12.軍師参上


長安を追われた呂布たちは、袁紹の元に身を寄せていた。
拠城を失ったことで兵は大幅に減り、今は将たちと一部の兵を残すばかりであった。

袁紹は常山の張燕と戦の最中であった。
彼は呂布に兵を与え、張燕の討伐を命じた。
呂布に従う張遼や英瑠らは、袁紹から受けた恩を返す為に武器を振るい、時には袁紹に助力しよく戦ったのだった。

しかし呂布は、自分の求める武はここには無いと、袁紹の元も去ることにする。
それはまた、呂布に従う張遼や英瑠も同じだった。
去り際に袁紹が発した、
「お前の戦に名族の力が必要な時は、この袁本初、必ずや駆けつけよう! 名族は恩を忘れぬ。絶対にである!」
という一言だけがやけに耳に残った。

呂布の武は、もはや誰かの下に収まるものではない。
呂布の武が切り開く未来に胸を熱くする者らは、彼についてさらに流浪の旅を続けるのだった。



「……何を読んでいるのですか?」
「姉様。……これは兵法書です。
いつか、姉様たちの役に立ちたくて」
「兵法書…? 兵法を学んでいるのですか?」

「はい。私が多少なりとも自慢出来るものは、頭脳しかありませんから。
役人の勉強だけしていても軍中では無力。
私はいずれは従軍して、知略を以て姉様たち武将の方々の力になりたいと思っています。
……とは言え、独学ではなかなか成果は上がらないのですが」

「そうですか。ではこの私もあなたを見習って、武芸を磨くだけでなく兵法も学ばねばなりませんね。
単純な武に頼ってばかりでは、勝てない戦もありますものね……!」



そんな折、呂布の元にとある使者が訪れた。
とある使者は、張バクと共に反曹操を掲げ、曹操不在のエン州を強襲するべきだと説いた。

使者の主の名前は陳宮。字を公台といった。
陳宮は曹操配下で、東郡の守備を任されていた。
彼は、反董卓連合の戦の際にまみえた呂布の武に惹かれ、呂布につくと心を決めたらしい。
そのために、エン州の濮陽を攻略すべしと、呂布を誘うのであった。
呂布はそれに応じ、陳宮を軍に迎えると、濮陽に兵を進めることとなった。



「貴公が人間ではないと噂されている女将軍、龍英瑠殿ですかな?」

陳宮は英瑠に会うとまず、彼女の繊細な部分についていきなり口にした。
英瑠が言葉に詰まりながらもそれを肯定すれば、彼は英瑠を品定めするように頭から足の先までじろじろと観察し、やがて、ふむ……と一言呟くのだった。

あたりには部下の兵しかおらず、誰かに話を振ることも出来ないこの状況をどうしようかと英瑠が戸惑っていると、陳宮は手をひらひらさせながら口を開いた。

「これはこれは……、思っていたのと大分違いますな。
……いや失礼。
貴公の奇妙な噂ばかりが耳に入ってきましたゆえ、是非、是非この目で確かめようとした次第。
お気を悪くされたら申し訳ない……。

あの虎牢関で、長安に撤退していく董卓軍から離れて前線に駆け付けた、一騎当千の女武将が居たという話……
何でもその女人は、人間の女に化けた方天戟の妖怪で、刃を振るえば必ず狙った獲物に当たり、掠っただけでも呪いによって死を免れないとか……
その妖怪方天戟は、同じく方天戟を使う呂布殿の武に惹かれ、その力を貸した……という話を聞きましたぞ。」

「………………。」

英瑠は、無表情でその場に固まった。

突拍子もない陳宮の話はまるで、勇んで対峙してきた好敵手がこれみよがしに抜いた剣がまさかの刃折れで、本人はそれに気付いておらず気迫だけがやたらとこちらに向けられているような、そんな気まずさを感じさせるものだった。
そんな相手には、まず剣を取り替えよと言ってあげなければならないのだ。

しかも、呂布の武に惹かれたという末尾だけが微妙に合っているからこれまた腹立たしい。
だいたい、必ず当たるとか掠ると死ぬとかいう話は何なのだ。どこぞの伝説じゃああるまいし。
それに、英瑠が手にしている武器は方天戟だ。
これでは、人間に化けた方天戟の妖怪が方天戟を振るっていることになる。どう考えてもおかしいではないか!

英瑠は苦笑いを浮かべると、どこでどう尾鰭がついたのか皆目検討もつかない噂を一から訂正し、そこまで禍禍しくはない身の上を語るのだった。

陳宮は一通り英瑠の話を聞くと、ひとまず人間の血は流れているのですな、と安心するように呟いた。
その上で、「そういうことなら、遠慮なく貴公も私の策に組み込ませていただきますぞ……!」と、嬉々として述べたのだった。

英瑠は、何故曹操の下を離れ呂布軍に来たのかと陳宮に訊いた。
彼は、「曹操など、董卓の暗殺もまともに出来ない男……」と冷ややかな目で言い放ち、その上で、呂布軍には武勇あれど知略に優れた者は無しと語った。
ゆえに、そこに自分の知略が入り込む隙がある――というのが、彼の言い分らしかった。

呂布の武と陳宮の知。
それらが上手い具合に合わされば、天下に敵は無し!と、陳宮は芝居がかったような興奮した調子でまくしたてた。

その様子を呆気に取られて見つめていた英瑠であったが、やがて力強く頷くと、頑張りましょう!と拳を握り、これからも戦い続ける決意を新たにするのだった。




曹操の居ぬ間に濮陽を攻める呂布軍。

英瑠は陳宮の指示に従い、城内の曹操軍を丁寧に狩りとっていった。

彼女が将の証である外套を翻すと、曹操軍の兵たちは動揺し、口々に叫んだ。

「方天戟の化け物女だ!!!」

「…………、」

英瑠は陳宮の話を思い出し、何故噂がここまでねじ曲がって広まってしまったのか首を傾げた。
そして、ため息をひとつつくと息を吸って、叫ぶ。

「我は呂布軍が将、龍英瑠である!!
我が方天戟の餌食になりたい者はかかって来なさい!!!!」

振るった方天戟がぶん、と音を立て、敵の将兵を威圧する。
彼女の横では、彼女をよく知っている同郷の配下が変な顔をしながらそれを見ていた。

英瑠は大袈裟に戟を振るいながら、「があぁぁぁ!!」と、威嚇するような獣じみた声まで上げていた。
果たして隣の仲間は、それが『やけくそ』と呼ばれるものだと知った。
しかしそれには触れずにおこうという顔をして、そっと目を逸らすのだった……。



やがて呂布軍は濮陽を制圧し、全てとはいかなくとも曹操軍の大部分をエン州から追い出すことに成功した。

陳宮は、戦が終わったあとで英瑠に言った。
「貴公が派手に暴れて兵を引き付けてくれたおかげでとても、とても作戦が立てやすかったですぞ!!
獣のようで妖怪のような、血に飢えた女武将!!
敵を畏怖させるにはうってつけですな。
獣の鳴き真似も堂に入っていたとの報告もありましたぞ。
ふぅむ、あなたはそう、そうですな……、さしずめ獣将軍……、
いや、妖将軍という呼び名はどうですかな?
かつての天公将軍よりもよほどご利益が有りそうで……

と、英瑠殿!?
そのように泣きそうな顔をされると私は、私は困ってしまいますぞ……!?

あっ張遼殿、良いところに」

「……っ!」

颯爽と二人の前に現れた張遼は、やや憮然とした様子で告げた。

「陳宮殿……! あまり英瑠殿を茶化さないでもらいたい……!
もし彼女を侮辱するつもりなら、この私にも考えがありますぞ」

「……!!」

英瑠はこの時ほど張遼が輝いて見えたことは無かった。
否、普段から精悍で清廉だと良く思ってはいたが、ここで助け舟を出してくるのはいくら何でも卑怯すぎるだろうと思った。

心臓を思いきり握られたように胸がつまり、たちまち顔に熱が広がった。
もはや、張遼の顔をまともに見ることすらできやしない。
人とは、なんとたやすいものだろう。

「これはこれは申し訳ない……
英瑠殿を侮辱する意図は一切、一切ありませんでしたが……
誤解なきよう言っておきますと、私は英瑠殿の力を、力を認めておりますぞ……!
どうか、それをお忘れなきよう……!!」

陳宮が腕を広げて大仰に謝罪を述べると、すっかり顔を赤くしていた英瑠はこくこくと頷き、大事がないことを伝えた。
そして、今一度張遼への懸想をはっきり自覚してしまった彼女はそのまま、その場から逃げるように鍛練に向かってしまうのだった。

まるで煩悩を振り払うようにいつもより鍛錬に熱が入る彼女の姿に、事情を知らない兵たちは、重要な戦が近いのだなと実感する。
彼らは、ようやく得た拠城を守らんと、士気を高くしたのだった――



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