のぞみすら門にたどり着くことなく



木吉を自室まで運ぶと、一息つく。時刻は当に明日になっていた。泊まっていってほしいと、木吉の祖父母に言われて、伊月と俺は好意に甘えることにした。帰るにはあまりにも遅い時間で、両親にそう告げたあとリコたちにも連絡をした。


「ああ、木吉のやつ帰ってきた……ったく、あいつどんだけ心配かけさせるんだよ」
『ほんと、良かった……っ、鉄平帰ってこないんじゃないかって……心配だったんだから』
「あー、もう泣くな!あいつが起きたら俺がいの一番に叱っとくからよ。明日来るんだろ?」


そういうと午後1時くらいに来るとリコは言った。俺は借りた客間で伊月が引いた布団の上で伏せた。木吉は今熱を出して寝込んでいる。色々あったにも関わらず、眠たさというのはやって来るもので、静かに目蓋は閉じようとしていた。そのときだった。隣で何やら考えていたらしい伊月は俺へ声をかけた。


「なぁ、日向……木吉、どこにいってたんだろうな」
「ん?そんなことわかるわけねぇだろ。木吉じゃねぇんだし」
「……だよなぁ。でも、明らかに木吉の様子おかしかった。何かあったのかもなぁ」


嫌な予感がした。木吉は、何があってもきれいに無かったことになる。それを悪用しようなんてやつが現れてもおかしくないのだ。
と、脳裏に木吉の日記が浮かんだ。あれは、木吉の記憶そのものだ。中を見れば、もしかすれば何かあったのかわかるかもしれない。
だが、あれを見るのは、プライバシーだとかそういうこと以上のものを侵害してしまうようで嫌だった。例えば、人の頭の中を見てしまうとかそういったことにほぼ同義な気がするからだ。
だが、それでも。あの木吉がパニックを起こして、俺自身もなにもできずに泣いた日を思い出すと決意は自然と決まった。


木吉の部屋に入ると思いの外静かな寝息が聞こえてきた。冷えピタをはり、寝入っている木吉はうっすらと汗をかいていたが熱はすぐに下がったようだ。そんな横を息を殺して通り、「すまん、木吉」と聞こえているかどうかもわからないが謝罪をして、俺は新しい日記を開いた。
それは、業務連絡に近かった。
数ページにわたり、ぎっしりとページの枠内に書かれた文字は読みやすく整っている。木吉の字だ、久しぶりに見たと妙な感慨に浸りながらも目を通して内容を理解した。そして後悔した。

私事がなにも書いていなかった。何時に何をしたかは書いている、何を食べたか、何時に食べたか、味はどう思ったか。全て観察した生き物の報告でもするかのように正確にそして客観的に書かれていた。
それが数ページにわたったあと忘れてはいけないことをまるで復唱するように書いてある。そして、それだけだった。
書きはじめた頃の日記を何気なく見たことがあったが、そのときはまだ日記らしい日記だったはずだ。それがいつの間にか変化していた。木吉の内面の変化なのか、専門家じゃないからわからない。けれど、あまり良い気はしない。
そんな風に見ていたら、ちょうど一週間前だろうか。急に日記が日記らしくなった。

「黒子?」

知らないやつの名前だ。よく読んでいくと黒子なる人物の特長が書いてあった。
『髪は水色。目も同じ。俺より小さい。帝光中のレギュラーだったらしい。キセキの世代、紫原を知っている。なにか悩みがあるらしい。パス特化の選手。影が薄い。でも、注意すれば見える。幽霊じゃない。1歳年下。丁寧。また明日と言ってくれた』
幽霊じゃないとかわざわざ書くことかと思ったがそれ以上に驚いたのが、キセキの世代という言葉だ。1歳年下だとすれば、ちょうど天才が五人揃っている中でレギュラーだったということになる。
そんなやつがどうして木吉と?
疑問を抱いたまま、ページをめくる。そこには黒子との会話が書かれていた。その最後の行に小さく『楽しかった』と残されていた。『会えたら良い』とも。それは、木吉の日記に色がついたように思えた。
それから、続いて。何度かページをめくり、一昨日の日時になった。


「俺のこと、話してもいいかもしれない」
「明日逢えたら、そう伝えたい」
「伝えてもいい奴だ」


どうやら黒子というやつに会いに行くつもりだったらしい。この黒子というやつと何かあったのか?
それは本人しかわからないことだ。しかし、起こして聞くには、今はあまりにもタイミングが悪い。明日、聞こう。そう決めて、俺は部屋をあとにした。
そして、13時間後まで木吉は目覚めることなく眠り続け。


記憶は消えてしまった。

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