13.開かれた道


一旦撤退した曹操は、軍を立て直し、再びエン州に攻め寄せた。

彼は守りの強固な濮陽ではなく、戦略的要所の定陶に軍を進めるのだった。
これによって定陶太守・呉資は孤立してしまい、呂布に救援を求めた。

それを聞き、勇んで出陣しようといきり立つ呂布たちを、陳宮が慌てて押し留める。
陳宮は曹操の目論見を頭の中で推し量っていたため、迂闊に呂布を出陣させるわけにはいかないと考えていたのだった。

しかし武を頼りにする呂布には、機を見て慎重に事を進めるなどという選択肢ははなから無い。
焦る陳宮が、頭を回転させこの状況における最善策を模索する。


そんな時。
緊迫した雰囲気の中、一人の男が堂々とした足取りで現れた。

華雄。
いつかの戦で窮地を脱し、命拾いをした武将。

「ようやく借りを返せるな」、と口にした彼は、ちらりと英瑠に目をやったあと、呂布を見据えて言った。
「呉資は俺に任せろ。お前はそこの軍師と共に曹操をやれ」、と。
歴戦の勇士・華雄から放たれる確かな頼もしさに、陳宮も納得し了承するのだった。

陳宮や華雄は気付いていた。これが定陶に呂布をおびき寄せる、曹操の罠であることに。
知った上で裏をかき、華雄だけがその誘いに乗って呂布のふりをして定陶へ向かい、呂布たちはその隙に鉅野へ向かうことにしたのだった。

ここで陳宮は英瑠を呼び、あることを指示する。
英瑠は驚いたようだったが、事情を聞き、力強く頷いた。
そして、そんな彼女の背後から現れたのは――


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曹操軍。
彼ら将兵は、鉅野に向かっていた。
あの呂布が定陶に向かったため、手薄になった鉅野を攻める為だった。

だが、その目論見は早くも崩れる事となる。
定陶で暴れていたはずの呂布軍が、目の前に現れたからであった。
彼ら将兵は、呂布軍の圧倒的な武を前にして浮き足立った。
それでも、数の上では曹操軍の方が有利。何とか敵を分断しようと指示に従って戦い続ける。
しかし、彼らの前に新たな敵影が立ち塞がった。

「呂布殿! ご無事であったか! この戦、我らも加勢しよう!!」

現れたのはあろうことか劉備軍であった。
呂布軍と劉備軍に挟まれた曹操軍は戦意を失い、押されて行くこととなる。

一方曹操は、同時に呂布軍本陣にも兵を差し向けた。
定陶や鉅野に揺さぶりをかければ、呂布はどちらかを救援に行かなければならなくなる。
その隙に本陣を叩いてしまおうという策だった。

しかし。

呂布軍本陣に攻め寄せた彼らが見たものは、ぎらぎらと鈍い光を放つ方天戟を手にし、馬上から敵を見据える女将軍だった。
将の外套を翻した彼女は、勢い良く曹操軍に突っ込み、方天戟を振り回し陣を裂いた。

あれが方天戟の妖怪だ、そんな声が兵から漏れた。
いや、あれは方天戟を使う呂布の妹だ。いやいや、半人半妖だと聞いた……
どうでもいい情報ばかりが錯綜する。
そして。乱れる彼らの前に立ちはだかる、敵影。

「控えよ! 名族の軍の到着である。
呂布よ、かつての誼で助けに来てやったぞ」

袁紹。華北の雄。彼は曹操の旧友だったはずだ。
それが今、呂布を助け、曹操軍に刃を向けている。

そうこうしているうちに、定陶の曹操軍を蹴散らし、鉅野を劉備に預けた呂布が本陣へと帰還してくる。
曹操は作戦の失敗を悟り、自らの本陣へと撤退して行くしかないのだった。


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「あなたは……、どうしてここに……!」

――戦の前、英瑠の背後から現れたのは、他でもない英瑠の弟だった。

「姉様。姉様は戦のために、自身と兵の鍛錬や軍務に精を出されていましたよね。
その間、私が何をしていたかご存知ですか」

「いえ……。たまに顔を合わせた時、兵法書などを読んでいたのは知っていますが」

「……曹操は、ここ本陣にも兵を送ってくる可能性が高いと思います。
そのため、本陣の守りも固めておかねばなりません。
もちろん定陶や鉅野にも人員を裂かなければならないため、ここ本陣には姉様が残っていただきたいと思います」

「!? あなた、なにを言って…… まさか」

「そのまさかです。私は姉様について長安を追われてから、自分に何が出来るかずっと考えていました。
以前姉様にも話したと思いますが、私の武器は、この首から上。
陳宮様が我が軍にいらっしゃってからは、陳宮様に頼み込んで、その知略をご教示賜っていたのです」

「!!! なっ……、」

英瑠はたいそう驚いて、弟と陳宮を交互に見やった。
陳宮はひとつ頷いて、
「英瑠殿の弟君は覚えが早く、筋が良いですぞ。
姉には武、弟には知。互いが互いに無いもので支えあうは、私と呂布殿にも通ずるものがありますな。」
と満足そうに述べるのだった。

「軍師様……!! 弟がお手を煩わせてしまい、大変申し訳ありません……!
まさかそんな無礼なことをしてしまっていたとは……!」

「別に迷惑だとは思っておりませんぞ。
それより英瑠殿。もう一度おっしゃっていただけますかな?」

「? ……、弟がお手を煩わせてしまい――」
「そこではありません!! その前ですぞ!」
「っ……? 軍師様?」

「それです!!! 軍師様!! 良い響きですな!!!」

「…………、」

陳宮は軍師様という呼ばれ方に大層満足したように、興奮した様子で両腕を広げ口にした。
思わず「はい、」としか答えられなかった英瑠と、苦笑を浮かべる弟。
やがて陳宮は咳払いをしてたたずまいを正すと、自分の考えは全て英瑠の弟に伝えてあると言い、策に従って動くよう二人に念を押したのだった。


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「敵の退路は必ず、必ず本陣へ通ずるはず。さあ呂布殿、ここからが本番ですぞ!」
「任せておけ、陳宮。俺の前に立つものは全て薙ぎ払ってやる!」

呂布軍は撤退した曹操軍を追撃した。
やがて本陣の場所を特定すると、彼らは総力を挙げてこれを攻め立てた。

「姉様、伏兵に気をつけてください」
英瑠の背後で、陳宮の教えを受けた弟が彼女に助言をする。
英瑠は心なしか馬の扱いがおぼつかない弟の身を気にかけつつもその言うことを素直に聞き、注意深く軍を進めた。
そして曹操軍の伏兵を発見すると、裏をかいて敵を攻め、これをことごとく敗走させたのだった。

「呂布……暴れるだけの獣と思っておったが、乱世で化けたか」

こうして呂布軍は、数々の助勢により定陶での戦いを制し、曹操を完全にエン州から追い払うことに成功した。

呂布は陳宮の知略を認め、
「陳宮、お前は俺には見えないものが見える。その力、これからも俺のために使え」
と告げた。
対する陳宮も、
「無論、いつまでも、どこまでも! 私は呂布殿の天下のためにあるのですぞ!」
と、意気揚々と答えるのだった。
二人のやり取りは、呂布軍のこれからを期待させるものだった。

彼らは今度こそ本当に、拠って立つ地を得た。
たしかな城や土地は兵に安心感を与え、馬や武具を揃え軍を精強にすることにも繋がる。
張遼が言った、
「世のすべてを戦で制し、その頂に立つ。それこそ、まさに呂布殿の天下!」
という言葉。

武で天下を取り、乱世を終結させる。

そんな輝かしい光景に想いを馳せたとき、英瑠は初めて、自分が何か大きな流れの中に居ることを実感するのだった。

何も考えずただ刃を振るい、目先の敵を倒すのとはまた違うもの。
敵を斬った先に、たしかな未来が見える。
進むべき未来に向かって力を使うこと。主である呂布を支え、軍を率い、仲間と共に戦うこと。
そこには揺るぎなき意味と意義があるのだと、彼女は雷に打たれたように実感したのだった。

彼女は広大な大地を見渡し、ゆっくり目を閉じた。
そして、ゆっくりと開く。
その双眸は決意と、意志と、漲る闘志に彩られ。

一寸も、闇の入り込む隙間など無かったのだった。



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