11



3週間だ。
カナフは、自分がどれくらい寝ていたのかと尋ねて、そしてそう返答があった。それだけの間眠り続けて、栄養もろくに取れず、痩せ、水分が足りずに皺の増えた老人の様な手を見下ろした。

「訓練への参加は禁止だな、カナフ」
「うわあ、勘弁しろよエルヴィン、もう泥みてぇに寝てたんだからいいだろ」
「体力が回復しないなら、参加を認めるはずないだろう。大人しく寝てなさい」

子供の用に口をとがらせて抗議するカナフを苦笑して心配を溶かし込んだ命令を下すエルヴィンの顔は、すっかり活気が戻っていた。
「ずっと部屋にいたらなまるどころか腐ってしまう」と周囲の静止も振り切って部屋の外に出たはいいものの、頭の包帯を見るや否や誰にも何もさせてもらえず、結局団長の執務室にこもっている。

「体力の回復ったってなー……こんなに何にもしてねぇのにこれ以上どうしろっつーんだよ」
「普通ならずっとベッドの上だぞ。出歩くのを許可しているだけでも良しとしなさい」
「暇なんだよなー……」
「いいね、暇になりたいよ、俺も」

苦笑しながらそうぼやくエルヴィンに、カナフは片眉を上げてエルヴィンに身を乗り出す。

「どうしたエルヴィン、大変なのか?」
「……いや、何もない」

エルヴィンの少し疲れた笑顔に訳知り顔で笑う。

「資金繰りか?」
「……、ああ、まあね」

カナフには隠しても無駄だと諦めたように笑って、エルヴィンは頷いた。
カナフは一旦視線を考えるように逸らして、顎を指先でぽんぽん叩く。

「俺をずっとご指名だったジジイはどうした?俺が死んだら財布の紐固くなったか」
「ああ。カナフの死を知るや否や、な」
「ああそう、現金なもんだな。まあ利害関係何てそんなもんか」

エルヴィンは何も返さずに空気を漏らすように笑って書面に目を落とした。
カナフもそのまま考えを巡らせるように部屋の中をくるくる見た後一点をじっと見つめるように考えに集中した。
以前は、資金繰りに苦しむエルヴィンを助けようとカナフはしたくもないことをして金を援助してもらっていた。本来ならリヴァイに来た話でさえカナフが引き受けていたこともある。しかし、リヴァイがいる手前陰で隠れながらしていたのだ。
カナフは思い出していた。
あのジジイの連絡先ってなんだったっけ?


「何を考えてる」


厳しい口調のエルヴィンににやりと口角を上げて悪戯に笑う。

「ええ、何が?」
「とぼけるな、何をしようとした」
「怖ぇなあ、なんだよエルヴィン」
「……よし、君の部屋に鎖を繋いで監禁するとしよう」
「はあ!?待て待てなんだそれ!」

慌ててカナフはバンとソファの肘掛を叩いてみるが、エルヴィンは眉ひとつ動かさず睨んでいるようにさえ見える程の眼力でカナフを見る。
本気だ。
エルヴィンの顔を見ながらそう思い知り、ちろりと視線を逃がして顔を引きつらせた。


「……させないぞ、君に、そんな真似」


ため息を吐き、一言ずつ区切るようにそう発したエルヴィンに、カナフは眉根を寄せて黙るしかなかった。
昔そういった話が来ている事は、団長だからエルヴィンは知っていた。主にリヴァイに来ていたがカナフ宛てのももちろんあって、団長はそれらすべてを断っていた。しかし、団長の補佐として内地に来たところを見計らったように直接言ってくるものは防ぎきれなかった。元からそういった資金調達に難色を示していたのを、ベルネットだった頃のカナフは誰にも何も言わず勝手に裏で動いていたのだ。そのうちカナフがもたらす資金が必要不可欠だと分かると、エルヴィンは渋々ながら何も言わなくなった。
しかしそれは、何も言わなくなっただけで許したくないと思っていたことに変わりはなかった。

「前は何も言わなかったじゃねぇか」
「前だって、許したくはなかった」
「でも金は必要だろ?」
「必要さ。必要だが、そんな真似させるくらいなら今の10倍頭を下げた方がマシだ」
「俺だって一緒だ」
「、なんだって?」
「俺だって、お前ひとりに全て背負わせて、ずっと頭下げ続けさせて、壁外でも命張らせるなんて、そんなの許せると思うか。何も思わないと思うか?」
「俺と君じゃ立場が違う」
「ここは俺にとっても大事な居場所なんだ。守るためならなんだってする」
「だめだ」

強い拒絶に動きを止めてエルヴィンを瞠目して見つめる。
このままでは平行線だと、カナフはとりあえず自分の主張を引っ込めるために小さく深呼吸をした。

「……分かった。大人しくしてる」

やけに聞き分けのいい様子のカナフにエルヴィンは顔を顰めて持っていたペンでトンと書類の束を叩く。

「そう、言っておけばいいだろうと思っているだろう」
「え」
「よし、監禁」
「ちょおおおお!!!嘘うそウソ、マジで行かないからあああ!!」
「許しません、監禁です」
「エルヴィーン!」

カナフが何を言っても取り繕ってもご機嫌を取ってもエルヴィンは首を横に振り機械のように「だめ。」「監禁。」と否定する。
顔を青くしながら、団長室からずっと悲痛な叫び声が響いていたのだった。。。



やがてカナフが涙ながら諦めて監禁を受け入れた頃。
ソファに横になり、天井を見上げながらぽつりと口を開く。

「……エルヴィン」
「どうした」
「……リヴァイに、バレた」
「、」

書面から顔を上げてカナフを見るが、カナフの顔はソファの肘掛に隠れて胸元から先しか見えない。
どんな顔をしているのか分からなかったが、その声から内心までは読み取れない。

「そうか」
「俺の事は忘れろって、言った」
「それはまた……」
「そしたら、泣かせた、けど、……エレンと上手くいきそうだ」

カナフの言葉だけでは状況がさっぱり伝わってこなかった。どうなってエレンと上手くいく感じになったのか。なぜバレたのか。さっぱり分からなかった。エルヴィンは何と言ったらいいのか分からなかったが、きっと、カナフもアドバイスや励ましを期待して言っているわけではないだろう。関わらせた責任として、友人として、恐らくカナフは返答の必要ない報告をしている。エルヴィンはそう理解して、椅子から立ち上がり奥の戸棚から瓶を二つ手に取りカナフのすぐ傍のテーブルに置いた。もちろん栓は抜いてある。


「お疲れ」


エルヴィンの短い労いにカナフは泣きそうに顔を歪めながらも歪に笑ってソファから起き上がる。
カナフが瓶を持ち上げたのを見届けて、エルヴィンは瓶を軽く掲げて見せるとカナフはエルヴィンの瓶に控えめにぶつけて簡単に乾杯をする。カナフの好きな酒はエルヴィンも知っていた。
カナフが酒に口を付けたのを目に留めてからエルヴィンも口を付けた。

「エレン、このまま迷わなきゃいいけどな」
「まだ君とリヴァイの事を疑っているのか?」
「うーん、どうだかな。でも、やっぱ、なあ。あの時のリヴァイ、まだ俺に縛られてる感じだったし、俺もリヴァイの事まだ好きなのエレンにはばれてるし、穏やかではないだろうな」

先ほどよりも苦しげな様子もなく、カナフは酒を煽りながら思い出話を語るようにここではないどこかを見ながら目を伏せて口を開く。
穏やかではないのは君もじゃないのか。エルヴィンは口には出さずにそう思った。
本当なら傍にいたいはずなのに、その位置をエレンに渡して、遠くから見るしか出来なくなって、気安く話しかける事も出来ないままだ。これで悲しくない人がいるだろうか。

「うまく、いってほしいんだけどな」
「……、なら、私と付き合ってみるか」
「は?」
「そうすれば、エレンも今以上に気にすることもないだろう。リヴァイも、気持ちを切り替えるかもしれない」
「ちょっと待て、誰と、エルヴィンが付き合うんだ?」
「カナフだ」
「え、……っと、」
「少しの間だ。2人が君の事を気にならなくなるまででいい。リヴァイも手を出してくることも無いだろう」

エルヴィンの言葉に瞠目して探るように覗うカナフに、エルヴィンはにやりと人の悪い笑みを浮かべる。

「君と、エレンが離しているところを偶然見てしまってね」
「……怖ぇやつ」
「なに、偶然だ」
「うん……」

釈然としないままカナフは顔を歪めつつも反論を呑み込んで頷く。
糾弾するための材料がなさ過ぎて追い詰める事さえできないのだから飲み込むしかない。
カナフは瓶を弄びながら、その水面に目を向ける。
エルヴィンと、団長と会っていると意味ありげに言った時、エレンはカナフを疑う事をやめた、その時を思い出していた。誰かと付き合えばもしかしたら、エルヴィンの言うとおり本当に自分の事は気にしなくなるかもしれない。どこかにそんな期待と甘えがあって、もしかしたらそれが正解なんじゃないかと思い始めていた。
リヴァイを遠ざけた時に負ったその傷も、寄り添う相手のいなくなった左隣の寒さも、振り回しているという自責も、もしかしたら贖えるんじゃないかと。

「どうする?」
「俺、まだリヴァイの事好きだけど」
「知っているよ」
「……それで、気にしなく、なるかな」
「可能性は、なくはない」
「ほ、本当に、付き合うわけじゃないだろ?」

カナフの質問に、エルヴィンは意味ありげに微笑しただけで答えなかったが、カナフはその笑みが答えだと、YESだと捉えていた。
突然のことに頭がついていかない。まさかエルヴィンからこんな提案をされるとは思っていなかったのだから当然だった。もしかしたら、これで本当に二人は何もなかったかのように上手くいくかもしれない。付き合っているフリとはいえ、寂しくはないかもしれない。カナフにはとてつもなく甘い誘惑に思えた。

「そう、だな。そうした方が、いいかもしれねぇな」
「そうか、ではよろしくカナフ。恋人特権で、監禁するのは免除してあげよう」
「やった!サンキューエルヴィン!」



***



カナフと、エルヴィンは付き合っている。
そんな噂が旧本部で流れていた。カナフの正体について薄々感づいていたペトラ、オルオ、エルド、グンタの4名は、心から祝福することが出来ずにいる。そしてそれは、やがてエレンとリヴァイにも届いた。

「カナフと団長、付き合ってるらしいですね」
「……、ああ、聞いた」
「仲良さそうでしたし、これでカナフも幸せになるかな」

エレンの言葉にリヴァイは頷く事が出来なかった。
どうしてだ。
そんな言葉が脳内を渦巻いている。
赤黒く煮えたぎるように腹を満たしているマグマがいつまでも消えない。
そう思う度に、自分は今エレンと付き合っているんだと自身を納得させながら、隣に立つ頭一つ分くらい背の高いエレンを見上げた。リヴァイと目が合うとエレンは「にこー!」と忠犬のように尻尾を振っているような満面の笑顔を見せて、その顔がリヴァイを落ち着かせた。
愛しいと、確かに思う。
思うのに。




それから、度々カナフとエルヴィンで一緒にいるところをよく見かけるようになった。
それまでは団長の執務室でたまに見る程度だったのが、噂が広まってからはそこら中で二人を見かける事になった。
寄り添うというほどではなく、隣に立っているだけというほど離れていない絶妙な距離で二人は良く一緒にいた。
エルヴィンの書類やファイルを持ち、時折何気ないさりげなさで書類を渡すエルヴィンに、それを受け取りながらも別の書類を渡すカナフ。分かり合っているという言葉が一番しっくりくるその姿に、周囲も次第に祝福するようになっていた。

しかし。

「うわ、あのジジイからじゃねぇか」
「それは捨てていい」

捨てていい、と言いながらもエルヴィンはカナフの手からその書類をひったくってその場で破り捨てた。「ああ、」と名残惜しそうな声を出したカナフに強い視線を向けながらもにやりと口角を上げるエルヴィンにさっと視線を逸らしたカナフは、顔を背けて咳払いをする。

「……行きません」
「よろしい」

にこりと笑ってエルヴィンはポンポン、とカナフの頭を撫で、先に歩き出す。
カナフは照れくさそうに笑ってエルヴィンの後に続いた。


なんだ、それは。


城からその様子を見ていたリヴァイは、二人の姿を目に留めながら手に持っていたカップをギシリと握りしめた。
付き合っているというのは、リヴァイはエレン対策だと思っていたのだ。カナフに嫉妬してしまうだろうという予想からエルヴィンと付き合っているということにしようと、カナフが考えたのだと思っていた。実際以前は意味ありげに「団長と会っている」と言うカナフを、エレンは疑う事をやめたのだと言っていたことを思い出す。
しかし、今の二人は。
付き合いたての浮ついた空気さえ感じさせるような、とてもフリとは思えない二人だった。


本当に、付き合っているのだろうか。
エルヴィンと、カナフは。


ピシ、と手元から音が鳴ってハッとして持っていたカップに目を向ける。
リヴァイの持っていたカップにはヒビが入っていた。ふう、とため息をつきながらソーサーに戻してヒビを指でなぞる。その手を口元に寄せて目を閉じ、自身を落ち着けるようにエレンの屈託のない笑顔を思い出していた。



「……、」
「……で、……っあ、カ……」

遠くから小さく声が近づいてきているのに気付いて、意識を浮上させた。

「良かったよね、カナフさん」
「うーん……俺は兵長と戻ってほしかった気もする」
「そりゃ私だってそうだけど、でも、どうなるのかなって思ってたから、カナフさんと兵長は離れちゃったけど、二人ともなんか幸せそうだったし、いいのよ、きっと」
「そりゃ、まあ」
「もー!カナフさんと団長がキスしてたとこ目撃したくらいで凹んで!カナフさんが団長と付き合わなかったとしてもエルドには勝機はなかったわよ!」
「うるせえ!そんな事言われなくたって、……」

エルドはペトラと会話しながら部屋の扉を開けた。
そして視線の先にいた人物に瞠目して顔を青くするしか出来なかった。隣のペトラは「わあああ」と奇声を発しながらもエルドを引っ張り「失礼しました!」と扉を閉め、二人分の足跡を響かせながら走り去っていく。
リヴァイはただ誰が来たのかと見ていただけだったのだが、二人は噂話の一端を担う人物がそこにいて心底テンパっていた。

「ね、ね!聞かれちゃったかな!?」
「怖い事言うな!そりゃ、……聞こえてない方が可笑しいだろっ」
「そうよねっどうしよおお」
「俺は無かった事にする!」
「わ、私も!」




***



「……めっちゃ逃げられた」
「勘違いしたのかな」
「は?」
「遠くから見たらキスしてるように見えたのかも」

二人は密着しながら、エルヴィンはカナフの顎を指先で持ち上げ視線を上げさせていた。
急に目を抑えて痛がったカナフの様子を見ていただけだったのだが、カナフは、確かにこの角度ならそう見えたかもなと苦笑する。

「ゴミでも入ったかな」
「いや、眼球の目じり側が赤くなっているから、もしかしたら血管が切れたのかもしれないな」
「あー、最近目使う事多いもんなあ」

カナフは目を右手で覆いながらそう呟いた。

「あれ、逃げてったの誰だった?」
「さあ……新兵ではなさそうだったが」
「うーん……まあいいか。付き合ってる事になってるし?」
「俺は本当にしてもいいんだがな」
「はいはい」




***




夜、夜風に当たるために外に出てきたカナフは、月を見上げて伸びをした。
久しぶりに月を見上げたような心地さえして、時間を忘れて見上げていた。やがて首が痛くなってきた頃顔を戻して部屋に戻ろうと踵を返した。

「、」
「カナフ」
「どうしました、兵長?」

にこりと微笑してリヴァイを見つめるカナフにリヴァイは顔を顰めながら歩み寄る。

「なあ、お前エルヴィンと付き合ってんだってな?」
「ああ、はい」

突然の質問にカナフは苦笑しながらそう答える。
この話題に触れてくることはないだろうと思っていたのだが、どうやらリヴァイは何かに怒っているらしい。
二人共通の友人を、利用するような真似をしたからだろうか。
リヴァイは言い辛そうに言い淀み、眉根を寄せて下から睨みあげるようにカナフを見つめた。もちろん睨んでいるわけではないということはカナフには分かっていて、何が言いたいのかと小首を傾げてリヴァイの言葉の続きを待つ。

「……エルヴィンと、キスしたそうだな」
「は?」

カナフは一体何のことかと眉根を寄せる。カナフにはエルヴィンとキスした記憶はないので当然なのだが、もしかしてまた寝てる間にされてたパターンだろうかと考えを巡らせたところで、昼間のあれかもしれないと合点がいった。

「あ、それは、」
「なんでエルヴィンと……!!エルヴィンと付き合うなら、また俺と付き合えばいいだろ!!」
「、……」

キスじゃなかったんですよ、と。
口を開こうとしたところでカナフはリヴァイの慟哭にも似た叫びに絶句した。
リヴァイは、今、何て言った?
突然のことにそう思ったのも少しの間で、カナフは軽く開いていた口を一度引き結び、小さく深呼吸をしてからリヴァイを見据え口を開く。

「あなたはエレンと付き合ってるでしょう。私の事などお気になさらず、亡霊とでもお思いください」
「なんでだ……!! お前は、ここにいるんじゃねえのか!」
「俺はあなたの知るカナフさんじゃない」

エレン、と口に出せば正気に戻るのではないかと思っていた。
カナフは、リヴァイの感情をその身に直に受け、痛切な胸の痛みに耐えるしかなかった。
ごめん、と。何度目かも分からない謝罪を胸の内で呟きながら。

「何故触れちゃいけねぇんだ……!目の前にいるのに!」
「……エレンが悲しみますよ」
「……俺と、別れたかっただけか。俺と別れて、エルヴィンと付き合いたかっただけか!お前の事を忘れらんねぇのは俺だけか!ふざけんな!」
「な、そんなわけねぇだろ!」

リヴァイの言葉にカナフは自身を抑えきれず怒りを露わにした。リヴァイのその目に涙が浮いていても言葉を抑えるなんて出来なかった。
今だって好きだ。未だに大好きだ。リヴァイが自分以外の誰かと関係を持ってさえ、その気持ちは一切揺らがなかった。今だって狂おしいほどの想いをリヴァイに抱いているのに、その想いを否定されたようで悔しかった。

「どの面下げてそんな事言ってんだよ……四六時中エルヴィンにべったりのヤツが」
「そ、れは……」

自分の想いを口にしちゃいけない。
口にしたら最後だと、カナフは分かっていた。口にしたらもう、リヴァイを離してなんてやれない。そんなことになればエレンを傷つけてしまう。自分だけでいいとカナフは思っていた。苦しむのは自分だけでいい。この選択は自分だけが苦しむだけで済む方法だと思っていたのに、目の前のリヴァイを見ていたら分からなくなってくる。なぜ、リヴァイまで苦しんでいるのかが。

「あなたはエレンと、幸せになってください」
「まだそんな、」
「幸せになってほしいんだ。……エレンもそうだけど、特にお前には。すぐ死ぬようなやつの事なんか忘れろよ。死んで、お前を悲しませたヤツの事なんて忘れろ」
「ッ」

言葉を詰めたリヴァイに、カナフは自身の揺れた覚悟を整える為に傷つけるだろう言葉を言う為に口を開く。
本当に守りたいのかと、苦笑するしかなかった。

「お前、俺が、……死んだ時どう思った?俺を恨んだろ?当然だ、巨人なんかに、それもお前の目の前で食われるような不甲斐ないやつだからな。お前を一人にして、悲しませて、泣かせて。そんなやつにお前を守る資格なんてない。お前の隣にい続けていいはずが、ないんだ」
「お前……」

今にも泣きそうなカナフを見つめてリヴァイは自分の体が震えるのが分かった。
遠ざけていたのは、自分を、避けていたのは。
カナフなりの贖罪で、懺悔で、後悔で、愛だった。
リヴァイを傷つけた過失を、カナフは直接贖う事じゃなく、遠くで幸せを祈るという方法で実践しようとしていたのだ。
ギリ、と歯を噛み鳴らす。


ふざけんな、馬鹿野郎。


「テメェでテメェの失態を挽回できねぇから尻尾巻いて逃げたってのか。確かに情けねぇなあ!」
「違、……」
「違わねぇだろ!テメェが死んだ事を罪だってんならそれを償えばいいだけだ。また死んで俺を一人にする事をビビってんなら今度は死ななきゃいいだけだ!俺を泣かした事を悔いてんなら今度はきっちり傍にいろ!そんだけだろうが!いつまでもグジグジ悩みやがってグズ野郎が!」

カナフの胸倉を掴みながらリヴァイは凶悪に顔を歪めながらカナフに掴みかかり、背後の城壁にカナフを押し付けた。
叩きつけたと言った方がいいような力加減だったが、カナフは僅かに息をつめただけでリヴァイから目を逸らさず、言われた言葉の内容も相俟ってギッと眉根を寄せてリヴァイを見下ろした。

「それが!それができるかわかんねぇからッ、」
「テメェがしてんのは『後悔』じゃねぇ!ただ俺から逃げてるだけだ!」
「違う!」
「違わねぇ!違うってんならキスのひとつもしてみろ!俺を他人に譲るような真似してんじゃねぇ!テメェは俺のもんで!俺はテメェのもんじゃねぇのかよ!」
「ッ……!!」

言葉の激情に任せてカナフは頭に血が上り、そのままの勢いで自身の胸倉を掴んでいたリヴァイの腕を強引に振りほどき、背後の壁に反転して押し付け、唇を重ねようと、した。


「、……ッ」
「……、」


重ねようと、して。

直前で動きを止め顔を伏せてリヴァイの肩口に自身の額を押し付け、すぐに離れて背を向け数歩進んで距離を取った。


「どうか、エレンとお幸せに」


遠ざかっていくカナフの背中を、体が動かないせいで見送るしか出来なかった。
ここまで言ってなお、カナフは自分には触れないのだと。自分とカナフの間に深い溝があるかのような、近づけそうなのに近づけないその一歩が越せない。どうしようもないのか。こんな奇跡をそれと知りながら見ない振りするしかないのか。生き返ってくれただけでいいと思うしかないのか。手を伸ばせば触れる距離にいて、リヴァイもカナフもお互いの事を忘れられなくて。
なのに。


「ふざけんな、グズ野郎が……!!」


城壁に伝って座り込んだ。
夜風が冷たかったせいで、頬を伝う涙の存在をまざまざと感じながら。





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2015/11/03 gauge.


SK

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