全て忘れて貴方とやり直す


目が覚めたとき私の周りを囲んでいたのは、心配そうな顔でこちらを覗きこむ男達だった。

和室の畳の香りは鼻に馴染んでいて、不思議と違和感を感じない。
私の手を握っていたおかっぱの小さな男の子は瞳に涙をいっぱい溜めて、私の胸に飛び込んできた拍子にぽたぽたと決壊していった。
声を上げながら大泣きする者。静かに涙を溢す者。また、ほっとしたように息をつく者もいた。
まるで感動のシーンの真っ最中。そんな中で、私だけが1人おいてけぼりだった。







僕が訪れた本丸にはまだ審神者と初期刀のお二人しかいなかった。けれど、その頃からお二人は仲睦まじく、春の陽射しのようなあたたかな雰囲気がこの本丸には溢れていた。

「主君、お加減はいかがでしょうか」
「問題ありません。あなたも疲れたでしょう、部屋で休みなさい」
障子越しに声をかければ、返ってきたのはいつもと変わらぬ調子の言葉。
それが、おかしいことだと気付くべきだったのに。明日からまた同じように過ごせるのだと、安堵してしまったばかりに。
主君の欠けてしまった心はひび割れを深く広げて、まるで僕らの死のようにぱきりと折れてしまった。


いつもなら朝焼けと同時に起きて食事番の手伝いをする主君は、その日の朝食の時間になっても部屋から出てこなかった。
お疲れといえども昨日のこともあり、僕らは主君の部屋へと足を運んだ。
「あるじさま、お寝坊はいけません……」
「せっかくのおみそしるがさめてしまいますよう!」
主君は、いくら声を掛けようとも揺さぶろうとも目を覚まさなかった。
その様子に気が付いた他の仲間も少しずつ部屋へと集まって、やがて本丸は騒然とした。
短刀のみんなは泣きじゃくり、主君にすがりついた。
腹が空いたらそのうち起きる、表面上はそうこぼした打刀の彼は、しかし主君の部屋から離れようとはしなかった。
大丈夫、きっとすぐに元気な姿を見せてくれるはず。誰一人として、そんな無責任なことは言わなかった。
僕らの主君が目覚めない理由を知っているのだ。目覚めたくないと、心を閉ざしてしまう理由は誰もがわかっている。

それでも、僕らは主君の目覚めを、ぴくりとも動かない寝顔が綻ぶのを待ち続けた。


月が三度欠けて、雪解け水で緑が芽吹く季節になった。
時が止まっていたようだ。主君は姿形を変えないまま眠り続けていた。

温度も脈動も感じられなくなった手を握る。その感触に、何度目になるかもわからない涙が滲んでしまう。
何の前触れもなく、主君の瞼が開いた。
体温がじわりと巡り、とくりとくりと脈が鳴る。
ゆっくりと周囲を見回す瞳に、ようやく僕は今を理解して、その腰に抱きついて泣き出した。
そのときの主君がどんな表情をしているかなんて、涙で滲んだ視界では誰も気付かなかった。



主君が審神者としての職務を再開してから初めての緞刀。僕はその場に立ち会っていた。
並べられた資材の量は、初任の審神者が多く利用するという基本の手法を参考にした。

主君も僕も緊張していたけれど、主君のような霊力の高い審神者なら良い刀剣を緞刀出来ると信じていた。

かくして、緞刀されてしまったのは、主君が何より望んでいたはずの。
初期刀にして主君の恋人。
この本丸で折れてしまった、たった一振りの打刀。
陸奥守吉行だった。

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