24.抜け落ちた楔


貂蝉宅から帰ってきた英瑠は、心なしか顔を赤らめたまま心ここにあらずといった風で、言葉少なだったと英瑠宅の使用人は語る。

翌日英瑠は、信頼のおける使用人に文を持たせ、張文遠という将軍のもとへ届けるように指示した。
それから彼女は何かを決意するように拳を握り締めると、いつかの祭を髣髴とさせるような、一目で士族の女だとわかるような優美な服に着替え、薄く紅を引き、陽が傾き始めた頃に部屋から出て行ったらしい。

普通ならばここで、屋敷の女が出かけるとの事でごく当たり前のように女性用の馬車を用意し馬を引く供の者を連れて行くところだが、例によって英瑠という女武将にそれは通用しない。
彼女は姿こそ本人曰く『勝負服』とのことだったが、その手には剣を携え、あろうことかその出で立ちのまま一人馬に飛び乗ったらしかった。
そして、唖然とする使用人たちの前で颯爽とどこかへ去って行ったという。

――以上が、英瑠の弟が帰宅した際に使用人から聞かされた姉の挙動だった。

弟はそれを聞いて、はじめは頭痛を押さえるように手で顔を覆いしばし沈黙していた。
しかし次第に肩を震わせると、やがてたまらず笑い出した。
困惑する使用人たちの前で彼は、幼い頃の姉の姿を思い出していたのだった。

思えばあの頃から彼女は奔放だった。
生まれのことを抜きにしても、官吏の娘として控えめで奥ゆかしくたおやかであれ、良縁に恵まれるようにと願った継母からは、苦々しく思われていた。

だが、英瑠は英瑠なのだ。彼女には比類なき武がある。
戦場で武を振るい、敵を屠る。戦の勝利に貢献する。
それは、この混沌とした乱世にあって、もっともわかりやすい力の定義と言っていい。
その力は、有象無象の些細な憂慮や常識を黙らせる事が出来る。
たとえば、その振る舞いは普通ではないですよ、変ですよといった小言をだ。

力だけではない。今の呂布軍には志がある。
終着点を呂布がはっきりと言葉にして明言したわけではないが、各地を放浪していたあの頃とは違うと確実にわかる。
英瑠はそれに乗った。
主を見定め、この乱世の中で武の頂を目指し、振り向かずに進むと決めたのだ。
そんな彼女に何を言うことがあろうか。

英瑠は遠くを見据えている。
そしてそれは、姉を支えながらも呂布軍の往く先を見てみたいと思った弟とて同じなのだ。

弟は、顔に笑みを浮かべたまま、己も決意を固めることにする。
姉の使命がひたすら戦場で武を振るい自勢力の未来を切り開くことならば、自分の役目は知勇でそれを支えること、そして――亡き父が今際の際に願ったように、名声を得て、一族を繁栄させることなのだ。
弟は心を決め、そして。

己の縁談と、故郷の母を呼び寄せる準備を進めるのだった。


***********************


夕暮れの気配が押し寄せる頃、英瑠は張遼の屋敷の前に馬を止めていた。
彼には、あらかじめ会って話がしたい旨、使用人を通じて文を送ってある。


貂蝉の助言を受けながら、今度は借り物ではなく自分で女物の服を選び購入した。
髪も結いあげ、玉のあしらわれた上品な簪も差した。
そうして英瑠は覚悟を決めた。
張遼に先日の醜態を謝罪し、胸の内を明かす。
どんなに苦しくてもうまく言えなくても、逃げずに考えていることを告げる。そう決めたのだ。




「呼びつけてすまぬ。手が離せぬ用事があった故」

「いえ。話をしたいと申し出たのは私の方なので……
多忙の中、お時間を割いていただきありがとうございます」

「なんの。私も申したいことがある」

張遼は私邸にやってきた英瑠を、気持ち硬い表情で出迎えた。
その声は何の感情も読み取れないほど平板で、英瑠も業務的に言葉を返す。

張遼は客間に英瑠を通すと、使用人が茶を持ってくるのを待って彼らを全て下がらせた。
豪奢ではないがきちんと整えられ、手入れが行き届いていることがわかる彼の屋敷は、その清廉な人柄を伺わせるものであった。
広い客間の窓から夕陽が差し込み、卓を挟んで向かい合わせに長椅子に腰掛ける二人の横顔を照らし出す。

やがて僅かな沈黙のあと、静寂を破ったのは。

「文遠様、私は」
「英瑠殿、私は」

同時に放たれた二人の声が重なった。
英瑠はあっと口を押さえ恐縮し、張遼もすまぬ、と口にする。
張遼は英瑠に先に話しをするよう促し、彼女は息を吸うと再び口を開いたのだった。

「文遠様……。
先日は、大変申し訳ございませんでした……。
せっかく家まで送ってくださったのに、去り際にあのような態度をとってしまい、私は」

「待たれよ……! そのような話なら私に先に言わせてほしい。
私こそ、大変申し訳ないことをしたと思っている……。
今更何を言っても言い訳にしかならぬだろうが、私は……、
っ、自らの欲に負けてあのようなことをしてしまった。
怖い思いをさせて誠に申し訳ない……!」

「っ……!?」

英瑠の言を遮って謝罪を述べた張遼の言葉に、英瑠は違和感を覚える。
怖い思い? 一体何の話だ?

「文遠様……、畏れながら確認をさせてください。
あの日の……、文遠様に馬で私の家に送り届けていただいた、あの日の話をしてらっしゃいますか?」

「? ああ。他に何かあるか……?
あのように怖がらせて、涙を零さんばかりにそなたを傷付けてしまったことが他にあるなら、是非申して欲しい……!」

「っ、待ってください文遠様……!
怖がらせた、とは……一体何のお話しでしょう」

「なに、」

英瑠と張遼はここに至って、互いの話に食い違いがある可能性を見出だした。

英瑠は戸惑っていた。
『怖い』――その単語にはたしかに聞き覚えがあるし、口にもしたはずだ。
しかし怖いと言ったのは自らの素性に根差す恐怖のことで、その恐怖については張遼に話したことはないはずだ。

もっと言えば、あの時、張遼の手を振り払ったあの時、自分が何に恐怖して手を振り払ったのか、あの場で明確に言葉にすべきだったとは思う。
しかし言えなかった。
胸の楔が深く突き刺さり、喉にまで達し唇を震わせ、言葉を奪っていたからだ。
――英瑠はそう思い返すと、震えはじめる拳をきつく握りしめた。

あの時、張遼がせっかく伸ばしてきてくれた手を――
心を寄せた女に伸ばした男の手を、女は拒んでしまった。
それが男にとってどんな気持ちになるか、男女の機微に疎い英瑠でもわかる。

だからこそ張遼に謝らなければいけない。
そう思って、謝罪に出向いたのだが。

「英瑠殿……そなたは……。
っ、あのような状況の中、覚えてはおられんやもしれぬが……
そなたはたしかに『怖い』と口にした。
あれは……身動きの取れない馬上という状況で、無防備なところを突然触れられた英瑠殿が、本能的に恐怖を覚えたからでなかろうか、と……。
それを考えた時、私は何と卑怯なことをしたのだと後悔に襲われるばかりなのだ……!」

「っ!!!! ま、待ってください文遠様!!
それは……、それは、恐らく誤解というものなのでは……!!」

「っ……!」

「私は……、あの時、文遠様に触れられたことに対して恐怖などしておりません……!
むしろ、嬉しくて……温かくて……
本当は、もっと触れていただきたかったのです……!

でも私は恐怖してしまいました……文遠様をではなく、自分のこの身をです……。
ご存知の通り、私は完全な人間ではありません……。
それゆえ、文遠様に嫌われたらと……文遠様を失望させてしまったらと……
それが怖くて……しかしあの場ではうまく言葉にできずあのような振る舞いを……

本当に申し訳ございません、本当に……!」

「待たれよ英瑠殿、少し待ってくれまいか……!
頭を整理したい」

「はい……」

互いに謝罪の意を吐き出し、誤解を生んでいたことに気付き、二人は沈黙した。
張遼は顎髭に手をやり、目を閉じて何かを考えこんでいる。

英瑠はといえば、己の『怖い』という発言を張遼がどのように誤解していたかを知り愕然としていた。

突然であったにせよ、触れられるのが怖いなどと。
手を振り払われるばかりか、心が通じていると思っていた女にそんなことを言われたら。
男がどんな絶望的な気持ちになるか、察するにあまりある。
否、逆の立場でもそうだ。
人ではないこの身、意を決して触れた手を、『怖い』と言われ振り払われたら。
他でもない、張遼にそれをされたら。もはや、絶望しかない。

なにより、張遼に拒まれることを何よりも恐れていたのは自分ではないか。その恐怖がどんなものか、身に染みて知っていたはずではないか。
よりによってそれを、他でもない張遼に味わわせてしまうとは。

――そこまで考えると、英瑠の胸は張遼への申し訳なさでいっぱいになった。
自らの心を守るために最愛の人の心を傷付けた。
武人など以前に、人間として最低の行為だ。万死に値する。
……少なくとも英瑠にはそう感じられた。

張遼への申し訳なさと共感と、己への後悔と反省で涙が込み上がってくる。

「つまり英瑠殿は私を怖がったわけではなかったのだな……。
すまぬ……気が逸って誤解をしてしまった……!
そなたに拒まれたのだと……そう考えて勝手に気を高ぶらせてしまったのだ……っ、不覚……!」

「いえ、文遠様は悪くありません……
あのような状況なら、誰だってそのように思うでしょう……。
っ、私が悪いのです……!
文遠様に遠ざけられることを恐れ、文遠様のお気持ちを考えず自分の気持ちしか見ておりませんでした。
最低の振る舞いだと自覚しております……!
私は、とんでもないことをしました……! 文遠様にそのような苦しい想いをさせ、それに気付かなかったなんて……!」

英瑠の目からとうとう一粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女の言葉は震え、しかし言い淀まぬよう必死に言葉を紡ぎ続けた。
そんな英瑠の様子を見てか、張遼は長椅子から立ち上がると、やや興奮した声をあげた。

「英瑠殿……! 元はと言えば私の欲に逸った振る舞いが原因……!
そのように自分を責められるな……!」

「文遠様は欲に逸ってなどおりません、いえ、私こそ欲に逸っております……!
私の心はこんなにも、文遠様を求めてやまないのですから……!」

「っ、英瑠殿、隣に座って良いか」

「はい」

答えるや応や張遼は英瑠が座る長椅子の方に来ると、そのまま彼女の隣に腰を下ろした。
そして腕を伸ばし、一瞬だけ躊躇すると――意を決したように、英瑠を抱きしめた。

「っ……!」

「英瑠殿……! 己を責めることも、己を恐れることも必要ない……!
誤解の件は解決し、英瑠殿の本心を確認することができた。
これ以上何も気に病む必要は無い……!
それに、私がそなたを遠ざけることも絶対にありえぬ……!
私の心は誰よりも英瑠殿を求めている。こうしてそなたを腕の中に抱くことをどんなに欲していたか……
あの祭の日、賊を欺くため図らずもそなたを抱きしめてしまった日の感覚を、私は今でも思い出してしまうのだ……!」

張遼に抱きしめられた英瑠は、その温もりを肌で感じ、本能的に彼を求め腕を回し返していた。
心の楔がぎしぎしと音を立て、抜けて行く気配がする。

「文遠様、私も同じです……! こうして再び文遠様に抱きしめられる日を、どれほど待ち望んだことか……!」

「英瑠殿」

張遼はそれ以上喋らなかった。
彼は片手をそっと英瑠の頬に当て、彼女の顔を真っ直ぐに見据えた。
英瑠も拒まず彼を見つめ返す。

言葉の要らない間が、二人を満たす。
張遼は愛おしそうに英瑠の頬を撫でると、そのまま唇を寄せた。英瑠も目を閉じ、それを受け入れる。

決して練習したわけではないのに、それはまるで本能に刻み込まれた法則のように、互いを求める磁石のごとく引き寄せ合う。

そうして軽く触れ合った唇は、互いの温もりを伝えたあと、ゆっくりと離されていった。

胸の楔が、ぽとりと抜け落ちたような気がした。

英瑠はまるで火照った顔を見られまいとするかのように張遼の胸に顔を埋めると、そっと秘めた悩みを語り始めた。

「私は……、自分の体が女として人と同じかわからず……その、もし文遠様を失望させたらどうしようと、ずっと悩んでいたのです……。
しかし、あの、人に見ていただいて……とりあえずは大丈夫なのではないかと、そうおっしゃっていただけて……その」

「なんと……! もしや、男に見せ……、」

「女性です!! というか貂蝉様です!
……でも、文遠様を満足させられるかは、その」

張遼の疑いに弾かれるように顔を上げた英瑠は、顔を赤らめたままとんでもないことを口にした。
その顔と言葉に、息を呑んだらしい張遼は慌てたように目を逸らす。

「……英瑠殿。その先は無理して言わずとも……その、ゴホン。
随分大胆な事を……」

「!!! あっ、これは変な意味ではなくて……その……!
いきなりそこまではいかないというか、抽象的な話というか……!」

己の言葉の意味するところの重大さに気付いた英瑠は、張遼の体に腕を回したまま必死に弁解する。

「っ、ともかく、この張文遠、何を見ても英瑠殿に失望したりはせぬから安心して欲しい……!」

「文遠様……!」

「っ……、英瑠殿、私は…………、存外欲張りな人間だったらしい」

「……、」

英瑠を抱き寄せたまま言い淀む張遼の顔を、彼の発言の真意がわからない英瑠はじっと見上げていた。

「ところで英瑠殿……、その服は、また貂蝉殿から借りたのか」

「いえ……。今回は自分で買いました……!
勝負服というのだと聞きましたが……変でしょうか……?」

「いや。とてもよく似合っている」

「っ……、ありがとうございます……」

英瑠は心底安堵を覚え、満たされていた。
あれほど恐怖した悩みがほぼ解消され、やきもきしていた謝罪も済ませることが出来、今こうして何よりも待ち望んだ張遼の温もりに包まれている。
幸せとはこのようなことを言うのだろう。

彼の胸に再び頭を預け、息を吸い込めば、戦場の血と砂埃とは違うやわらかな匂いが肺を充たした。
高鳴った胸の鼓動と、火照った顔の熱ささえ心地良い。
まるで、火鉢の前に敷かれた毛足の長い絨毯の上に裸で寝転んだような、そんな開放感と安心を感じる。

張遼もまた、安堵と満足感を湛えた表情で英瑠を抱きしめていた。
いつかの馬上でのように、寄せられた彼の唇がそっと英瑠のうなじに落とされ、彼女は身じろぎしながら嬉しさに身と心を昂らせた。

「……英瑠殿。私は本当に欲張りだ。
そなたを……このまま、帰したくないと考えてしまっている」

「っ……、文遠様……」

英瑠は密やかな声で紡がれた張遼の言葉に、そっと顔を上げた。
彼が仄めかした言葉には、英瑠の呼吸を奪うのに十分な意味が込められている。
少し遅れてそれを自覚したとき、英瑠の心臓は大きく跳ねたのだった。

そこに寄せられる、張遼の唇。
彼は再び英瑠と唇を重ね、しかし今度は離さなかった。

「っ……、」

英瑠にも何が起こったかはわかる。
反射的に目を閉じ、唇をなぞられた舌を受け入れれば、身体中に電流が走ったような感覚に襲われた。

張遼は英瑠の身体に回していた腕を解き、両手を彼女の顔に添えた。
そのまま、深い口づけを交わしていく。

「っ、ん……」

脳髄が痺れ、英瑠の身体から力が抜ける。ずっと待ち望んでいた温もりは、熱くて、甘くて、溶けるようだと思った。
まるで心臓を直接撫でられたかのような切ない疼きは、たちまち全身に広がって、あらゆる思考を溶かしていく。

張遼が自身を欲張りだと言った理由がわかった気がした。
いくら触れても足りない、満たされない。それどころか、むしろ渇きが深まっていくような気さえする。
離れがたくひたすら甘い、頭がくらくらするようなこの熱には、あらゆる理性を溶かしていくような危うさがある。

英瑠は全身でそう実感し、目を閉じたまま、ただひたすらに。
まるでぬかるみに足を取られるように、その熱に溺れようと――



唐突に足音が耳をつく。

互いの欲に溺れども、そこは武人、人の気配には敏感だ。

二人は半ば反射的に意識を向け、足音がそのまま行き過ぎることを内心願いつつ、しかしそうはならずに足音が部屋の扉の前で立ち止まると、名残惜しそうにそっと唇を離した。
脳を揺さぶる甘い余韻。
だが、その余韻は、扉越しの気配の主――伝令の一言によって掻き消える。

「張将軍。軍師様がお呼びです。至急とのこと」

弾かれるように二人は席を立った。


離れる体が寂寥感を呼び起こすが、心の奥の引き出しに無理矢理しまいこむ。

張遼は自身の唇に移った紅を拭うと、伝令に入室するよう声を掛け、自らも扉の方へ足を向けた。
その背後で英瑠も、乱れた唇の紅を拭い佇まいを正す。その眼差しはすでに武将のものに変わっていた。
彼女からは見えないが恐らく張遼も同じだろう。

鋭く、重い、抜き身の刃のような武の体現者。

戦と無縁な民どころか、戦場に慣れた兵士さえ恐れさせる殺気を放つ傑物。

張遼と対面した伝令は背後の女の姿を見て、一瞬だけ戸惑ったようだった。
が、その顔を見てすぐに女の正体を知るや、彼女の邸宅にも伝令が向かっていることを告げた。
将軍たちの招集。それは、戦の始まりを意味していた。

用件が終わり踵を返す伝令を追うように、英瑠は張遼に一礼すると急いで部屋を後にしようと歩を進めた。
が、胸に灯った明かりに後ろ髪を引かれるように、彼女は足を止め張遼を振り返る。

英瑠の目に映る張文遠という男。彼もまた、彼女が振り返るのを待っていたかのように英瑠を真っ直ぐ見つめていた。

「文遠様……、心からお慕いしております。
今までも、これからも、ずっと」

こんな時に何を、と彼女は口に出した途端に自省する。
しかし言わずには居られなかった。

それは宣言だった。
何日もかかる行軍で会えない日々があれども、激しい戦場で神経を昂らせ血と埃にまみれ武を振るえども、決して張遼への想いが揺らぐことはないという、龍英瑠という女の真摯な宣誓だった。

張文遠はそれを聞いて、間髪入れずうむ、と力強く頷いた。
それから彼は流れるように、ほとんど考える間もなく彼女の宣誓に応え、自らの宣誓を口にした。

「英瑠殿。私の心は、いつでもそなたと共にあると誓おう」


何があっても、揺らがぬものがある。
それは武人としての誇りに似ていた。

己が己を足らしめるもの。
人の命を奪い、自らの命を危険に晒しながら、殺伐と栄光の狭間で混沌とした戦場で力を振るい、それでも己を見失わず、狂わずに居られる絶対的な指針。

必ず戻るとは言わない。戦が終わったら、などとも口にしない。
感傷的な言葉は、たとえば故郷の年老いた母に、あるいは戦とは無縁な寵姫にでも言うべきことだ。

今ここで向かい合っている彼らはしかし、轡を並べる武将同士なのだ。
彼らの双肩には何千何万という、語られぬ将兵の命運が掛かっている。
個人の事情に拘泥している場合ではない。

しかし。
だが、それでも。

二人はそのまま、しばし見つめ合い、小さく頷き合った。
言葉にはしなくとも、束の間触れ合った熱に再び身を浸せる日が来ることを、心の奥で願っていた。

そして、やがて彼らは。

各々が戦装束に身を包み武器を手にすると、将としての気迫を漲らせ、主と軍師の元へと向かって行くのだった――


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