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夜戦から帰還した部隊を迎え、審神者は自室で眠りについていた。いつもより遅い出撃に審神者も疲れはて、早々に部屋にこもっていたのだが。 ふと、物音がした。 誰かが部屋へと忍び込んでいる。息を潜め、衣擦れを最小限に抑えようとする様子が伺えるが、バレバレだ。短刀や脇差ではない。
寝た振りをして、侵入者をじっと待つ。 其れが布団の側に立つ。…………まだ、まだだ。身を屈め、こちらの顔を伺っている、僅かな息遣い。確かに寝ていると判断したのだろう、掛け布団をめくりあげ――――今だ。
枕元の懐刀の鞘を取り払い侵入者の首元へ突きつける。 暗闇の中、相手が何者か確かめるためにキッとその顔を見上げる。その際、鼻を掠めたのは、嗅いだことのある男の匂い。
「燭台切光忠……」 「……やっぱり君にはバレちゃうんだね」 「これは何のつもりですか。首を取りに来たのなら、共謀者は?」 「まさか! 僕一人だよ。それに首なんてとんでもない。夜這いのつもりだったんだけど……ほら物騒なものは仕舞って」 「な、!」
手首をとられ、いとも容易く懐刀を奪われてしまう。
「まだ付喪神もついてないような刀じゃないか……せめて短刀の誰かだったらこんな状況も」
パァン!! 乾いた音で燭台切の頬が打たれる。
「あなたは明日刀解します」
呆然としていると、審神者が小さな端末を操作する。
「早く部屋に戻りなさい。反省するならば、処分の先延ばしも検討します」
叩かれた頬を押さえたまま、視線を下に向ける。
「……そんなに、僕らが信じられない?」 「……ええ」
返答に胸が痛む。 一夜の相手に選ばれたことで、審神者の懐に入り込めるのではないかと、そう考えていた。しかし、
「私だって、好きでこんなところにいるわけじゃない……」
絞り出すようなその本音を、燭台切は初めて聴いた。審神者と刀剣たちの軋轢は、彼らが思っていたよりも深いものだった。
「僕じゃ、駄目なのかい」
気付けば、燭台切はそんなことを口から溢していた。
「君が初めて信じる刀は、僕じゃ駄目かな……。君が僕を初めての相手に選んでくれたように、なんとなくでいい、白羽の矢でいい。優しそうだから、そんな小さなきっかけでいいから、僕のことを信じてくれないか。僕が、君の求めていた、君を“変えて”みせるから」
燭台切の言葉に、審神者は僅かに目を見開く。しばらく逡巡する様子を見せたのち、こちらに背を向けた。
「部屋に戻りなさい」
ああ、駄目だったか、そう思ったのも束の間。
「……明日は、もう少し早い時間に来るように」
それはつまり。 「主さん……」 「まだ信じたわけではないので、」 「ああ、それでもいい。それでもいいさ。ありがとう」
じゃあおやすみ、とこめかみにキスをすると鬱陶しげに手で払われた。
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