28.舞姫と軍師


時は熟した。

呂布軍は長安での決戦のため、兵馬を整え鍛練に精を出し、戦の準備を進めていた。
そして、とうとう出陣を明日に控えた彼ら将兵たちは、それぞれ最後の日を過ごすこととなる。


「どうか夫を宜しくお願い致します、お義姉様」

そう言って出陣前の英瑠に深々と頭を下げたのは、英瑠の弟の新妻だった。
穏やかで気立ての良い彼女は、英瑠の噂にも動じず、ただ黙って夫とその一族に仕えるというつつましい女性だった。
彼ら夫婦は仲もよく、婚礼後ほどなくして子を授かったらしい。
彼女は身重の体を抱え、夫とその姉が戦に赴くのを義母とともに見送るのだった。

その義母――英瑠の継母は、英瑠とその弟に、しっかりおやりなさい、と述べた。
彼女は、自分の期待に背いて武人になった破天荒な継娘はまだしも、期待通りの道を歩んでいるものとばかり思っていた息子が、獣のような継娘に手を貸していたばかりか董卓に処刑されそうになったあげく、その異母姉と呂布について都を出奔、いつの間にか従軍する立場になっていたことにだいぶ気を揉んだらしい。

不忠不孝と噂されている呂布に仕えたとはどういうことかと食い下がる母への孝と、異母姉や陳宮を通じた呂布への忠の狭間で、英瑠の弟は苦労をしたようだった。

長い間そんなことを知りもしなかった英瑠は、改めて弟たちに深く謝罪した。
弟、継母、その他諸々。自分は一族に迷惑を掛け過ぎた。
情熱と力で以て押し通ってきた道が、一番大切にしなければならない者たちを苦しめてきたとするならば。
それは謝っても謝り尽くせないほどの大罪だ。
英瑠は今、それを改めて突きつけられたのだ。

そんな英瑠に、弟は苦笑しながら声を掛けた。
姉様は姉様の道を征けば良い。それが龍将軍と呼ばれる姉様の生き方だ。
後ろは振り返らなくて良い。躊躇って足を止めないで欲しい。一族のことは僕に任せてくれ。
……そんな内容だった。

継母ももはや怒ってはいなかった。
彼女は黙って静かに、英瑠の背中を押すようにゆっくりと頷いた。

英瑠はもう一度膝を着き、彼らに深々と拝礼した。
謝罪、感謝、親愛、訣別――言葉に尽くせない想いを、そこに込めて。

失ったものに報いるためにも、必ず乱世を終わらせる。

彼女の背中には、そんな決意が漲っていた。




弟宅を後にした英瑠は、貂蝉の家に向かっていた。
ずっと借りていた書簡を返すためだ。
女性の美容や装いに関する内容がまとめられたそれを、参考になれば、といつだか貂蝉が貸してくれたのだ。

貂蝉には感謝している。
弟を董卓から救ってくれたこと、張遼との仲を間接的に取り持ってくれたこと等々。
董卓暗殺に協力したことを差し引いても、彼女には言い尽くせぬ恩がある。
そう考えた英瑠は、商家で購入した高級な菓子を携えて貂蝉の元を訪れたのだった。

貂蝉は英瑠の訪問を喜び、受け取ったばかりの菓子を茶とともに一緒に頂かないかと、英瑠に提案した。
恐縮した英瑠が辞退しようとすれば、貂蝉は貴女に話があるのですと言い、英瑠は畏れながらもそれを了承するのだった。

呂布が用意した貂蝉の豪華な屋敷には、今は王允も共に移り住んでいるらしい。

王允。
長安で董卓を排除したことで身の危険に晒された彼は、貂蝉に連れられ行方をくらまし、安住の地を探しに行ったということは以前聞いた。
そして反董卓のツテからようやく安住の地を見つけた王允は、暫くそこで暮らすようになったとの事だった。

後に、養女である貂蝉が劉備を通じて呂布の元へ帰ったが、王允はすぐ呂布の元へは身を寄せず、その動向を見守っていたらしい。
そして呂布軍が力を付け、周囲の諸侯を呑み込む勢いになると、晴れて呂布の元へ馳せ参じ、貂蝉と共に暮らすようになったというのが事の顛末だった。

そこには、むしろこのまま反董卓絡みで繋がった縁者の元に居る方が、今後我が身が危険になると判断した王允の慧眼もあったのだろう。
果たして彼の予想通り、呂布軍の長安攻略を聞きつけた当時の反董卓諸侯は、今度は反呂布として長安に結集することになるのだが……それはさておき。

年齢もあり、体を悪くした王允は今回の戦には参戦出来ないという事だった。
それでも彼は、貂蝉の背中を押し、呂布が天下を掴む先を見届けろと言ったらしかった。

王允は漢の重臣だった。
彼のみならずその養女である貂蝉も、皇帝には忠心を持っている。

だが呂布はどうか。
彼は董卓のように弱者を嬲る残虐な男ではないし、帝を操って権力を振りかざし悦に入るような手合いでもない。
しかしだからこそ、この決戦の先に待っている帝の処遇に、王允は言い知れぬ不安を覚えたのではないか。

もしかしたら彼は、貂蝉の意志を汲みその背中を押しつつも呂布の手によって帝が逃れえぬ悲愴な結末を迎えるかもしれない可能性を考えて、もはや呂布を止めることなど出来ない彼は、せめてその軍勢に加わらないことによって、最後まで変わらぬ帝への忠心を示そうとしたのではないか。

――王允が今回の出征に参加しないのは、このあたりの事情もあったのかもしれなかった。



「英瑠様……私は、英瑠様に謝罪をせねばなりません」

貂蝉は語った。
以前、董卓が虎牢関で反董卓連合から逃亡していた時。
董卓の命に背き前線に向かった英瑠は、董卓の怒りを買い蹴られたことがあった。
その後貂蝉は、英瑠を労るように声を掛けたはずだ。

さらに、英瑠の弟が謀略に巻き込まれ、弟の命か英瑠の貞操かと、董卓に迫られた時。
その時、董卓に口添えして両方とも救ったのは、他ならぬ貂蝉だった。

――貂蝉は。
それらを、全て打算だったのだと英瑠に告げた。

全ては打倒董卓のため。
そのために英瑠に優しくしたのだと。
彼女はそう告白したのだ。

「………………、」

だが。

貂蝉は続けた。
はじめは打算だったが、董卓を倒し、劉備を通じて呂布の元に戻ったあとはそうでは無かったと。
後ろめたさを抱える貂蝉に、英瑠は本心をさらけ出し、全身でぶつかってきてくれた。
その笑顔が嬉しかったのだと。
張遼との仲を取り持った時だって、また借りを作っておけば……という打算をいつしか越えて、心から英瑠を応援している自分が居たのだと。

貂蝉はそう語った。茶に手を付けることも忘れ、滔々と。
おこがましいかもしれないが、こんな私を許してくれるか。
否、許されるとは思っていないが、もし許されるなら……、どうかこれからも友人として交誼を結んでくれないか、と。

彼女は心底申し訳なさそうにしながら、そのように述べたのだった。
熱を失った彼女の白い肩には、これは断られること前提の勝手な言い分で、言ってみれば駄目元で告白したのだというような雰囲気が滲み出ていた。

英瑠は。

「私こそ、是非これからも貂蝉様と友人としてお付き合いさせていただきたいと思っております。
どうか宜しくお願いします……!」

貂蝉の申し出に、そう即答した。

面食らったのは貂蝉だった。
彼女は戸惑うような哀しい表情を浮かべると、
「私は、英瑠様を利用してきたも同然なのですよ、」
と震える唇で告げた。
それを遮るように英瑠が口を開く。

「私は、貂蝉様に感謝をしております。
弟のこと、文遠様のこと……、他にも沢山。
権力の頂点に居る董卓の隣にいらっしゃった貂蝉様が、何の思惑もなく私に手を差し伸べてくれるはずがないことは、私にもわかっておりました。
……でも、それでも良かったのです。ただ嬉しかったのです。
打倒董卓に協力させていただいたのだって、ただの恩返しや義務感からではありません。
そうすべきだと思ったからです。

……貂蝉様、話しにくいことを話していただき本当にありがとうございました……!
私は、貂蝉様の処世術は立派なお力だと思っています。
私のような武人が武器を振るって己の意志を戦場に通すのと何も変わらないように思えます。
だから誇ってくださいませんか。
貂蝉様は、その知略と揺るぎない覚悟を以て、打倒董卓という誰もなしえなかった道へ殿を導いた。
私は、そんな貂蝉様を心から尊敬しております……!」

英瑠は一息に言い切った。
たどたどしくも、正直な気持ちだった。
英瑠は微塵も貂蝉を恨んではいなかった。

個の武力、兵力、知力、権力、財力、魅力、統率力。力というものにはいろんな種類がある。
そのあらゆる力を、己の意志で以て貫き通す。
それは戦場であっても宮城であっても変わらない。
残酷でも冷酷でも、それが乱世における常、共通言語なのだ。

もちろん守るべき道はある。
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌。
一応ひと通りの教育を受けてきた英瑠は、その大切さをよく理解している。

けれども、この世は乱世なのだ。
力なき正義に意味はない。人道の何たるかを問いたところで、身の安全、そして衣食住という根本的な部分が満たされなければ、民はいくらでも武器を手に取る。

そして。
人は人である限り熱を持つ。
情熱と呼ばれるそれは、夢となり、時にあらゆる楔から人の心を自由にし大空へ羽ばたかせる。
それは時に、『守るべき道』とぶつかり合うことだってあるのだ。

呂布がもし守るべき道を守っていたら、丁原や董卓を斬ることも無かった。
だがそうしていたら、今の呂布軍はここには無い。
幼い皇帝を後ろ盾にして専横を振るう董卓は、汚い手を使ってでも政敵を排除し、欲しいものは全て我が物としていた。

あのまま居たら、英瑠の弟は董卓に殺されるか、助かったとしても英瑠が董卓に身を捧げることになっていただろう。
親殺しだの裏切り者だと罵られても、呂布のような何者も恐れぬ豪傑が現れなければ、董卓の支配体制は今も変わらなかったのだ。

それどころか、もし女子の道を守っていたら、英瑠は家を出ることすらなかったのだ。
親の決めた通りどこかの男性に嫁ぎ、ある日弟が都で死んだという訃報を聞き、彼女は涙にくれる。
そういう人生も悪くはないのかもしれない。

だが英瑠はそれを選ばなかった。
彼女は時に正しき道に背いてでも己の意志を通し、今ここに立って居るのだ。
主が天下を掴むさまを見届けられる、この位置で。

貂蝉も同じなのだ。
己の力を使い、己の目的を果たした。
養父を救い、騙したはずの呂布に愛され、策謀の闇を越えて今、ここに立っている。
それを非難する資格は英瑠にはないのだ。


英瑠の言葉に、貂蝉は胸に手を当て、それから一筋の涙を零した。
息を呑む英瑠に貂蝉は、目を潤ませながらも口元を綻ばせ、告げた。

「……英瑠様は、奉先様に似ていらっしゃいます」

意外な一言だった。
英瑠は思わず主の顔を思い出し、共通点がないかと頭を巡らせたが、共に方天戟を使うことくらいしか思い浮かばなかった。
だが貂蝉はそういう意味で言ったのではないだろう。

「私も英瑠様を尊敬しております。
これからもどうか、宜しくお願い致します」

貂蝉は涙を拭うと、真っ直ぐに英瑠を見つめそう告げた。
その眼には光が宿っていた。
策謀の闇を越えた先で輝く、何者にも消すことの出来ない強い光が。





貂蝉宅を後にしたあと、英瑠は陳宮の元へと馬を走らせた。
彼女は戦のことで、彼に確認しておきたい点があったからである。

陳宮は戦を前にして、早々に家族の元を後にすると、何やら政庁に篭って策に関する最後の詰めを行っているらしい。
軍師である彼の双肩には、呂布軍の命運が掛かっている。
その重圧たるや、一般の将の比ではないだろう。

「これはこれは英瑠殿。どうされましたかな。
…………ふむふむ、なるほど。確かにその件については保留したままになっておりましたな。
ではでは、今この場で決めてしまいましょう。
少々お時間を拝借失礼……………………

…………ふむ。こんなものでしょう。
英瑠殿、ここに書き記した通りでいかがですかな」

陳宮の素早い対応に、英瑠は丁寧に礼を述べると彼に労りの言葉を掛けた。

「軍師様も大変ですね。身も心も休まる余裕が無いのでは……」

「なんのなんの。この程度、そつなくこなせるようでなければ軍師とは言えませぬな。
それにいよいよ、この戦で呂布殿の天下が、天下が定まるのです。
それは即ち、私の野望もあと少しで叶うということ……。
むしろ興奮して眠れないほどですな」

机に向かっていた陳宮は、英瑠に書簡を手渡すなり再び手元に視線を落とし、自分の仕事に戻りながら興奮した口ぶりでまくしたてた。
それから彼は唐突に立ち上がり、部屋の中を動き回って書簡を手に取ったり地図と見比べたりしながら、何やらぶつぶつと呟いている。

そんな彼を見て邪魔をしては悪いと思った英瑠は、人を呼んで受け取った書の配送先を指示すると、そのまま彼女も部屋を後にしようと踵を返しかけるのだが――
が。今しがたの陳宮の発言が気になってしまった彼女は、去る前にどうしても口を開かずにはいられなかった。

「軍師様の野望とは一体……。
以前、武を得意とする殿の下で、軍師様は知略を振るいたいとおっしゃられていたと記憶しておりますが……
でも、それだけではありませんよね」

背中越しに掛けた何気ない言葉に、書簡をまとめていた陳宮の手がふと止まる。

「何故……、何故そう思われるのですかな」

彼はゆっくり英瑠に向き直ると、低い声でそう告げた。
口元には相変わらず人を食ったような笑みが張り付いている。
だがその真剣な眼差しには、戦場を見渡す時のような鋭い光が潜んでいた。

その光は、武を振るうことを至上とする呂布や張遼のものとはどこか違う。
少なくとも戦場で生きてきた英瑠には、あまり馴染みのないものだった。

「……だって、もう既に叶っているじゃありませんか。
殿のもとで知略を振るいたいという目的は……。
でも軍師様は今、野望があと少しで叶うとおっしゃった。
つまり、この戦を越えた先に何かあるということですよね」

英瑠の率直な指摘に、陳宮は今しがたの己の失言に気付いたようにハッとした表情を見せた。
しかしそれはどこか芝居がかっていて、指摘されることを待ち望んでいたとも取れるわざとらしさだった。

「これはまだ、呂布殿にしかお伝えしていないのですが……
まぁ良いでしょう。あなたには私の野望を、野望をお教えしましょうぞ。
お聞きになりますかな?」

陳宮は、含みのある笑顔を浮かべながら、勿体ぶったような動作で腰に手を当てると、その場で構えてみせた。
一方の英瑠は、武人とはまた違う毛色の『野望』とやらに俄然興味が湧き、半ば反射的に彼に食いつく。

「知りたいです、気になります! 軍師様の野望……!
もし差し支えなければお聞かせ願えませんか……!」

英瑠の反応に気をよくしたのか、陳宮は手招きで英瑠を近くに呼ぶと、声を潜めて己の野望を語り出した。

「私の望みはただ一つ。この両の手に、強大な権力を持つこと……。
並の権力であればいつでも持てましょう。
……ですが、私が求めるのは天下をも動かせる力。
呂布殿の武にて天下を取るのはいわば手段。
私の望むものは、その先にあるのです」

普段の大袈裟な調子とは打って変わって、いたく真剣な様子で語られた陳宮の真意に、英瑠は思わず背筋がざわつくのを自覚した。

それは不快感や恐怖ではない。
たとえるならば、街の庶民酒場で意気投合した気さくなおじさんが、実は国の重臣なのだと後から知った時のような。
一気に恐縮するこちらをよそに、はははバレてしまったか、と笑うおじさんの口からは、普通の庶人ではどう足掻いてもお近づきになれないような有名人との逸話や、歴史を揺るがす大事件の体験談がぽんぽんと飛び出し、呆然とする周りの人間を尻目におじさんだけが平然としながら、別に大したことはないぞと酒を呷いで笑っているような。

「すごい……」と。
ただ凄い、と。
英瑠にはそれしか言えなかった。
今しがたの陳宮の告白には、武を振るうことしか知らない英瑠には測り知れない、とてつもない熱量が込められていた。

簡潔に語られた、天下をも動かせる力という言葉。
それが示す途方も無い大きさ、深さの一端を少し想像するだけで、英瑠の頭はくらくらするのだった。
まるで、酒を飲みすぎたときのように。

まさか陳宮が、それほど大きな野望を抱いていたとは。
彼はその、大それたとも言える野望のために曹操の元を去り、呂布に着いて、呂布が天下を取るための道筋を必死に作ってきたのだ。

飄々とおどけた様子で。
最後の最後まで、己の途方も無い野心を胸の内にしまいこんで。

陳宮の野心の全貌を知って初めて、英瑠は心から納得した。
そうか、と。
彼は彼自身の野望の内容ゆえに、呂布を選んだのだ。
曹操では駄目だったのだ。権力や政治に興味の無い呂奉先でなければ。

「すごい……! 軍師様、すごいです!!
そんなことを考えていらっしゃったなんて!
やはり軍師様は最強の軍師です! その途方も無い野望、いたく感動しました……!」

英瑠は思わず陳宮の手を取ると、興奮に任せてまくしたてた。

陳宮の手を両手で包みこんだままぴょんぴょんと跳ねそうな勢いで目を輝かせる英瑠に、陳宮はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべつつ、
「気をつけられませ英瑠殿、力加減を誤らぬよう注意願いますぞ、あなたの力にかかれば容易く折れてしまいますからな、私は張遼殿のように丈夫ではありませんぞ、」
などと冗談めかして軽口を叩くのだった。

英瑠は自らの胸の内から、熱き炎が立ち上るのを自覚した。
他でもない、陳宮の秘めた野望という熱に当てられたからだった。

たとえば呂布の武が、祭りの晩に大勢で囲う烈しい篝火だとするならば。
陳宮の知略は、その篝火の側で静かに揺らめく陽炎のようなものだ。
陽炎は、そこで燃ゆる炎の熱さを周りに示しながら、豪火立ち上る篝と共に在り続ける。
炎が消えるまで、陽炎も揺らめくことを止めはしないのだ。

そして、陳宮という名の陽炎は、単なる炎の付属物ではない。
それ自体が実は、燻るような熱を持っているのだ。
曹操ですらその熱に気付かなかった。
その熱は、野望や野心と呼ばれるものだ。
呂奉先という名の火山からゆっくりと流れ出た、陳公台という名の粘度の高い熔岩は、山の木々を飲み込んでから炎を上げる。
飲み込まれたものはそこで初めて、彼が途方も無い熱を蓄えていることを知るのだ。
実際に近付いてみなければ、熔岩の流れを遠巻きに眺めているだけでは、きっとその熱さには永遠に気が付かない。

それぞれの夢がある。命を懸けてでも、叶えたいものがある。
当たり前の事実だが、その事実が実に心地良い。

英瑠は込み上がる熱に、今すぐ暴れ出したくなる衝動を堪らえて奥歯を噛み締めた。
自然とその口元には笑みが浮かぶ。
高揚感。その言葉がこれほどしっくりくるものもない。

そんな彼女の様子に気付いたのか、陳宮も含みのある笑みを浮かべると、満足そうな視線を英瑠に向けた。

「英瑠殿は意外と、意外と悪そうな顔もされるのですな。
やはり我ら呂布軍の同胞……、同類、同類ですぞ!」

そう語る彼の瞳は、きらきらと輝いていた。
まるで、未来に思いを馳せる子供のように、生き生きと。




英瑠がようやく陳宮の元を去ろうとした時、彼はふと思い出したように英瑠に頼み事をした。
呂布を呼んできてくれ、というのがその内容だった。
陳宮いわく、今回の戦についての補足があり、呂布とこの部屋で落ち合うことになっているが、いっこうに当の呂布がやってこないらしい。
付近には居るだろうから、と陳宮は言った。
机上の細かいことを苦手とする呂布が、面倒臭がって重い腰を上げないのだろうということは何となく想像がつく。

陳宮が居た部屋を後にした英瑠は、深呼吸をし意識を研ぎ澄ませると、すれ違う人間に目撃談を聞き込みしつつ、呂布の気配を慎重に探っていった。

そして、――――




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