れーくんは年上好きなのでロリコンではない1


父の妹であるその人は、僕が赤子のときから溺愛してくれていた。僕は叔母とは呼ばず、本当の姉のように慕っていた。幼い頃から顔が良い、顔が良い、中身も良いと褒められ撫でられ抱き締められた僕が彼女になつくのは当然のことだった。
その感情が性愛に変わったのは随分と後で、きっかけは彼女の腕の中で眠った日。彼女をこの腕に抱いた夢を見て、夢精した。幼い頃から何度もお風呂で見てきた身体は容易に脳内に描かれた。何度も抱き締められた僕は彼女の身体の柔らかさも知っている。もし中学入学と同時に、「一緒のお風呂」絶ちをしていなければどうなっていたことか。いや欲を言えばまた一緒に入りたい。しかしもう子供の単純な好意ではなくなってしまったから、彼女から許可してはもらえないだろう。
顔立ちが幼いのは父方の祖母からの遺伝だった。つまりは僕も彼女も、年齢より若く見られることが多い。物心ついたときに彼女を初めて見たときから現在まで、彼女が歳を取っているようには見えなかった。僕もいずれはそうなるのだろう。血が繋がっているんだよな、とぼんやり思った。繋がっていなければきっと出逢えていなかったので、思い悩むことは止めにする。
彼女の部屋に押し花が飾ってあるのに気付いた。覚えてないかな、れーくんがはじめてくれたプレゼントなんだよ。そう言って笑う彼女を見て漸く思い出した。幼いあの日、公園を駆け回って彼女に似合う花を集めたのだ。母にねだってリボンをもらって。彼女は今と同じように、嬉しそうに笑っていたのだ。
毎年、彼女の誕生日にはプレゼントを用意していた。高い物を買うと「もしもの時のために貯めておきなさい」と怒られるので、毎年頭を捻って用意していた。貯めたお金は結婚資金にするつもりだ。贈った品はほとんど仕舞われていた。アクセサリーの類いは決まって一度着けただけで仕舞われたので、選択肢からは外した。実用性を重視して、長くその手にあるものを選ぶようになった。
それなのに。彼女は僕が初めて贈った花を。当の僕すら忘れていたくらい昔のプレゼントを、毎日眺めて元気を貰っていたのだ、と言う。
カッと顔が熱くなる。お金なんか全く無くて、思いつくようなプレゼントは花くらいで。込められたのは真心くらいだった。彼女にとっては、真心だけで良かったのだ。恥ずかしい。幼いあの日に込めた真心を、親愛を、丸裸にされているような気分だ。恥ずかしい。それはずっとこの部屋にあったのだ。彼女の傍に、曝され続けていたのだ。
恥ずかしいから仕舞ってくれ、と懇願した。プレゼントを毎日使って欲しいと思っていたのは僕なのに。この花を見るたびに彼女があの日のことを思い出すのだと思うと恥ずかしくてたまらない。彼女は少し寂しそうな顔をして撤去してくれた。勘弁してほしい。僕がこの部屋に来るたびに穴があったら入りたいほどの羞恥に襲われるのは御免被る。
れーくん、そろそろ彼女はできた? と聞かれた。耳を疑った。この人に対する性愛感情を自覚してからというもの、好きだと伝えれば私も大好きと返され、愛してると抱き締めれば私も愛してると抱き締め返される。どこかちぐはぐなことに気付きながらもわからないふりをしていた。まさか、甥に対する親愛でしか無かったなどとは信じたくはなかった。
れーくんがどんな女の子を連れてくるのか、ずっと楽しみにしてるんだよ。処刑宣告にも等しかった。時間があればこの人に会いに行って、一人暮らしのこの人の部屋に泊まりに行って、何度も何度も好きだと伝えた。その全てが伯母に対する親愛だけで成り立っているとずっと思われていた。
激情に任せて彼女を押し倒した。僕の子供の顔が見たいならあなたが産めば良い。他の女なんかいらない。ただあなたが、あなただけが僕を受け入れてくれたらそれで良いのに。やめなさい、嫌いになるよ、と言われた。冷静な大人の顔だった。悪戯をした子供を諭す、僕も何度か見たことがある彼女の表情だった。嫌われるのは嫌だ。でも彼女に分かってもらえないのも嫌だった。子供扱いしないでくれ。
彼女が優しく笑った。僕が一番好きな彼女の表情だ。受け入れてもらえるのか、とのし掛かっていた身体が弛む。
一閃。何が起きたかわからなかった。火花が弾けたようだった。彼女が、僕の顔を張った。遅れて痛む頬を抑える。
幼い頃から顔が良いと褒められ、子供の喧嘩で僕の顔に傷がついた時なんか相手の家に乗り込んでいきそうなほど怒って、れーくんのこと全部全部好きだよ、と言ってても一番好きなのはこの顔だと僕は知っていた。
その顔を、彼女が初めて叩いた。
僕が何をしても彼女は手を上げることはなかった。いつも言葉と行動で手本を示して教えてもらった。
それだけ許されないことをしたのだとわかった。
聞き分けの無い子どものすることだよ、と彼女は言った。たった一度の過ちで、きっと二度と会えなくなる。他の誰が許しても、彼女はきっと許してはくれない。彼女の腕の中で頬を冷やされながら、この温もりすら失うところだったのだと実感した。
ごめんなさい、でも、大人になったら本当にちゃんと考えてくれるの。成人、いや、18歳になったら結婚はできる。その時にあなたは受け入れてくれるの。曖昧に笑う彼女に、ずるい、と泣いてすがりついた。

18歳になったとき、彼女はもういなかった。
僕にできたのは警察官になることだけ。幼い日、彼女に誓った。命日、彼女に誓った。この国ごと守るんだと。
僕の気持ちを受け入れてくれなくたって良いから、傍にいてほしかった。





ガラス越し、目が合った。
童顔な彼女は幼い頃から同じ顔で、見間違えようもなかった。
彼女の姿が消えた。ポアロから出る。幻覚じゃない。走る小さい後ろ姿が見える。
待って、行かないで。必死に追いかける。距離は縮まっているはずなのにどうしてこんなにも遠い。
手が何度も空をかく。焦りで喉がひりつく。
信号を見た彼女は赤ではなく青を選んだ。昔、手を繋いで歩いた風景がフラッシュバックする。違う。彼女はここにいるんだ。あと少しで、手が届く。
トラックが吸い寄せられるみたいに彼女へ向かっていた。やめろ、嫌だ、来るな、また失うのか、前とは違う、彼女は目の前にいるのに。
懸命に伸ばした手は届いた。
抱き込んで転がる。昔とは対格差が逆転して、僕の腕の中にすっぽりとおさまった。
僕は昔みたいに、彼女にすがりついた。
「……ねえさん」
彼女は僕の一番好きな表情で笑った。


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