あなたと始める恋物語
「ここまで来れば大丈夫か………」
あちこち走り回り男たちを撒くと、エリオットは近くにあった部屋に入った。
中は少し埃っぽく、練習で使う剣が何本も置かれていた。
どうやら倉庫のようだ。
咲は呼吸を整えると、壁にもたれかかるように座り込んだ。
「大丈夫でしたか?」
『あ、はい。大丈夫です』
リーオに訊ねられ、咲は微かに笑みを浮かべて答えた。
『助けて頂いて有難うございます』
「まだ完全に助かったわけではないですけどね」
『まぁそうですけれども………それにしても、何故お二人共こんなところに………』
「エリオットの独断」
『え?』
「先生は必死に止めてたんだけどねーエリオットったらそれに従わずこのまま」
笑いながら言うリーオに咲は呆気にとられた。
普通に考えて、先生はエリオットを必死に止めただろう。
先生には生徒の安全を確保する義務がある。
だがエリオットとリーオはそれを無視して飛び出してきたということだ。
『どうしてそこまでして………』
「お前、自分が犠牲になればとか思ってただろ。俺はそういうの大嫌いなんだよ」
『……………私が、ベザリウス家の人間なのに………?』
「ベザリウスも嫌いだ」
『だったら、放っておけば良かったじゃない。あなたの嫌いなベザリウスの人間が一人減るのだから』
「俺はそんな曲がったこと大嫌いなんだよ。それに、お前もベザリウス家の人間ならもっと誇らしくいろ!しっかりと自分を持たねぇ奴は大嫌いだ!」
『…………………』
誇らしく、か………
『私はあなたの様に男前でも誇り高くもないけれど、何もできずになされるがままでやられる気は…………毛頭ないです!』
そう言った瞬間、咲は脇にあった剣を掴むとそれを投げた。
真っ直ぐと投げられたそれはエリオットの脇を通り抜け、その背後から入り込もうとしていた男の腕を切り裂いた。
「な……っ」
「おー………」
驚くエリオットと感心するリーオを尻目に咲は剣を掴むと飛び出した。
腕を抑えて悶える男を退け、更にその男の背後からやってきていた男に立ち向かう。
男は持っていた剣を抜くと立ち向かってきた。
二人の剣が交わり、鋭い音が響き渡る。
「す、すげぇ………」
女の身で、男と互角にやりあってる………!?
「噂って本当だったんだねぇ」
「噂?」
「知らない?ベザリウスに凄い子がいるって。それが咲=ベザリウスで社交界に全然来ないから将来の為に顔見知りになりたくてもなれないって言われてて、逆に剣術が得意であのザークシーズ=ブレイクのお墨付きらしいよ」
「あのザークシーズ=ブレイクのお墨付きだと!?」
エリオットは驚きつつ咲を見た。
咲の動きに無駄はなく、力では負けているが技術とスピードで互角に渡り合っている。
それどころか徐々に相手を押している。
だが咲が相手をしている男の後ろから更に男たちがやってくるのを見て、エリオットは自分の剣を掴むと駆け出した。
『エリオット君!?』
「気を抜くな!一先ずここを切り抜けるぞ!」
『っはい!』
漆黒の剣を振るうエリオットに咲は思わず一瞬見とれた。
あのエリオットと一緒に戦っている。
二人で力を合わせて戦っている。
そのことがとても嬉しかった。
一生、ありえないと思っていた。
喋ることすらできないと思っていたのに、これ以上に嬉しいことはない。
思いを告げられなくても、一緒になれなくても、隣に立てなくても。
今こうして一緒に戦えることが、何よりも幸せ。
咲は柄を握る手に力を込めた。
この幸せな時をせめて、一生懸命戦い抜くために。
するとふと、離れたところからこちらを見ている男に気づいた。
目を凝らすと、その男の手には黒光りした物が握られていた。
あれは――――………!!
「邪魔をするな!死ねぇ!!!」
『エリオット君っっ!!!!!!』
剣を投げ捨て、エリオットを力いっぱい突き飛ばした。
エリオットの驚いた顔が間近に見える。
パァンッと乾いた音が狭い地下に響き渡った。
自分の身体に凄まじい痛みが走るのを感じ、エリオットの無事を確認する。
咲はエリオットに銃弾が当たっていないことに安心すると、咲は微かに笑みを浮かべるとエリオットを突き飛ばしたまま床に倒れた。
「っおい!咲=ベザリウス!!?」
エリオットは咲の身体をあまり揺らさないように気をつけながら上体を起こした。
エリオットの膝の上に俯せに倒れた咲は力なく目を閉じている。
真っ白な制服が赤く染まっていく様にエリオットは固まった。
「咲=ベザリウス………?」
『………う………く………っ』
「お前らも死ねェ!!」
「エリオット!!」
男たちが剣を片手に立ち向かってきた。
リーオはエリオットの名を呼ぶが、エリオットは呆然と咲を見ている。
それを見てリーオはエリオットの頬を叩いた。
「っリーオ」
「咲=ベザリウスは僕が看るから、エリオットは今はこの状況を何とかしないと」
そう言ってリーオはエリオットに剣を渡した。
エリオットは困惑していたが、覚悟を決めると柄を握り締めた。
リーオが咲を支えると、エリオットは柄を握りしめて駆け出した。
+++++
『ん………』
目を覚ますと白を基調とした部屋が夕焼けに照らされてオレンジ色になった部屋が目に入った。
上体を起こそうとすると身体がズキリと痛む。
『あぁ……』
確か撃たれたんだっけ………
生きてるってことは当たり所は悪くなかったってことだよね。
「………う………」
『!』
自分以外の声が聞こえ、咲は咄嗟にそちらを見た。
見ると、ベッドの脇に置かれた椅子にエリオットが座っていた。
背もたれに身体を預け、静かに眠っている。
『エリオット君………?』
何で、エリオット君が私のベッドの側にいるの………?
怪我はしていないみたいだけど………
怪我をしていない様子に一先ず安堵した。
『ここ、病院だよね………』
保健室ではないし、銃に撃たれたら流石に病院に搬送だろうし。
『姉さんに怒られるだろうなぁ………』
はぁ、と深いため息をついていると、エリオットが身動ぎした。
思わずビクリと肩を震わせると、エリオットが目を覚ました。
「…………咲=ベザリウス?」
『は、はい………』
寝ぼけた様子のエリオットに頷いて応じると、エリオットはハッとした様子で立ち上がった。
「お前、目が覚めたのか!?」
『は、はい……!お陰さまで!』
「………そうか」
一先ず落ち着いたのかエリオットは再び椅子に腰掛けた。
そのまま沈黙が広がる。
…………気不味い。
「………おい」
『………何でしょう』
「あの時、何で庇った」
あの時………銃弾から庇ったことか。
『…………咄嗟に身体が動いたから。それと、あなたはここで死んではいけない人だから』
「は?」
『私とあなたじゃ、価値が違うじゃない』
「………だが、それはお前の方が上だろう。お前はベザリウスの人間なんだぞ」
『………私は確かにベザリウスの人間だけれど、あなたよりは下よ。だって、あなたはナイトレイ家の嫡子なのだから』
「!」
『私は次女だから、姉さんがいれば大丈夫だもの。四大公爵家の今後のためにも、パンドラのためにも、私とあなたじゃ価値が違う』
そう言うとエリオットは俯いた。
膝の上に置かれた手を力の限り握り締める。
「………お前、ずっとそんなこと考えてたのか」
『私はベザリウスの人間だけれど、それだけだからね』
「お前、変わってるな」
そういうエリオットは笑っていた。
そんなエリオットの表情に咲は思わず目を見開く。
エリオット君のこんな表情を、見られるとは思っていなかった。
「怪我、ゆっくり休んで治せよ。それと、次こんなことがあった時にそんな理由で庇ったら怒るからな」
そう言ってコツン、と咲の額を小突くとエリオットは病室を出て行った。
残された咲は顔を真っ赤にさせて固まっていた。
『―――――っ』
諦めようと………忘れようとしていたのに………
『諦めきれなく、なるじゃない………っ』
少し、期待してもいいですか………?
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