質問アフタヌーン

ぽんぽん、と肩が叩かれた。振り返ると、同居人がすっとマグカップを差し出してくれた。中身は紅茶だ。パックで出せるやつで、これも姉が勝手に持ってきて置いていった奴だ。ちょうどいい温度で、暖かい。ふう、と一息ついた。ちょうどレポートも佳境を超えて、落ち着いてきたころだ。あと数日できっと完成できるだろう。とめどをつけると余裕もできた。

「ありがとう、入れてくれて」
【におい、好きだから いいにおい、だよね】

差し出されたタブレットの文面は、思いのほか簡潔だった。にこり、と表情はわからないけど笑った気配がする。案外、顔がなくても人間は感情を察することができることを知ったのは、彼がいるからだ。と、そこでふと疑問が浮かぶ。

「そうだ、ちょっとそこに座って」

つつつ、と彼の手を引き、手前の椅子に座らせる。借りてきた猫のように、座る彼は、何かあった?と言いたげにこちらを見ている。よくよく、改めて見ると不思議な感覚だ。首のない人間が、普通に生きて紅茶を入れて労ってくれる。この状況に慣れ切っている自分も相当不思議になんだけれど、どういうことなんだろうか。好奇心が沸くと、止まらないものだ。

「とりあえず、今から質問するんだけど、ハイなら右手。イイエなら左手を上げて」

何度か首を縦に振った気配がする。

「僕の声って聞こえてる?」
―右手
「僕のこと、しっかり見えてる?」
―右手
「でも、ご飯は食べれないんだよね?」
―右手
「お腹は空く?」
―左手
「味、はわかる?」
―…首傾げ
その反応は、少し考え込んでいるようにも、見えた。

「味、自体はわかるんだよね」
【うん、たぶん】
「たぶん?」
【食べるって、感覚がないから あまいとか、からいとか、感覚はわかるんだけど、ちょっとぼんやりしてる】
「ぼ、ぼんやり?」
【頭ではわかってるけど、実感がない感じ】
「ほかに実感ないのって何があるの、そういえば」
【汗とか? 冷や汗】
「え、かいてないの?」
【うん 食べないし飲まないし、出ていくばっかりだったら干からびてるだろうね】
「……生きてる?」
【え、たぶん生きてる……はず 自信無いけど】

心許なさ気に、彼は僅かに体を揺らした。頭があれば口元の辺りにタブレットを当てながら、困ったように首をかしげる。
実際のところ、本当に頭が物理的に無いこと以外、彼は普通に生活している。電気を消した部屋でもスタスタ歩けるし、焦げ臭い匂いも感知した。僕が呼べば振り替える。
そこまで考えて、気になった。

「ねぇ、首の断面見てみたい」
【首の断面?】

少しだけ考えるように、彼は体を揺らす。

「どうなってるのか、気になるし」
【グロかったらごめんね】
「大丈夫だよ、きっと ちょっと、床に座ってこっち向いて……あ、ちょっと首元とかはだけてよ」

おずおずと、彼は僕の前に座る。普段きっちり締められているシャツの前をはだけると頸椎の途中から上がきれいに無かった。改めて首筋が見ると、日に焼けていない白い肌だなぁと少しのんきに感じる。たまに思い出すけれど、手袋なども普段しっかりとしているせいで普段から露出が少ない。触ってみると、びくりと肩が動いた。肝心のところは、…よくわからない。指で触ってみても、何ら違和感がない、だというのに、首の断面はなかった。あるのは、空洞…というよりは中身が分からない黒い影のようなものだ。つい気になって、指で首の縁をなぞってみる。体温は思っていたけど、低め。
少しだけ無心に触っていると、僕の膝をポンポンと彼が叩いた。よく見ると、手が震え、首筋が仄かに赤味さしている。

「え、どうしたの…っぶ」

タブレットが顔に押し付けられた。ぐいぐい、と押してくるせいで画面に何が書いてあるのか読めない。え、ちょっと。と口を開く前に彼は立ち上がって、そのまま台所に逃げ込んでしまった。いったい何だったんだ…?と思いながらタブレットを見て、首をかしげる。

【律のバカ】

「え、ちょっと、ごめん。調子に乗った。ごめ、ごめんて!!」


そっぽを向いたまま、台所からしばらく動いてくれなかった。そこからしばらく謝って、小一時間。機嫌を直してくれたからよかったけれど、不思議なことには変わりなかった。

質問アフタヌーン



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