「後日、配属兵科を問う。本日は、これにて第104期『訓練兵団』解散式を終える…以上!」
「ハッ!」




解散式の夜、送別会の名目で並んで夕食を囲んでいる本日訓練兵を卒業した新兵達がいた。
浮かれている者もいれば、どこか暗い顔をしている者もいる。兵士になるという事はいつかは巨人と戦うという事なので暗くなってしまうのも頷ける。
どんな喧騒にも加わることなく我関せずで夕食を取っている男がいた。
名前をカナフ・クライバー。彼もまた新兵だった。


「なあ、カナフ!お前もそう思うだろ!?」


遠くから声を掛けられて視線を向けたカナフは、何を問われているのか分からず微笑を浮かべながら小さく首を傾げた。

「何の話だ」
「コイツの頭、湧いちゃってる〜って思うだろって話だ!」

カナフはコイツと指を向けられた黒髪の青年に視線を向ける。3年も一緒にいれば名前も覚えているが、積極的に周囲と関わってこなかったカナフにはそれでも何の話が分からず苦笑する。

「一体何に対してだ。聞いてなかったから話が見えねぇ」

ノリで返すこともせず、その場の雰囲気に合わせることも言わずに冷静に、真面目に対応するカナフに喧嘩腰に水を向けてきたジャンに対して顎をしゃくる。どちらの味方に付く気もないその様子は、湧き立ったその場を鎮めるのにちょうどいい鶴の一声となっていた。

「はあ……お前はいっつもそう……もういい」

興をそがれた様子でジャンは頭を抱えながら外に向かって歩き出した。
声を掛けられていたカナフも、話がないならと夕食を再開している。その場にいた全員も、終わったのかと口々に言いながら再び喧騒を取り戻していた。



「さっきは助かったよ、教官にどやされずに済んだ」
「フランツ、ハンナ」


カナフの目の前に座った2人に視線を向けて、取りあえずスプーンを動かすのをやめたカナフはまた意味が分からないと首を傾げる。

「さっきな、またエレンとジャンがやり合う寸前だったんだ」
「まさに一触即発!って感じだったんだよ」
「へえ」

大して興味もなさそうにカナフは相槌を打つ。フランツとハンナは安心したように頬を緩めながら2人見つめ合ってほっと息を吐いていた。

「カナフは落ち着いてて、周りも落ち着かせてくれるから本当助かるよ」
「ほんと。でもジャンも、カナフに話しかけたらこうなるって分かってるのにどうして話しかけるのかな」
「自分の味方してほしいんじゃないの?」
「えー、でも、」

すっかり二人の世界に入った2人を見てもカナフは何も言わずに静かに夕食を再開した。二人の話は目の前にいることもあって耳には入っているが、口を挟むような真似はしなかった。何かあれば話しかけられるだろうと思っていたからだ。それは放置しているということではなく、また他人を拒絶しているわけでもない。ただ、大人だった。




***




数日後、トロスト区に超大型巨人が出現し、駐屯兵団と訓練兵団が海兵扉の修復と領土の防衛にあたるという事件があった。後にトロスト区防衛線と呼ばれるそれは、まだ訓練兵のエレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、そしてカナフ・クライバーの3名の功績によってトロスト区の奪還に成功した。巨人に対して初めて勝利を得た奇跡的な瞬間だった。
その主な賞賛は、巨人に変身して巨人を薙ぎ倒し、壁に空いた穴をその力で塞いだエレンに送られた。

事実を知らされた民衆は新たな英雄の誕生に歓喜する。巨人が味方にいるのならと湧き立つ民衆を余所に、エレンの処遇を巡り、兵法会議が開かれることとなった。しかし、エルヴィン団長とリヴァイ兵長の働きでエレンは調査兵団預かりとなり、無事、とは言い難いが希望していた調査兵団に所属することとなった。

そして、新兵勧誘式が執り行われた。
エルヴィン団長の演説は殊の外新兵の恐怖を煽り、その場に残ったものは僅かでしかなかったが、それでもカナフは「結構多いな」と思っていた。
残った新兵に、表情もなくエルヴィンは問う。


「君たちは、死ねと言われたら死ねるのか?」
「死にたくありません!」


誰かがか細い声で叫んだその言葉に、ようやく少し表情を上らせてエルヴィン団長は叫び、そして敬礼した。


「では今!ここにいる者を新たな調査兵団として迎え入れる!これが本物の敬礼だ!心臓を捧げよ!」


それに倣うように新兵は悲痛な面持ちで敬礼を返す。中には泣いている者もいた。その最前列で、カナフだけが僅かに笑みを浮かべて見せていた。
その姿を見て、リヴァイは目を瞬いてカナフを見つめる。笑顔と呼ぶには無表情に近かったが、一人だけ違う雰囲気を持つ新兵に目を奪われていた。

その後すぐに古城に案内されそこで共同生活を送る事となった。
廊下を一人であるくカナフに、背後から近づく気配があり、その気配を察したカナフは半身を引いて壁際に寄って進路を譲る。


「ミケさんお疲れ様です」
「……」


ミケが何も言わずに近づいてきた。何も言わず、無表情のまま。その奇行種を彷彿とさせる行動にカナフは頬を引きつらせた。ミケは何も言わずに身をかがめてカナフの首筋に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ続けていた。その間、カナフは僅かに嫌そうな顔を上らせながらも身動きせずにその行動を耐え続ける。


「ちょ、ちょっと……ミケさん?」
「……」


ずっと。無言で。匂いをかがれ続けるのは本当に苦痛だと顔を歪ませながら、カナフはさすがに口を開いたもののそれでもミケは無言で嗅ぎ続けている。いつもよりずっと長く続くそれは、何かを確認しているようでもあった。
さすがに我慢ができなくなり体を横に滑らせて逃げようとするも、ミケに腕を掴まれ壁に押し付けられてしまった。
壁を抱きしめるように押し付けられてしまったので実力行使でもしない限り抜け出せなくなってしまったカナフは、無駄とは知りつつ抵抗を試みて体をばたつかせた。


「おい、ちょっと……いい加減に、」

「何をしている」

「……!」


突然の声に驚いて視線を向けた先にいたのは、人類最強の男、リヴァイ兵長だった。隣にはエレンの姿もあったが、カナフはリヴァイの姿から目が離せなくなっていた。しかしすぐに正気を取り戻して、力の抜けたミケを押しやって抜け出す。


「しつけぇ!」
「あ……」


本気で走り去ったカナフは瞬きしている間に目の前から姿を消したが、ミケはカナフの姿が見えなくなってもずっと立ちつくし、走り去っていった方向を見つめ続けていた。

「……どうした、ミケ」
「あいつ、……いえ、なんでもありません。…………きっと気のせい、です」
「……?」
「……あの、カナフがどうかしたんでしょうか?」

エレンの心配するような問いかけに、リヴァイは一瞬動きを止め、弾かれたようにエレンを見た。

「あいつ、カナフって言うのか」
「は、はい。同期のカナフ・クライバーです。あいつ成績は11位だったのに、トロフト区の時は1位のミカサよりも巨人を討伐したみたいで、驚きました。鬼みたいに強かったって他の同期が離してましたよ」

エレンの嬉しそうな顔を見ながらリヴァイは、先ほど走り去っていったカナフが言い残した言葉と、その時の言い方、仕草を思い出していた。自分のお花畑みたいな頭を呪いながらカナフが走り去っていった方向に視線を向ける。

「鬼か……嫌な偶然だな」
「え?」
「なんでもねぇ。行くぞ」
「は、はい!」




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2015/09/10 gauge.


SK

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