罪に溺れてしまえ




雨の降る、シャボンディ諸島。
人もまばらになった夜更けの路地で、俺は人を待っていた。
街灯に照らされて一瞬だけ白く光る雨の雫を帽子越しに見上げながら、すっかり白くなった自分の呼吸の行方を目で追った。
しとしとと振る雨に音は消されて、切り取られた空間でとても静かだった。
ジャケットが雨に濡れ体温が奪われていく。寒さを凌ぐ様に腕を組んで壁に寄り掛かった。

「悪い、遅くなった」
「……」

小さくささやかれたそれに心が震える。待ち望んでいた声だった。
声に顔を上げ、姿を目に留めると心臓が痛いくらい跳ね上がる。
俺は何振り構わず、目の前の男に抱き着いた。

「なんだ、寂しかったか?」
「会いたかった」

あいつが持っていた傘がカシャンと地面に落ちる。
俺の帽子も抱き着いた拍子に地面に落ちた。
待ち望んだ薫りだった。この天気のせいで少し薫りが弱いのが不満だったが、それでも目の前にいることが嬉しくて。

「カイト、会った直後は可愛いな」
「うるさい」
「俺も会いたかった」
「……」

雨の降る中、静かに抱きしめあう。
相手は海賊だった。本来なら敵だ。こんなことをしている場合じゃなく、真っ先に捕まえなければいけない相手なのに、俺はいつも職務を放棄してあいつを求めてしまう。お決まりの悪態と、愛の言葉を囁きながら。

「なあ、カイト」
「ん?」
「お前の心臓、寄越せよ」

あいつが、ローが俺を抱きしめながら言う。
会ってすぐいう言葉がそれか、なんて、普段なら思ったかもしれないが今は少しも思わなかった。同じことを考えていたからだ。
以前同じことを言われたことがあったが、その時は断っていた。なけなしのプライドだったのかもしれない。再び言われたその言葉に、俺は少し瞬きをして、ローの肩に額をつける。

「いくらでもやるよ」

そう答えると、ローは急に体を放して俺に咬みつくような激しいキスをした。
掻き立てられるように俺もそれに応えて、抱き締める腕に力を込める。
誰にも渡したくなかった。誰にも邪魔されたくなかった。ローもそう思っていてくれているのだろうか。分からないが、独占欲の滲むようなこのキスが、泣けるほど嬉しかった。

「ROOM」

耳元で囁かれたその言葉にぞくりとした。
抱き締められながら俺は背後から心臓を抜き取られる。指先が肉体をすり抜けていく。痛みなんて全くなかった。

「思ってたよりグロイ……」
「今まで見てきたどの心臓よりキレイだ」
「どんな褒め言葉だ」
「愛してるって言ってるんだ」
「あ……」

ローが、愛してると言いながら俺の心臓にキスをした。
その感触が、今はぽっかりと空洞になっている左胸辺りにじんわりと甘い刺激が広がる。
内臓にキスされるのって意外と悪くない。
すっかりローにあてられた俺の頭はそんな基地外じみた感想を吐き出すが、どこにでもいる凡人だった俺が大好きな人間に作り替えられるという興奮と快楽は、何物にも変え難いものだった。

もしも俺が死んだら、一番最初にそれに気づくのはローだ。
単なる一兵卒である俺の死が、新聞やニュースになることはない。だから、戦場で暮らす俺はそれがとても気がかりだった。
だって、不公平だって言うんだ。
自分の死は、大々的にニュースになってカイトの知るところになるのに。カイトの死はきっと俺の耳には入らないから、だから不公平だって、ローが。

「ヒラダメ兵士」
「うっせ」
「早く偉くなれよ。カイトの行動がニュースになるくらいにな」
「うん」
「でも有名になってもカイトの心臓は返さない」
「……うん」
「カイトのココロはずっと俺のモノだ」
「当たり前だろ」

あいつが、空洞になった俺の左胸に唇を寄せて囁いた。
俺はローの頭を抱きしめながら、愛しすぎてきしむように痛む心臓に笑った。もう、俺の体にはないのに痛みだけはあるんだ。

たった数分から数十分程度の逢瀬を何か月も前から心待ちにして、あまつさえ心臓まで渡した。
この先長いことずっと、どうかこんな俺とずっと、できるなら死ぬまでずっと一緒にいてほしい。
こんな関係になるなんて出会ったときは思わなかったが、自分の気持ちに気づくのに、そう時間はかからなかった。

「俺の仲間になりたくなったらいつでも言え」
「うん」

本当は、それも悪くないと思っていた。
けど俺の夢は海軍で、ここで将校、それも、佐官以上になることで、だからローの誘いはいつも断っていた。でもローの仲間になるのだって本当は悪くないなと思っていて。悩んだことだって数えきれないほどある。夢が叶わないままローのいないところで死ぬよりは、と。

「ロー、好き、好きだ」
「ああ」
「ずっと一緒にいたい」
「俺もそうだ」

互いの隙間を埋めるようなキスは、何度しても飽きることがない。
俺とローは何度もそれを繰り返す。
心から愛せる人。
心から愛しいと思える人。
心からの言葉を交わし合うことが唯一許されるこの時間。
脅威は少しも減ってはいないのに恐怖だけが目減りする。ローの為でもきっと何でもは出来ない俺の、掛け値なしの本音だった。
抱き締めるローの体からわずかに消毒液の匂いがする。俺のものだ。俺のものなんだよ。耐えきれない程苦しくて、閉じ込めるように抱きしめる腕に力を込めた。


End.


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title:水葬


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