年上好きのれーくんにロリコン疑惑浮上


私が死んでしまう前に、可愛い甥の話をしようか。

私の甥は天使だった。
年の離れた兄夫婦に抱かれた彼を見た瞬間に、身体に電撃が走ったような気がした。ああ、この子が生きる様を見届けるために私は生まれてきたのだ。
赤子にして既に美しいご尊顔。きっと兄のお嫁さんの遺伝子が良かったのだろう。筋肉ゴリラの兄が父親とは思えない。そして、この子は私とも血が繋がっているのだと思い出し足が震えた。
当時高校生だった私は、バイトを始めようと思った。この先彼に貢ぐための資金を集めなければならない。幸い兄の家は近所で、会いに行くのに交通費が掛からないのはありがたい。服、おもちゃ、消耗品等をお母さまとじっくり相談したのち贈らせていただいた。ちなみにお母さまというのは兄のお嫁さんのことである。聖母マリアさまの迷惑とならないように全力で支援させていただこう。
文字がわかるようになってからは本をたくさん買い与えた。もちろん兄のような脳筋ゴリラになってほしくないからである。知識はあるに越したことはない。本をあげるたびに読んでほしいとねだり、本を持って膝に乗ってくる彼の髪の匂いを嗅ぐためではない。断じて。大きくなったらおまわりさんになるそうだ。全面的にバックアップしたい。この頃には私は社会人になっていた。彼に貢ぎやすくなってしょうがない。私は愛い甥をめちゃくちゃに可愛がった。
誤解のないよう記述しておくが、私は彼を甘やかしたわけではない。ただ甘やかされて育ったお坊ちゃんは将来破滅するのである。それは本人のために良くない。私の天使の未来が破滅などあってはならないのである。ましてや私の行動が原因など。えらいこっちゃ。
天使はすくすくと成長した。わかってはいたが顔がいい。もちろん中身も相応に可愛い。文句のつけようがないくらいかわいい。私の誕生日にお花をプレゼントしてくれた。花を束ねるリボンはケーキの箱についていたものだった。押し花にして飾った。部屋に飾り続けた。大きくなった彼が恥ずかしいからやめてくれと言ったときにはこっそりパスケースに入れて持ち続けた。一部は栞にしてリボンを結んだ。これでどんなときも思い出と一緒である。天使の初めてのプレゼントである。かわいい。
将来はきっとおモテになることだろう、と察知していた私は彼に女性に優しくしなさいと教え込んだ。お出掛けの時に雨に濡れた道路で泥から守ろうとしてくれるようになってしまった。万が一にも君に何かあったら私は生きていけないしお母さまたちにも申し訳が立たない。ごめんね小さい子に車道側は歩かせられないわ、と位置を変えると頬を膨らませながら手を繋いでくれた。かわいい。
一人暮らしを始めた私の家に泊まりに来てくれるようになったときは感動のあまり泣いてしまった。あんなに小さかった君が一人で私の部屋まで来てくれたのか。さあ褒めろと言わんばかりに得意気に胸を張る彼を撫でくりまわした。可愛すぎて変な大人に連れていかれやしないかと心配になったので、来るときには送り迎えをするので予め連絡をすること、と約束した。一緒に入ったお風呂で洗いっこした髪は絹糸のようだった。彼のためのシャンプーを買わなければならない。一緒のベッドで眠った。うきうきとベッドに入る彼に彼用の布団を買ったとは言えずに抱きつかれて眠った。
約束やぶってごめんなさい、と扉の前に座り込んでいたときがあった。突然連絡もなくやって来た彼を見た私は彼を叱った。外は真っ暗で、私が仕事から帰るまでずっとそこにいたであろう彼の身体は冷えきっていた。お父さんと喧嘩をしたのだという。メールを見れば兄から、すまない、きっとそっちに行くだろうからよろしく、とあった。寒くないようにいっぱい抱きしめて、これからは部屋の中で待ってなさいと合鍵を渡した。家出の時の防波堤がなくては、助けを求めた彼が悪い大人についていく可能性もある。ここにいていいよと言ってあげる人間は誰にでも必要なのだ。
彼は中学生になった。入学式の日に盛大にお祝いした。学ランがよく似合っていた。成長したなぁと涙が出た。その日も泊まりに来たけれどお風呂には一緒に入らなかった。喚きに喚かれた。お風呂に一人で入ろうとする私と、何が何でも一緒に入ろうとする彼とですりガラスの扉を挟んでの攻防が繰り広げられた。負けた彼はベッドで初めて私に背を向けて寝ようとした。結局いつものように抱きついて眠ったのだけれど。
成長しても相変わらずの天使だったが、ぐんぐん背が伸びてもうすぐ私の背に届きそうだ。と、思っていたらあっという間に追い越されてしまった。あれほど小さかった君を思うと感慨深い。
しかしある日、彼が突然よそよそしくなった。週末には毎回お泊まりに来ていたのに、月一くらいの頻度に減った。泊まりに来ても、しばらく前に見つけられた彼用の布団で眠るようになった。きっかけは察した。彼が泊まった朝に目が覚めると隣に居らず、洗面所で何かを洗っている音がした。隣に戻っては来たものの抱きついてはくれず、その日から彼との間に距離が空くようになった。私の天使が精通した。喜ばしいことである。これは嬉し涙であって、いや泣いてない。泣いてなどいない。
成長に応じて御尊顔は目が眩むほどのイケメンに進化した。さぞモテることだろうと彼女は出来たかと聞くと、この世の終わりみたいな顔をされた。何事か。彼女をつくると思うのかと聞かれた。そりゃそうだ。彼の遺伝子は後世に残らなければならない。できればお母さまのような可愛らしいお嫁さん付きで。彼がどんな子を連れてくるのかずっと楽しみにしているのである。そんな感じのことを彼に伝えると、押し倒された。エッナンデ。僕の子を産んで欲しいと言われた。おやっ何かおかしいぞ。やんわりと断ると余計に私の上から動かなくなった。これはいけない。まだ中学生の彼が叔母を孕ませたとあっては彼の将来が潰れる。しっかりと説得しなければならない。嫌いになるよ、と睨めば一瞬すくんだけれど止まらない。嫌われるのも覚悟の上か。震える手でブラウスのボタンに手をのばされる。子ども扱いするな、と太腿には熱いものが押し付けられている。
ここで私は静かにキレた。にっこりと微笑み、弛んだ彼の頬を張った。子どものイタズラでないなら、これはただの強姦だ。女性への気遣いを教えてきたつもりだったが、伝わっていなかったらしい。
こちとらとっくに三十路である。手を出してきたのが相手でも、未成年ならば犯罪者は私の方。大人になるまで待てないのは聞き分けの無い子どものすることだよ、と彼に言い放つ。
ごめんなさい、と謝る彼の頬を冷やす。大人になったら考えてくれるの、と嗚咽混じりに彼が聞く。それはどうかなぁと思いながら曖昧に頷く。彼が成人する頃には私は四十路が近付いている。彼にも私にも相手がいなかったらね、と流した。冷静に考えれば彼と出逢ってからの私の人生は彼氏なぞ作ってこなかった。彼以外に興味が無かったのである。というかそもそも叔母と甥は結婚できない。彼はいつそれに気付くだろう。

まあ、彼が高校生になる前に私は死んでしまったのだけれど。

単純に言えば爆発事件に巻き込まれた。ビルに複数仕掛けてあった爆弾から避難した先に犯人が待ち構えていた。爆弾を抱いていた犯人と大勢が心中させられた。爆風のなか、お守りに握りしめていたパスケースは絶対に離さなかった。
脳裏に浮かんだのは彼の笑顔。
家族愛でも何でも、もう一度、愛してると伝えてあげたかった。





ぱちり。
瞬きをして状況を確認する。
今居るのはクラスメイトの男の子の家の下にある喫茶店。友達のあゆみちゃんに連れられてやって来たそこのハムサンドは絶品らしい。
先ほど店員のお兄さんと目が合った。その瞬間に全てを思い出した。愛しい甥のこと。
私は第二の人生を歩み始めていた。現在小学生で、七歳になる直前。名前は前回と漢字は違うものの同じ。これまた容姿も同じだった。転生特典でサービスしてくれても良かったろうに。
さて、私がいるのは喫茶店の扉の前。店内のカウンターの内側にはやけに顔の良い店員のお兄さん。甥が成長したらこんな感じだろうか、とぼんやり考えていると、お兄さんが凄い形相になった。
あ、何かやばい。そう察知した私は咄嗟に逃げ出した。
あゆみちゃんが困惑した様子で私の名前を呼ぶ。チリリン、と喫茶店の扉のベル音と、凄まじい足音が背中に聞こえる。
走った先には交差点。自宅の方向の信号は赤になったところだ、待ってなどいられない。反対方向の信号が青になったのを見計らい、横断歩道を走った。
やっと渡りきるという時、その先の歩道にトラックが突っ込んできた。そのトラックはこちらを向いていて。
転生を自覚した直後にトラック転生か? と諦めかけた時、後ろから身体を持っていかれた。回る視界。音、衝撃。
「……ねえさん」
懐かしい呼び方だった。甥が今の私くらいに小さかったときの。やがて名前で呼ばれるようになったから、もう聞けないと思っていた。
彼の腕の中にいた。後方には角の店を潰すひしゃげたトラック。走ってきた方向からあゆみちゃんたちの声が聞こえた。
「おまわりさんにはならなかったの、れーくん」
「なった。なれたよ、ねえさん」
腕から解放され、彼の頭を抱き締める形ですがりつかれた。





前世よりも年齢差が開いていた。喫茶店に行く度にぱっと表情が明るくなるので、一緒に来たコナンくんからジト目を向けられていた。
「血縁関係も無いし、僕はもう大人だ」
「私が子供すぎるんだよねぇ。ロリコンっていうんだよ」
「知ってるかい? 伴侶なら未成年でも問題は無いんだよ」
「何のことかわからないよ」
「二人ともこの前会ったばかりだよね? 恩人とはいえ、そんなに仲良いの?」
「ああそうさ。生まれる前から出逢う運命だった」
まあそりゃ叔母と甥ですから、彼がお母さまのお腹にいるときから会う運命といえばそうだけど。
おや、コナンくんからしたら「胎児の頃から好きでした」と聞こえるんじゃないかしら。ヤバいペド野郎じゃねえか、と呟きが聞こえた気がする。
「ねえさんが死んでから14年も待ったんだ。これ以上の待ては聞けないからね」
彼の手にはラミネートし直された押し花がある。遺品としてずっと持っていたらしい。
「よく私ってわかったね」
「見たままだったからさ。ねえさんのアルバムは僕の家にあるからね」
なにそれ聞いてない。
小さい頃家族で海に行った時の写真を出されて叫びだしそうになった。幼女の水着姿を持ち歩いてるのは明らかにアウトじゃないか。咄嗟に防犯ブザーを鳴らした。



小学生を事故から守った彼は、両親にたいそう感謝された。外堀が埋められたと気付くのはもう少し後。

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