幼い頃から


忘れもしない、5歳の誕生日。
審神者になったのが高校卒業の18歳だったから、その13年前のことだ。

母に連れられて祖父の本丸へ訪れた。そこは、異世界に違いなかった。何せ刀の神様がいくつも存在しているのだ。本丸の建物も空気も、今まで見てきたものとは全く違うように感じた。

知らぬ場所を探検するために走りだしたかったのに、母が手をしっかりと握って離してくれなかった。ずっと後に聞いた話では、その本丸の刀剣たちがこちらをこっそりと見守っていたらしい。

どれ、ひとつ。

祖父が私の名前を呼んで、手招きした。ここでやっと、母が手を離してくれた。熱い部屋だった。

試しに一度、緞刀してみようか。

母は今でも、この時の祖父のせいで私が審神者になってしまったと言う。けれど、きっと産まれたときから決まっていたのだ。審神者の素質のある人は、殆どがその道へ進む。私の場合、その力がこの時確認されただけだった。

祖父の言葉を繰り返し唱えて、資材の数を決める。炎が揺らめく。鎚を打つ。
そうして目の前に現れたのは、私より大きな男の子だった。

「オレは、厚藤四郎。……なんだ? やけにちっちぇえ大将だなあ!」

そう笑って私の頭を撫でた。




私が初めて緞刀し顕現させた短刀は、世話役のような形で私の生活に寄り添うことになった。幼稚園や学校には共に通うことは出来なかったけれど、暗くなる帰りの道には隣にいつも厚がいた。私が学校に行っている間は、祖父の本丸で内番を手伝っているようだった。



小学2年あたりだったはずだ。人気の少ない細道を厚と一緒に帰っていた。狭く凹凸の多いここは、二人で見つけてよく使っていた近道だった。

物陰から何かが飛び出し、私は動けなくなった。咄嗟に状況を理解できない私が見たのは、自身の短刀を逆手に持ち、柄頭で男の額を突いた厚の姿だった。

この時の私は危うく誘拐されるところだったというのに、華麗に舞うように動いた厚に見惚れていた。

「大丈夫か、大将?」

座り込んで厚を見上げる私が恐怖で動けなくなっていると思ったのだろう、すぐに私を背負って歩きだした。痣ができそうなほどの手首の痛みも忘れて、その背に身を預けた。
その日から二度とその道を使うことはなかったし、私はその日から厚と一緒にお風呂なんて入れなくなった。




高校生になり、厚の身長を追い越してしまった。出会った時と変わらない姿のまま、厚は私の隣にいた。

同じクラスの、告白してきた男子と付き合った。その事を厚に伝えると、「そうか、良かったなあ、大将」と、少しばかり驚いた顔をしてから笑った。

良いことなのかな、と疑問に思わずにはいられなかった。好きな人すら出来たことは無く、男子にも恋愛感情は無かったけれど「付き合う」ということをしたことがなかったから承諾した。

厚に報告したのも、お互いの間に秘密を作りたくなかったし、そもそも秘密にすることでもないと思ったからだ。



それから数日もせず、男子とは別れることになる。

放課後に公園に誘われて喋っていると、静かになった男子に突然抱き寄せられた。驚いて固まっていると、顔を近付けられる。あ、キスされるんだな。他人事のようにそう思った瞬間、男子を突き飛ばして逃げ出していた。
息がきれるのも忘れてひたすら走る。咄嗟に鞄を掴んでいたようで鬱陶しく胸に抱えなおした。

隠れるように玄関に入り、扉を背にぺたりと座り込む。

「……大将? 帰ったのか?」

居間から出てきた厚を見とめて、涙腺が緩んでいく。荒く息をきらせて地べたに座る私を見た厚はすっと目を細めた。まるで、私の前で舞ったあの時のように。

「あいつのせいか」

淡々と口に出した厚とは対極的に、私の中で感情が溢れてはこぼれていく。

「厚、っ!」
「うわっ!」

私はたまらず厚に抱きつき、そのまま二人で床に倒れた。いてて、と厚が体を起こす。その肩に顔をうずめて離れない。
全然違う。さっきとは。あぁ、随分と小さく感じてしまうようになった。胸がきゅうと苦しくなる。

「あつ、」
ごめんね、と声にならずに唇を寄せる。

「厚がすき」

私の涙が、厚の頬に落ちた。

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