2.出会い



龍英瑠。
地方役人の娘にして、半人半妖だと噂される娘。

彼女は今、町を離れ、人気のない寂れた街道を一人歩いていた。


きっかけは、滅法腕の立つ女が修業がてら様々な依頼を人々から受けこなしている、という話をとある商人が聞き付けたことにあった。

必要があれば護衛から運び屋まで、何でもやる女丈夫。

まだあどけなさの残る顔立ちは少女と呼んでも差し支えなく、細い腕で武器を奮う姿はひどく不釣り合いに見える。

しかしひとたび受けた依頼はきっちりとこなし、刃の切っ先は恐ろしいほど迷いがなく正確だ。
何でも、その身体には、人ならざるモノの血が流れているらしい……

そんな噂に惹かれた好奇心旺盛な商人は、興味半分実益半分で英瑠に、荷を運ぶことを依頼したのだった。
そして英瑠はその依頼を受け、剣を携えると、馬で目的地まで向かうことにした。


女一人の遠征、不要な揉め事は避けようとなるべく人通りの多い道を馬で進んでいたが、しかし町を出てしばらくすると馬が急に病に倒れてしまう。

余分な持ち合わせが無かった英瑠は、このまま徒歩で予定通りの街道を歩き続けても約束の日時までに荷を届けることは出来ないと思い、ある決断を下した。

それは、人通りが少なく治安が心配だが近道を行くというものだった。

たとえ徒歩でも、近道の林道を通れば何とか間に合うはずだ。
不安がないわけではないが、大勢の賊が出るというほど危険な道でもない。

運が良ければ普通に通り抜けられるだろうし、もし運悪く数人の賊に絡まれたとしても、たった数人なら……

英瑠は腰に帯びた剣を握り締めると、物騒な覚悟を決めて自らの決断に従うことにしたのだった。





「へへへ、お嬢さんよぉ、一人でこんなとこ歩いてたら危ないぜ」
「見てくださいコイツ、高そうな荷を持ってますぜ」
「お宝と女か……ツイてるぜ、ヒヒヒ」

……どうやら、運は悪い方に転んだらしい。

しかし三人とは。

賊は武器を手にはしているが、その筋の達人という感じはなく、ただの食い詰めたゴロツキといった風体だった。

英瑠の心は、ただ静かだった。

不安も、焦りも、かといって慢心も昂揚感も無い。

取るに足らない雑事。
英瑠にとって『これ』は、散歩道を歩いて居たらそよそよと風が吹いてきた程度の出来事でしかなかった。

三人の男に囲まれながらも、英瑠はゆっくり眼を閉じる。

そして、開く。

その瞳に、もはや弱者たりえる淑女の気色はなく、小さな身体に濃縮された半ば人ならざる気配が次の瞬間には破裂することなど、男たちは想像すらしないだろう。


賊が英瑠ににじり寄り、殺気を漲らせた彼女の手が剣の柄に伸ばされる。

もはや双方躊躇はない。その刹那。


「やめられよ!」


雷を落としたような烈しい声が辺りに響いた。

馬の蹄が草を踏み締め、三人の賊と英瑠に近付いてくる。

「なっ……、」

反射的に全員目をやったそこには、一目で貴人と判る立派な偉丈夫が、引き締まった体躯と手入れの行き届いた毛艶の馬に跨がっていた。

「な……、なんだてめぇ」

牽制する賊だがしかしもはや、先程のような威勢は無い。

仮にも役人の家に生まれた英瑠は瞬時に悟っていた。

文官にしては鍛えられすぎている体躯、よく通る声、鋭い眼光、やけに馴染んでいる帯剣、馬に乗り慣れている人間の姿勢。

鎧兜を身に付けていなくとも、気配が違いすぎる。

この人は、すなわち、武人……しかも、兵を率いる武将のような立場の人間だと。


「女人に寄ってたかって下衆なことを……
あまりに醜いゆえ、見るに堪えぬな」

「なんだと……!!」

「……ほう、私を武人だと知ってもまだ刃を向けられるか?
ならば斬るのみ」

馬に跨ったまままるで呼吸をするような自然さでするりと抜かれた剣と、男の低く抑えられた不穏な声色が、数で勝るはずの賊に動揺を生む。

多少なりとも人を手にかけてきた同種の人間なら、その圧倒的な「質」の差には気付くのだろう。

チッ、と舌打ちを零したならず者たちは、自らを武人だと言った男の気配にじりじりと押され、ついには口々に捨て台詞を吐いて走り去って行ったのだった。


「あ……、ありがとうございます……!」

賊の姿が見えなくなると、英瑠はすぐに膝をつき拱手をして、馬上の男に礼を述べた。

他でもない、武将の方に助けてもらえるとは。

武を奉じる英瑠にとって、戦場に己の武を示す武将とは憧れそのものであり、目標でもあった。

「礼など不要。
それに、咄嗟に声が出てしまったが、貴公は助けなど必要としていなかったのでは無いか」

「え……」

見抜かれた? あの一瞬を?

英瑠が言葉に詰まっていると、男は再び口を開いた。

「貴公の剣、是非とも拝見したかった気もするが……
生憎私はもう行かねばならぬ。
どこの婦人か存ぜぬが、いくら腕が立つと言っても女人の一人歩きは危険。
気をつけられよ」

「はっ、はい……!」

男は手綱を引き、馬の踵を返すと、英瑠が向かう方向とは逆に歩き出した――が、数歩で馬を止め、振り向いて彼女に声をかけた。

「私は張文遠。
私が貴公に一瞬感じた武が本物なら、またどこかで……

……いや。忘れてくれ」

「っ……!
私は、この先の町の役人の娘で、龍英瑠と申します……!
女の身ながら、武の道を追求して参りました。
今日将軍に会えたことを、とても光栄に思っております……!」

「そうか。龍英瑠殿。
どうか気をつけてこの先を行かれよ。

……では、失礼する」

少しだけ口角を上げて英瑠の名を口にした張文遠が、今度こそ英瑠に背を向けて去っていく。

英瑠は、彼が去って行く背中を、いつまでも見つめていたのだった――



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