ケースバイケースになんてできないよ



渡されたワッペンに腕を通して、安全ピンで止める。ふ、と視野を切り替えてみれば、すごい数の後輩候補が机に向かっていた。去年もこんなものだったのだろうか。緊張した面持ちの彼らと一年前の自分は重なりそうで重ならない。

「なぁ、日向」
「あ?」
「そんな怖い顔していたら、受験生怖がるぞ。緊張してるのかよ」
「あぁ」
「日向、聞いてないだろ」
「あぁ」
「ダメだこりゃ」


景気付けに駄洒落でもと思ったが、監督から「寒いし滑るなんてもっての他なんだから、手伝いが終わるまで禁止!!」と念押しされたのを思い出して、口に出さないで心に留めておく。さすがに練習5倍でいくからね、なんて言われて口にする勇気はない。でも自信作だから、後でノートに書いておこう。
会場で、迷子になったり不審な行為をしている生徒がいないかチェックする人員がいないからと、手伝いを頼まれた時わずかに抱いてしまった安堵を俺はたぶん一生抱いていくだろう。上の空で俺のはなしを聞き流す日向は、たぶん今、木吉のことを考えている。

俺は、木吉がいなくなるときまで順調に回復してるもんだと思っていた。学校に来ないのは、もっと専門的なところに通っているからで、またいつかバスケができると思っていた。そんなに悲観することではないと思っていた。必ず戻ってくると言ったから、それを信じていたこともある。それ以上に不幸な出来事なんて早々起こらないと思っていた。
思い出したのは、この間のこと。監督が来てしばらくしてから、木吉は目覚めた。何度か瞬きをしたあとに、ぼんやりとした目で集まっていた俺たちを見たあと、首をかしげた。

「木吉、お前昨日何してたんだ?」
「昨日?」

きょとん、と不思議そうに質問した日向を見た木吉は口を開いた。当たり前のことのように、なに言ってるんだ?と言いたげに。

「昨日は、って、日向。インハイの結果はどうなったんだよ。今日、決勝じゃないのか?」
「インハイって……」


日向の顔は青ざめていた。指を折るように、時間を数えて、震えている声で小さく「しまった…」と呟いたのがわかった。
監督と俺はただ訳もわからずに惚けてるとしか言えない木吉を見ることしかできない。何が、しまったなんだ。聞こうにも、日向は焦っているようで木吉が困惑しているのが伝わってきたから、動くに動けなかった。


「リコも伊月もどうしたんだ?……っつうか、寒くないか。秋が近いにしろ、」
「木吉、お前何言って、」
「え?」
「鉄平、どうしたの?」
「木吉、とりあえずこれ読め。俺らは一旦部屋からでるから」
「お、おう。別に部屋にいてもオレは気にしないんだが……」
「いいから、外にいるからな」


日向は有無も言わせない勢いで俺と監督を部屋から出した。そして、後ろ手で扉を閉める。嫌な沈黙が俺たち三人を包む。口火を切ったのは、監督だった。

「日向くん、どういうことだか説明して」


日向は視線を俺たちと会わせようとはしなかった。けれど、何も知らずにはできそうにもない
。拮抗する威圧のせめぎあいが続いて、日向は諦めたのか口を開いた。


「……木吉は、13時間で記憶が消えるんだ」
「……え?」
「だから、インハイの地区予選の頃から今までの時間はあいつの中にはないんだよ」


日向の言葉に納得した。だが、理解はしたくなかった。俺はなんとか口を開こうとして、何も音がでない。どうしてだ?


「いつから、日向は知っていたんだ?」
「……少し前に木吉がオレに言ったんだよ。……知られたくない、って言われたから他の誰にも言ってないけどな」


監督も俺も口を開くことすらできなかった。戸を隔てた向こうで木吉は何を思っているんだろうか。あんなに試合中、意思疏通できていたのに思いもつかないでいる。

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