FF夢


 9-05



結局あの後、早朝までずっとヴィンセントと会話をしていた私。音を殺して水の祭壇付近に潜んでいると、バイクのエンジン音が響くのが分かった。その音は徐々に遠ざかって行き、ヴィンセントがこちらにアイコンタクトを送ってきた。
しかし、気になるのはエンジン音が一台分しかしなかったこと。昨日ヴィンセントは「二人がエッジ方面に行く」と言っていたが、どうも私にはそうは思えない。懸念をそのままヴィンセントに伝えれば、彼は「二人居ると仮定して行動するとしよう」と端的に答えた。

昨夜立てた作戦の通り、主にヴィンセントがカダージュたちと交戦する予定だ。彼が気を引いているうちに私とささみ、クジャ、クーちゃんでツォンとイリーナを探し、見つかり次第速攻で逃げる。ヴィンセントは彼自身が言った通り、私たちが居ないほうがスムーズに逃げられるだろうし放っておくとしよう。
私は念のために作戦内容をささみたちにも噛み砕いて説明しておいた。ヴィンセントは怪訝な顔で「チョコボに理解できるのか」と疑問を口にしたが、私は彼らの知能の高さをよく思い知っているので「たぶんね」と返答した。だって彼らは、下手すると私よりも知能が高いかもしれないと感じさせるような行動があまりにも多いのだ。巻貝の家の中からカダージュが現れたのを見計らい、ヴィンセントが「私が先に行く」と告げてから何の躊躇いもなく飛び出していく。あの精神の強さ、本当に尊敬するなぁ。


「…君、誰?」

突然現れたヴィンセントに、カダージュはさらりと問いかける。しかし、親切に問答をしてやるヴィンセントではなかった。彼は冷たく「答える必要は無い」と言うと、早速懐から銃を取り出してカダージュに向かって発砲した。一瞬にして戦闘態勢に入るカダージュと、巻貝の家から飛び出してくるもう一人の銀髪の男。――ここに残っていたのはロッズだったようだ。

ヴィンセントが巧みに水の祭壇から距離を取り、二人を引き寄せていく。彼らの意識が逸れたと判断できた瞬間に私たちは巻貝の家の中へと潜入した。
奥へと進めば、予想通りそこには酷い怪我を負って意識が朦朧としている状態のツォンとイリーナの姿があった。彼らに呼び掛けるが、返ってくるのは苦痛に満ちたうめき声ばかり。放っておけば命を落としかねない傷に回復魔法で応急処置を施したが、それだけでは足りない。
回復魔法を使用することによって傷自体は塞がるが、失ってしまった血液が戻るわけではない。更に彼らは一週間もの間ずっと拷問を受け続けていたのだろう、その体に蓄積されたダメージは計り知れないのだ。一刻も早く安静にできる場所へと連れて行かねば…と思った私はなんとか二人の体をささみとクジャの背に乗せ、ずり落ちないように布をぐるぐると巻いて体を固定した。

「ささみ、クジャ、とりあえず私のことはいいから、とにかく二人を連れて全速力で逃げてくれる? 後から追いかけるから」
「クエッ!」
「お願いね、頼りにしてる」

任せろ! とでも言うかのようなささみとクジャにそう告げ、そろりと入り口から外の様子を伺う。戦闘を繰り広げている音は少し離れた場所から響いているため、どうやら今がチャンスのようだ。私はささみとクジャを先に行かせて、自分もクーちゃんの背に跨った。
その時だった。数十メートル先からちらりと見えたカダージュが、こちらを見て目を見開いているのに気付いてしまった。彼は私を見るや否や憎悪のこもった表情を浮かべて標的をこちらに変えた。そりゃそうだよね、彼らにしてみれば私がジェノバを攫って行った張本人だもんねー!

しかし、私の目標はとにかくツォンとイリーナを逃がすこと。ここでささみたちと並走しては、彼らの行き先も割り出されてしまいかねない。
ツォンとイリーナの体力のことも考えるとそう遠くまでは逃走できないし、なんとしても忘らるる都周辺で彼らを振り切らねば。そう判断した私は、ささみたちが走って行ったのとは逆方向へと走り始めた。あとはクーちゃんの足に期待するしかない。
しばらく白い木の森の中を進んでいくと、案の定背後からバイクのエンジン音が聞こえてきた。しかしただで追いつかれるクーちゃんではなく、彼はあえて障害物の多いルートを走行した。大型バイクに乗ったカダージュは中々トップスピードが出せずにいるようだ。

そんなクーちゃんの機転でうまく距離を離せそうだったのだが、ここでトラブルが生じた。猛スピードで走っていたせいで、早々に白い木の森を抜けてしまったのだ。忘れていたがここはアイシクルエリア、森の外は雪原が広がっており障害物となるものも見当たらない。この雪原は見晴らしが良いだけでなく、ふかふかの雪の上に足跡が残ってしまう。つまりこの足跡がカダージュへの目印となってしまうのだ。
これはまずいと背中に冷や汗が伝う。予想通り、スピードを上げたカダージュがみるみるうちに私とクーちゃんに接近してきた。平均的なチョコボの最高速度は時速七十五キロメートルから八十五キロメートルと言われており、対するカダージュが乗用している大型バイクは物によっては時速三百キロメートルを超えるものもある。雪にタイヤが取られて多少は減速しているだろうが、それでもチョコボに追いつくには十分すぎるスピードが出るはずだ。これ、捕まったらツォンやイリーナの比じゃないくらいに酷い目に合わされるんだろうなぁ…

そんな現実逃避をしている間にもクーちゃんに差し迫るほど接近したカダージュが、武器である二枚刃の刀を構える。今の私にとってクーちゃんだけが生命線なので、クーちゃんを最優先で守らなければ。私は彼が攻撃を仕掛けてくる直前にシールドを唱えて物理攻撃を防ぐ。

「母さんを返せ!!」
「ヒェッ」

至近距離で見る彼は予想以上に恐ろしい。特に、彼の異常なほどの凶暴性が自分に向けられていると知っているから余計にだ。画面越しに見ていた時は「わぁ〜セフィロスよりちっちゃくて可愛い〜! 森久保さんいい仕事してるぅ〜」とか言えたのだが、マジで怖い。お膝の上にジェノバの首を乗せた状態でカダージュに詰問されて微塵も動揺しなかったルーファウスの精神力を、今なら心から尊敬できる。

「クーちゃんごめん、頑張ってぇ!」
「クェッ! クェッ!」

あまりの恐怖に半べそをかきながらクーちゃんに懇願すれば、既に全力を振り絞ってくれていたクーちゃんは更にスピードを上げた。しばらく並走していたカダージュだったが、このままでは埒が明かないと判断したのだろう。片手をスッと上げ、私を見ながらニヤリと笑みを浮かべる。
ああ…この動作、すごい見たことある…そんな悪寒を感じていると、私とクーちゃんの周りに黒い靄が発生した。

「やばいやばいやばい、シャドウクリーパーまでは予想してなかった」
「クエェーッ!?」
「ごめぇん! 私がなんとかするから、クーちゃんは走るのに集中して!」

正面から飛びかかってきたシャドウクリーパーを脅威のジャンプ力で回避したクーちゃん。着地の衝撃で私のお尻がふわりと浮かび上がるが、なんとか力を振り絞ってクーちゃんにしがみ付くことで振り落とされずに済んだ。
私は背後から迫って来るシャドウクリーパーを一網打尽にするため、思い切り魔力を込めてトルネドを放つ。突如発生した竜巻は雪やら土やらを巻き込みながらシャドウクリーパーに襲い掛かり、上空高くまで巻き上げた。残念ながらカダージュには竜巻をヒョイと避けられたが、少しだけ距離を離すことができた。私はトルネドが起こした土と雪の目くらましが晴れる前に次の魔法を唱えた。

「まだまだぁ! 必殺アルテマ!」

多少間合いが開いたので、今度はカダージュを狙って魔法を放つ。緑色の光がカダージュを中心に広がり、キイイィンと高い音を発した直後に勢いよく爆発した。しかし私は知っている、ここで「やったか!?」とか思った瞬間に相手からの反撃を食らうということを。
逃げ切るまでは油断禁物。と唱えて次なる魔法の準備をしていると、やはり爆風の中からカダージュが勢いよく飛び出して来た。それを正面から迎え撃つように、間髪入れずにファイガを放った。私の最大火力のファイガをもろに食らったカダージュは体勢を崩して数メートル後方まで弾け飛び、僅かばかりの隙ができた。

「クーちゃん、今のうちに山の方に走って! この辺で一番急斜面の!」
「クェッ!」

クーちゃんにヘイストをかけて、バイクでは到底登っていけないような山を目指す。この山さえ越えてしまえば、きっとあの大型バイクを振り切れるはずだ。あと少しで山に踏み込めるという時に、先ほど吹き飛ばしたシャドウクリーパーたちが再び地面から現れる。
シャドウクリーパーによって進路を妨害されたクーちゃんが方向転換のためにスピードを落とすと、その瞬間に背後から勢いよくエンジンをふかす音が聞こえてくる。まずい、これでは一気に距離を詰められてしまう。邪魔をしてくるシャドウクリーパーになんとかサンダガを落とすが、如何せん数が多いため猛スピードでこちらへ走って来るカダージュまで手が回らない。

僅か数メートル後方から向けられる殺気に、胃袋がキュッと握りしめられたかのような嫌な感覚がする。頭の中が徐々にパニックに陥るのが自分でもわかって「落ち着け、落ち着け」と唱えるが、鼓動がどんどん早くなるだけで思考回路が停止してしまっていた。
恐怖で手の震えが止まらなくなりながらも必死にシャドウクリーパーへと魔法を放つが、平静を失った私の魔法はうまく命中せずに空しく地面を抉る。


本格的に死を覚悟した瞬間だった。私の頭上から何かが降り注いできたのだ。「それ」は直径三十センチほどの石で、数えきれないほどの石が流星群のごとき勢いで降り注ぎカダージュやシャドウクリーパーに牙を剥く。
この絶好のチャンスを見逃さなかったクーちゃんが死力を振り絞って山の斜面を駆け上がり、突出する岩や木を軽々と避けて進む。一瞬怯んだカダージュが斜面を駆け上がるためにスピードを上げたが、ここで彼の猛追を許してしまっては逃げ切る手段が無くなってしまう。

「…クエイクッ!」

働かない頭に鞭を打ち、なんとかクエイクを唱える。地面をボコボコに崩して彼の進路を塞いでしまおうと考えて放ったクエイクは、山に降り積もっていた雪を振動させ、やがて急速に大きくなっていく雪崩を引き起こした。
私とクーちゃんのすぐ後ろから発生した雪崩がカダージュとシャドウクリーパーに襲い掛かり、彼らの歩みを完全に止めた。ふかふかの深い雪に埋もれた急斜面を前に、勢いを無くしたバイクが再発進できる筈もない。カダージュは動きを止めたバイクを憎々しげに見た後に私の方へと鋭い視線を向けた。
私はその視線を受けながら、山頂を目指すクーちゃんに「クーちゃん、ありがとう。もう大丈夫みたい」と声をかけた。



***



全力疾走してくれたクーちゃんを少し休ませてから、私たちは再び果てしない雪原を進み続けた。流石に海チョコボなだけあって、あれほどの逃走劇を繰り広げたクーちゃんはほんの少しの休憩で体力を取り戻した。本当にすごい、チョコボってすごい。

クジャとささみがどこへ向かって行ったのか、私がどこへ向かえば良いのか分からず、進路をクーちゃんに任せたまま走ること数時間。私を乗せたクーちゃんはボロボロの廃屋が立ち並ぶ渓谷へとたどり着いた。

「ここって…モデオヘイム?」
「クエェー」
「詳しい場所は知らなかったけど、まさかここに辿り着くなんて」

アイシクルエリアの渓谷にある廃村と言えば、心当たりがあるのはモデオヘイム。数年前までは反神羅組織のアジトとなっていたこの場所だが、神羅が消滅した今では本当の廃村へと成り果てたようだ。人の気配は一切無い。
クーちゃんの背中から降りて村の中をサクサクと進めば、ボロボロに朽ちた廃屋の中でも割とまともな物もあるということが分かった。反神羅組織がアジトとして使っていた建物だろうか、あれならば雪と風くらいは凌げそうだ。

「ここで少し休憩しようか。この渓谷なら、カダージュたちがバイクで来ることも難しいだろうし」
「クェッ」
「うわ、クーちゃん?」

廃屋の中に入ろうとした私をグイグイと押すクーちゃん。またもや私をどこかへ連れて行きたがっているのだろうかと大人しく従えば、扉が崩れ落ちた吹き曝しの廃屋の中から「クエー」というチョコボの声が聞こえてきた。もしかして…という予想の通り、その中にはツォンとイリーナを背負ったささみとクジャが体を休めていたのだ。

「ささみ、クジャ!」
「クエッ!」

なんという賢さなのか、彼らは人の多いアイシクルロッジではなくこのモデオヘイムへと来ていたようだ。もしかしたら、クーちゃんはささみたちを追いかけてモデオヘイムに向かっていたのかもしれない。チョコボは驚異的な帰巣本能を持つと言うが、こうして同族同士で居場所を認識し合う能力のようなものも隠し持っているのかも、と思わせられた。

ささみとクジャを連れて先ほど見つけた比較的綺麗な廃屋へと移動していた私は、村の中についた足跡に目を向けた。私のものと、数羽のチョコボのものに混ざった、明らかにサイズの大きな足跡。私の足と比べて四、五センチも大きなそれはおそらく男性のものだろう。
まさかカダージュがここまで追跡して来たのかと冷や汗が流れたが、数秒後にそれが全くの杞憂であるのだと思い知ることになった。


「奈々…ようやく見つけたぞ! こらぁ!」
「クエエーッ!」
「びゃあーッ! ざ、ざ…ザックス…!?」

私の目の前に現れたのは、黄色いチョコボと共に仁王立ちをしたザックスだった。予想だにしていない人との再会は実に心臓に悪い。
ザックスはズカズカと大股で私の方へと近づき「お〜ま〜え〜は〜! なんですぐどっか行っちまうんだよ!」と私の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。

「ごごごめん! ワザとじゃない! ワザとじゃない!」
「俺だってわざとじゃねえ事くらい分かってんの!」
「ザックス〜! 会えて嬉しい!」

ザックスの腕力に負けてかき回された頭がぐわんぐわんと回っているが、心のままに「会えて嬉しい」と言葉にすればザックスも一度ため息を吐いた後に笑みを浮かべてくれた。ダリアが言っていた通り、彼はずっと私のことを探してくれていたのだろう。

「ダリアから連絡が来てよ、お前がアイシクルロッジに来るや否や熱出してぶっ倒れたとか言われてさ、急いで来たってワケ」
「なるほど…あっ、さっきのってザックスのメテオショットだったんだ!」
「そういうこと。ようやくアイシクルロッジに来たらもうお前は居ねえし、どっかから派手な魔法の音が聞こえるし…んで、まーた誰かと戦ってるし」

先ほどカダージュとシャドウクリーパーを攻撃してくれた無数の隕石。誰かがコメテオでも唱えてくれたか、もしくはクーちゃんが召喚チョコボのような特殊能力にでも目覚めたのかと思っていたが、どうやらザックスのリミット技だったようだ。
何も考えずに高威力の魔法を連発していたが、それが功を成してザックスに私の現在地を知らせることができたらしい。

「ようやく黒い奴を追い払ったかと思えば、お前とクーの足が速すぎて振り切られるしよ」
「ごめんね…クーちゃんのスキルが高すぎるがゆえに…」

聞けばザックスは私とクーちゃんを見失ったあと、延々と山を迂回してようやくモデオヘイムに辿り着いたらしい。私もカダージュの追跡を撒くためにグルグルと迂回を繰り返したため、同じくらいのタイミングでモデオヘイムに到着したのだろう。
ザックスの隣に立つチョコボはというと、クーちゃんに歩み寄って親しげに頬ずりをしている。もしや、この子がクーちゃんの親鳥なのだろうか。
私がそんな疑問を抱きながら黄色いチョコボを眺めていると、ザックスが私の思考を読み取ったように「ああ、こいつ、クーの父親なんだ」と告げた。
海チョコボは山川チョコボとアイシクルエリアに出現するA評価の黄チョコボとの間に産まれるチョコボだ。この黄チョコボとささみの間に産まれたのがクーちゃんということになる。道理で仲が良いはずだ。

「こいつも中々優秀なチョコボでさ。ボコって言うんだ」
「わぁー! 安直ですごくかわいい古き良きお名前! よろしくね、ボコ!」
「クエ!」
「なぁそれ褒めてんの?」

チョコボに「ボコ」と名付ける人がここにも居ただなんて。そんな謎の感動を覚えながら、そういえばツォンとイリーナの治療をしなくてはいけないのだと思い出した私は、ザックスとボコを引き連れて今度こそ先ほどの廃屋へと向かった。

previndexnext