夕暮れの交差点




余り宜しくない表現が混ざっております。
直接的な表現ではありませんが、薄暗いです。
ロシナンテ没後を捏造。
苦手な方はお戻りください。





















ちょっと聞いてくれ。
俺は最低だ。まず嘘つきだ。
一番大切な同行者の為になると思えば平気で嘘をつくが、その嘘を聞いた大切な同行者がいつも傷ついた顔をするのできっといつも結局はその人の為になっていないんだろう。
俺はいつもバイトだと言って夜の街に一人きりでホテルを出ていく。大切な同行者が暗いところに一人でいたくないという事を知っていてなお俺はそいつをたった一人残して部屋を出てくる。

そして貞操観念が低い。
もちろん真面目で医者だという同行者は誰彼かまわずというフリーセックスは大嫌いだ。そういうのは好きな人とするもんだって思ってる。嫌がることを知ってて俺はほぼ毎日出歩く。もちろんそういう目的でだ。
それでも同行者は俺を切り捨てる真似はしない。傷つくと分かっていて。大嫌いな行動を繰り返すやつだと知っていて。嫌だといくら伝えられてもそれをやめない俺となぜかずっと一緒にいる。もう何年になるかな。俺が14歳で、同行者が13歳の時だから、もう3年になるのか。

イカくせぇ匂いを隠すために乱雑に置かれた消臭剤が混ざった最高にクソみてぇな匂いのしみついたクラブのトイレの中。
背後から覆いかぶさられ揺さぶられながらあいつの事を考えてあられもない声を上げながら口の端を釣り上げる。
傷つけると知っていて、この行動が嫌いだと分かっていて、それでも俺はあいつの隣を歩く。

俺は、最低だ。




ホテルに戻ると同行者は、ローは朝日を浴びながら眠っていた。
色素が沈着して消えなくなったクマが浮かぶ目を閉じて、静かに寝息を立てている。読書家だから寝るのはいつも朝方で、カーテンを閉めればまだ深い眠りに落ちることができるだろうに何故かそうしなかった。
朝方帰ってくる俺の為なんかではない。
ある意味そうだが、それは俺を気遣ってのものではなく、俺を責めるためのものだ。
ローは、こんな俺を受け入れてはくれるがそれを許してはくれない。
ケツのポケットから財布を取り出してどさりと俺の方のベッドに放ると中の小銭がじゃりんと嫌な音を立てたが構わずにバスルームに向かう。汗と埃とほにゃららで汚れた体を流して俺も眠りにつきたかった。




***




カイトは最低だ。
まず嘘つきだ。
いつも遊びに行くと言って夜の街に消えていく。最初こそおれも一緒について行こうとしたが顔から表情を消して頑なに拒まれて、おれは一人部屋のベッドで丸くなるしかなかった。大して眠れずに朝方帰ってきたカイトに驚いて寝たふりをしていると、昨日まで空に近かった財布がものすごい重量でどさりとベッドに落ち、鼻に付く嫌な臭いを漂わせながらバスルームに消えていった。
こっそり財布の中身を確認すると大量の札がびっしり入っていた。
この財布でホテルも借り、メシ代も出し、おれの本もここから金を払っているのを見ていた。
問いただしてもカイトは夜遊びだと悪い顔で笑って、お前にはまだ早いというだけだった。年齢なんて1つしか違わない。
その身ひとつでこの2人きりの生活を支えてくれているのに、カイトはただ夜遊びしているだけだという。
始まりはおれのせいだった。白鉛病を直してすぐに倒れたおれを病院へ担ぎ込んで、その病院代を稼ぐためだったと思う。金の出どころについて聞いてもカイトは言わなかった。嫌な予感が働いて食い下がり問い質すおれに、ココに突っ込まれなきゃ満足できねぇの、と艶めいた顔で足を広げて見せるあいつがおれは嫌いだった。
嫌いなのに切り捨てることができなかった。そんなことをさせたくなくてどこかで金を稼ごうとするおれをあらゆる手を使って引き留めて、そしてあいつだけが割を食う。おれはただ守られる。毒に近い薬を打たれて死にそうになってたあいつを何度も助けていた。それくらいしかできなかったしさせてもらえなかったが、あいつは嬉しそうに笑うから。
おれはいつまでもずっとカイトと離れる決心ができない。あいつがその身を犠牲にして稼いだ金で生活してる。おれはもう知ってるのに、何も知らない振りを続けなければならない。カイトだってそれを知っているのにおれに知らない振りを強要して、今日も夜遊び帰りのあいつの、バスルームに消えてく背中を見送った。何もできない。
おれは、最低だ。




***



俺は最低だ。大分嘘つきだ。
いつもローに嘘をついてて本当の事を言った事があっただろうかとさえ思えるくらい、俺はローに嘘しかついていない。街から街へ流れるように旅をして、ただで生活できるわけもないからできるだけその場その場で稼いでる。14歳の時からずっとそうしてきていて、この身一つで俺は金を稼ぐ。コラさんを失くした穴は想像以上に大きい。コラさんがいなくなってそうして今度はすぐにローが病気で倒れて俺は、不謹慎だがローを諦めた。こいつも俺の前からいなくなるのかと思った。コラさんが命がけで悪魔の実を奪ってくれてさえローも一緒に逝ってしまうんだと思った。そうして俺は倒れたローの隣に倒れる。ドフィに拾われたころにはもう俺は病気で、ローが言うには余命は同じくらいだと言っていた。倒れながら、良かった、と思っていた。一人取り残されなくていいんだと思うととても嬉しかった。倒れた俺をローが瞠目した瞳から涙を零しながら見つめていて、その顔を俺もじっと見ていた。無言で伸ばした手を弱弱しく握り返したローに笑いかけて、静かに目を閉じたんだ。
そうなったらもう死んだって思うだろう。
でも幸か不幸か俺は生きていた。正確には、ローが俺を生かしてくれた。俺まで失いたくないと泣きながらローは、悪魔の実の能力を火事場の馬鹿力的な神がかり的な奇跡でコントロールして助けて見せた。
その勢いでローも病気を治すことができたそうだが俺はよく覚えていなくて、連れ込んだホテルのベッドに横たわるローの手を握りしめながら本人が教えてくれた。
ふらつきながらホテルを出ようとすると、受付に立つじいさんが俺を呼びとめて代金の請求をされて顔が蒼くなった事を覚えてる。どうしようもなかった。どうしたらいいのか分からなかった。いや、本当は最後のカードがある事は分かってた。そのカードを切らなければならない事も薄々分かったうえで、いろんな店にバイトさせてもらえないか訪ねて回る。当然だが仕事なんてなかった。さほど大きくない島だったというのもあったかもしれないが、何の荷物も持たずに往来で途方に暮れながら、俺は覚悟をしなければならないと思った。
それからは、まあ。想像した通りだ。何の変哲もなく俺はシゴトを終えて朝を迎えた。
何も知らず綺麗なまま眠るローが朝日に反射してとてもきれいだった。天使の階段ってあるだろう。あんな感じの淡くて透けるような黄金色の光に照らされたローは性格の事なんてどこかにぶっ飛んで本当に天上のもののように見えた。俺の中のケガレとかヨゴレとか体の内側に溜まった汚いものを流してくれるような心地がした。その姿を見たら俺はなぜだか無性に泣けた。
守るためなら何でもしようなんて思えなかった。
ローの為に自分が犠牲になるなんて御免だって思ってる。
それでも俺が最後のカードを切ったのは。
病気でやつれて眠るローを起こしたくなかったから、それだけだった。
ホテル代もないのに泊まってそれがばれて、怒られて捨てられるのが怖かったから。考えなしのバカが嫌いなローが俺の事を嫌いになって軽蔑するような目を向けられるのに耐えられないと思ったから。払えないホテル代として身ぐるみはがされてローとも引き離されてどこかに売り飛ばされるんじゃないかと思ったから。
自分の事だけだ。ローの事なんてこれっぽっちも考えてない。
俺は最低だ。



***



カイトは最低だ。
あいつは自分を大切にしない。
死ぬはずだった命なのはお互い様だし、おれが助けてやったのになんて思わないが、カイトは自分の体を随分乱暴に扱う。ケンカを死ぬほどしてくるというのなら男だし健康的でいいと思うが生憎そういうことじゃない。投げやりなんだ。自分なんかどうなったっていい、という扱い方をする。病み上がりだから雑菌やウイルスというものにも気をつけなければならないのに、この前なんて朝になっても帰ってこなかったから散歩の顔で探して回ったら路地裏で眠っていた。言うまでもなく半裸だ。起こさないように乱雑にはだけた服を元通り着せて何も見なかった振りでホテルに戻る。知らない振りをしなければならないから連れ帰ることはできない。経口摂取するものが体を作るんだと何度言っても食生活を改めようとしない。食ってるだけマシだろうとふてぶてしく言い放った時は胴体を切り離してやろうかと思った。
カイトはたまに椅子の背もたれに頭を預けて天井を見上げてる時がある。おもむろに手を噛みながら。その行為に驚いたものの力が込められていないのが分かってほっとして遠巻きに見守った。簡単に言ったら放って置いた。軽く歯形が残る程度だったというのもあるが、人体を噛むというのは自傷行為の一種でもある。強いストレスを感じている場合にもみられる行為だった。昔の方が多かった。今はたまにしかしない。
2人とも倒れたあの日、おれはカイトの病気を治して、自分の病気も治してその場で寝た。自分では寝たと思っているが恐らく気絶したんだと思う。病気で体力もなく初めて能力を使えば精神が持たないのは自明の理で、目が覚めたらおれはベッドに寝ていた。隣にはあいつがいて、表情もなくおれの手を握りしめながらおれと目を合わせた。無表情、だと思ってるんだろうな。いろんなこと、変な風に考えていそうな顔だった。あいつは感情を押し殺そうとする。常に冷静でいようとする。大人ぶっているようにも見えるそれはコラさんと一緒にいる時もそうで、もっと言うならドフラミンゴに拾われてきたときからそうだった。多くの大人がそうするようなやり方で適当に愛想笑いを浮かべて適当に相槌を打って適当に流す。
カイトは自分の体だけじゃなくて感情も大事にしない。
言いたいことがあれば言えばいい。お前がそうやって壁を作って自分を守っているからおれは無暗に手が出せない。どうしてすっかり健康になったおれが未だにお前と一緒にいるのか考えたことがあるか。
色々思うところがあるのに無暗に手を出すと壊れてしまいそうな危うさがあって何もできないんだ。どうしたらいい。たとえば見ない振りしてほしいと思っているものを見ない振りすることは本当にお前を守ることに繋がっているのか。壁の中に閉じこもってるお前を壊したくないばかりに遠くから見守っていることは本当にお前を守れているのか。お前がそうやって身売りしておれを養っていることを甘受したままのおれで居続けることは本当にお前を支えられているのか。
長い時間をかけて構築したこの奇妙な関係を続ける事が。
本当にお前の。
分からない。
おれは最低だ。



***



俺は最低だ。
俺はローにもう一つ嘘をついている。デカい嘘だ。
ローは俺の事を1つ年上だと思ってる。ローがやって来て少し経った頃俺がドフィに拾われてファミリーに加わった。埃の強い匂いはしたものの行き倒れてた俺を拾ってくれて、あの見た目とは裏腹にとても仲間思いのドフィに殊の外俺は懐いていた。ドフィの事は好きだった。恩人だし何より家族としての温もりをくれた。小さかったからドフィがどんな人でどんなことをしている人かというのが分からなかったわけじゃない。小さくても全部分かっていた。体が小さくても。そう、俺は体が小さかっただけなんだ。ドフィに拾われた当時11歳だったが実際は24歳だ。24歳の時交通事故で急死した俺はそのまま何故かこの世界で11歳のみなしごとして世を受けた。14歳という年端もいかない年齢にも関わらず身売りなんて事を思いついたのは年齢によるところが大きかった。ショタ嗜好というのはいつの時代もどの世界にもいるもので、商売相手に困ることはなかった。それは今でもそうだが、こんな生活ができるのはせいぜい20前半までだろうとは思っている。すっかり三十路のおっさんになった身空で身売りというのも寒いものがあるが、もっと遊んでおけば良かったと思っていた手前、せっかく2度目の10代を経験しているのだからできれば遊びたかった。けど結局今世でも思ったように遊ぶことは叶わなかったわけだが。

隣を並んで歩く年下の少年を見下ろす。
病的なまでの白さはもうなくなって少しだけ肌色らしい色になり、徐々に筋肉もついた体は少年と青年の間の危うさがある。別に守りたいわけじゃない。そこまで大切になんて思ってない。コラさんは大切にしてたけど俺はそうは思ってない。だから身売りなんてしてるのは自分の生活を支えるためのついでのようなものだった。
それをすっかり自分の為だなんて勘違いしてるローを。
俺は嗤う。
身売りができなくなる前にさっさとどこか行けばいいと思ってる。
俺は最低だ。



***



おれはカイトが嫌いだ。
理由は今まで挙げた内容だ。身売りなんてして、しかもそれがおれのせいだというのが気に入らない。
何度、そんな汚ぇ金使えるか、と叫びそうになった事か。言いたかったが言えなかった。辞めさせるために色々な方法を考えて、大部分は無理だと切り捨てたが、ひとつ。ひとつだけ、保留にしてる案がある。
それを伝えたらカイトはどうするだろう。ほっとした顔でおれを放り出すだろうか。
嫌味な表情を浮かべて犬でも払うように手を振る姿が簡単に想像できて辟易した。なんだこいつ。いや、自分の想像でしかないものに腹を立てるのも愚かしいが。
朝方。
寝てるあいつを能力で切り刻んだことがある。それも何度もだ。1度や2度じゃない。あいつはたまに性病をもらってきていてしかもそれに全く気付いていなかった。おれはたまに、実は本当にそういう事がするのが好きなだけなんじゃないかと思う事がある。金はおまけで、本当にやりたいだけなんじゃないかと思う事がある。
だが、椅子に小さく座って天井を見上げながら手を噛む姿を見ると。思い直すんだ。そんなわけないんだと。あんな抜け殻みたいになってまでそれでもずっと続けているのは。なんだ。やっぱりおれのせいなんじゃないのか。
カイトは一度もおれを責めたことがない。こいつだってコラさんの事が大好きだったのに。コラさんはどう贔屓目に見てもおれのせいで死んだのに、泣きじゃくるおれの肩を抱きながら嗚咽さえ漏らさず静かに涙を流しながらずっとおれの隣にいてくれた。おれがコラさんの本懐を遂げる為に体を鍛え始めた時だってカイトは何も言わなかった。コラさんだけじゃなく、ドフラミンゴの事も好きだったのに反対も応援も何も干渉してこなかった。どうでもいいと思っているんだろう。人の命というものの重みをどうも分かっていないフシがある。人間にも大して興味がないしおれのことだって本当はどうでもいいんだろう。コラさんが繋いだ命だからきっと仕方なくカイトは一緒にいるだけだ。金を稼げるこいつは行こうと思えばどこへでも行ける。夜出たその足で二度と帰らないことだってできたのにそうはしなかったのは別におれと一緒にいたいからじゃない。
おれだけが。
くそ。
だからおれはカイトは嫌いで、おれはおれが嫌いなんだ。
おれは最低だ。



***



俺は最低だ。
ホテルの椅子に座りながら思う。もう一つ俺は嘘をついている。
ローは、肌は白くて眼つきは悪い。目の下のクマが不健康そうだし何かと口やかましい上に何か言いたそうに俺を見るくせに結局何も言わない。思慮深く見えて怖がりの、ローの相手をするのはそろそろ限界だった。
守りたいわけじゃないし、一緒にだっていたくない。罪悪感の帳消しに利用しているだけの、それだけの存在だ。そろそろ潮時なんじゃないかと思う時がある。最近じゃ怖くてローの顔さえ見れやしなかった。どんな侮蔑の表情が浮かび、その口からどんな言葉が飛び出すのかと思うと俺は怖くて、その目を見たくなくて、できるだけローの正面に立たないようにしてる。
そんなにも怖いのに自分から離れることはできなくて、だからできるだけローの方から離れるように仕向けているのに一向に俺は一人にならない。一人になりたくない。一人がいい。嫌だ。その繰り返しだった。
お前が大事にしてた本を捨てたのは俺だよ。帽子を汚して真っ黒にしたのも俺だよ。大事にしてたからな、そうすれば怒って出ていくかと思ったんだ。俺を置いて二度と戻らないかと思ったんだ。お前は何も言わずに洗い続けてた。何か言えばいいのにな。飛び出しもしなかったな。綺麗になった帽子を窓辺に置いて乾かした。あろうことか俺の傍の窓辺に。ホテルの部屋には二人しかいなくて犯人なんて俺しかいないのにローは質問さえしなかった。ぼー、と帽子を見つめた後俺には一瞥もくれずに洗面所に向かうお前の背中を見たら俺が飛び出して行きたくなった。何故か吐きそうになりながら溢れそうになる涙をこらえる。頭おかしいだろ。分かってるんだろ。だから。
出て行って欲しかったんだ。自分からは出て行けないから。
お前も迷惑だろう。汚い金で買ったメシ食って、汚い金でとったホテルのベッドで眠るのなんて最高に吐きそうになるだろ。俺はそうだよ。ローはそうじゃないのか。どう思う。
ローと一緒にいるとなんでかな、泣きたくもないのに胸の内側に液体がたまるような心地がしてそれが目から溢れそうになるんだ。苦しいのにローから離れるところを想像したらもっと苦しくなってどうしようもなくなって俺は自分の手を噛む。柔らかい肉の感触を歯で感じながら何度も噛む。痛いのは嫌いだから血が出るまで噛んだことはないけど、真っ白な壁や天井や外の景色なんかを見ながら噛んでるとどうしてここにいるのか分からなくなる時がある。
口から手を離して静かに本に目を落とすローをこっそり見て、胸のあたりにじわりと何かが沁みて、膝を抱えて頬をぺたりと膝に置いて外を見る。曇り空だ。
ローが何度が働こうとしたことがあった。それを全力で止めたのはな。俺無しじゃ生きていけなくしたかったから。
ローを守りたかったわけじゃない。飼い殺しにしたかった。
ローの為に自分を犠牲にしたくない。ローに何かあった時何もできなくなる。
あいつの隣というポジションを誰にも譲りたくなかった。俺を頼るようにして何もできなくさせたかった。そうしたらローはどこへもいかないだろ。ずっと俺の傍にいてくれるだろ。
俺は頭がよくないからこんな方法しか思いつかなかったんだ。ダメなヤツでごめんな。
汚い本音なんて聞かせたくなかったから俺はいつも戯れてあいつに嘘をついてた。愛想を尽かせて早くどこかに行けばいいと思ってるのは、冷静な俺の本音。
こんな俺と一緒にいたらお前はだめになるよ。離さないけど。
正反対で両極端の本音に俺は飲み込まれてまるで二重人格みたいで俺を苦しめる。あろうことか自分の本音に。敵はいつも自分の中にいる、と言ったのは誰だったか。

「ロー」
「なんだ」
「俺、……」
「……、なんだよ」
「ほんとうは、」
「……?」

口を閉じた。
言えない。
窓の外を見ていた目を閉じた。
馬鹿だな、どうして。
お前を愛してるなんて言おうと思ったんだ。
空気を漏らすように俺は嗤って抱えてた膝をさらに強く抱えた。自分を守るように。本音が飛び出るのを抑える為に。

「なんでもない」
「言いかけたんなら最後まで言え」

お前を愛してる。
心の中だけで呟いた。
お前の事が嫌いなんだ。
本音を隠すために言おうと思った言葉は殊の外俺を苦しめて泣きそうになる。
どっちも言えなかったから俺は口を閉じるしかなかった。こんなに震えてたんじゃ部屋を飛び出すこともできないな。
本の閉じる軽い音がして、とすとすと絨毯を歩く音が近づいてきて、その音を耳で追っているうちに体に軽い衝撃があって状況が理解できないままいると、耳元でローの声が聞こえた。


「カイトに言いたいことがある」


何かを決意したような声音に分かりやすく動揺して体をビクつかせると、ローは俺を抱きしめる腕に力を込めて俺がどこへもいかないように閉じ込めた。最後まで聞かせる為に。何を、そんなの決まってる。出て行くんだ。ここから。俺を置いて、たった一人。震えはさらに強くなる。吐きそうになりながら色々なものを抑えるのに必死で、できたらローの言葉は聞きたくなんてなかったのにこれが最後だと思うとやっぱり最後まで聞きたいと思ってしまう。
言葉を発するために鼻から息を吸う細い音が聞こえて、俺は目をぎゅっと閉じて覚悟した。


「海賊になろうと思う。お前も来い」


何を言ったのか理解するまで何秒もかかって、あれだけ強く震えていた体がぴたりと止まる。
何て言った?ローは、何て言ったんだ。

「気づいてねェだろうが、お前コラさんと3人でいたときから大分変った。笑わなくなったし、泣かなくなったし、怒らなくなって何も言わなくなった。そんな俺の顔さえまともに見なくなったお前を見てるのはもう限界だ。俺はな、カイトには笑っていて欲しいし、我慢してほしくねぇんだ。分かるか」

条件反射のように俺は首を横に振る。
俺は笑っていたしたまには泣いたし怒った時もあったし、ローとは毎日会話だってしてた。ローが何を言っているのか分からなくて、けど、だけど。

「……海賊ったって、船だってクルーだっていないだろ」
「船なら用意した。小型だからどこかで乗り換えればいい。潜水艦なんてどうだ、海の中なら、」
「ちょ、ちょっと待て、どうやって用意したんだ盗んだのか?」
「それも海賊らしくて良かったけどな、買ったんだ。……まさか、夜出歩いていたのはお前だけだと思ったか?」

体を力任せに離してローの顔を見る。その言葉に俺は激昂して怒鳴り散らそうとしたが、ローが喉を鳴らすように笑ったのを聞いて思わず口を閉じた。

「お前と同じシゴトをしたわけじゃない、おれは医者だぞ。医者の真似事をして稼いだんだ、名外科医だからな」

悪戯っぽく顎をしゃくって得意げに笑うローを見て。
ローはとっくに俺の囲いから抜け出していたことを知って体から力が抜けるのが分かった。俺がローを囲うためにしたくも無い事をしてどろどろに汚れて飼い殺した気になっている間にローは自由に囲いから飛び出していたんだ。まるで裸の王様だ。ショックを隠し切れずに俯いて、また俺の体は震えだした。


「おれを離さない為だけの、お前を壊すだけのシゴトなんて続けさせない。何故か分かるか」


俯いたまま首を横に振る。


「それはな、」


頭を撫でられたかと思ったらまた抱きしめられて閉じ込められる。
押し付けられた胸からローの匂いが強くして眩暈がした。

「おれがお前を失くしたくないからだ。おれの方がカイトの何倍もお前を離したくないし、おれの方が何倍も、」

言葉を区切る。
俺はもう泣いていた。



「カイトを愛してるからだ」



数えきれないくらい嘘をつき続けてる俺を、お前を傷つけてばかりいる俺を、お前は。
お前は、バカだ。





***



朝。
カイトの体を切り刻んで元に戻してから、死んだように眠るカイトの顔を見ていたらぽつりと口を開いたお前の言葉に死にそうなほど感動して少しだけ泣いた。
カイトはおれの名前を呼んだあと、「すきだ」と舌足らずの声でそう言った。
どんな夢を見ているのかは知らない。体の中身は全部掌握できても頭の中身は別だった。
だが、「すきだ」と零したあと。
カイトはここ数年見せたことがないほど穏やかにふにゃりと笑っていた。幸せそうに心から笑っていて、そしてそんな顔見たらコラさんが殺されておれと二人になってから見たことがなかった事に気付かされて。
昼過ぎに起きたカイトは椅子に座って放心しながら手を噛んでいた。
あまりの落差に胸を掻き毟られて開いた本は同じページの同じ行から一向に勧められなくなった。
もう限界だと思った。
カイトと一緒にいることがじゃない、お前を一人にしておくことがもう限界だと思った。
もともと今日伝えるつもりで船も買っていたから丁度良かった。

知らないかもしれないな。
カイトがなぜおれを囲うような真似をしているのか、その理由をおれが知っていることを、カイトは知らないだろう。
お前と一緒にいることはおれの望みでもあったからそのまま囲いから動かずにいた。ずっと二人きりの世界にいておれを独占したがってた事をおれは知ってる。
馬鹿だな、そんなに必死にならなくても良かった。
カイトを抱いた男を、おれがいつも切り刻んで金を奪っていた事、知らないだろう。
同じ相手とは二度と寝ないお前は考えたことさえなかっただろう。カイトに触れたやつを許さない。切り刻んだ生きた臓器を勝手に裏で別のヤツに移植してた。名外科医らしくな。
夜、出かけるカイトの後をつけて誘いに乗った男の顔を確認して部屋に戻って寝たふりをする。朝方部屋に戻ってきて眠りについたカイトの体を切り刻んでキレイにしてから、おれは男を切り刻みに行く。カイトが起きる前に部屋に戻って起きたカイトにおはようを言う。そんな生活を繰り返したおかげで目の下のクマは一層濃くなって消えなくなった。

相手を離したくないと思うのはカイトじゃないくておれだ。
おれほど狂っていないお前はそのうちおれの狂気に気付いて逃げ出したくなるだろうが。
カイトの髪一本に至るまで全部おれのものだ。おれの。


絶対に離さない。
絶対に逃がさない。


大人しく抱きしめられているカイトの甘い匂いを嗅ぎながら口の端を歪める。
お前を独占する口実を手に入れた今。
お前は一生おれのものだ、カイト。






自分の頭がおかしいことくらい分かってる。

だから、最低だって言ったろ。





End.


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2015/08/30 gauge.



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