その日、私は幼なじみのことが大嫌いになった。

萩原研二は、母同士が仲が良く、産まれた時からの幼なじみだった。幼少期は手を引き合って、あっちへこっちへと共に遊んだものだ。公園で砂まみれになってお城を作ったり、ひたすらボールを蹴っては追いかけ回したり、木に登ったり草原に寝転んだり、花を摘み海でじゃれてどんぐりを拾い集め雪玉を投げ合った。家族ぐるみの旅行をすることもあったし、そうでなくとも双方の家にお泊まりをして、一緒にお風呂に入って、同じ布団で手を繋いで眠るのが常だった。

小学校に上がった頃から、少しずつ関係が変わり始めた。否、私は何も変わらないつもりだったのに、変わったのは彼の方だった。

始めは二人で登下校していたのに、だんだんと一緒に帰ってくれなくなった。彼は男の子の友達と過ごすようになって、遊んでくれなくなった。避けられているのか、というとそうでもない。話しかけると素っ気なくも答えてくれる。でも、他の男の子たちと一緒になってスカートをめくられた時には怒ってつい追い回してしまった。私は嫌なのに、彼らは楽しんでいると勘違いしているのかたびたびそういうちょっかいをかけられるようになってしまった。後ろから突然驚かしてきたり、筆箱を取り上げたり。やめてよ、と強く言ってもケラケラと楽しそうに笑うばかり。

母に相談しても、男の子ってそういうものよねぇ気にしない方がいいわよ、と取り合ってくれなかった。
私が何かしてしまったのかな、もう彼と遊べないのかな。どうしたらまた彼と仲良く出来るのかな。悩んだ私は、彼が甘いものが好きだったことを思い出した。
そうだ、彼にお菓子を作ろう。
もうすぐ彼の誕生日。毎年家族ぐるみでお祝いをしていて、メインはなんといっても大きなホールケーキだ。母と、彼の母に話を通してもらい、今年のケーキは私が作ることに決めた。もちろん、彼には秘密で。

母に手伝ってもらいながら、拙いながらもどうにかケーキを作り上げた。美味しいって言ってくれるかな、また、大好きって言ってくれるかな。心を踊らせながら隣の彼の家へケーキを運んでいた。
その最中だった。

「わっ!」
「あっ、」

べしゃ。
背中をドンと突かれて、咄嗟にバランスを取れなかった私は正面に転んだ。両手が塞がっていたから地面に手をつく事もできず、膝が擦れて血が出た。

「へへっ、びっくりした?……なあ、どうし、」

いつものように楽しそうに笑う彼は、いつものように言い返してこない私が不思議だったのだろう。呆然と倒れたままだった私の肩を掴んで起こさせた。
私の視線の先には、地面にひっくり返ったケーキ。

「あ……」
それに気づいた彼は息をのんだ。

「いじわるばっかり、また仲良くなりたくて、けんちゃんのお誕生日に、おかあさんとつくったのに」

ぼろぼろと涙を流しながら、ああもう無理なんだと分かった。私がどれだけ歩み寄ろうとしてもムダだったんだ。
うわああああん、と大声で泣き出す。その声を聴きつけた母たちがそれぞれの家から飛び出してきた。
へたりこんだまま泣きじゃくる私と、立ち尽くす彼とつぶれたケーキ。何があったかなんて火を見るより明らかだった。

「研二ッ! あんたまさか……!」
「きゃあっ! 怪我してるじゃないの!」
「おかあさ、」

手当のために家の中へ入りながらちらりと彼を見る。彼の母親に頬を張られた彼は、なにか言いたそうに口を開けたまま、泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。


手当が終わっても涙は止まらず、彼が母親とともに謝罪に来ても私は泣きじゃくっていた。その頃には地面に落ちたケーキは綺麗に片付けられて、跡形も無かった。

「研二! 謝んなさい!」

母親に頭を押さえられて頭を下げている。「……ごめんなさい」ぽつりと言葉にしていたけれど、私はもう許す気なんてなかった。

「やだ! けんちゃんなんてもうしらない!」
「なまえちゃん、」
「うるさいっ! けんちゃんなんて、だいっきらい!!」



その一件を境に、私は徹底的に彼を避けるようになった。母たちも修復不可能だと判断したのだろう。家族ぐるみで一緒に遊ぶなんてこともなくなった。
彼の行動が、好きな子をいじめてしまう子供のすることだと理解したのは随分と後になってからだった。だからといって、許したりはしないけれど。幼い私は彼の行動に確かに傷付けられた。淡い初恋を散らしたのは私だって同じだったのだ。

ぐしゃぐしゃに潰れて食べられないケーキは、私たちの関係の象徴のようだった。初めはとても綺麗だったのに、もう元に戻せない。
だから、同じことをやり直したって何も変わらないと思っていた。

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