例えば、こんな休日
都に来てそれなりに時間が経った。
今まで色々な事件が起きたが、今は大分落ち着いている。
本日の京の都はよく晴れていて、露木からお使いを頼まれた咲は安倍邸の外を歩いていた。
『いい天気ね』
「そうですね」
ついてきてくれた太裳は徒人には見えない程度に顕現すると、穏やかに微笑んだ。
「このように穏やかに都を歩くことなど、咲様にとっては新鮮ではございませんか?」
『そうね』
思えばずっと事件が絶えなくて、何もないときも基本的に安倍邸から出なかったのでこんなにもゆっくり都を歩くのは初めてな気がする。
「日が暮れるまでに帰ればよいと露木様も仰っておりましたし、ゆっくりと見て回ればいいと思いますよ?まだまだ時間はございますし」
『うーん、そうねぇ………』
折角いい天気なのだし、散歩も兼ねて色々と見て回ろうかなぁ………
『じゃあ市まで少し遠回りして行こうかしら』
「そうしましょう」
周りは大きな邸が並んでいて、塀の向こうには立派な木や花をつけた木が並んでいる。
綺麗だなぁ、と思いながら歩いていると、子供の泣き声が聞こえた。
思わずそちらに目をやると、一人の男の子が泣いていた。
『……………どうしたのかしら』
「さぁ………」
男の子は見た限りとても立派なお召し物をしている。
どう見ても身分の高い家の子だ。
そんな子がこの道端に供もつけずにいるなど盗賊の標的になってしまう。
そんな子を放っておくことも出来ず、咲は男の子の傍まで行くと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
『どうかしましたか?』
男の子はびくっと肩を震わせたが、恐る恐る顔を上げた。
その目には涙が溜まっている。
『泣いているようですが、どうかしたのですか?』
「な、泣いてなんかないやい!」
涙目でそう言われても説得力に欠けるなぁ、と思いながらもそうですかと返す。
『貴方お一人のようですが、付添の方はどうしたのです?貴方のような方が一人で出歩くとは思えないのですが』
「一人だよ!」
『……………え』
思わず素が出てしまった。
え、この子一人で道端にいたの?
見たところどう見てもいいところの子供だし、一人で外を出歩かせてくれるようなことはないと思うんだけど。
「みんながあまりにも邸から出してくれないから一人で来たんだ!」
男の子は凄いだろ!とでも言いたげに目をキラキラさせながら言うが、咲は傍目は笑みを浮かべているが内心驚いて何も言えない状態だった。
『そ、そうなんですか凄いですねー』
「だろ!」
『でもそろそろお邸の方にお戻りになられた方がよろしいのではないですか?皆が心配されていると思いますよ』
「う……っ」
咲の言葉に男の子は顔を歪ませた。
『?お邸に戻りたくないのですか?』
「………………そういう訳じゃないんだけど」
男の子は言いにくそうにあちこちに視線をやる。
だがそんなことをしていても何の解決にもならないので、意を決して男の子は咲を見た。
「……………邸が何処にあるのか分からないんだ……………」
『………………』
この男の子は意気揚々と邸を飛び出したのはいいが、肝心の自分の邸への帰り道が分からなくなってしまったのだという。
つまり迷子である。
『貴方のお邸ってどんなところ?』
「えっとね、すっごく大きくて、お池もあるお邸!」
まぁ、相当身分の高そうな子だからそれぐらいの邸でしょうね………
ちらりと傍に佇む太裳に視線をやった。
太裳は困り顔だ。
《そのようなお邸はこの辺りなら幾つかありますのでどれがその子の邸か特定できませんね…………裕福なお邸の子のようですし、お名前が分かれば判断出来るかもしれませんが………》
何せ晴明は上流貴族に引っ張りだこで、色々な邸に行っているのだ。
それについて行ったり、晴明と何かしらの話をしたり、出仕したりすれば護衛でついている自分たちも自然と権力者やその子供名前は頭に入ってしまっている。
『貴方、お名前は何ていうのかしら』
「鶴!」
『鶴君………?』
「うん!」
ちらりと太裳を見やれば、顔を手で覆って俯いている太裳が見えた。
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