ヘタレもそろそろ本気を出すべきです


上書きという名目で、その体に触ることを許されるのか。
白くて滑らかな肌。ずっと、ずっと望んでいた、この幼なじみの肌に。
潤んだ瞳からとうとう涙を溢して、誘うようにこちらを見上げるなまえ。上書きをして、と請う言葉に従うまま手をその臀部に這わせる。
俺以外の奴が、触ったのか。
ぐっと歯を噛み締めて、悔しさを抑えて彼女の肌を塗り替える。
知ってた、知らなかった。幼なじみがこんなに不安に思ってること。ぐつぐつと煮えたぎるような、この心の内の感情なんて。
触れたい、許せない、壊したい、守りたい、犯したい、あいしたい、もっと触れたい、噛みついて、抱き締めて、絡まって、繋がって、もっと、もっと。

この行為は、他でもない彼女に望まれたことで。それなら、何の問題も――


ガタンッ


「っ!!」
「……何?」

隣の部屋から響いた物音に、眉を寄せて顔を上げる。
今まさに初めて唇を重ねられるところだったのだ。邪魔をされてイラつかない筈がない。
今の音は、外、幼なじみの部屋のあたりから聞こえていた。積み上げていた本でも崩れたか。

「……っ」

ただそれにしては……幼なじみの怯えようは、どう説明しよう。
身体を小さく丸めて、カタカタと震えている。先程までの俺を乞い求める色は一切無い。

「……ごめん」

――がっつきすぎて、怖がらせてしまっただろうか。

「けん、じ」
「俺、シャワー浴びてくるよ。――も、そろそろ、自分の部屋に戻った方が……」
「っ! いや! やだ!」

ぎゅ、と俺の服の裾を握りしめて彼女はいやいやと首を振る。俯いていて表情は見えないが、固く引き結ばれた唇から俺の言葉に従う気が無いことはわかる。

「今夜だけ……今夜だけでいいから、一緒にいて」

好きな相手にそう言われて、誰が拒否できるだろう。少なくとも俺には、突き放すなんて出来そうにない。

朝、目が覚めたときに彼女はいなかった。既に家を出た後のようだ。彼女にベッドを譲り床で寝ていた俺は、軋む肩を回してから支度を始めた。



「研二、またパンツ持ってってる?」
「え? んなわけ……」
「だよねぇ」
あれから週一の頻度で渡されているのだから、勝手に盗む必要がない。毎回脱ぎたてを渡されるので良いおかずになっている。
幼なじみとしての一線を越えそうになった日の後から、ただでさえ入り浸っていた彼女が、殊更に自室へ帰らなくなった。
半同棲のような生活に浮き足立つ俺とは対照的に、彼女の表情は堅くなっていく。まるで俺の自慰が見つかったあの夜みたいに。










彼女から助けを求める電話が入ったのは、その日の夜のことだった。
「けんじ……っ、けんじぃ、もうやだ、はやくきて……」
泣きじゃくりながら何度も俺の名前を呼ぶ声に、頭が沸騰するようだった。
「━━っ! 今どこ!?」
告げられたのは最寄り駅だ。財布を引っ掴んで部屋を飛び出した。



彼女の隣には電車で居合わせたらしい松田の彼女が寄り添っていた。
俺が名前を呼ぶと弾かれたように顔を上げ、飛び越むように抱きついてくる。しかし、彼女は俺の背中に腕を回そうとして、躊躇った。
その様子をいぶかしむと、松田の彼女が言いづらそうに目を伏せた。
駅員室には既に警察がいた。彼女の手に付着した体液を証拠として取り、もう話も聞き終えたらしい。
痴漢の犯人は彼女の身体に触れただけでなく、彼女の手を使って男性器に触れさせたのだと。

ハラワタが煮えくり返るような、という心境を初めて体感した。
しかし、泣きながら俺の胸にすがりつく彼女の体温に我に帰る。
「……帰ろう」




マンションの部屋の前に着いても、私は研二から離れることができなかった。
だって私は知っている。今は自分の部屋でさえ安心できない。
だって、だって奴は言ったのだ。
「今夜部屋に行くからね」と。






「一人はいや、……研二、おねがい。一緒に居て」
「…………」

男から加害された彼女の傍に居ていいのだろうか。痴漢野郎と同じ男の俺がまた、この前みたいに怯えさせてしまうかもしれないのに。

「……部屋に戻りなよ」

しがみつかれていた体をそっと離す。
彼女は目を見開き、わなわなと震えた口をきゅっと引き結んだ。

「……わ、かった」

彼女は自分の部屋に帰っていった。
怯えられるのが、嫌われるのが怖いだなんて、俺は最低のヘタレ野郎だ。




彼女から貰った下着を返すなり処分しないといけないな、と片付けをしていたときだった。

ベランダが開く音。ドタ、ガタン、と暴れるような音が隣室から響く。


何であの子は自室に戻るのを拒んだ? 何にそこまで怯えてた?
あの日だって、誰もいないはずのあの子の部屋からの物音がしたときに怯えていなかったか?
いつのまにか減った下着の数、隣からの物音、「一人は怖い」……
俺は、勘違いをしていたんじゃないか?

「……━━っ、ぃ、やっ!」

抵抗する彼女の声が。

「━━っ!!」

咄嗟に立ち上がり、隣室に飛び込んだ。



扉を開けた俺の耳に響いたのは彼女の絶叫だった。

「あ"ぁ"ーーーーーーーもう!! いい加減にしてよね! さんっざん人の尻撫で回してくれちゃって!! 気持ち悪いったらありゃしないのよ!! 部屋にカメラまで取り付けてさ!! このストーカー!! 人のプライバシーを何だと思ってるのよ!! あげく(自主規制)なんか擦り付けてスカート汚して!! 洗っても洗ってもあんたの(自主規制)の感触が手から消えないのよ最悪ったらもう!! 初めて触るなら研二のが良かったわ!! 部屋にあんたがいるかもしれないストレスでおかしくなりそうだった!! ふざけないでよつきまとうんじゃないわよ!! しかも私のパンツまで盗んでるでしょ!?!! ありえないありえないありえないッッ!! 私の!! パンツは!! 研二のものなの!!!! 研二のだからあんたなんかにあげる分は無いのッ!! 」

侵入者は、彼女の叫びに何が起きたかわからない顔で怯えて尻餅をついている。
ひとまず男を捕獲して縛り上げ、警察を呼んだ。




複数回にわたる痴漢行為、住居侵入、下着の窃盗、浴室のカメラ設置等による盗撮、強姦未遂、付きまとい。
聞けば聞くほどストーカー男の余罪がぼろぼろと出てきた。まだまだありそうだ。
電車で採取された体液が決め手となり、署で諸々の話を終えた。



「……なんで、黙ってたの」
「言ったら、何かしてくれた?」
「……っ、相談とかっ、助けてって言ってくれたら……」
「うん、でもね、私から返せるものは何もないの」
「は……?」
「ご飯もぱんつも、私から研二に対して差し出せる、釣り合うものがもう無いの。……今度は、身体をあげればいい?」
「……っ!! 違う!!」

自嘲気味に笑った彼女の顔を見ていられず、強く抱き締める。

「君が好きだから! 好きな女の子を守りたいと思うのは当たり前だろ!?」

「…………知ってた」
「え」
「松田くんと三人で呑みに行ったときに、研二がべらべら喋ってたから知ってたよ」
「」
「……守ってくれるの?」
「……っ、うん、今まで頼りなかったかもしれないけど、俺はなまえを守りたい。だから、黙って苦しむのはもうやめてくれよ」
「……ん」

頷いた彼女はぽろぽろと涙を流し始める。
「わぁっ、ちょっと待って、ごめん」
「ちが、ちがくて、……やっぱり嬉しかったの。研二が前のままでいいって言うなら、私は何もできなかったから」
「……」
慌てて一度離した身体を、もう一度抱き寄せる。とんとんと背中を叩けば、素直に擦り寄ってきた。

「……キスしていい?」
「ふ、いいよ」

許可とるとこが研二らしいなぁ、と笑われてしまった。

「ん、」
「……っ」

ちゅ、と音がなりながら唇が離れる。涙に濡れた顔のまま、彼女は嬉しそうに笑った。
しかしそれも数秒で。

「…………研二」
「え? ちょ、うわあっ!?」

視線を下に落とした彼女が俺の張りつめた下半身に触れるものだからすっとんきょうな声を上げてしまった。

「シようか?」
「いや違う! いや何もちがくないんだけど、ちょっと待ってなまえ!! あっっ」

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