short 2


いつからか僕はここにいた。
駅前の広場の中心。ここにある池の縁に腰かけている。人びとは僕に目もくれなかった。
はじめはまるで自我のようなものがなかった。その場にいることに気づいてからしばらくは、ただ人の往来を眺めているだけだった。

初めて声をかけてきた人は、宙に浮いて綺麗な髪をなびかせている女の人だった。

「あら、あなた、干渉できる人なのね」
「干渉?」

話しかけられたことに驚くよりも先に、僕も声が出せるのかと感心したのを覚えている。
何を言っているのかわからない、という顔の僕を見て女の人は続けた。

「ええ、だってあなた、私と同じはずなのに地に足がついているもの」

不思議そうに女の人は言いながら、隣にいる男の肩に触れる。バスを待つその男は痩せていて、青く疲れた表情をしていた。
すぐにバスがやってきた。ステップを踏む一段すら足が重いらしく、男はゆっくりとバスに乗り込んだ。

ねぇお願い、この人の息をとめてやってよ――

そう残してバスは走り去った。
そして今に至るまで、そのふたりと再び会うことはなかった。


自身の存在を他人の意識に認められることによって、僕はやっとこの世の立ち方を知った気がしている。風景の見えかたも変わった。目にうつったものが情報として脳に書き込まれていく。
そうしてやっと自分の意思で周囲を見たとき、色褪せている部分があることに気がついた。
駅前のバスターミナルの広場は池を中心に円形になっている。その外側へと延びる道から遠くまで全てが白黒になっていた。色づいて見えるのは僕のいる広場だけ。
色の境界を越えようとすると、見えない壁のようなものが阻んで外へ出ることはできなかった。
僕はこの場所に捕らわれているのか。
そのことに気付いて、けれどそのままでいることにした。外側へ行けないなら、今はそれで仕方がない。

そうしてまた、以前のように道行く人々を眺める日々に戻った。褪せていた人々は境界を越えると途端に鮮やかになる。その様子を眺めては、また僕が見える人間がいるのではないかと探す。けれどもそう簡単には見つからなかった。

周囲を往来する人々は、まるで僕がそこにいるのを知っているかのように避けて歩く。僕から触ろうとしてみても同じだったので、無駄なことはしないことにした。



そして時間がどれだけ過ぎたか忘れてしまった頃。雨の季節だった。
早朝で人気のない広場をぼんやりと歩いていたら、女の子とぶつかってしまった。
ここしばらくで見かけるようになった高校生だ。この駅前をよく利用する人間の顔はすっかり覚えてしまっていた。

「すみません、余所見をしていて……」
「いや、僕こ…そ……」

ぶつかってしまった?

地に足がついている、ということは物に触れるのが不可能ということではないのだ。ならば人間に触れるのも不可能ではないのだ。
しかし、僕は今まで避けられてきた。歩く人々に、まるで僕が見えているかのように避けられて触れることはできなかった。

突然の出来事に、驚愕を隠せない。目の前の女の子は首をかしげている。
言葉を発しようとしたと同時に、女の子がはっと表情を変えて鞄から何かをつき出してきた。

「あの、よければ使ってください」
「え?」

折り畳み傘だ。咄嗟に受け取ってしまう。すぐに踵を返して走り出す背中に気付き声をあげる。

「待ってくれ! 君は――」

引き留めたかった。話がしたかった。知りたかった。がむしゃらに追いかけて、情けなくてもすがりつきたかった。
僕は見えない壁に阻まれ、足を止めるしかなかった。広場を出ても鮮やかなその背中が見えなくなってから、手元の傘に視線を落とした。



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