保証のない約束




とある島。

えーと、島の名前はなんて言ったかな。忘れちまったが、目的の島というわけでもなく、航海において必要だったり重要な島というわけではない。そんな「ふらっと寄ってみた」という言葉が一番ぴったりくるような島で、意外な人物と遭遇した。

これがまた奇妙な縁で、1回目はお互い探っていた。2回目は酒場で、完全なまでに意気投合。仲間に誘ってみたがあっけなく振られた。3回目にはビブルカードを交換していて、4回目にはもう長年一緒にいた兄弟のようになった。



そして今日が5回目。

ビブルカードを辿ってきた、と「にこお、」と笑うジュールに、仕方ないな、と兄貴になったような気持ちで困ったように笑い返す。
穏やかな時間も過ぎ、酒も大分入った頃、ジュールは苦虫を噛み潰したような顔をしてカップを「ダン!」とカウンターテーブルに叩きつけた。

「きいてくれよえーす!」

もう呂律も怪しい。聞き取れるが子供のような話し方になってるジュールに思わず笑みが零れながら酒を飲んだ。

「聞いてるよ、どうしたんだ」
「おまえしってるか!赤いかみのかいぞく!」
「赤い髪?シャンクスか」

赤い髪の海賊なんて、一人しか知らない。というか、赤い髪と聞けば真っ先に思い浮かべるのは一人しかいない。
ジュールは、一発で名前が出たことで興奮したのか、怒りのボルテージも一緒に上げて「そう!!」と大声で叫んだ。と思ったら、一瞬でしょんぼりしてテーブルに顎を載せて「ひゅー……」と変な音のため息をついた。

「しゃんくすに会って……、かいぞくにさそわれたぁ」
「へえ、シャンクスからも誘われたのか、モテモテだなー」
「んー……」

歯切れの悪い返答に、気になってジュールの顔を覗き込む。「海軍が俺の家だから!」ってあっけらかんと断るやつが。

「……まさか海賊になるのか?」

俺の誘いは断ったのに?と言外に含ませて、酒で潤むジュールの目をじっと覗き込む。
しかしジュールはあっさりと首を横に振った。

「んーん、……そりゃ断ったよー断ったけどさー……なーんか……しんぞうがギュってなるー」

カップから手を放して、左胸の服をぎゅ、と掴むジュールを見て、「なんだ、」と笑いかけて、やめた。
なんでか、上手に笑えない気がしたからだ。
その気持ちに火をつけないように、茶化しながら別の話題に持っていった。

「大方イメージとか風評とかと違ったから驚いただけだろ?餌付けと似たような心理っぽ、いてっ」
「うるせー、餌付けは毎日いろんな人からされてるもん。だから違う」
「されてんのかよ。まあジュールは青で、シャンクスは赤だからな、正反対で気になっただけじゃないのか。赤鬼、青鬼」

そういうと怒るわけではなく、ぷくーっとほっぺたを膨らませて不機嫌を表現するジュールに今度は声を立てて笑った。酔ってるとはいえ、随分子供っぽい行動だった。

「心臓がぎゅーってなるって言えば、俺も別の意味で心臓がぎゅーってなってる」

きょとん、と目を丸くさせたジュールがじっと俺を見上げる。

「あ、おいかけてるやつがいるって言ってたあれか?」
「おー、それだ。全然見つかんねえんだ」
「こい?」
「は?」

何が来い?鯉?
頭がハテナでいっぱいになってたら、またぷくーっと膨れて詰め寄ってきた。

「れんあいー」
「ああ、恋愛か。……はあ?!」

一体何がどうなってそうなったんだ。ぶっとんだ勘違いに頭を抱える。

「男だぞ、んなわけあるかあ!」
「ふーん、でもこいみたいだよなー」

きゃっきゃと楽しそうに笑うジュールに、げんなりして椅子に座りなおす。
隣では、「そういうのがこいにハッテンしたりするショーセツとかありそお!」とこれまた楽しそうに。

「味方殺しだぞ、ウチの唯一の禁忌を犯したんだ。敵にそんなことあるわけねえ」

楽しそうにしてたのに、俺の言葉にきょとんと俺を見上げる。何も面白くないから笑わずに見返した。

「あー……みたかごろしか」
「ああ(みたか?)」
「なかまを、殺したのか」
「自分の欲のためだけにな」
「かいぞくっぽいなあ」
「……まあ、そうだな」
「でもさいあくだ」
「おう」

子供が感想言ってるみたいだけど、ジュールの素直な気持ちを全部吐き出してるようで、それならとまるまで付き合おうと思った。出てくる言葉は同意できるもので、不愉快な気持ちにはならかった。

「かぞくをころすなんて、そんなのだめだ」
「ああ」
「おれ、おれも探す!」
「はあ!?」
「だって、俺とえーすはともだちだろ!ともだちの家族がころされたなんてつらい!」
「つら、うん?うん……ありがとうな、けどこれは、」
「つらい……」
「え」

じんわり、酔いではなく目が潤みだした。酔うと感情垂れ流しかこいつ、と少々驚きとげんなりを同時に感じながら、ジュールの真っ直ぐな言葉にはちょっとだけ感動してた。

「おい、泣くなよ」
「ないてない!探すから!そんでつかまえる!」
「いやいやいや!ちょっと待て!」
「おれかいぐんだもん!かいぐんがかいぞく捕まえるのなんて普通だし!」
「いやそうだけどな!そうだけど違う!」

今すぐにでも飛び出して行きそうなジュールの手首をとりあえず掴んでとりあえず落ち着かせようとするものの、ジュールは嫌々と首を横に振りながら拘束を振りほどこうと更に暴れた。

「やだ!いく!」
「行く!?行くって今からか!?ダメだそれは絶対だめだ!こんなに酔っ払いのクセに勝てるわけねーだろ!」
「大丈夫だもん!あいてのーりょくしゃだろ!だいじょーぶもん!」
「だいじょーぶもんてなんだ!そんな事言ってるうちは絶対行かせねえ!このまま行かせてお前に何かあったらどうすんだ!」

なぜかぴたりと動きが止まって驚いた。まさか暴れたから気持ち悪くなったとかか?!

「おい、大丈、」
「しんぱい?」
「は?」
「えーす、おれの心配、してるの」

脈絡が全く無くて会話が大変疲れるが、このまま手を離したら本当に風船のようにどこかに文字通り飛んで行ってしまったら困るので必死に会話に喰らい着く。

「当たり前だろうが、何だと思ってんだ」

そう言うと、きれいな目をまんまるくして俺を見上げる。とろんとしてるからまだ酔っ払い真っ只中って感じだったが、さっきのような無茶をするようにはもう見えなくて、心の中でほっとしてると、ジュールは顔いっぱいに「う れ し い !!」って書いてあるような笑顔を俺に向けた。

「心配!そう、しんぱい、俺も、エースが一人でしんぱい、だから!」

なんだろうこれは、嬉しかった事のお返しだろうか。心配されるのが嬉しいっていうのが初めて直面してもすぐわかるこの判りやすさに、もう頭を抱えるくらい、なんていうか、やられた。
もう、こいつ、もう。

「おれとはともだちだろ」
「あ?ああ」
「すぐ助けにいけないようなとこで、やられたりするなよ」
「何だよ、海軍に助けられちゃうのか、俺」
「違う、ともだちだから。ともだちとして、行くから!」
「そりゃあ心強いな」

胸の奥がじんわりするような、そんな気持ちを味わいながら、さっきまで大して味も記憶にないような酒がありえないほどうまく感じる。

「ん~……」
「ジュール?」

カウンターテーブルに突っ伏してすやすやと寝息を立てているジュールを見て、言おうと思ったあれやこれやを静かに飲み込んだ。
そういえば、俺がこういう席で突発的に寝ないなんて初めてじゃないか。


「へんなやつ、」


呟いて諦めの笑みを浮かべた。







ガチャ、と扉を開けて、すぐ傍のベッドに担いでたジュールをぽいっと放る。

「あう……」

衝撃に僅かに声を漏らしたようだったが、どうやらそのまま眠ったらしい。すぐ傍に枕があるのに、器用に自分の腕を枕にして寝るジュールの頬が、間接照明に照らされてぷにっとして大福みたいに見えた。

「……ガキ」

こんな夜中に飛び入りで取れたのは、部屋の9割がベッドで占領された狭くて汚い、こんな場末みたいな宿だけだった。ソファも無ければベランダさえもない、ただ寝るためだけの部屋。こんなせっまいベッドで野郎と仲良く並んで寝るのなんていやだけど仕方ないか。相手がマルコやサッチじゃなくて良かった、と思うべきか。
マルコや、サッチじゃ、なくて。

「……、」
「んぅ……」
「……ジュール?起きたのか?」
「すー……」

安らかな寝顔に苦笑して、防止やらアクセサリーやらを取り去り、靴を脱いでベッドに上がりこむ。
ベッドに入ると、寒かったのか俺のほうへにじにじすり寄ってきたジュールを、何でか女の子にするように抱きしめてみたり。

「(おかしいだろ)」

セルフ突っ込み。笑ってくれる人がいないとただ情けないだけだけど。
なんだろうな。この寝顔見てると懐かしい気さえする。安心しきった寝顔。恐怖とか不安とか、そういうのを吸い込んでくれるような寝顔。

「ほんと、変なヤツ」

青い髪の毛をさらりと梳くと、絹糸かってくらいさらっと指から零れ落ちた。それがジュールの頬にかかってむずがるジュールを笑いながら優しく避けてやる。

「、……」

あ、れ。
なんか、やばい。
嘘だろ。だって、こいつだぞ。

確かにキレイな顔してるし屈託無く笑うし、エースエースってちょろちょろ着いてくるのは結構気に入ってたけど。それとこれとは違うっていうか。違わなきゃいけないだろ。
でも。

「ん……」

キス、したいかも、なんて。ちょっと、ちゅ、て。するぐらいならいいだろ、なんて。
ああダメだ俺意外とすっげー酔ってるのかもしれん。

「酔ってるのは、…お互い様、だよな…?」

大体、友達になっちゃったとはいえ、敵である海賊の前で堂々と寝るこいつだって悪、……くはないか。いや悪いだろ。ぐんぽーかいぎ?ものだろきっと。いやでも。そんなこいつの信頼裏切ろうとしてる俺はきっと、何倍も悪い。

海賊だしな。
あ。そうだ、俺って海族だった。海賊って確か、欲しいものは力ずくで、だったっけ?
じゃ、本分に従った、ってことでいいか、ってなんで真剣に言い訳考えてんだ俺。

「すー……」

ちょっと。
ちょっとだけだから。
それだけでいいから。
徐々に距離を詰める。
きっとコイツは憶えてない。俺も忘れるから。だから、ちょっとだけ。今、ほんの少しだけ。

「しゃんくす……」
「っ、……」

シャンクス?シャンクスって、シャンクスか?
そういえば、海賊に誘われた、と言っていた時のジュールはどこか変だった。断った事を後悔しているような素振りを見せて、あからさまに落ち込んで。俺が誘ったときはあんなに元気にきれいさっぱり断ってたってのに。
まさか、こいつ。

「は、……」

シャンクスか。
人間としては最高、恋敵としては最悪な相手だ。
ん?恋敵?いやいやいや、待て待て、そんなばかな。
今のはあれだ、言葉のあや。するっと出ただけだ違う違う。
そんな言い訳を自分の中で繰り返し、今沸き起こった気持ち感情全てにふたをしよう。
それがきっと正解。


最善では、ないかもしれないけど。


「俺も寝よっと」


せめて今日だけはいい夢を見よう。
きっと明日から、自覚してしまったこの胸の苦しみと戦わなきゃいけないから。




OP


return
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -