わかりました、協力します 4


初めは間違いなくお互いにとって友人だった。僕の中でそれが崩れ始めたのは、なまえに恋人のふりを頼んだ頃だった。
事前に打ち合わせていたとはいえ、自然と絡むなまえの指に少し驚いた。
演技が上手いのか……まさか、慣れているのか。しかし以前からそんな影は無かったし、そういう経験は無いと聞いていた。
いや、何故そんなことが気にかかる? 友人が多少そういうことに慣れていたとしても関係は無いはずだ。どうしてこんなにも胸が騒ぐのか……

もやもやを抱えたまま昼休みを迎えた。
なまえが新発売のジュースを持っていたので一口もらう。期間限定と銘打つそれは甘く、すっきりと喉を通っていった。
はたと気付く。そういえばこれって間接キスって言うんじゃないか。
お互いの家でゲームをするうちにいつの間にか意識しなくなっていた。味が違う食べ物を一口交換、なんてことはよくやっていた。
なまえを見れば変わらず昼食を食べ進めていて、今朝も感じた違和感が大きくなったようだ。
まるで僕ばっかり意識してるみたいじゃあないか。
男として認識されていないのか、僕を信用しきっているから警戒心が無いのか。
後者であってほしいが、なまえの場合は前者なんだろう。性別を越えた友情と言えば聞こえはいいが、僕にとっては――
いや、待て。
そこまで考えてまた首を捻る。
いったい、何なんだ。


瞬間にその女生徒に怒りが沸き上がる。悪意を持ってなまえを狙った女生徒は満足げな笑みを浮かべていたが、僕がなまえに駆け寄ったのを見るとすぐにその表情を崩した。
それを見てすぐに保健室へなまえを連行した。大丈夫だと主張してはいるが、あの場にいたらまた何かがあるかもしれない。あの女生徒がいるとわかった時点で見学させるべきだったんだ。


表向きの恋人同士の関係を一週間も続けた頃には、なまえに対する感情は積もりに積もっていた。それだけ繰り返しても、いったい何なのか、僕にはわからないままでいた。

僕らの後ろからついてくる気配に足を止める。……まだ諦めていないのか。
迷わずまっすぐにこちらへ突き進む影は一切見ずに、なまえを抱き寄せた。言わずとも異変に気付いたようで、少しも狼狽えずに応答する。
あぁ、これもだ。異性に抱き締められているというのに表情一つ変えない。おまけに背中に腕が回される。振りの一つとわかっているのに、どうしても胸がざわつく。もし、本当に恋人だったら。ここにいるのが僕ではないなまえの恋人だとしたら、その男は同じように抱き締められるのか。
その疑問に、途端に沸き上がる気持ちは――嫉妬だ。

「なまえ、後で殴ってくれ」

なまえが次の言葉を紡ぐ前に、その口を塞いだ。
すでに足を止めた女生徒に見せつけるように何度も唇を重ねる。
ひとしきり柔らかさを堪能してから、舌でその唇をなぞるとなまえの肩がびくりと跳ねた。
あぁそういえば、経験が無いって言っていたな。
かくいう僕も知識しかない。それでも体は素直になまえを求めていた。
薄く瞼を開けて見れば、なまえはぎゅうと瞼を閉じていた。背中を撫でると力が抜け、固く閉ざしていた唇を開ける。迷わず舌を潜り込ませた。
今、なまえは僕とのキスだけを感じている。その事実にどうしようもない愉悦が沸き起こる。
夢中になって舌を絡ませていると、足の力の抜けたなまえがしがみついてきた。そんなことにも喜びを感じてしまう。
しかし、今は女生徒の前だ。御披露目はここまでにして、いい加減追い払わなければ。
唇を離して、くたくたになったなまえの顔を隠すように抱き締める。

「付きまとうのもいい加減にしてくれないか」

怒気を込めた声で威嚇する。

「なまえを傷付けるような人間とは関わりたくない。僕にはなまえだけだ。二度と僕の前に現れないでくれ」

さもなければ、僕だって何をするかわからない。ハイエロファントの触脚を女生徒の首元に絡め、軽く圧迫する。
それだけでたじろぎ、怒りと羞恥で真っ赤になった女生徒は背を向けて逃げていった。

「なまえ、もう大丈夫だ」
「ま、待って」

抱き込んでいた体を離そうとするがまたしがみつかれる。

「足、ちから、入んなくて」

見ればなまえの顔は真っ赤で、僕の服の袖を握る手も小さく震えていた。

「すまない、嫌だったろう」

恋人のふりとして思う存分触れていたが、それもここまでだ。最後はせめて家まで送った方がいいのだろうかと思案して、いつもしていたことだと考え直す。どちらにしても今の状態では一人では帰らせられないだろう。

「ちが、くて、その」

火を吹きそうなほど赤い顔で俯き、頭を僕の胸板に預けてくる。

「嫌じゃ、なかった……」

その意味を理解するまでに時間がかかった。わかってからは、僕もなまえと同じくらい赤くなった顔を両手で押さえた。
しばらく二人でそうしてから、もう一度なまえを抱き締めた。

「振りじゃなくて、ちゃんと付き合ってみませんか」
「はい……」

もう余裕がないらしいなまえはされるがままになって、僕の背に手を回せないでいた。

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