牙を剥く




人間、排泄は大切だと思うんだ。
生理的な話から、泣くのだって排泄みてぇなもんだし、愚痴を言うのだってそうだし、飲みすぎたら吐くわけで。
俺にとって大切なのは、欲を吐き出すっつー、まあ下世話な話だが。

溜め過ぎると良くないと思うんだ、ソレだって。

先を急ぐ旅ってわけでもなし、ウチみたいにでかい海賊だったら目的があるわけでもねぇし、のんびりゆっくり航海は進むから3か月くらい島に上陸しないこともままある中、俺の大切にしている排泄は中々叶う事がない。
島に上陸しても、ジジババしかいないなんてことも結構あるからな。いても所帯持ちとか、あとはガキだな。つまりは食指の動かないやつらがいたところでどうしようもない。
今までの最高記録は半年だったかな。排泄できねぇ液体が体中渦巻いてさすがに腐るかと思った。

「あーーー、むしゃぶりつきたい」

船の縁に体を投げ出して、真下の波打つ海を眺めながらため息交じりに呟く。
隣に走って駆け寄ってきた末っ子のエースがおもちゃを見つけたみたいな勢いで俺に尋ねる。

「何の話だ?」

俺は上体を無気力に引き上げて頬杖を突きながら隣のエースをしばし眺め、バカにしたように鼻で笑ってから頭をわしわし撫でる。

「ガキにはまだ早ぇ話だ」
「な、またガキ扱いかよ!」
「気に障ったか?ごめんねー末っ子のエース君」
「バカにしてるだろ!」

小さく笑いながら、またわしわし頭を撫でると今度は抵抗された。
素直に撫でられておけばいいのに。
怒りながら俺の前からさっさといなくなったエースを目で追いながら、渦巻く熱に俺はまたため息をつく。
結構しんどいな。
心の中で呟く。


「お前、禁断症状出てるぞ」
「あ?」

食堂で夕飯を食っていると、キッチンから顔を出して俺の前に座ったサッチが、ソレ、と言いながら俺の顔を指差した。訂正する。俺が無意識にガジガジ噛みしめていたフォークを指差した。
小さく肩と首を竦めながらそっと口からフォークを放す。
サラダをそのままフォークでつつきながら、浅くなっている呼吸には気づかない振りをした。

「見なかったことにしろ」

笑いながら言う。

「お前になら抱かれてもいい」
「はあ?」

サッチが突然血迷った事を言うので思いっきり蔑んだ目で見てやると、悪びれもせず舌を出す。

「……て、思ってるやつ結構いるんだから、手出せばいいじゃねーの」

何でそう思われているのか分からないが、サッチに言わせるとどうやら俺は抱きたい男ではなく抱かれたい男になるそうだ。脳筋が多いから血迷うやつが多いんだろう。イゾウやマルコ、百歩譲ってエースならそう思うのも分かるが、何故俺。イミフ。
あ、百歩譲ってビスタってのもありかもな。その4人なら抱かれたいって思うのも分からなくもないかもな。
ぼんやり考えているとサッチは身を乗り出してニヤけた面を晒す。

「それとも既に誰かお手付きか?」

フォークをからんと放って椅子に背を預けてサッチと距離を取る。
楽しいやつだがたまに鬱陶しいのは何とかならないか。
盛大にため息をつきながら眉根を寄せてサッチを睨む。

「バカが、何度も言わせんな。俺は家族には手ぇ出さねぇよ」
「えー、つっまんねー」
「お前に出してやろうか」
「いやいや、マジでありえねぇ」
「俺もだ」

「お前だけはねぇわ。」と言いながら空気を漏らすように笑う。
家族に手を出さないではなく、家族には手を出せないと言った方が近いのか、自分でも分からないが、家族の誰かに手を出そうと考えるとどうも興奮しない。萎える。熱がしぼむ。そんな感じで、この船に乗って早々に家族はそういった対象から外れた。
そういう行為が排泄だって思っているのもあるのかもしれない。
排泄ってことは、最後には捨てるってことだ。家族を便器とかごみ箱の代わりになんてできなかった。大事だからな。これでも。こんな俺でも、家族は大事なんだ。
なんてらしくもなくしおらしい事を考えて、笑って流す。
自分の感情や煩悩はごみ箱行きだ。

「ジュール」
「どうした」

どかりと隣に腰かけたエース。
昼間の事はすっかり忘れたらしい普段通りの様子だった。

「今の、聞いてたんだけど」
「ん?」
「オレとも、できねーの?」
「……は?」

最初は優しく聞き返したが、最後のは無理だった。
眉根を寄せて、何なら睨みさえしていた。
訳が分からない、いや、わかりたくない。

「オレとシてみないか?」

分からないままいたいな、なんて考えた俺の気持ちをさらっと流してエースはもう一度優しい笑顔で俺に尋ねてきた。
なんなのこいつ。
俺はそんな気持ちのままエースの額を鋭くでこぴんした。

「ッてぇ!!」
「俺は家族にゃ勃たねぇよ、バカ」
「やってみなきゃわからないだろ!」
「分かるわバカ、想像しただけで萎えるわー」
「想像と現実は違うだろ!」
「そうだな。でもわざわざ確かめようとも思わねぇな」

「ゴチー」といいながらさっさと席を立った俺の腕をエースは驚くぐらいの力を込めて掴んだ。
この話はこれで終わりでいいじゃねぇかよ引き留めんなバカ。

「オレとは嫌なのかよ」
「好悪の問題じゃなくてな、エース君。家族とやっても俺の気持ちが満たされないって話だ、ていうかこんな話を食堂で言わすな」
「ジュールがオレとシてくれないからだろ!!」
「……」

俺は頭を抱えた。
すげーでかい声で言いやがってこのバカ。
みんな一瞬こっちみたじゃねーかよ。

「お前相手なら抱かれてもいいとか、抱きたいとか思うやつはまあまあいるだろうからそっちをあたってくれ」
「オレはジュールがいいんだよ!!」
「だから声がでけえ!」

さすがに腹が立ってエースの頭を拳で殴りつける。
すり抜けなかったあたり、エースへの愛はあるんだな、なんて変な実感を感じながら。






「出してくれってんだから出してやればいいだろい」

マルコの部屋に陣取って、酒を煽りながら声を聞く。
エースとの食堂でのあれこれをマルコに愚痴った。
嫌な話題だ。自分で振っといてアレだが。

「嫌だ、大切にしてるもんが崩れる」

壊れる、じゃない。
でも崩れる気がしてる。
マルコは、「崩れる、ねぇ」と訳知りの顔で反芻した。

「そんなに脆いもんかねい」

目を伏せる。
同調して欲しかったわけじゃないが、マルコは同調も否定も擁護もしない、考えさせるような話し方をして、それが俺を少し追い詰める。
わかってる。本当は。

「守ってんのは本当に<家族>かよい」
「……嫌な言い方すんじゃねぇよ」

唸るような俺の呟きに、マルコは「それは悪かったねい」と全く悪びれずに笑った。

家族には綺麗なままいて欲しくて。
家族を排泄の対象にしてしまったら守りたい家族を俺自身の手で汚してしまう気がして。
家族でそういうことができれば、それは楽で便利だななんて、俺だって考えなかったわけじゃない。
熱が溜まっているのと、ぐるぐる考えすぎた。とりあえず感情のまま叫ぶことにする。

「できるか!!」
「はいはい」




「よ、おかえり」
「……」

部屋に戻ったらエースが俺の部屋の俺のベッドでくつろいでいた。
悪夢か。
ため息を尽きながらも部屋に常備してある酒をグラスにいれて出してやるとあいつは嬉しそうに受け取った。

「なんか用か、末っ子」
「襲いにきた」
「出て行け」

掴む首根っこの服がないのでそのまま首をつかんで引き摺り出そうとすると、あいつは慌てて手をわたわたさせた。

「ちょ、冗談!冗談だって!」
「今度からもっとマシな冗談を言え」
「……や、あんまし冗談ってわけでもねーけど…」

折角離してやった首を再び掴もうとするとあいつは素直に頭を垂れて謝る。
こういうとこはかわいいんだけどな。

「で、何か用あんのか?」
「んー、いや、これといって特にねぇ」

特にないと言いながらエースはなぜか俺をじっと見つめていた。
何か言うのかとしばし俺もエースを見つめ返していたがいよいよ何も言わないあいつにしびれを切らせて口を開いた。

「なんだよ」
「や……かっこいいなぁって」
「はあ?」

こいつ頭と目大丈夫か。

「最近変だぞお前。どうかしたのか」

そう言うとエースは気まずそうに視線を彷徨わせてから俯いた。
あ、とか、う、とか言葉をまごつかせながら。

「笑うなよ」
「話による」
「……オレ、カイトのこと、好きだ」
「……」

俺も好きだよ。
そう返そうと思ったが、恋愛の意味で言われたことは明らかだったので口を噤む。
軽はずみに返せなかったし、茶化すのはあんまりだ。
いかに困ることを言われたとしても、かわいい弟が内側の柔らかい部分を晒しているのに、正面から受け取ってもやれないのは兄として失格だ。

「……だからオレとして欲しいって、するならオレとにして欲しいって、思ったんだ」
「ありがとう」
「え?」
「俺のこと、そんな風に真剣に考えてくれて嬉しい」
「カイト……」
「でも、気持ちには応えられない。ごめん」

エースの目をじっと見つめてそう言うと、エースは絶望したみたいに目を見開いて愕然と俺を見た。
気持ちに応えてもらえなかった時の絶望は俺なりに知っていた。しかし、家族をそういう対象にできないというのは俺の中の崩せない部分で。申し訳ないとは思うが譲ることは出来なかった。
いつの間にか顔を伏せていて反応が遅れた。
エースが突然立ち上がり、一歩で俺との距離を詰めて椅子に座っていた俺を押さえつけて唇に噛み付いた。
反応出来ずにいると、エースは唇を重ねたまま俺の体をまさぐり出す。
流石に見過ごせずにエースを引き離そうとするがマウントを取られているせいかびくともせず、何とか顔を離すが、エースは俺の服に手をかけて脱がそうと動いていて動きを止める様子は、ない。

「おい、」
「……」
「おい、エース!」
「…、…、」
「え?」

エースが何か小さく呟いたが何も聞こえず、聞き返すとあいつが小さく震えていることに気付いた。
次いで、ぽたり、と俺の首筋に水滴の落ちた感触がして、ハッとして俯くエースの頬に片手を滑らせ軽くあげさせる。
抵抗なく上げられたエースの顔が。
苦しそうに歪んで涙に濡れていた。

「何、泣いて、」
「オレを、……」

途切れた言葉の続きを促すように親指で涙を拭う。

「カイト、」
「ん?」
「オレを、」
「……うん」
「……オレと、シて。一回で、いい、から」

俺を、の続きではなく。
言い換えた理由も察しがついて。
なんでお前そんなに俺のこと好きなの。理由なんて。マルコみたいに頭働く奴だったら簡単に答えもらえるけど、相手がこいつだから期待なんてできない。聞いたところできっと一瞬考えた後、理由なんてない、とか言って終わりそうだった。

意図的に引っ掛けた訳じゃないから俺に罪は無いけど、泣くほどこいつを追い詰めたのは紛れもなく俺だ。
今だ流れ続けるエースの涙を拭ってやりながら思う。
別のやつ、好きになれば良かったのに。
そしたら心臓が握りつぶされてるみたいに痛むことなんて無かった。お前は泣かなくて済んだし、俺は苦しまなくて済んだ。

俺を、

その言葉をわざわざ言い換えて。
たった一回でいいからなんて、お前そんな殊勝なキャラでもねぇくせに。
たった一回のつもりでも、手、出しちまった方が、出されちまった方が余程苦しくなるのに。

俺の前で泣き続けるエースを見て。
苦しくて仕方が無かった。
手出した方が楽になるのかもしれないが、俺の中の壁を越えるのも苦しくて仕方がなく。
エースを引き寄せて抱きしめる。
あいつは一瞬息を詰めたが、すぐに俺に縋り付くようにして再び泣きはじめた。

「オレと、シて…」

嗚咽混じりに再び告げられた言葉に、ぎゅ、と眉根を寄せる。
できねぇよ。

「お前を便所とかゴミ箱とか、そんな感じに扱えると思うのか」

出来るわけが無かった。
大切な家族をわざわざ自分の手で穢すような真似なんて。

「何だっていい、から」
「……できねぇよ」
「じゃあ、じゃあオレをッ、」

エースは勢い良く顔を上げて俺の目を正面から捉えた、その勢いで抱きしめていた腕が離れる。
泣き濡れた顔で必死に何かを言おうとするのに、肝心なところだけいつも言わない。
何を言おうとしてるかなんて、大体わかるから余計に俺も辛かった。

「オレ、を……」

ぎゅ、と口を結んで下を向く。

「……、ゴミ箱だと、思えよ。それで、いいから」

良くねぇくせに。
良くねぇくせに、それでいいなんて強がって嘯いて。
沈黙を埋めるようにエースは俺の肩口に額を押し付けてしがみつく。
本当に言いたいことはそれじゃなくて別の事。
頑なに言わないエースの本音を、何故だか俺はとても聞きたかった。
聞いたところで断るなら聞かなくてもいいはずなのにな。
きっとエースもそう思ってる。
断られると思ってるから、だから傷つくのを恐れて黙ってるんだろう。

うろつかせていた腕をエースに回してゆるく抱きしめる。
エースは体をビクつかせて硬直した。

「思えねぇ。お前は大事な家族なんだよ、そんな事思えるわけねぇだろうが」
「じゃあッ、じゃあどうしたらカイトは、……」

また本音を飲み込むエースの背を、落ち着かせるようにトントンと叩く。
エースの体から力が抜けて落ち着いても俺はそれをし続けた。
甘えるように、すり、と肩口にしがみつくエースに、ごめんな、と心の中で謝罪した。

大事な家族のせいにして俺は。
自分の心を守ってんだ。
家族を思う振りで、俺は。
軽さを装って家族にそういう目的で触れるのが怖いから。
その行為が巡り巡って俺の居場所を奪っていきやしないか、大事な家族から白い目で見られていつかここにいられなくなるんじゃないか、それが怖くて。
色んなもんを天秤にかけて、選び取るのはいつも自分が傷つかない方ばかりだ。
そのためなら、例え相手の心を抉っても見ない振りで。今のこいつのように。
こいつの中の俺はどんなだろう。
家族でもなく、セフレにもなれなく、恋人にもなれなくて。
友人になれたところでどのみち救えやしないのだと。
脱力するエースの体を支えながらそう思った。






「手は出したのかよい」
「出さねぇよ、出すわけねぇだろ」

あれから、エースは泣き疲れたのか俺の腕の中で寝てしまい、仕方なく俺のベッドに寝かせてそのまま俺はマルコの部屋に来た。
明け方だった手前正直寝ていたらどうしようかと思ったが、苦労人のマルコは既に起きて活動していたので上がり込んだ。ものすごく迷惑そうな顔はされたが。

「馬鹿なのかよい」
「俺のことか」
「自覚があるようで何より、守りたかった家族、テメェで傷つけて何してんだよい」

俺は口を閉じた。返す言葉もない。

「じゃあ、手、出したら良かったのかよ」
「そうは言ってねぇだろい。そこまで頑なに家族に手ぇ出したくないなら、うまいかわしかたでも覚えとくんだねい」
「かわし方っつっても…」

それは嘘つくってこ

「嘘つくのが嫌だとでも言うんだろうけどな、あれもできないコレもできないなんて駄々っ子みたいな事は言うんじゃねぇよい」

何でもお見通しのマルコは俺の頭の中でも覗いたかのように先回りして口を開く。
はあ、とため息をついて項垂れる。
人の気持ちは重い。
もしかしたら俺は、その重さを支える自信がないだけなんだろうか。
気楽な関係ばかり求めて、誰かの本気を正面から受け止めた事があったろうか。

「いっそのこと付き合っちまえばどうだよい」
「えー…」
「そうすりゃ一気に解決だろい」
「……」

的確なのか飽きたのか、一言でとんでもない解決策を言い出したマルコに、俺はぽかんと間抜けな面を晒した。
付き合ってさえいれば、そう言う行為は確かに排泄ではなく、愛情表現でしかない。

「……家族を恋愛対象として見るってことか?」

うなだれながら俺は言う。

「別に変な事じゃねぇだろい。実際何人かいるらしい」
「でもなあ……ヤりたいから付き合おうって何つーか、ケモノみたいじゃねぇか」
「<ヤりてぇ>から始まる愛だってある。今回のことに関して言えば、大事なのは過程じゃねぇと思うがねい」
「何かなあ……愛って何かもっと……純粋なものであって欲しいっつーか」
「いい年した男が、まさか惚れた腫れたに幻想でも抱いてるのかよい」
「そ、いうわけじゃねぇけど」

口を閉ざすと紙にペンを走らせる音が間を繋いだ。
マルコはさらさら何か書きながら俺と会話していて、書きながら話すとか器用なヤツだなと思った。

「エースの事は可愛がってたんだから、好かれてることだし付き合ってみたらどうだよい」
「可愛がってたのは末っ子だからで……」
「じゃ、ウチに新入りが入って来たらエースそっちのけで新入りを可愛がるのかよい」
「それは新入りによるだろ」
「じゃエースみたいのが入ってきたらどうすんだよい」
「そりゃ、多少は可愛がるだろうけど」
「エースくらい?エース以上?」
「いや……」

畳み掛けるような質問に頭痛のする思いだった。
頭を抱えてため息をつく。

「何でそんなに付き合わせようとすんだよ」

唸るような呟きに、かたりとペンを置いたマルコは俺に顔を向けた。
真面目な、苦労の滲む顔がどこか怒っていて、怒らせたのは俺だろうから申し訳なさに眉根を寄せる。

「ふらふらかわしてるつもりで逃げ回ってるだけのお前見てたらさすがにそろそろ見過ごせねぇんだよい」
「逃げてるって……」

反論しようと口を開くと、本気でイライラし始めたマルコは後頭部を掻きながら怒りに顔を歪める。

「逃げてるだろい。傷つくのが怖いのか知らねぇが、いい加減自分から逃げんのやめろよい」

ぐうの音もで無かった。
マルコはいつも正しい。
針の穴を通すような正確さで突かれたくないところを突き刺してくる。

「何をどうしたらいいのか分かんねぇんだよ。一旦こういう風にしちまったら、普通に戻る戻り方が分かんなくなった」
「他人に寄りかかるのやめろ。今だってちゃんとテメェで立てもしねぇで、相手が本気になったら逃げてまた次の相手探してって、お前最後には独りになるぞ」

「独りになるのは嫌なんだろい」とマルコはそこだけ柔らかく俺に投げかける。
独りは確かに嫌だった。だから今もマルコの迷惑顧みず部屋に押しかけて。
こんなにもグダグダなのに、エースは俺を好きだと言う。こんなにも俺は俺が嫌いなのに。一体俺の何を見てんだ。俺に一体どんな幻想抱いてんだ。お前が好きだと思ってる俺の幻想がただのハリボテだと気付いた時、幻滅しながら去っていくんだろう?
俺を抉りながらただ遠ざかっていくんだ。

そして俺は、やっぱりな、と自分のダメさ加減をまた思い知って。

「……泣くなよい」

マルコがため息をつく。
俺は、俺の事が本当に本気で嫌いだった。
弱くて臆病で面倒で。
そんな自分から逃げて。
逃げてる間は何も考えずに生きていけたんだ、自分が嫌いだって思い出すことも無かった。
一度それを目視してしまえば、逃れようもなく飲み込まれて、怖くて、震えて。

「怖ぇ……どうせ、あいつも、」

止まらない涙を何度も拭う。
どうせエースも、すぐに俺が嫌になるんだ。俺はこんなにも俺が嫌いなのに、他人から好かれるはずもない。
俺の事、何にも見えてないから好きだなんて妄言を吐くんだ。
マルコがすぐ側に膝をついて、俺の頭を自分の胸に押し付けた。

「大丈夫だ。お前が気に入ったエースは、そんなやつじゃねぇよい」
「ぅ、ん……」

マルコの優しさが胸の内に染み渡る。
暖かさに触れて、何度も頷きながらマルコにしがみついた。




***




落ち着いてから自分の部屋に戻ると、エースはまだ静かに寝息を立てていたので、そのベッドにそっと腰掛け片膝を寝かせて頬杖をついた。
丸い窓から外の様子を眺める。たぷり、たぷりと波の隙間からまだ眠そうな青い空が見える。

「ん……」

もぞり、と背後の布団が蠢いた。
頬杖をついたまま顔を向けてエースの様子を眺めていると、ぼんやりと目を開けて眠りから覚醒しようとしていた。
目をパチパチさせたエースと俺の目が合う。じっと見つめているとあいつはハッとした様子で飛び起きた。

「あっ……まさか、オレのせいで寝れなかったのか……?」

確かに寝てないがそれはこいつのせいじゃないので「いいや、」と否定する。
尚もじっと見つめていると居心地が悪いのか僅かに身じろいで視線を泳がせた。

「め、迷惑かけてごめん……」

俺の視線に責められた気になったのか、うろたえながら頭を下げた。
いたずら心が湧き上がって、尚も何も言わずにじっと見つめる。

「で、でも、オレ、カイトのこと好きで、それだけはずっと変えられない」

言葉を切る。
エースを見つめたまま沈黙が横たわる。
何を思ったのかエースはベッドを降りて、「ごめん、」謝りながら出て行こうとした、その腕を掴んだ。

「カイト……?」
「お前のことは好きだ。ただ、恋愛の意味じゃない。それでもいいなら、付き合ってみるか?」

エースの顔も見ずに正面だけを見つめながら言う。
あんまりな言い草なのは分かっていた。
でも、自分を保ちながら壁を崩す、これが俺の限界だった。
先にフったのは俺なのに、エースの口から否定の言葉が出るのを怖がる俺は、本当に弱い。

少し間があって、エースは俺の手を振り払った。
それが答えかと、顔も上げずに目を閉じる。当然だよな、と誰にともなく言い訳しながら。

「ぅわ、」

目の前が陰って、ふと目を開けるとエースが俺に抱きついて、勢い余ってベッドに押し倒される。

「エース、」
「夢、みたいだ」
「、……」

がば、と上体を上げて、泣き出しそうな笑顔でエースは宣言した。

「今オレのこと好きじゃなくてもいいよ、いつか絶対、オレにメロメロにしてやる!」
「そうか、そりゃ楽しみだな」
「え、カイト、んっ、」

腕を伸ばしてエースの顔を引き寄せ口を塞ぐ。舌でまさぐったあいつの口の中は、燃えるように熱かった。





***


「カイト!」

カイトとエースにある種の了解ができてから、エースは片時も離れたくないのかカイトの姿がないとあちこち探しに来ては隣に陣取る。
鬱陶しいだろうと思っていたのに、ひよこのようについてくるエースを嫌がる様子もなく、初めて見るような柔らかい笑みを浮かべてエースを迎えている。


「まとまったなあ」
「手のかかるやつだよい」

あいつらを眺めているオレの隣に陣取ったサッチは軽くニヤつきながらそう言った。

「あいつ、マルコにめっちゃ懐いてんだから、マルコと付き合えばよかったのに」
「……アホなこと言ってないで仕事しろよい、不良コック」

どうせ付き合うなら、とでも思ったんだろうサッチは、適当なことを適当な調子でほざいた。
オレはため息交じりに窘めながらその場を去る。

サッチの言ったことを、オレ自身考えないわけじゃ無かった。
あいつのイイトコ悪いトコ、弱いトコ全部知ってるし何かあればカイトは他の誰でもないオレのところに来る。

けどな。自嘲するようにため息。
オレはもうフラれてんだよい。

友達でいようというやり方を、オレの告白を無かったことにするという方法で実践したあいつに、救われもし、傷つけられもして。

明け方、オレの部屋で泣きじゃくるカイトに、「オレにしとけ」という言葉を戻しそうな程必死に飲み込んだ。
もしかしたら、そう言ったらカイトはオレのものになったのかもしれないが。

しかしあいつの恋人になるという確率の低い賭けよりも、オレはあいつの親友で居続ける方を選んだ。
弱いのは、逃げたのはオレだった。


「……人の事は言えないねい」

呟きは空に消えた。




End.

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2015/01/08 gauge.



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