カタチあればこそ歌うのだ



「こんにちは、この間はすみません。風邪は大丈夫でしたか?」
「…、黒子か?」


恐る恐るというように、木吉さんは僕の名前を呼んだ。久しぶりにあった木吉さんはなにも変わらないように駅舎のベンチにいた。僕がその呼び掛けに頷くと、ほっとしたように表情が柔らかくなる。それに、僕もほっとした。


「すみません、この間は来れなくて。もしかして待ってましたか?」
「いや、俺も雨が降ってきたから帰ったらしいんだ。入れ違いにならなくて良かったな」
「そうですね、よかったです」


その答えに僕は少しだけ安堵した。待ちぼうけをさせてしまったとしたら、と考えただけで内心はひどく荒れていく。それは、僕が一番してはいけないことだ。果たせなかった約束も見なかったことにしてしまった約束もあるのだから。


「木吉さん、僕は志望校に誠凛を選びます」
「そうか、バスケ部には入るのか?」
「はい、もう一度挑戦してみようと思います」


僕は木吉さんを見やる。木吉さんは、その視線を受け止めるように反らさなかった。


「僕はキセキのバスケが正しいとは思えません。チームプレーがないなら、チームでやる必要がありません。けれど、バスケは、チームでやるものですから、僕は僕のやり方で彼らを倒していきます。そのために、僕は誠凛で戦っていきたい。誠凛でなら、きっとできると思ったんです」


僕がずっと考えてきたことを、僕は木吉さんへと口にした。木吉さんはなにか眩しいものを見るように、僕を見ている。



「きっと、じゃないだろ?」
「え?」
「できるさ、黒子なら」


できる、僕なら。その言葉は魔法のように僕の中に広がっていく。


「そうだな、黒子」
「はい」
「誠凛に合格したら、お前に伝えたいことがあるんだ」


風が吹き抜けていく。誠凛の受験日までは、一ヶ月を切っていた。


「大事なことなんだが、俺はこれを感情で判断することができない。だが、お前にならきっと伝えて良いと思ってきたことだ。……受験、頑張れよ」
「じゃあ、次会うのは誠凛の合格通知と一緒にですね」
「自信満々だな」
「木吉さんと、会いたいですから」


そうか、というと木吉さんは笑った。泣き出しそうな顔で。


「そういわれると嬉しいんだな」


当たり前にも近い明日の約束を、嬉しそうに泣きそうに笑うこの人へ僕はなにができたんだろうか。ただ、抱き締めることもできずに、この距離を埋める方法を僕は知らない。

ーあいつとの約束は破ってやるなよ
あの人がいっていた“覚悟”が、この距離を埋められるものだと信じるしかない。まずは、ひとつ目の約束を果たすしかないのだと、それだけはわかっていた。

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