人波にまぎれ





「ん、……んぅ、…」
「ははは、良い様だな!」


捕まった。海賊に。
"捜索"中に、カフェでうとうとしたら後ろから後頭部をガツンとやられ、すぐに海楼石を片手にはめられて運ばれてしまった。今は、敵の船の中腕輪がついたまま後ろ手にロープで縛られている。
苦しい。力が入らない。呼吸も少し。

「俺たちは情報屋も兼業しててな。今はある島とそこを縄張りにしてる海賊の機密情報を手に入れてぇんだ。やっさしい少将殿なら、俺達に協力してくれるだろ〜? なぁに心配すんな、情報さえ入っちまえばお前はこのまま海に流してやっからよー!」

あれ、それって結局死ぬよな。
まあ海賊だから、そんな感じになるのは当然か。しかし俺、無法者にならなくて良かった。太陽の下を大手を振って歩けるってやっぱり素晴らしい。
海楼石のせいでへろへろ床に転がる俺は薄く目を開けて周囲を見渡す。それくらいしかできなかった。
俺の食ったカミガミの実は、その特異性から他の能力者よりも極端に海に嫌われて呼吸さえままならなくなるんだ。指先を動かすのもつらい位だ。能力は便利だけど、ひとたび海や水に触れると本当に一般市民の子供以下になってしまうのはいただけない。

「今頃、俺の仲間がお前に化けて侵入してる頃だ」
「……」

この島にはまだ来た事はなかった。こんなことならひとつ手前の島に寄り道せずに真っ直ぐ行けば良かったがもう遅い。
一応「今日行くよ!」という話は事前に入れてはいたが、俺の顔なんて知らないだろうからきっと俺はこのまま海の藻屑に、


『おどれ、舐めちょるんか?』


ぞくりぎくり、と背中を駆け抜ける恐怖と悪寒。
だめだ、こんなあっさり諦めて切り抜けもできなかったら俺はサカズキパパに殺される。心から。
何とかしなきゃ。ここには俺しかいないんだ。

まずはこの海楼石の腕輪を外さなければ。




:::




「兄ちゃん、随分キレーな顔してんなぁ! 顔枠か?」
「顔枠ってなんすか?」
「ばっか、海軍には、宣伝用に顔のキレーなやつを入れてそこそこの地位に置いて、市民様の理解と応援を求めるんだぜ?」
「へー、正義の軍団もえげつねー」

適当な事を適当なノリで噂話というか都市伝説というか、話してる海賊達は、俺がここを抜け出そうと頭を捻ってる事なんて露知らず、緩んだ空気で和んでいた。

静かに、ゆっくりと、焦らずに。
後ろ手のロープを爪で傷つける。さすがにこんなにぐるぐる巻かれちゃ力任せに引きちぎるなんて俺にはできなかった。

仲間の助けなんて期待できない。能力を奪われた今の、生身の俺が一人で何とかしなければいけない。
まずは、この海楼石の腕輪を何とかしなければいけないが、指先で外輪をなぞってみるが、鍵穴らしきものは見当たらなかった。手錠ではないからだろうか。もしかしたら正規の捕縛用ではないのかもしれない。世界貴族の能力者コレクション用か?悪趣味め。

あ、念のため言っておくが、海軍に顔枠はない。
もし顔枠があるならせめて大将の一人、中将に2人くらい、綺麗な顔の男女がいておかしくない。海軍は力が全てで、悪く言えば弱肉強食。

とにかく、腕輪は左手にからりとついているだけだ。ロープさえ切れてしまえば両手両足が自由になる。

しかし。
今でさえロープを切る指ひとつでこんなに辛いのに、こいつらを叩きのめしながら俺は逃げられるのか?
不安だ。ものすごく。


「!」
「さっきから何揺れてんのかと思ったら……ロープ切ろうとしてやがったのか!」

腕を無理やり持ち上げられた。
くそ、ばれた。もう少しで切れそうだったのに。
この場にいた他の2人も、にやにやと汚い笑みをを浮かべている。

「いいぜ、別に切っても。どうせあんた、ロープが切れたところで何もできねぇだろ」
「ああ……伝説の悪魔の実の、あれか」
「そうだ、他の能力者よりも海楼石に滅法弱いんだってよ。他の能力者抑えるより楽でいい」
「違いねぇ!」

再び俺は乱暴に床に投げ捨てられ転がった。受け身もろくに取れなかったがなんとか体を捻って腕から落ちることができた。


別に、切っても、いい、だと?


舐められてる。
俺、めちゃくちゃ舐められてる。
能力抑えて海楼石で弱らせとけば俺は警戒しなくていいと思われてる。

「お前ら……たいがいにせぇよ、コラア!!」





:::



「おい聞いたか? 今日ここに任務で来るの、本部のベイン・ジュール少将だってよ!」
「聞いた聞いた! 海軍のアイドルじゃねぇかよ俺今日まで頑張ってきてよかったぜ!」
「おれ、ベイン少将のブロマイド10枚持ってる」
「うわ、さすがにそれはねーわ」
「なにおー!!」

「お、到着なさったぞ!全員配置に着けー!」


左右に整列した海兵の間にボートから降り立った、正義の文字を掲げるコートを身にまとった、青い髪。

「よー、出迎えご苦労、ベイン・ジュール少将だ」


「・・・」
「・・・」
「・・・」

敬礼をした体制のまま、全員の時が止まる。

徐々に、そして急速に怒りを爆発させた海兵たちは一斉にライフルを構えて"不審者"に向けた。

「絶っっ対お前じゃねーー!!!」
「誰だ偽物!!」
「ありえねー!このブタのヒゲ野郎が!!」

「ええええ!??!」

海兵たち全員の怒りを目の当たりにして、ジュールに成りすました海賊はあまりの驚きに腰が抜けたのかその場に座り込み、軽く涙ぐんでいる。
そして、海賊はあっけなくお縄になったのだった……。
連行されながら海賊は、本当に訳が分からないという顔で喚き散らしていた。

「な、なぜだ!一海軍少将の顔なんて、なんで全員知ってるんだ!」

それを聞いた連行中の海兵は、怒りを抑えながらも鼻で笑う。

「はあ、一海軍少将?何を馬鹿な事を言ってんだ」
「な、」
「なりすますっつーのはいいアイデアだったがな、海賊。選ぶ相手が最悪だったな!」
「な、な、」
「ベイン少将はな、我が海軍のアイドルと言っても過言ではねぇお方だ! それを、貴様……!!」

再び怒りが噴き出してきた海兵は、凶悪な表情のまま海賊に詰め寄った。
悲壮な悲鳴が、聞こえたとか聞こえなかったとか。




「あれ、じゃあ本物のベイン少将は今どちらに……?」

海賊を牢屋にぶち込みながら、はたと気づいた海兵は首を傾げる。

「へへへ、今頃あいつは、海の藻屑さ!! 裏ルートから手に入れた海楼石をつけてやったらもう言いなりだったぜ!」
「なんだと貴様ー!!ベイン少将に…!!」

「おじゃましまーす!」

元気な男の声が響いた。
慌てて声のした場所へ向かうと、しっかりと海軍の港に飛び降りた、彼こそまさしく海軍の。

「いやあ、少し遅くなって申し訳ない。ついでといってはなんだが、途中で見つけた海賊!……て、色気のないお土産だけど。 だってこいつらにせっかく買ったお土産奪われたんだ!酷くねぇ!?」

全員が静止しているのを見たジュールは、きょとんとした顔をした後、「そうだった、」と照れたように笑った。

「初めまして、海軍本部、ベイン・ジュール少将です。本日はどうぞよろしく」

綺麗に敬礼をして、にっこり笑みを刻む。
奔放で、元気で可愛くて、青い髪で、何より。

「ベイン少将ー!!!」
「お待ちしておりましたジュール少将!」
「遠路遥々、お疲れ様ですベイン少将!」




何より、海軍のアイドルである。




End.


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2015/08/02 gauge.



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