

この落ち着きはなんだ。
この余裕は何だ。
誰かを彷彿とさせる、この動き。
リヴァイはその全てに血の気の引く思いだった。

まるで、あいつの様じゃないか。
まるで、あいつの。


屋根の上でカナフに気を取られている間に、カナフは流れるような無駄のない動きで、一直線に一気に二体蹴散らしていた。
合理的なようでその実面倒くさがりなだけの、快楽を得るためだけのその戦い方。
リヴァイは、久しぶりに恐怖にのまれていた。巨人にではなく、つい先日調査兵団に入ったばかりの、ただの新兵に。


「、リヴァイ!」
「ッ、!?」


注意なんて払っていなかったリヴァイの背後から、屋根と同じくらいの高さの巨人が手を伸ばしていた。
普段なら即座に対応できるリヴァイだが、この時ばかりはタイミングが悪かった。恐怖にのまれていたリヴァイは頭も体も何もかもが動かずに、迫りくるその手をじっと見つめるしかできなかった。

突如として舞う血しぶき。
それさえも呆、と見上げるリヴァイの、その身に僅かに降りかかる。
空を駆け抜けたカナフが、リヴァイが捕まる寸でのところで巨人の腕を切り刻んで、腕を無効化した。
ワイヤーを即座に射出して背後に回り込みうなじを削ぎ落とす。
笑っていた顔が嘘のように獰猛に煌めき、表情を消していた。



「おい……冗談じゃねぇぞ」



リヴァイの苦しげな呟きは、もうすでに遠くに飛んで行ったカナフには届かなかった。
信じられなかった。信じたくなかった。認め無くなかった。見たくなかった。知りたくなかった。
色々な感情がリヴァイの内側を渦巻いて、煮えたぎって、固まった。
気のせいだと霧散させることもできない程、水でも流せない程、固くその場に留まって重さを主張し続けている。

そんな思いに支配されている間にも、カナフは目の前を縦横無尽に駆け巡っていた。
先ほどの獰猛さは微塵も見せず、とても楽しそうに愉悦に表情を歪めながら。
リヴァイはカナフの姿ばかりを目で追いながら、一歩もその場から動くことが出来なかった。

やがて、恐ろしいことにこの場にいたすべての巨人を駆逐したカナフは、何事も無かったかのように微笑を浮かべながらリヴァイのいる屋根の上に降り立った。
片膝をついていたリヴァイに無言で手を差し伸べ、目が合うと頬を緩めて目を細める。

顔だって、違う。
声だって、そうだ。
なのに。

リヴァイの心臓を未だに鷲掴んで離さない、ある人物がカナフと重なって見えて仕方がなかった。
そんな顔で笑うな。手を差し伸べるその姿勢だって。
叫びだしそうなほど、先ほどの塊が煮えたぎる。しかし、大きな深呼吸をひとつ。それだけでリヴァイは内面の葛藤を押さえつけて、差し出された手を軟らかく払いながら自分で立つ。
カナフは不機嫌になるどころか、どこかリヴァイがそうすることが分かっていたかのようにやんわり笑んで手を引っ込めた。

「ご無事で何よりです」
「お互いにな」
「戻りましょう、エレンもミカサも心配していましたよ」
「そうか」

新兵ごときが、と思ったり言わないところがリヴァイだった。
指笛で馬を呼ぶ。
リヴァイとカナフは、隣に立ったのなんて初めてだ。それなのに、本当に初めてなのかと思うほど、リヴァイにとってカナフという存在は馴染んでいた。まるで何年もそこにいたかのような感覚がしていた。距離感も、空気も、完璧だった。それはリヴァイの好みだという話ではなく。


苦しい。


リヴァイは思わず俯いて歯噛みした。
思い出したくなかった。
忘れたくなんてなかったが、こんな風に誰かの存在によって揺り起こされたくなかったのだ。ふとした瞬間に思い出したかった。自分だけの。そう、自分だけのものだと思っていた。


「……どうしました?」
「いや……」


ハッとして顔を上げたリヴァイだが、地平に視線を走らせるばかりでカナフの顔は見る事が出来なかった。
震えだしそうになる体を、右手で左腕を握りしめて堪える。

「まさか、怪我でも?」
「馬鹿言え、そんなヘマするか」
「……どうかしたんですか、様子が変です」

カナフが手を伸ばしたのが横目に見えて、思わずその手を咄嗟に強く払ってしまった。
お互い見つめあったまま、気まずい空気だけが流れて、リヴァイは視線を彷徨わせ、カナフは叩かれた手を引っ込める。

こんなはずじゃ、なかった。
リヴァイは自分がこんなにも取り乱している事が信じられなかった。いくら、あいつのこととはいえ。
しかし。

疑惑は膨らむばかりで、今だって、俯いているのに目の前にはあいつの存在感があって、顔を上げれば別人だと分かるのに、その当たり前の事に打ちのめされたくなくて顔を上げる事が出来なかった。
静かな平原に太陽だけが昇っている。雲一つない。鳥さえもいないその中、遠くから馬のいななきとともに蹄の音が響いてきた。馬が戻ってきたのだ。
リヴァイはその事実にほっとして、何故か入り込んでいた力がふと抜けた気がしていた。
その事実にまた悔しく思い、ふうと息を吐いて顔を上げ口を開いた。


「……ひとつ、聞くが」
「はい」
「親戚に、カナフ・ベルネットというやつはいるか。知り合いでもいい」
「……、いいえ、おりません」

答えを探すように、カナフは一瞬言葉を詰めた。
しかしそれも一瞬で、すぐに否定の言葉を口にする。
その返答に、救われもし、落胆もさせられて、それでもリヴァイは、それが当然だというように一度頷いて戻ってきた馬に目をやった。


「そうか。……戻るぞ」
「はい」


リヴァイからその質問が出たことに、カナフは内心で舌打ちをしながら屋根から飛び降りて駆け寄る馬に乗りこんだ。




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2015/10/01 gauge.


SK

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