今に至るまで
高校を卒業する年の冬、祖父が亡くなった。 審神者の仕事は様々な危険が付きまとう。けれど、祖父は老衰で亡くなったという。これがもし、審神者であるうえでの「事故」であったのなら、審神者になる私はこれまでにないほどの反対を母から受けていたことだろう。 祖父は審神者としての人生を全うした。そして最期に、築き上げた本丸を私に継がせるよう遺した。
幼い頃に一度訪れただけの本丸は、改めて見てみると全く違うもののように感じた。それが、記憶を美しく変えていただけだったのか、祖父が居なくなったせいなのかはもうわからない。
「おお。よく来た、新たな審神者よ」
優美に微笑む彼は、祖父と共に初期から本丸を支えてきた刀なのだという。
「この本丸のものは全てお前のものだ。……とはいえ、俺たち刀剣男士は出陣させるなと言われているのでな。審神者よ、己の仲間は自分で集めるのだ、よいな 」
うなずくと、彼はまた目を細めて本丸の奥へと戻っていった。
厚に本丸を案内してもらう。既に複数の刀が過ごしている本丸は広い。途中で会った刀剣とも挨拶を交わす。
「厚は、私が学校に行ってる間、ずっとここにいたんだもんね」 「ああ、そうだ。けど、大将のじいちゃんの意向で一度も出陣はさせてもらえなかったぜ。だから内番ばっかりで、実戦経験はゼロだ」
そういえば、と厚がこちらを見る。 「大将は初期刀を誰にするか、決めたのか?」 「あー、それみんな聞いてくるよね……私は厚がいるし、別にいいかなーって。仲間は地道に集めるよ」
大将が俺を頼ってくれるなら、嬉しい限りだな。 初期刀と女審神者といえば恋仲になる代表といっても過言ではない。拙い頃から支え合う二人というのはそれだけで惹かれ合う。 心配事がひとつ取り除かれただけで、心ってものはこんなにも晴れやかになる。
「そろそろ初陣、行こっか」 審神者に手を引かれ、ぐっと口角が上がる。 「ああ!」
押し付けるだけのキスは、その唇のやわらかさもわからなかった。
見開いた目から見えるのは、ぐっと瞑られた濡れた睫毛だ。唇を離すと同時に恐る恐る開けられ、真っ直ぐな瞳がこちらを見据える。まだ息が整っていなかったようで、はぁ、と息をついていた。
大将が壊されぬように、道を外さぬように。大将が審神者になるまで立派に育つのを隣で見届け、守ることが俺の使命だった。
あれほど小さかった大将は瞬く間に俺の背を追い越した。 そのうちに、大将に男ができたと本人から知らされた。当然……祝福した。
人生を共に歩む相手を見つけ、やがて結婚し幸せな家庭を築く。大切な大将の傍でそれを支えるのは俺の守り刀としての使命だと思っていたからだ。
それなのに今はどうだろう。 俺のことが好きだと、大将が言った。
俺は人間じゃない。だから、大将と同じように歳を重ねることはできない。見目も変わらない。少しずつ綺麗になっていく大将の隣には、短刀としてしかいられないんだ。
ああでも、それでも。 せめて大将が隣に居たいと思う相手が見つかるまでは。俺が大将の隣に居てもいいだろうか。大将がくれたこの身体、この腕を使って抱きしめてもいいだろうか。
「大将は、審神者になるんだろ?」 「……そうだよ」 「それなら、」
腕を大将の背に回して、額を合わせる。
「大将が審神者としての仕事を全うしたら、大将を本当に俺のものにするから。それまでずっと一緒にいような」 「……! うん、 約束ね!」 大将は、また無邪気に笑った。
俺は大将の真名を知っている。 大将が許せば、今すぐにでも縛り付けることができる。けれど、大将のじいちゃんに言われてるんだ。「守り通せ」ってな。
いつか、大将が隣に居たいと思う相手が見つかるならそれでもいい。
その時が来たら、こんな約束は忘れてくれ。 戻る
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