FF夢


 9-06



やっとの思いで廃屋の中に入った私たちは、冷えた体を温めるために部屋の中に備えついていた暖炉に火を灯した。燃料となる薪などは見当たらなかったが、すぐ近くの崩壊した廃屋の木材を拝借したので火をつけること自体は容易であった。数分もすれば室内にポカポカと暖かい空気が広がり、私はようやく上着を脱いで一息つくことが出来た。

部屋が温まるまでの間にツォンとイリーナの応急手当を済ませ、体中の傷口を丁寧に塞ぐ。
骨折した部分が変な形で回復しやしないかと心配だったが、流石に失血死寸前の状態で「どうしよ〜」なんて言っていられない。とりあえずこれ以上の出血を防ぐため、傷口を閉じることを優先した。まぁ、タークスは頑丈だしきっと大丈夫だろう。
元々のストーリーではヴィンセントによって救助された彼らが、ここまで手厚い治療を受けられたとは考え難い。だって助けた人はヴィンセント・ヴァレンタイン。神羅やタークスに対してそこまで親身になってやるとは思えない。
それでもエッジでカダージュたちが騒ぎを起こした時にはしっかりと復帰してルーファウスの救助に来たほどなのだから、これだけ手当てをしておけば例の事件までには回復するはずだ。

青白い顔で薄い呼吸を繰り返すツォンとイリーナから目を離すと、クジャの羽を撫でていたザックスと目が合う。ザックスは真剣な顔でこちらを見つめ、そして「探したんだぞ、奈々」と私に語り掛けた。

「うん」
「二年も居なくなりやがって」
「ごめんね」
「…違えんだ、お前に謝らせたいわけじゃない。あの時、俺が守ってやらなきゃいけなかったのにな」
「そんな事ないよ。ザックスもエアリスも精いっぱい戦ってくれたでしょ?」

二年間、ずっと私を探し続けてくれていたザックスに謝罪の言葉なんて言ってほしくない。そんな想いを伝えたくて「ありがとう、ザックス」と彼に笑いかける。するとザックスも少しの沈黙のあとに「どういたしまして」と応えてくれた。

「怪我、してねえか?」
「うん。クーちゃんが頑張ってくれたのと、ザックスが助けてくれたおかげで」
「そっか。んで、あいつ一体誰なんだ? 何で奈々が追っかけられてたわけ?」

ザックスの問いかけに、私はどう説明したものかと言葉を探す。今更彼に隠し事をするつもりも無いし、ありのままを話せばよいだけなのだが。何せこの世界で起きるあらゆる事象はどれも厄介で、説明するにも一筋縄ではいかないことばかり。
どうせ時間はあるし…と、順を追って初めから説明をすることにした。

まず、この世界を恐怖に陥れている星痕症候群とは、ライフストリームの中を漂っていたジェノバの思念が人間の体に入り込んだ際に起きる一種のアレルギー反応のようなものだということ。
発症条件はいくつか存在するが、発症している人の多くは「精神に大きなダメージを負っている人」であること。
先ほど私を追っていたカダージュは「思念体」という存在であり、ライフストリームの中に溶けず存在し続けるセフィロスの意識が生み出したジェノバの遺伝思念体だということ。セフィロス自身が生み出したセフィロス・コピーとでも言うべきだろうか。彼は宝条の作り出したセフィロス・コピー同様にリユニオンをするためにジェノバ細胞を追い求めており、彼らがジェノバ細胞を手に入れた瞬間にセフィロスが再臨する。
同時に、全く別の思惑からジェノバの頭部を入手せんと北の大空洞に向かったタークスがジェノバの頭部を持ち帰り、それがルーファウスの手元にあるということも。

「私はそのタイミングで意識を取り戻して、神羅に騙されて一緒に北の大空洞に行かされたの。大空洞で色々あって、結果的にカダージュたちには私が神羅の手先でジェノバの頭部を持ち去った張本人だって思われてて、今すごい恨まれてるとこ」
「なんか…相変わらずかわいそうだな、お前って」
「ほんとだよね! マジで怖かった!」

今思い出してもカダージュの追走が恐ろしすぎてトラウマになりそうで、もう二度とあんな思いはごめんだと心から思う。

「私はただクラウドに会いたいだけなのに…!」
「会えてないのか?」
「会えてないの! でも、数日後にここに来るっていうのは分かってるから、いっそのこと待ち伏せでもしようかなと」

クラウドに会いたくて会いたくて震える。割とガチでそう思う。
彼がこの忘らるる都に来るのは決定事項であるし、それならば待ち伏せをするのが最も再会の成功率が高い。なにせ、アドベントチルドレンが始まるまでのクラウドの行動は正直私にも分からないのだから。ストライフデリバリーサービスがそこそこ繁盛しているおかげで、彼は世界中を縦横無尽に移動している。スラムの教会に向かうことも考えはしたが、彼がどのくらいの頻度であの教会に帰っているのかも分からないし。

「なるほどな…んで?」
「んで?」
「こっから何が起きる? 俺は何をすりゃいい?」

身を乗り出してそう問いかけてくるザックス。流石に付き合いが長いだけあって、彼は本当に話が早い。私は自然と口角が上がっていくのを感じながら、ザックスにしてもらいたい事を挙げ連ねた。

「多分だけど、五日後の十二月四日から事が動き始めると思う。本格的に大規模なトラブルが発生するのはその翌日の十二月五日。ザックスには、エアリスのボディガードに専念してほしいの」
「エアリスが危険なのか?」
「というよりは、エッジ全体が巻き込まれるの。それで、事態を収束させるために皆の力が必要でね。ザックスとエアリスにも協力してほしくて」
「りょーかい、任せとけ」
「私はクラウドと合流してからエッジに向かうね。少し遅れちゃうかもしれないんだけど…エアリスとみんなの事、頼んでも良い?」

ザックスは朗らかな笑みを浮かべて「おう!」と言ってくれた。ああ、今更ながら彼とエアリスと共にアドベントチルドレンを迎えることができるという事に感動して泣いてしまいそうだ。
緩くなる涙腺をグッとこらえていると、背後で意識を失っていたツォンが「う…」と小さな声を上げたのに気が付いた。ザックスと共に彼の顔を覗き込めば、固く閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれた。

「ツォンさん、お加減どうですかー?」
「奈々…万全に見えるか?」
「まぁ、喋れるだけマシかなと」

そう言ってみれば、彼はクッと笑って「確かにな」と言った。この怪我で軽口が返せる精神力がすごい。

「なぁ、神羅は何企んでんだ? ジェノバの首なんかどうするつもりだよ」

ザックスが呆れ顔を隠しもせずに問いかける。神羅は魔晄とソルジャー開発で財を成した企業であるし、彼らにとってのジェノバ細胞は金の生る木なのだろう。手元に置いておきたい気持ちも理解できなくはないが、私はこんな災厄を呼ぶ化け物を自らの近くに置くなんて絶対に嫌だ。ツォンは笑みを浮かべながら「社外秘だ」とだけ告げた。イリーナならまだしもタークスの中のタークスである彼から情報が抜き出せるとは思っていなかったので、私もザックスも「でしょうね」というような顔を浮かべた。

「じゃあ、とりあえずの現状を説明するね。あの後ジェノバの頭部はレノが持ち帰って、今はルーファウスの元にある。ツォンさんとイリーナのことを襲った三人組はまだそれを知らないから、ジェノバに関わる人を端から襲撃して行ってるみたい」
「社長がご無事なのか?」
「あの人が易々と殺されるわけないでしょ。まんまと私が囮に使われてます」

私は恨み言を述べるように、ツォンがジェノバの頭部を私に託した時のことを口にした。あのせいでカダージュたちの目に、私がジェノバ誘拐の張本人であるかのように映ってしまったのだから。
その上ヘリコプターからは落ちるし、レノにはあっさりと見殺しにされるしで散々な目に遭った。

「相変わらず、社長の期待を上回る立ち回りをするな。君は」
「やりたくてやってんじゃないんですけど」

本心からそう言えば、ツォンは再びニヤリと口角を上げた。何が楽しいんだこの野郎め。
しばらくそうしていると、ツォンが無理やり体を起こしてベッドから抜け出そうとする。もちろんそれを許す私ではない、ツォンの肩をグッと抑えながら彼に語り掛けた。

「失血死寸前の人がどこへ行こうとしてるんです?」
「社長の元へ戻るに決まっているだろう」
「はぁ…ワーカホリックのツォンさんに選ばせてあげますね。私の優しいスリプルによって三日間眠り続けるのと、ザックスの手厚いヘッドロックで昏倒させられるのと、どっちがお好みですか?」

にこ、と微笑みかければツォンの表情が引きつる。私とザックスならば本当にやりかねないと思ったのだろう、大正解だ。他にもグラビデで割合ダメージを与え続け、ギリギリのラインで気絶させることもできる。私の魔力を舐めるなよ。
彼らには体を休めてほしいだけでなく、本来のタイミングでストーリーに参入してもらわなければならないのだ。
ザックスも彼らに無理をさせたくないのだろう、腕をバキバキと鳴らして「準備は万端だぜ?」とツォンに言った。やがて、数秒の沈黙の末にツォンは深いため息を吐いた。

「…三つ目の選択肢をくれ」
「聞くだけ聞きましょうか」
「体調回復までは、大人しくする」
「はい、流石に賢明ですね」

物わかりの良いツォンは大人しく横たわり「降参だ」と言うように手をヒラヒラと振った。そもそもイリーナがまだ意識を取り戻していないのに、どうやって二人でヒーリンに帰るつもりだったのだろうか。
私はツォンにリジェネをかけて「眠るのが一番手っ取り早い回復方法ですよ」と告げた。その言葉に従ってか、単純に体力の限界が訪れたのかはわからないが、ツォンは数分の間に再び瞼を閉じて寝息を立て始めた。



***



それからきっちり三日が過ぎた十二月三日、ツォンとイリーナの体力がそこそこ回復した頃だ。私はようやく彼らに「これから何が起きるのか」をさらりと説明した。

「そろそろカダージュたちが本格的に行動を始めるから、また力を貸してほしいの」
「具体的にはいつ、どこで何が起きるんだ?」
「んー、明後日かな。エッジで」

ツォンの問いかけにそう答えれば、イリーナが「何でこんなギリギリになってから言うんですか!」と目を見開いて言う。だって二人とも、これを言ったら意地でも帰ろうとするでしょうが。
幸いにもアイシクルエリアからミッドガルはさほど離れていない。山川チョコボであるささみとクジャに乗って行けば一日か二日でエッジまで戻れるだろう。と二人に告げれば、二人とも目を瞬かせて「チョコボを貸してくれるのか」と言った。

「そのつもりだけど…私の大切な相棒だから、怪我させたらマジで怒るよ」
「もちろん、承知している」
「助かります! 正直、通信端末もあいつらに取られちゃいましたし…どうやって帰ろうかって悩んでたんですよね」
「というわけだから、二人をお願いできる? クジャ、ささみ」

二羽の山川チョコボに問いかければ、二羽とも羽をバタつかせながら「クエッ!」と返事をしてくれた。うん、やる気に満ちた良いお返事だ。ザックスにはボコがいるし、私にはクーちゃんがいる。これで四人分の移動手段は確保できた。

「俺は山とか川を越えらんねえから多少迂回するけど、まぁ、二人は適当なところで先に行けよ。行き先も違うしな」
「ああ、そうさせてもらおう」

普通のチョコボであるボコには山や川を越えていく能力が無いため、どうしても少し遠回りすることになってしまう。ボコが申し訳なさそうにシュンと肩を落とすと、ザックスが「そんな顔すんなよ、頼りにしてるぜ」とボコを慰めた。
アドベントチルドレンのストーリー始動が目前に迫っているのを再認識すると、やはり緊張してしまう。この私があんなハイレベルなバトルについていけるのだろうか。カダージュやセフィロスと戦うのはクラウドだとしても、シャドウクリーパーの大群やバハムート震との戦いにちゃんと参加できるのかどうかが不安だ。
今までも散々考えはしたが、結論はいつも「まぁ、ザックスも居るし大丈夫か」に落ち着いてしまう。考えても悩んでも仕方がないのだし、とにかくがむしゃらに食らいついて死なない程度に頑張るとしよう。

「よーしみんな、頑張ろうね!」
「おっ、なんかすげえやる気じゃない? どうしたんだよ」
「これが終わったら今度こそクラウドとバラ色ルッピーランドな生活を送るんだから、死んでられないなって思って」
「ははは! お前、いっつもそればっかり言ってたもんなぁ」
「それに、もう捨て身はしないってザックスと約束したからね」

アギトウェポン戦を最後に、私は捨て身癖を無くそうと思ったのだ。仲間にこれ以上の心配をかけるのも嫌だし、あと一歩で平和な生活が訪れるというタイミングで死ぬのとか絶対に嫌だ。
そうしてザックスとじゃれ合っていると、顔を見合わせていたツォンとイリーナが同時に立ち上がって「では、世話になったな」と強引に話を切り上げた。少しは雑談を楽しむとかそういう心は無いのだろうか、このワーカホリックどもは。
仕方なく私は二人がささみとクジャに騎乗するのをサポートし、黒いスーツのままチョコボに跨っている二人の姿でひとしきり笑ってから彼らを送り出した。

ささみとクジャに続いて出発していったザックスとボコの背中が見えなくなるまでその場に立っていた私は、突然静かになってしまった空間を非常に寂しく感じた。
寄り添ってくるクーちゃんを撫で、そして「私たちはもう少し休もう。あと少しで、否が応でも働かされるからね」と告げる。クーちゃんは「クェッ」と可愛らしい声で返事をしてくれたのだった。



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