願わくば 12


「承太郎が風邪を? 本当なんですか?」
「そうなのよ。今朝から熱があるみたい。今は部屋で眠ってるわ」

珍しいこともあるものだと驚いた。あの承太郎が風邪を引くだなんて俄には信じがたかった。完璧に見えていた彼も人間だったのだなとひとり納得する。

「承太郎、寂しがりやだからなまえちゃんが傍にいてあげたら喜ぶと思うんだけど……」

……承太郎が寂しがりやだなんてそれこそ信じがたい。家族にしかわからない部分があるということだろうか。

「聖子お母さんがそう言うなら、ちょっと様子見てきますね」
「そうだわ。お粥とお薬も、いっしょにお願いできるかしら? 」
「わかりました」

今日は休日だし、時間は十分にある。承太郎の世話をゆっくりするのも悪くはないだろう。


お粥の入った器と水のグラスの載ったお盆を、そばにあった机の上に置く。
承太郎は眠っていた。
その額に滲んでいた汗をタオルで優しく拭う。しかし眠りが浅かったのか、その僅かな刺激だけで承太郎は目を覚ましてしまった。

「ごめん、起こしたね」
「……いや、大丈夫だ」
「お粥、食べられる?」
「ああ。……てめえが作ったのか?」
「え? 聖子お母さんだよ。私はさっき来たばかりだから」
「そうか」

承太郎が身を起こす。その横で私は机の上に置いたお盆を手に取った。

「なまえ」
「何?」
「食べさせてくれ」

そう言って承太郎は口元を指差した。心なしか楽しそうな表情で。

「自分で食べられるよね?」
「……頭が痛ぇし体がダルい。指に力が入らねぇからスプーンも持てん。食欲もねぇが、誰かが口まで運んでくれりゃあ食えるかもしれねぇな」
「はぁ……」

嘘だ。半分は絶対に嘘だ。どうにも疑わしくて承太郎の顔をじとりと見れば、ついと逸らされた。


「承太郎、寂しがりやだからなまえちゃんが傍にいてあげたら喜ぶと思うんだけど……」


どうするべきか決めかねていた時、聖子お母さんの言葉を思い出した。
もしかして、今の承太郎って私に甘えてる? 風邪のときって心細くなったりするし、承太郎もそうなのかな。
いつもなら家族にしか見せれないような一面を見せてくれたのかもしれない。

「仕方ないなぁ」

笑って、木のスプーンを手に取った。
ニヤリと笑った承太郎の表情に気付かないまま。


お粥を掬い、ふうふうと息を吹きかけて冷ます。

「口開けて」

私の言葉に承太郎は素直に従う。その口にひとさじのお粥を食べさせ、スプーンを引き抜く。

「おいしい?」
「……まあまあだな」

聖子お母さんの料理が美味しくないはずがないので、きっと美味しいんだろう。そのままふたくち目を掬おうとすると、その手を止められた。

「ちょっと食べにくいぜ。もっとこっちに来い」

ぽんぽんと手で叩いて示されたのは承太郎の膝の上。厳密には承太郎の両腿の上だ。つまり、承太郎はそこに座れと言っているのか。

「近すぎても食べにくかったりしない?」
「問題ねぇ。来いよ」

有無を言わさず導かれて、承太郎の腿の上に横を向く形で座る。承太郎の右腕が腰に回されて私の身体を支えた。左腕も膝の上に添えられている。
これは、少し恥ずかしい体制なんじゃないか。
しかし深く考えるよりも先に、次の一口を承太郎が促した。
まあいいか。
考えを放棄して、承太郎の口へお粥をひたすら運んだ。
……雛鳥のように口を開けて食事を待ち、もぐもぐと咀嚼する姿は見ていて可愛い。何もかも揃った完璧人に見える彼の、こんなにも母性を刺激される表情を見せられては堪らない。
やがて承太郎の腿の上に座っていることも気にならなくなった。

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