夢の中の獣・壱

※R18です。内容上、裏描写がありますがお話の流れの中での裏描写なので軽めです。
※夢主が見た悪夢の話。途中から現実に戻ります。
※夢主と張遼は通じ合っている設定。同じ陣営に属してますが、とくに他の武将は出て来ません。
※夢主視点と張遼視点が交互に変わります。





夢を見ていた。


これは夢だとはっきり自覚していたわけではないが、どこか現実とは違うことを感じていた。


乾いた大地、土煙を上げて迫り来る敵の大軍。

馬上にあった英瑠は、穏やかな眼でそれを見渡していた。

やがて。
敵が眼前に迫る頃、瞼をそっと伏せ――
ゆっくりと、開いた。

そこにはもはや、平時のたおやかな彼女は無く。

燃える瞳にただ敵のみを映した、純粋な一個の武そのものが。

ただ、それのみが、在るだけだった。




敵を屠る。
手にした方天戟を振るい、足元に散らばる敵歩兵を薙ぐ。

馬に跨がる敵将を視界の隅に捉えると、英瑠はたちまち手綱を御し、自らの馬の腹を蹴って矛先を変えた。

英瑠に気付いて身構える将と、それを守る護衛隊に向けて、咆える。

「私は龍英瑠!! いざ!!」

まるで磁石に引き寄せられたように、馬の速度を緩めず突進する英瑠。
方天戟を躍らせ直線上にいる全ての敵兵を薙ぎ払い、将を囲む護衛隊の片側をすれ違い様に吹き飛ばした。

手綱を操りいななく馬の踵を返すと、開けた突破口目掛けて人馬一体突撃を敢行する。
武器を構える将、開いた穴を埋めようと英瑠に迫る護衛兵たち。
何もかもが遅い。

「お覚悟!!」

両脇から迫る護衛隊の刃を、方天戟の一振りで黙らせる。
先細る視界。

獲物だけを眼に映し、怒りで顔を歪ませる敵将目掛けて方天戟を振りかぶる。
刹那が引き伸ばされ、ゆっくりと景色が流れていく。

弧を描いた戟は、敵将が突き出した槍が届くより先に、その重量でもって将の身体を押し潰し、馬上から叩き落とした。

噴き上がる赤。
呼応して噴き上がる、己の内の炎。
高まっていく熱。
血が沸騰しそうな高揚感。

「敵将、討ち取ったり!!!!」

腹の底から吐き出される叫びは、獣の咆哮。

止まらない。

返り血で白い肌が赤く染まっても。
身の丈に合わぬ、長身で肉厚の方天戟が幾度肉と骨を断ち切っても。

英瑠の乾きは、飢えは、いっこうに治まらなかった。


やがて景色がうつろい、馬ではなく自らの足で地に立ち、茫洋とした夜闇の中で。

亡者のような群れをなし襲いくる敵兵を、ただ屠る。粉砕する。

一振りするたびに高鳴る鼓動。
敵を討ち倒すたびに、昂り疼く身体。

疲労を覚えたわけではないのに息が上がる。

やがて漆黒の闇が辺りを覆いつくし、敵兵が手にしている松明だけが辺りに揺らめく。

その灯りを頼りに、ただ斬る。薙ぐ。

いくら戟を振っても疲れることはない。
筋肉は悲鳴をあげないし、柄を握る手は変わらぬ握力を保ち、敵を討ち倒すたび確かな手応えだけが返ってくる。

しかし、身体の奥から沸き上がる衝動だけが膨らんで大きくなっていく。

何もかも、目茶苦茶にしたいという衝動――
何もかもに目茶苦茶にされたいという衝動。

呼吸がままならなくなり、口からこぼれた舌で無意識に唇を舐めれば、下半身がたまらなく疼いていることに英瑠は気付いた。

「う、ぁ……」

方天戟を握っていない方の手で自らの胸元を押さえれば、服越しの指先に反応して膨らみの尖端から甘い痺れが走る。

欲情、している……

彼女がそう自覚した時には、立つこともままならなくなり、内腿を擦り合わせてその場に崩れ落ちるように座りこんでいた。

手からこぼれ落ちた方天戟にさえ目をくれずに。


いつしか周りの敵兵は消え、揺れる松明だけが辺りをぼんやりと照らし、やがてそれも、松明ではなく別の光に変わっていく。
暗闇の中で青白く浮かび上がる、ひどく懐かしい灯りに。


「はぁ……、はぁ……っ」

身体の疼きは止まらない。
敵を手に掛けた分だけ、身体が疼く。
数えきれないほどの敵を屠ったのなら、その全てが性的な疼きとなって己が身に跳ね返ってくる。

何故だかそんな気がして、英瑠はもどかしい自分の身体を両手で抱きしめながら疼きに耐えていたのだった。



「英瑠よ……
半人半妖と呼ばれる子よ……」

無数の人ならざる気配が辺りを囲む。

しかし英瑠にはもはや、立ち上がる気力も、方天戟を握る気力もないのだった。

粘りつくような闇の中で、青白い炎に照らされた輪郭だけが彼女に手を伸ばす。

「その身体では辛かろう……
我らに身を委ねよ。その疼き、鎮めてやろう……」

『声』の主は誰だかわからない。
特定の誰からではなく、頭に直接響いてくるような気さえする。
その声はまるで、真綿に染み込む水のごとく英瑠の脳を優しく揺さぶり、侵していった。

「身を委ねよ……
ままならない疼きを、我らが解き放ってやろう……」

方々から伸ばされた手が、英瑠の体中をまさぐっていく。
触れられた部分に電流が走り、彼女は自分でも驚くほど甘い声を漏らしていた。

無数の何かは『何かの存在』ではあるのに、それが『何なのか』を知覚出来ない。

人間の気配ではないそれは、それぞれが一つ一つの人間大の存在となって、英瑠の両腕の自由を奪い、身体を地に押し倒した。

もし彼女が平常心であったならば、得体の知れないものに凌辱されんとするこの状況に、何としても抗ったことだろう。

しかし今は、甘く疼く身体と脳を侵す甘い言葉が、英瑠のあらゆる判断力を鈍らせている。

それどころか彼女は、この黄泉か仙郷かわからない場所の魑魅魍魎どもに、身体を委ねることを望んでしまっているような気さえしていた。

「……っ、……」

もはや声さえ奪われた。
いくら声帯を震わせても、声は音となって口から出てはいかなかった。

「英瑠……、委ねよ……」

脳に直接手を突っ込まれたような異物感が、英瑠を蝕む。

身体をまさぐる無数の手は、やがて服の下に潜りこみ、彼女の素肌を撫でて敏感な部分を刺激した。

押し寄せる快楽に何もかも流されそうになりながら、英瑠はきつく眼を閉じるのだった――



瞼の裏は闇だ。
眼を閉じてさえいれば、あらゆる現実が断ち切られ、やがて意識までも闇に落ちる。

そのはずだった。

だが。

いくらきつく瞼を閉じたところで、身体を這う手に身を委ねようとしたところで、意識が闇に落ちようとすればするほど、閃光のように英瑠の脳裏をかすめるものがある。

閃光は一条の光となり、電流となって彼女の脳細胞を駆け巡り、記憶を呼び起こした。


「英瑠殿」


たまらなく懐かしく愛おしい声が英瑠の耳元を撫でる。

弾かれたように彼女が眼を開ければ、しかしそこには先程までの暗闇と、妖しくのたうつ奇々怪々が身体を犯さんと蠢いているだけだった。

そうだ。
何故忘れていたのだろう。

数多の人間を生と死に分かつ戦場にあって、英瑠は決して独りではなかったはずだ。
共に戦う仲間が居て、彼女を慕う兵が居て、そして――

誰よりも鮮やかで、誰よりも強く生を意識させ、誰よりも――
心惹かれて止まない、愛した人が居たはずだ。

その人の温もりを、その人と身体を重ねる悦びを知っていたはずだ。

「っ、……っ!! ……っ!!!!」

彼の名を呼ぼうと喉を震わせる。
しかし声にはならない。

未だ例の声は、
「委ねよ……、我らに犯されよ……」と繰り返していた。
英瑠はその吐き気のするような冒涜的な声を、記憶の中のたった一人の彼の声で塗り潰すと、声にならない声で叫んだ。


『消え去れ……っっ!!! 私は!!
犯されるなら、文遠様でなければ、嫌です!!!』


視界が揺らいだ。





「英瑠殿」


鼓膜を震わせた声にふと目を開けば、英瑠は、今まで自分が眠っていたことに気付いた。

「っ、あ……っ」

全身を支配する甘い痺れに我に返れば、他でもない、先程の悪夢の中で強く意識した張遼その人が身体に覆い被さっていることを知った。

「英瑠殿……、こんな時に居眠りか」

前後の記憶が飛んでいた英瑠だったが、どう考えてもこの状況は情事に及ぼうとしている最中としか思えなかった。

何より、先程の忌まわしき悪夢が本当にただの悪夢だったとわかり、英瑠は堰を切ったように張遼の首筋に縋り付いた。

「っ、文遠様……っ、文遠様……っ!!」

溢れ出る涙が英瑠の頬を濡らす。
その涙に一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべた張遼だったが、何も言わず行為の続きに勤しもうと英瑠の下肢に手を伸ばしていた。

「っ、……」

抱きしめ返してくれない張遼に一抹の寂しさを感じた英瑠だったが、それでも安堵からくる涙はすぐには止まってはくれない。

無言のまま性急に英瑠の下半身をまさぐる張遼は、やがて縋りつく彼女を引き剥がし、雑な手つきで英瑠の脚を開くと猛ったものを強引に捩じ込んだ。

「やっ……、っ!」

胸を掻きむしられるような寂しさが英瑠の全身を満たしたが、同時にたまらなく身体が悦ぶのも自覚していた。

「ぶ、んえんさま、あっ、急に、……あっ!」

まるで道具のように英瑠の太腿を抱え、獣のようにがつがつと乱暴に突き上げ始める張遼。

そのいつもとは違う気配に英瑠は、薄々とこれも夢なのではないか……、と感じはじめていた。

しかし、夢とは言え得体の知れない化物に襲われるのではなく、相手は現実でも誰より慕っている張遼。

それならばたとえ夢であっても悪くない、たとえ強引で冷たくとも、愛している人ならば――と、英瑠は激しく身体を揺らされながら考えた。

「文遠さま……っ、駄目ですっ、そんなに……っ!」

壊れるほど奥を突かれ、目茶苦茶な快感に身をよじって逃げようとすれば抗うなというように腰ごと抱えこまれ、甘い言葉のひとつもなく冷たい切れ長の眼はただ英瑠を見下ろし、奥を嬲って突き上げる。

哀しさと快楽でまた涙が溢れ、上り詰めてしまう――
というところで、唐突に、ぶつりと意識が途切れたのだった――







眼を開く。


最低限の灯りしかない、夜闇の中。

見慣れた天井は、寝泊まりしている自室のものだった。

英瑠は手を握ってから開き、四肢が自由であることを確認すると、弾かれたように身を起こす。

寝台の上。
英瑠の周りには誰も居なかった。
寝巻もきちんと着込んでおり、痛む頭が今までのすべての光景は夢だったのだと告げる。
たしかな現実感。冴えていく頭。

すべて、夢だった……

この、身体の疼き以外は。


――ふと、扉の外に気配を感じる。
それは、何よりも誰よりも見知ったもので。

「……文遠さま」

渇いた喉で英瑠がそう口にすれば、軋む音を立ててゆっくりと扉が開かれたのだった……。



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