降り積もる想い




「へえ、こいつが」

センゴクさんが拾ってきたという子供と並びながら、センゴクさんの部屋にいる。
俯いているから金髪のつむじしか見えない。

「というわけで、ロシナンテの教育係をカイトに任せたい」
「…は?」

金髪のつむじを眺めていたら、センゴクさんからとんでもない言葉を聞いた。
隣の気配が動いたのが分かってちらりと金髪を見下ろすと、金髪も驚いたようにセンゴクさんを見上げていた。

「似たような境遇の方が馴染みやすいだろう。お前も同じく8歳でここへ来たわけだからな」
「ええ?いや確かにそうだけど、だからこそ常識とかないのアンタ知ってるでしょ……ああほら、ガープ中将お子さんいるらしいし!子育てとか教育慣れてる人のがいいって!それかクザンとか!あんなんで意外と面倒見いいし!」
「うむ。頼んだぞ、カイト」
「話きけー!」
「色々案内してやってくれ」
「……!!」

やっかいな荒くれ共を纏めてきたセンゴクさんは俺の抗議はまるでスズメの囀りかなんかだと思っているのか、にっこりとある種怖い笑顔を浮かべながら俺を見つめる。
反論もなにも許さない顔だ。
俺は思いっきり苦虫をかみつぶした顔を浮かべて、金髪つむじの、ロシナンテの手を引っ張って部屋を出る。今更クザンに押し付けようものならセンゴクさんからどんな鉄槌が落ちるか、考えただけでぞっとする。
くそう、あのジジイ。何が仏だまるっきり鬼じゃねぇか!



***



仕方なくロシナンテの手を引きながら、あっちはあーだ、こっちはこーだ、あそこはあーだと適当ではあるが要所は押さえつつ説明しながら案内する。海兵になるのなら生活しているうちに徐々に知るような内容は省いて、取りあえず知っておかなければならないものだけを厳選した。
男所帯だしな。ロシナンテよく見たら可愛いし。危ない場所ってのはやっぱりある。いくら海軍本部とはいえ。ん?むしろ海軍本部だから?ちっさい島だからな。

そんなこんなで昼時、食堂に連れてきた。
食堂の使い方っつーのもそういえば教えなきゃいけないのかと、ここだけは一から全部事細かに。
とはいえそれほど多いルールはない。おばちゃんにメニューの中から食いたいもの叫んで受け取って、水とかスプーンとかは自分で取って食う。ゴミは自分でゴミ箱に。ドレッシングなんかも各自で、だけど所定の位置から持ち出し禁止、など等。
ようやくテーブルについて飯を食う。支部から来たやつの話によると、本部のほうが飯が美味いそうだ。本部だからかな。俺はここのしか食った事がないから分からないけど。

「……なんだ、食わないのか?」
「……」

ロシナンテは無言で俯く。

「腹減ってるだろ?」

返事をするように腹の虫がぐううと盛大に主張する。
困ったように身を縮こまらせながら、ロシナンテはそれでもスプーンに手を伸ばさなかった。

「……毒とか…入って、ない?」
「はあ?ねーよ!海軍の食堂だぞ」
「……」

しょぼん、とまた小さくなる。
どんな状況で生きてきたんだこいつ。10にも満たない年齢で拾われるってのは、もちろんそういうことだと想像はできる。なんせ俺もそのクチだからな。腐ったもんだって食ってきたし、食えないもんだって口に入れて酷い目にあった事はある。だがそれは野生っつーか、加工されてない食い物に限った話で、こういう場所でだされるちゃんとした食い物に毒の心配をしたことはさすがにない。

「ほら!お前の俺が食ってもなんともねーだろ?」

小さくため息をつきながら、ロシナンテのトレーの小鉢を箸で一掬いして口に入れて咀嚼して大げさに呑み込んで見せるが、スプーンに手を伸ばそうとはするのものの、寸でのところで手を引っ込める。

「……」
「よく見てろ。……うまーい」

今度はスープに手を伸ばして、一口呑み込んで笑ってもみせたが、
おろおろと俺を見て、メシを見るだけでやっぱり手は出さなかった。

「だめか……いいから食え!もたねーぞ」

身を乗り出してロシナンテの手を取りスプーンを無理やり持たせてみるが、いやいやと抵抗されて叶わなかった。なんでだちくしょうめ。これじゃ俺が苛めてるみたいじゃねーかよ。

「このっ……あむ、」
「!?!?」

腹が立ったので。
というにはあまりに乱暴な理由だが、ロシナンテのメシを俺の口に入れて、目の前の顎を力任せに掴んで口を開けさせて流し込んだ。
メシは舌で口の中に押し込んだが、飲み込まずに吐き出すかもしれないので飲んだと分かるまでそのまま様子を伺った。少し間を置いた後、ごくんと大きく飲み込んだ音が聞こえたので満足して口を離す。

「はは、食ったな」
「!!!」
「ほら、なんともない」

乗り出していた身を戻して座り直し、メシを再開する。
これでようやく食えるようになったかなと思いながら俺も飯を食う。
だが全く動かないロシナンテに視線を移すと。

「あれ」
「……っ、っ、」

顔真っ赤にしてさらに縮こまってたが、食いながら眺めていると、食わせた小鉢のはスプーンで何とか掬いながら食い始めた。よしよし。俺も自分のメシに集中する。

「……、」

かたん、とスプーンを置いた音を聞いて、不思議に思って顔を上げる。
おい。ほとんど残ってんじゃねーか。つーかその小鉢以外全部残ってんじゃねーか。

「なんだよ、食えたんだからもう自分で食えるだろ?」

ふるふる、と首を横に振る。
何か震えてないか。大丈夫か。
さすがに心配になってふわっとしてる金髪に手を差し込む。

「食えない?まずかった?」

ふるふる、と首を横に振る。違うらしい。
じゃあなんだよ。まさかその小鉢で腹いっぱいはないだろ。絶対ない。じゃあなんだ。
嫌いなものばっかりだった、とか?孤児がそれはねえだろ、とは思うが、孤児の前がボンボンだったとかならあり得る、のか?
まずくはないとのことなのでそれはないか。うーん、わけがわからん。
つーか、無理やりなら食うんだよな。

「食わせてやろうか?」
「……っ、」

お、首は降らなかった。
まあ8歳だもんな、甘えたいトシゴロとかなのか。よく分からんが。
生まれた時から野生児だった俺には細かい心の機微なんてわかりませんて。すまんなロシナンテ。

「じゃあ順番に行くぞ、口開けろ」
「ぁ……」

口ちっちゃ。
まず野菜炒めを口に押し込む。押し込んでいるうちに徐々に口を大きくしたから零れはしなかったが、たれが漏れたような気がする。とりあえず全部押し込んでから、今度は自分で食えるのは知ってるので口を離してペーパーナプキンでロシナンテの口を拭きながら、自分の口は舌でぺろりと舐めあげた。
ごくんと飲み込んだのを見て、ほわりと口をまた開ける。次な、はいはい。
メシはバランスよく食った方がいいだろう。今度は白米を食わせる。零れる心配がなくてこれはいいな。
間近でもぐもぐうごくふわっとした頬がなんつーかめっちゃかわいいんですけどと思いながら、次の獲物に視線を向ける。
……これは強敵が現れた。スープってどうしたらいいんだ。びっちゃびちゃになるじゃねーか。
ロシナンテがまたふわっと口を開けた。可愛い。
仕方なく俺はスプーンで掬ってロシナンテの口に運ぶ。
え。という感じで動きを止めたのはなんでだ。スプーンのスープを見つめて、俺をじっと見て、スープを見たかと思ったら、しゅん、と俯いた。おい。

「……スープだからびっちゃびちゃになるぞ、いいのか」
「ん……」

小さくこくりと頷く。マジでか。
つーか絶対普通に食った方がうまいぞ、と今更な事を思いながらも、これを始めたのは俺だからなと思い直してスープを口に含んだ。
なんとかペーパーナプキンで顎下をガードしながら、ロシナンテにもできるだけ上を向かせて流し込む。想像通り口の端から漏れてしまいながらも、なんとかスプーン1杯分流し込めた。
なんかどっと疲れた。ロシナンテの口周りを拭き終わって、自分の椅子にどっかり腰かけた。

そうすると、周りの様子なんかも目に入るようになるわけで。

「見せもんじゃねーよ!」
「あらら、終わったのか。面白いもんが見られるっつーから来たのに」
「クザン……」

隣にメシのトレイを持って座り込んだ親友にほっと息をつく。

「面白いもんってなんだよ」
「綺麗なもんと可愛いもんがちゅっちゅしてるっつーから」
「はあ?」
「鼻血出してるやついたぞ、倒錯的だ!って走りながら」
「キモい。……こいつ、ロシナンテっつーんだけど、センゴクさんが拾ってきたやつな、俺がその教育係を任されたんだ、さっき」
「……どんな教育してんの」
「だってメシ食わねぇんだぞ、俺常識ないの知ってるくせに俺に任せるってどういうことだよ……」
「ああ。それでカイトが口移し?」
「ご、ごめ、なさ……」

小さな声にきょとりとして目を向けると、ロシナンテが可愛そうなくらい震えながらぽたぽた涙を流していた。
ちょっと待て、今のどこに泣いて謝る要素があったんだ。

「お、おい何泣いてんだ」
「ごめ、なさ……」

テーブルから立ち上がってロシナンテを抱き上げて空いた椅子に座り、俺の膝に乗せる。
ぐしぐし涙をこすりながらもすり寄るように胸元に寄ってくるふわふわの金髪を撫でる。もうわけがわからん。子育て?これ子育てなの?

「なんだ親子か」
「親子じゃねーよ!」

クザンの思いっきりバカにした言動は聞き捨てならない。
俺もちらっと頭の片隅を霞めただけに聞き捨てならない。そもそも俺17歳だし。17歳で結婚も相手もいないのに子持ちってどういう事だ。それだけ懐かれているのは悪い気はしないが。
膝の上の金髪は頬をぺったりと俺の胸元にくっつけて、きゅ、と服を握りしめてる。俺の。俺の服を。
何だこの生き物めっちゃ可愛い。

「なんだこの生き物すげー可愛い」

同じ事を考えてそして口に出したクザンに冷たい一瞥のひとつもくれてやりながら、落ち着いたら腹が減っていたことを思い出して、抱えたまま俺の席に戻って食事を再開。

「お前長期任務は?」
「カイトの顔見たかったから急いで終わらせた。嬉しいだろ?」
「言ってろバーカ」

クザンは一応1つ年上だし階級も一つ上の大佐だが、不思議とウマが合ってよくつるむようになった。就寝時間終わってからこっそり抜け出しては二人で酒盛りして、見つかった時は二人そろって大目玉食らったり、バカみたいな思い出ばかり増えてった。
服を握りしめる力が強くなってロシナンテを見下ろすと目があった。小さくはくはくと口を開けている。

「お前も食う?」
「ん……」

こくりとこれまた小さく頷く。
ロシナンテのトレーを引き寄せて、もう冷めてしまっているメシを口に含む。
顎を指先で上向けて口の中に舌で押し込んで口を離すと、もう慣れたもんで口を閉じてもぐもぐ食ってる。
ふくふく動く頬が可愛くてつい指先でくすぐるように撫でた。

「かーわいー」
「なんだよ、ロシナンテには触らせねえぞ」
「いや、お前ら二人が」
「は?」
「倒錯的っつーより、芸術品っぽかったけどな。神話の絵とかみてぇだった」

ついに頭がいかれたか。可哀そうに。
ちょうど爆発したみてぇな頭してるしな。中身も爆発したなこりゃ。

「鬱陶しい絡み方すんなよ面倒くせぇ」
「思った事言っただけだ、何神経質なってんだ」

軽くため息をつかれながら、クザンの言葉に「ああ確かにそうだったかも」と自分を見つめなおしてこっそり反省。
子育ては気が立つっていうしな、と考えたところで俺自身、これを子育てだと思ってる事に苦笑する。

「悪かった、慣れねぇことやってると神経尖って、親友には甘えたくなるんだよ」
「じゃあ、ロシナンテごと抱きしめてやろーか」

クザンは声を立てて笑いながら左腕を俺の背後に回すように伸ばした。
メシ食いながらダルそうにやるのが何ともクザンらしくて俺も笑う。

「おう、頼む」

「え、マジで?」と笑って呟きながらもクザンは言った通りロシナンテを抱き抱えた俺を抱きしめる。
真ん中のロシナンテが潰れないような緩やかな力加減は想像していたよりも心地よくて、でっかい肩口にぽすりと額を預けて、おろおろして俺とクザンをちろちろ見てるロシナンテと目が合って頬を緩め、クザンを見上げる為に顔を上げて今度はぺたりと頬を肩口に預けた。
なんだこのほのぼの家族感。やべえハマりそう。

ロシナンテは詳しい事は知らないけど、俺もクザンも家族なんて知らないからプロトタイプな家族のイメージって、こういう。
分かりやすく温かい感じっていうイメージしかなくて、それってこんな感じかなと柄にもなく思った。

「カイト」
「ん、」
「結婚しよう」
「ふふふ、きめぇ、何言ってんだ」

ギリギリ笑い話にできるタイミングでクザンは冗談にしてくれて、それを合図にするようにお互い自然に体を離す。
少し無理な体勢だったから椅子にちゃんと座りなおしてロシナンテを抱えなおす。

腕の中の小さな重みを感じながら、天使みたいなロシナンテをちゃんと厳しく躾けられるだろうかとまるで親にでもなった頭で今後の事を考えた。



End.


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ある人のロシナンテ絵を見たらもういてもたってもいられなくなって書きなぐった。

2015/08/27 gauge.



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