言葉にしてくれないせいで泣いた1


「俺の、子なのか」
「いいえ、違うわ。私の子よ」

喉からやっと出てきた言葉に返ってきた声は冷たく、四年間の溝を感じさせる。
息子が間違いなく俺の遺伝子を継いでいることは誰の目にも歴然なのに、彼女は答えを拒絶した。

「私が一人で産んで、私が育てた。だから私の子」

ベッド脇の上、子どもを抱いたまま座っている。そっと子どもの髪を撫でていた。

「そもそも、妊娠だけさせて捨てた男に父親だと名乗る権利があると思ってるの? 籍だって入れてないのに。……プロポーズなんてされたことなかった」

ギスギスと突き刺さる言葉を放ったかと思えば、寂しげに溢す。耳を塞がれている子供が彼女をきょとんと見上げている。

「……今日はただ、お見舞いに来ただけだったの。無事で、よかった」

――こいつは、本心から俺を心配して来てくれていた。
俺はお前と別れた日からずっと立ち止まったままなのに。
俺を置いていかないでくれ。手を離したのは俺の方だというのに、虫が良すぎるとわかっている。

「……おかあさん」
「うん、どうしたの?――」

子供の問いかけに、愛しげに呼んだ名前は俺の名前と響きが似ていて、もしかしたら漢字もひとつ同じかもしれない。

「このひと、だあれ?」
「……この人はね、」

ちらりと視線を投げられて、身体がすくむ。
子供の問いに、否定を返されたら。きっと今度こそ俺は二度とふたりの家族にはなれなくなる。けれど父親だと肯定してくれる言葉も期待していて、ああ、どうかと願わずにはいられない。
子供を抱きしめ、その髪に頬を擦り寄せて、彼女は目を伏せた。

「……私の大切なひと。――と同じくらい、大好きなひとだよ」

――言い様のない感情が胸にこみ上げてきた。
行き場を無くした感情が腕を伸ばし、目の前の二人をまとめて抱き締めていた。

「なあ、お願いだ、俺を父親にさせてくれ……」

震えた涙声は、昔だったら笑ってからかわれていただろう。きっと『何、泣いてるの?』とくすくす笑っていたはずだ。関係性が変わってしまった今、そして息子の前だからか、指摘しないでいてくれた。
腕の中の息子の成長を隣で見ていたかった。あの日手を離さなければよかったと、後悔が――

「……ねえ」

彼女の一声で肩が震える。抱き締めていて顔が見えなくても、彼女には全てお見通しなのだろう。俺が今の顔を二人に見られたくないと思っているのもきっとバレている。
慈しむように背を撫でられた。こんな風に弱いものを愛するような触れかたをするようになったのか。

「私を巻き込まないようにするためだったんでしょう? ちゃんと私たちを守れたんだから、後悔しなくていいんだよ」

守るためなんて、そんな綺麗な建前なんかじゃなかった。傷付けたのも突き放したのも全て俺の身勝手だというのに、彼女は『そういうこと』だと言う。
恨むわけでもなく、忘れることもせず。
昔ならきっとここまで物分りのいいことは言わなかった。ふざけるなと滅多にない怒りを顕にしていただろう。それを今しないのは、息子の手前だからか。いや、……もう、四年も経ってしまったからか。俺とのいざこざなど噛み砕いて昇華し、自分の力で歩き出しているのだ。俺はまだ、四年前から何も変われていないのに。

「こら」
「……っ」
「余計なこと考えてる」

うに、と頬を抓られて、俯いた顔を上げさせられた。

「でもすぐには返事できないよ。随分無茶したみたいだし?」
「っ」
「この子が陣平を気に入るかどうかが大事だし」
「……お前は?」
「え?」
「お前はどっちがいいんだ?」
「私が陣平のことを好きなのは数年前から変わらない事実だから。この子がお父さんいらないって言ったらそれまでだよね」
「……のぞむところじゃねえか」

 戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -