宴・前

※滅茶苦茶甘々です注意!! R18。後編はいきなり裏描写です。
※魏軍設定。夢主と張遼は通じ合ってますが周りには言ってない設定。
※年齢や細部については深く考えてはいけません。ほとんど張遼視点です。



とある吉日。
曹魏を束ねる曹操の主催により、酒宴が開かれることになった。

それは、陣営内だけの内輪の宴ではなく、国を背後で支える各地の名士や大富豪を招いての接待のような酒宴だった。
その宴には、いかに曹操の勢力が精強で盤石かを示すために、主要武将や文官たちも同席するように曹操から言い渡されていた。

中でも武将たちは、普段血生臭い戦場とは無縁な上流階級の重鎮たちを楽しませる為に、一種の華としてその戦話を酒の肴にすることを求められていた。
また、豪奢で艶やかなものも好きな富豪たちにとっては、目の保養として美女の舞も重要な要素なのであった。

そんな事情の中、『武』と『女』を兼ね備える存在が槍玉に上がらないわけがない。
龍英瑠。
幾度も戦場を駆けた万夫不当の女武将。
怪力にて、かつての鬼神呂布を彷彿とさせる方天戟を振り回す半人半妖。

勿論曹操の下には甄姫や蔡文姫や王異など戦場に出る美女は居たが、今回王異は不在な上、そもそも夫が曹操の息子である甄姫や、父が高名な人物かつ本人の才能も曹操に一目置かれている蔡文姫に対して、財力と育ちの良さだけが取り柄の富豪や有力者が手出し出来るはずもなく。

元々立場など抜きにしても楽器を奏でる才のある彼女らは優雅な演奏で宴に貢献することが出来る為、つまり必然的に白羽の矢は特に後ろ立てのない英瑠に立ったのだった。

今回宴に招かれた要人のうち何人かは、実際に武器を振るう彼女の姿を見たことが無かったにも関わらず、「麗しい独身の淑女にして一騎当千の猛将が居る」という噂だけを聞いて英瑠に勝手な想像を膨らませ、以前からたいそう興味を持っていたらしい。

想像や伝聞上の龍英瑠という女武将に執心した彼らはとうとう、金に飽かせて婦人用のきらびやかな衣や装飾品を彼女に贈りつけた。
気付けば部屋に運び込まれているそれらに当然英瑠は戸惑ったが、しかし贈り主たちの手前受け取らないわけにもいかず。

彼女は贈り物が届くたびに、贈り主たちにはやんわりと『女性である私個人ではなく曹操軍の武将として頂戴致します』と、遠回しにその気はないですよと丁寧に礼状にしたため、曹操に報告した上で贈り物を全て献上しようと試みたのだった。
だが曹操は、おぬしに贈られた物なのだからおぬしが取っておけと言うだけで、受け取ってはくれず有効な助言も与えてはくれなかった。

自分は女とはいえ武に生きる将であり、そもそも夫という立場の者は居なくとも、情を通わせている人間が居ないわけでは無く……、
しかし表立ってそれを言うのもどうかと思うし、今後の利害的なものも考慮した上で、何とか角が立たないやり方で断るにはどうしたら良いかと英瑠が困っていた矢先の、今回の宴。

しかし曹操はあろうことか英瑠に、今までの贈り物を身につけて宴に出ろと命じるのだった。
戸惑う英瑠に曹操は、
「なに。わしとて、おぬしをただの金持ちにくれてやるつもりはない。
ただし宴には、言った通り贈り物の服や装飾品を身につけて出よ。
武将などとは露ほども思わせないほど着飾ってな。わしに考えがある」
と言い放った。

その言葉に耳を疑う英瑠だったが、しかし曹操の目は冗談を言っている風ではなく。
彼女がこれは何かあると曹操を信じて頷くと、曹操は英瑠を近くに寄らせ、何かを小声で指示するのだった。


***********************


宴の日。

曹操軍の武将、張文遠は、宴を前にしてとある廊下に一人立っていた。
彼は深刻そうな顔で腕を組み、ふと空を見上げたかと思えば建物に目をやるなど、心なしか落ち着かない様子であった。
そこに曹操がやってきて、張遼に声をかけた。

「張遼。おぬしここで何をしておる」
「はっ……、特に何も。ただ……、考え事をしておりました」

「おぬしは嘘が下手よの。
それほど気もそぞろになっているおぬしを見たら、誰だって不思議に思うであろう」
「っ……、」

「英瑠ならしばらく来ぬぞ。女子の準備には時間がかかる故……」

張遼はハッとして曹操の顔を見た。
しかし曹操は意に介さず、淡々と続けるのだった。

「そうだ張遼、おぬし、英瑠の様子をちと見て来てくれまいか」
「!!!」

「……何だその顔は。
聞いておらんのか? あやつは今日、武将姿ではなく舞姫のように着飾って宴に出るのだぞ。

……ほほう、その反応を見るに、何も聞かされておらんようだな。
その感じでは、あやつが金持ちの若造どもからちょっかいをかけられて、服だの装飾品だのを贈られて困っているのにも気付かなかったのであろう。
だからわしが今回、宴にそれらの贈り物を身につけて出よと英瑠に命じたのよ」

張遼は、頭を殴られたような衝撃を受けその場に立ちつくした。

英瑠が一部で噂の的になっていたのは知っていた。
しかしそれは、半人半妖だの獣の女だの、珍獣を見るような遠巻きな好奇の視線だとばかり思っていた。勿論それも腹立たしくはあるが。

まさか、英瑠が、一人の女性として粉をかけられているとは……。
思いもよらなかった、というのが張遼の率直な気持ちだった。
彼女はそんな素振りは見せたことが無かったし、困り事を張遼に相談することも無かったからだ。

それにそもそも、張遼と英瑠の関係は他人には口外しては居ないはずだった。
人目を完全に忍んで密会をしているというわけではないが、今まで誰にも突っ込まれたことは無かったし、誰も気にしないのだとばかり思っていた。

だが曹操がここで英瑠の話を振ってくるということは、二人の関係が曹操にも知られているということなのだろうか。
しかも、それを知った上で彼女を着飾らせて宴に出すというのか。

張遼は様々なことを考え、怒りや不信感を口には出しはせずとも無意識に眉根を寄せていた。
そんな張遼の内心を察したのか、曹操は呆れたように口を開く。

「頭に血が上るのはわかるが、まずはわしの話を聞けい。
英瑠がおぬしに事の子細を告げずにおったのは、おぬしに要らぬ心配をかけたく無かったからであろう。
あやつは、向けられた好意を『将として』受け取り、『将として』主であるわしに報告したのだ。
曹操軍の将としての威光に贈られた物であるから、所有権は主君にあると言って贈り物を全て献上しようとしてな。
組織の一員としては正しい対応だと思ったが、おぬしはどう考える?

そこまであやつが私情を完全に封じる必要があったのだと考えると、義理立てする相手がおったのだとしか思えんだろう。
のう張遼。おぬしにも見えるであろう……?
立場を優先させながらも、何とか貞節も尽くそうとする女心のいじらしさが……」

曹操の言う通りであった。

想い人への貞節ばかりを優先させ要人からの贈り物を突っぱねていれば、角が立ち曹操に不利益になったかもしれない。
かと言って張遼に相談していても、きっと彼に嫌な想いを抱かせるばかりか、張遼の手を煩わせることになっただろう。

張遼は曹操から英瑠の事情を聞いて、ようやく、得心がいったように深く頷いていた。
彼は、『数日前から彼女がよそよそしくろくに会話も出来なかったため、宴の前に言葉を交わそうと彼女が通るのを待っていた』
などという今しがたの自分の行いを軽率だったと内心恥じた。

しかし、まだ疑問は残っている。

「私の軽率な考えから殿に事情を説明させてしまい、大変申し訳ございません。
しかし……、まだ腑に落ちぬ事が」

「宴のことか? それについてはおぬしと言えど、ここでは言えんな。
わしを信じろ張遼。くれぐれも、宴で早まったことをしでかすでないぞ。
何があってもだ。わかったな」

曹操は声を低くして、張遼に念を押した。
その眼光は鋭く、張遼は素直に了承するしかないのだった。

「して、張遼。まだ宴まではだいぶ時間がある。
宴のため英瑠は、慣れない身支度に精を出していることだろう。
おぬし、英瑠がきちんと支度出来ているか見て来てはくれんか。
おかしな格好をしているようだったら口を挟んでやれ。
客たちを興ざめさせてはかなわんからな」

「っ、何故私が……
私は武人。華美な世界はわかりかねまする。
そういった役目ならば、もっと適任がおりましょう。
それに、まだ時間があるなら支度の途中なのでは……」

「まだ時間があるにも関わらず手持ち無沙汰で女を待っていた奴に言われとうないわ。
……なに、男としてどう思うかを率直に伝えれば良かろう。
まさかおぬし、鎧をまとっている英瑠でないと駄目などと言う気ではあるまいな」

「っ……!」
「冗談よ。英瑠と話がしたかったのであろう、早く行け張遼」

曹操に追い立てられるように急かされた張遼は、内心腑に落ちない気持ちを抱えつつも、英瑠の部屋に向かったのだった。





「っ、文遠様……、どうぞ」

英瑠の控え室に行き使用人に声をかけ取り次いでもらうと、ややあって中からの声が張遼を招き入れた。
張遼が部屋に入ると、入れ違いで英瑠の世話をしていた使用人たちが出て行き、それらに軽く目をやってから二人だけになった室内で、張遼はあらためて英瑠に視線を向け――

息を呑んだ。

「あ……、あの……
これは殿の言い付けで、その……
殿は、宴の前に文遠様が来るだろうから早めに着替えて準備をしておけとおっしゃいまして……、」

英瑠の言に、本来の張遼ならばここで曹操に謀られたことに気付いただろうが、しかし今の彼にはそんなことを気にする暇すら無いのだった。

「あ……、いえ……、
この服装は……、この服や装飾品は、本日いらっしゃるお客様たちから頂いたものなのですが……
宴には、それらを身につけて出よと殿からのご命令でして……」

張遼が何も知らないと思い一から説明をしようと、英瑠は言葉を選びながらたどたどしくいきさつを口にする。

そこに立つのは、とても武将などとは思えない一人の着飾った女だった。

――見るからに高価で煌びやかな布で織られた衣。
触れずとも肌触りが良さそうだとわかる生地の薄いそれは、彩るように英瑠の身体を包み、寄せ上げられた胸元からきつく締めた帯の細腰、そして下半身に至るまでゆるやかな曲線を描いている。

目元を彩る蠱惑的な化粧と頬に乗せられた紅、艶やかに濡れて色づく唇。
結い上げられた髪に差し込まれた簪には美しく磨かれた玉があしらわれ、優雅に飾りを揺らしている。
そして、惜し気もなく晒したうなじや胸元の白い肌がただ、目の眩むような色気を放っていた。

張遼は、何とも形容しがたい気持ちに襲われていた。
無理矢理たとえるなら、普段被り続けていた愛用の帽子。
その帽子の端に刺繍があしらわれていたとして、そのことは知っていたがほとんど気にも止めずにいたところ、ふとした時にその刺繍の美しさに気付き、目が離せなくなってしまったというような。

どうして今までそれに目を留めなかったのか軽く後悔を覚え、改めて帽子全体を見渡してみれば、その刺繍が果たしている魅力に改めて気付かされたような。

英瑠の普段の姿は見慣れている。
その尋常ならざる武のためかほとんど意識しないが、しかし装いを変えた彼女は、ただ身体の小さな「女性」なのだ。
なにもかもが無骨な男とは違う。

「文遠様に謝らなければいけないことがあります……。
ここ数日、よそよそしい態度を取ってしまい申し訳ありませんでした……。
宴に出よと言われ……それ自体は殿に口止めされていたわけではないにも関わらず、どうしても文遠様にこの衣装の件を言う勇気が出なくて……」

「…………」
「わ、私の心が臆病だったからなのです……!
この格好をお見せしたら、文遠様がどう思われるか……」

「……、それは、そのような格好をすると知ったら、私が怒ると思ったからか?」

反射的に言葉が出てしまっていた。
英瑠が一瞬だけ驚くような表情をして、張遼はしまったと思った。
めかし込んだ女に対し、褒めるよりも先に詰問するなどいくら何でも無神経に過ぎる。

張遼は、いましがたの彼女の言葉に、先の曹操から聞いた男たちの贈り物の話を思い出し、つい本心を口走ってしまったのだった。

「……、怒るというか……、このような格好を見て、似合わないと、滑稽だとお感じになるのではないかと思いまして……
もしそう思われたら、怖いと……恥ずかしいと、臆病ながら、思ってしまいまして……」

英瑠は張遼の言葉の真意に気付かずに目を伏せながら告げた。
張遼は、自らの軽率を恥じる気持ちと、彼女を宥めたい気持ちに挟まれてすぐには言葉を返せなかった。

張遼が口をつぐんだことを悪く受け取ったのか、英瑠は自嘲めいた泣きそうな顔のまま黙りこんでしまう。
焦る気持ちを落ち着かせ、張遼は何とか口を開いた。

「……英瑠殿」

張遼はなにもかも、自らの不器用な弁舌ではこみあがる感情を言葉には出来ないと実感していた。

だから黙って、彼女にそっと近付いた。
側に寄ると英瑠からはふわりと蠱惑的な香が漂い、咄嗟に手を伸ばしそうになった張遼は慌てて背を向けた。

「っ……、」

悲しみに塗り潰された気配が背中越しにもはっきりと感じられ、張遼は高鳴る胸を抑えながら告げる。
「とてもよく似合っている」
と。

「文遠様……」

「しかし、その姿はいささか刺激が強いように感じるがいかがか。
少なくとも私は、今のそなたの姿を直視できぬ」

言ってしまってから、張遼はまた後悔を覚える。
何故、胸の内を明確で正確に言葉に出来ないのか。
案の定、張遼に言い切られた英瑠は、そうですか……と寂しそうに答えてしまった。

不器用な張遼にも、彼女に何とか訂正をしないといけないことはわかっていた。
しかし今の着飾った英瑠と向きあってしまえば、冷静に言葉を紡ぐ自信がなかった。

「……」

英瑠は、化粧が取れてしまうことを恐れてか涙を零さぬよう上を向いた。
すんと鼻を鳴らす彼女が涙を堪えているのだと知った張遼は、矢を撃たれたようにたちまち彼女に向き直った。

そして決める。不十分でも、遅くとも、本心を彼女にわかってもらうまで打ち明けようと。

「……英瑠殿。無神経な発言をしてしまい、申し訳ない……。
私は、今の英瑠殿をとても美しく魅力的だと感じている。
しかし、私は……、英瑠殿がどこぞの男たちから求愛されていることに気付かなかった自分に、怒りを覚えているのだ」

「っ、それは……!」

「そして、その装いの英瑠殿を男たちの目に晒すことに不安を感じている……!
いや、それだけではない。
英瑠殿の普段とは違う魅力を今日改めて実感したこと、そしてそれを気付かせたのが男たちの贈り物と宴という機会だったこと……
それが何とも、自分が情けなく、腹立たしい……!
英瑠殿の苦労も知らず、自らへの怒りと身勝手な嫉妬を覚えること自体、恥ずべきことであろうに……!」

「文遠様……」

「すまぬ英瑠殿……悲しい思いをさせるつもりはなかった。
どうか許して欲しい」

「いえ、そんな……!
私こそ、殿の指示を仰いだあとすぐ文遠様に報告すれば良かったのに……
どう思われるかが怖くて言い出せなかったのです……!
醜くも、文遠様のお気持ちよりも自分の保身を優先させてしまったこと、とても申し訳なく思っております……!
本当に……、申し訳ございません」

「英瑠殿……」

二人はわだかまっていた胸の内をひとしきり明らかにすると、手を伸ばせば互いに届く距離で見つめ合った。

改めて目にした英瑠の姿に張遼は、本心を明らかにしたにも関わらず自らの胸の内の熱が冷めるどころか高まっていっていることを不思議に思った。
そして気付く。部屋で彼女の姿を目にした時から、自分が何を求めていたのかを。
さらに、今更気付いたところで、もはや冷静に己を律することなど出来はしないことを。

英瑠は何かを待つように小さく微笑んで張遼を見つめたままで、自らを蝕む熱の大きさに限界を感じた彼は、ゆっくりと口を開いた。

「……英瑠殿。その姿が刺激的だと言ったのは本心だ。
今のそなたは魅力的すぎて……私はこれ以上、自分を抑える自信が無い」

「っ……!」

そっと英瑠に伸ばされる張遼の腕。
その腕が彼女を捕らえた時、英瑠はそれを待ち望んでいたように彼に身体を預けるのだった。

「文遠さま、」

「……、私はそなたが愛おしくて堪らん。
その姿を、この手で乱したいと思ってしまっている。

英瑠殿、頼む。
私の手を振り払って欲しい。
でないと、私はそなたをこのまま汚してしまいそうだ」

「文遠様……!」

言葉とは裏腹に、張遼の腕は英瑠の腰をしっかりと抱き寄せ、己の下半身に密着させている。
服越しでもわかる硬いものが彼女の下腹部に当たり、英瑠はようやく張遼の状況を察したらしく顔を赤らめた。
しかし身体を離すことはなく彼を見上げ、秘やかな、他の誰にもしないであろう熱を帯びた声で、ゆっくりと彼に告げるのだった。

「はしたないとは思いますが……私とて、その気がなければこんなふうに身体を預けたりは致しませんよ……」

英瑠は、化粧を施された頬を朱に染め、両腕をそっと張遼の首に回して彼の反応を伺っていた。

「英瑠殿、本当に、冗談では済まないぞ」

念を押すように、今ならまだ引き返せると言外に告げる彼の目には、はっきりと欲情の色が浮かんでいた。

「まだ多少時間はあります……
髪の結い方も、化粧の仕方も帯の締め方も、一人で手早く出来るよう何度も繰り返し練習しました……」

しかし英瑠は声を潜めて張遼の耳元でそう返し、暗に、乱しても良いのだと仄めかす。

「……いつまで経っても、その声にだけは逆らえる気がしないな」

観念した張遼も秘やかな声でそう返すと、一瞬見つめ合ったのち、彼女の唇を塞ぐのだった。




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