サプライズは唇に


二人で食べる予定の豪華な料理をテーブルに並べ、彼の帰りを待つ。
今日は12月24日、クリスマスイブ。時刻は深夜23時、もうすぐ針がてっぺんを指す。


彼が退院してすぐ、同棲を始めた。
「こことこことここ、どれがいい?」
「は? いや待て、こっちで用意するから」
早速物件の候補をピックアップした私は、彼と相談しようと押し掛けた。がしかし、慌てて後日代わりの物件を出してきた。なんだ、こっちの方がセキュリティも良いじゃない。
彼は仕事の関係で籍を直ぐには入れられないらしい。詳しくは話せないそうだ。まあそれはいい。幼い頃からずっと傍に居て今更かもしれないが、交際期間があるのも良いものだろう、なんて。
そうして始まったはずの同棲は、思っていたほど傍にはいられなかった。仕事が忙しく、帰ってくるのは数日に一度。運が良ければタイミング良く会える。洗濯した着替えを渡せて、ついでにいってらっしゃいのキスをする。
「……っ、行ってくる」
いつも私からの一方的なキスだ。なぜなら彼が照れてしまうから。
でも私は知っている。私からキスがしやすいようにしてくれていること。
私と彼では身長差が大きく、私が背伸びするだけでは彼の唇に届かない。私がキスしたいとき、彼の両肩に手を置く。すると、彼はちょっとだけ身を屈めて私がキスをしやすくしてくれる。
いつも自分からはしてくれないくせに、毎回耳を真っ赤にして出勤していくから、嫌ではないんだろう。だからついつい毎回やってしまうのだ。


さて、そんな日々を過ごして、今年のクリスマスは一緒に居られることになった。
とは言っても裕也は仕事。可能な限り早く帰って来て、その日の夕食を共に食べて、翌日をのんびり過ごす。そのつもりで料理を作り、プレゼントも用意した。

……まあ、そんな予感はしていたけど、今日中には帰れなかったか。

帰宅回数の少なさから、仕事の忙しさはなんとなく理解できる。今回だって、きっと相当無理をして予定を合わせようとしてくれたのだろう。
もう料理にラップをかけたし、先に寝てしまった方がいいかもしれない。そう思いながら椅子から立ち上がり、居間の電気を消そうとした瞬間に玄関の扉が開いた。

「……おかえりなさい」
「っ、ああ、ただいま」

時計の針は日付が変わって5分ほど過ぎていた。
脱いだ背広を受け取ると、ほんのり汗の匂いがした。けれど裕也は平然として息も切れていない。……もしかしたら、途中まで急いで走って、家の側で息を調えてから帰ってきたのかもしれない、なんて。私ったら名推理?

「先に食べてなかったのか」
「当たり前でしょ? むしろ寝ちゃおうと思ってた」
「……悪いな」
「いいの。ちゃんと帰ってきてくれたから。先にお風呂入ってて? ご飯温めとくから」
「ああ、助かる」



明日1日空けてくれたとは言っても、召集がかかればいつ行ってしまうかわからない。だから、今晩のうちに大事な話は済ませておかなくては。
お風呂から出てきた彼と食事を終え、のんびりとケーキを食べる。

「あのね、裕也。大事な話があるの」
「っ……!?」

そう切り出せば、大きく肩を揺らして動揺する彼。

「……どうしたの?」
「いや、待ってくれ。……それは、別れ話とかではないんだよな?」
「まさか。だとしたら裕也を待たずに寝てるし、とっくにこの家を出てってるわよ」

私の言葉にほっと息をつく姿に少し呆れてしまう。話を聞く前に予防線を張って安心したいなんて、全く以前と変わっていない。
それにしてもさっきからなんだか挙動不審だ。話は進めさせてもらうけど。

「あのね」

私は立ち上がり、テーブルの向かいに座っている裕也の横に立つ。裕也は椅子に座ったまま体をこちらに向けてくれたので、首に抱きつく。
やっぱり少し緊張してしまう。拒絶なんかされないってわかっていても。

「あ、赤ちゃんができたの」

十中八九酔って身体を繋げたあの日だろう。
言ってから、そっと腕をほどいて顔色を伺う。
彼は目に涙を滲ませていた。

「そ、そう、か……」
「ちょ、ちょっと、なんで泣くのよぅ」
「いや、あのな……」

泣いているような、笑っているような微妙な反応にこちらもうろたえる。
裕也はうつむいて目元を片手で覆ってしまう。

「俺と君の子供が、それは嬉しいんだ。とても。言葉にならないくらいだ。でもな、ああ、もう……」
「……?」

歯切れの悪い言葉に首を傾げる。
少し悔しそうな顔で裕也がごそごそと懐から取り出したのは、片手におさまるほどの箱。
開かれた中には、光を反射しキラリと光る指輪があった。

「結婚してくれって、ちゃんと、俺から言おうと思ってたんだ。指輪を用意していたら遅くなってしまった。帰るのは遅くなるし、また先を越されるし……全く、格好がつかない」
「……ふふ、ねえ、裕也。指輪、はめて?」

私の言葉に優しく手をとって、薬指に指輪がはめられる。裕也は親指でそっとその指輪をなぞった。
こつん、と額を合わせる。気付けば私も涙を溢していた。

「格好つかなくたっていいの。だって私、そんな裕也のこと好きになったんだから」

格好つかなくても、告白が先を越されてしまっても、帰るのが遅くなっても。裕也はここに帰ってきてくれたし、ちゃんと心を伝えてくれた。

「それに、サイズぴったり」
「当たり前だろう。さすがに大事なところでヘマはできない」
「……ふふ」
「笑わないでくれ……」

再会してすぐすれ違ったり、告白も先を越して私からだったし、キメようと意気込んでたクリスマスイブも仕事で遅れてしまって。
きっとこれからもそんなことの繰り返しなのだろう。喧嘩だってするかもしれないし、仕事の都合で話すことすらできなくなるかもしれない。でも、それでもいい。
あなたの想像する幸せを私も望むし、実現のために努力しよう。ありきたりな日常でも、かけがえのないものだと噛み締められるような幸せを、二人で、そしてこれからは三人で。

「……!」
「……しばらくはおあずけか」
「そう、かもね? あとで調べてみよっか」

裕也から重ねられた唇に、ふにゃりと口角がゆるんでしまった。

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