天上の焔




俺には大切な人がいた。
一方的だったのが少し切なくて悲しいところだけど、たしかに俺には大切な人がいたんだ。
同じように育ったわけでもない、村にたまにやってくる彼を見つめるだけで良かった。
他人に心を開かない人だったから、話しかけることさえできなかった。
話しかけたら自分の事なんて嫌いになって殴られるような、そんな心配もあって、俺はただ本当に見つめているくらいしかできなかった。いや、それしかしなかった。
悲しいくらい独りよがりの恋だった。

ある日彼が海に出たことを知って、どこに行ったのか、何をしに行ったのかを周りの人たちに聞いて回った。
海賊になったそうだ。
教えてくれた大人の前、俺はその答えを聞いて呆然と、ただひたすら呆然として何も見えなくなった。どうやって家に帰ったのかさえ記憶にない。
将来の夢はと聞かれても一生考えても出てこない選択肢だっただけに、一生会えないのかと思ってたった一人部屋の隅でこっそり泣いた。大声を出したら彼への思いも流れ出てしまう気がして号泣するのは必死に耐えて。
けどそれは俺も海賊になればいいのだと気付いてから、届かない夢じゃなくなった気がして、揚々と海に出た。たった一人で、武器も持たずに。夜の闇さえ怖かったというのに、彼を追っている間たった一人で海の上で見上げる夜空は、この世の果てのように輝いてさえ見えたのだった。

たった一人の航海だった。
危ないのは分かっていたはずなのに、彼への思いが先だって、危険を顧みることなく突き進んでいたツケが回ってきたのは明白だった。
海賊に襲われた。
海賊旗さえ掲げない小さい船が襲われたことは必然にも奇跡にも感じられながら嬲られ殺された。

そのはずだったが、俺は天井と布団のある場所でなぜか目が覚めた。
訝りながら起き上がる。
扉を開けた先にあった世界に、神はまだいたのだと、流れ出す涙を抑え込むことがどうしてもできなかった。


あれから何年たったかな。
ん?
俺が、拾ってもらってから。
ああ、2年くらいか?
新聞読んだか?
……アイツのことか。
元気そうでよかった。
会いに行けばいいだろ、別行動中らしいぞ。
え!ど、どうやって、ていうか、その、や、
ははは、分かった悪かったよ。
・・・。

「おい」
「いたっ」

昔の事をぼんやりと思い出していたのか夢を見ていたのか曖昧なところの俺を、あいつはでこぴんで覚醒させた。
額をさすりながらデッキチェアから起き上った俺に飲み物を差し出してくれながら優しい笑顔を向けてくれる。
受け取りながら俺も笑い返した。

「酷いな、何するんだサボ」
「うたたねしている場合か?これからドレスローザに行くんだろ」

兄貴然とした対応に苦笑しながらドリンクに口をつける。
あれからさらに2年が経っていた。
会いたくて会いたくてたまらなかった人物はもうこの世にはいなくなっていた。
たまに夢に見るんだ。
話したことはおろか、目があった事さえないのに、夢の中では俺と彼は友達のようにふるまっていて。幸せに満ちていた。夢から覚める度に何度現実を呪ったろう。
そんな夢を見た後の俺は廃人のように虚ろになっていて、そんな俺を支えてくれたのがサボだった。俺よりも辛いはずなのにな。本当に泣きたい人から泣きたい時間を奪って俺は悲しみに暮れる。
「あの時はごめん」、と謝った俺に、サボは「気が紛れて助かった」とまるで聖人みたいなことを言って笑った。
バカみたいだと思った。申し訳なさの八つ当たりなのは分かってるが。

会いたかった。名前を呼んで、名前を呼んでもらって、目があって、言葉を交わして。
そういうことをしたかったのに、そんな俺の願いはもう一生叶わない。
サボだってきっと、成長した彼に会いたかったはずだ。
顔を上げてサボを見上げる。
いつでも優しい温かみを湛えたサボの目が好きだった。
たまに俺の頭を撫でる傷の多いサボ手の手が好きだった。
サボは遠くの地平を見つめている。ドレスローザの事を考えているんだろうか。それとも、目的である悪魔の実を通して彼を見つめているのだろうか。

「サボ」
「ん?」
「キスして」

このまま遠くへ心ごとどこかへ行ってしまいそうなサボを現実に引き戻したくてありえないわがままを言った。
彼を失くして消沈している俺を支えてくれるサボを徐々に好きになっていったなんて、最近じゃ漫画でもこんなありきたりなストーリーはないよな。
好きになって、好きを返してくれて。
それはそれでとても幸せなんだけどふとした瞬間に胸の裡が一瞬翳るんだ。
サボもきっとそうだと思う。
座ったまま見つめていると、立っているサボは困ったように笑いながら優しいキスをくれた。
閉じ込めるようにサボを抱きしめる。
好きだ。好きなんだよサボ。本当だよ。エースの事を乗り越えられないダメな俺で本当にごめん。

引き摺ってるわけじゃないんだ。一生忘れないけど、縛られてるわけじゃないんだ。
ただ、もういないんだな、と一人のとき呟いたら、涙も出ないのに、胸の中が真っ赤に爛れて苦しくなったから。
乗り越えなきゃと思い続けて、それでもまだどこかにいるような気がして足踏みしていたんだ。
夢の中で会うたびにまるで隣にいてくれるみたいな気がして、悪戯好きの人だったから、冗談だよって、震えて祈る俺を笑うようにいつか新聞で生存を知ることになるんじゃないかって。
希望といえば聞こえはいいな、それはただの逃避でしかない。

サボはこれからエースの能力を手に入れる。予定や願望ではなく確信だった。
サボがエースの何もかもを引き継いでくれる。
それを思うとひび割れた気持ちが穏やかに暖かな毛布に包まれるような心地がしたんだ。
エースはもうどこにもいない。
そして俺はここにいて、彼のいる向こう側には行けない。

俺も乗り越えなきゃいけないんだ。
いつまでも留まってはいられないのだから。
サボの事を大切だと思うのならなおさら。

さようなら大切な人。どうか安らかに。











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「……なあ、エース」
「なんだよ」
「俺、おかしくなったかも」
「はあ?」
「……」
「お、おい、どうしたんだよ」
「男、を、好きになった」
「はあ!?!?」
「やっぱり、おかしいよな」
「え、いや、うーーん……、どんなやつなんだ?」
「……優しそうで、どっか可愛いくて、」

いつも、お前を見つめてるやつだ。



End.


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2014/11/02 gauge.


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