FF夢


 9-07



Side 【Cloud】

運命の日から二年が経とうとしているこの頃、クラウドの身の回りでは不可解な出来事が多発し始めていた。
自分の事を「兄さん」と呼ぶ謎の銀髪の三人組からの襲撃。明らかに何かを企んでいるかのような神羅の動き。そして、何者かに襲われてしまったティファと連れ去られた子供たち。こういった「何かが起きているのは分かるが、真相がまるで分からない」という言いようのない不安が、二年ぶりに彼の心を支配していた。
ただでさえ奈々というかけがえのない人を見失い、星痕症候群に侵され失意の中に居るというのに、そんな彼に追い打ちをかけるかのように切迫した状況がクラウドを更に追い詰める。


ティファと共に意識を失ってしまったクラウドは、何者かの手によってセブンスヘブンまで運び込まれていた。二人の住居を知っているということは、顔見知りの誰かだということは明白だ。
エッジにあるセブンスヘブンの二階で目覚めたクラウドは、暗闇に包まれる深夜の街を眺めながら思考に耽っていた。

星痕症候群とは何なのか、どうすれば治るのか。
あの銀髪の三人組は一体誰なのか。
神羅は何をしようとしているのか。
自分の周りで何が起ころうとしているのか。
その答えを知っているであろう、奈々はどこに居るのか。

考えたところで一向に答えの出ない疑問ばかりが、クラウドの頭の中を駆け巡る。
二年前の旅では、こんな風に不安な気持ちになった時はいつも傍に奈々が居た。自らを犠牲にしてでもクラウドを支え、導き、そしてあのやわらかな眼差しで見守ってくれる。そんな彼女が姿を消してから二年、クラウドは心のどこかで既に彼女との再会を諦めていた。
こんな事、とても仲間たちやザックスやマリンには言えないが「奈々を探すため」と言って始めた配達業も、今ではただ無心に日銭を稼ぐためのものになっている。
奈々が自ら望んで居なくなるわけがない。では、どうして彼女は自分の前から姿を消したのか。その答えは何度考えたところで、誰からも返ってくることは無かった。

「…何をすれば、お前にまた会えるんだろうな」

エアリスが言っていた「ライフストリームにも奈々は存在していない」という言葉。
最初こそそれは奈々が生存している証なのだという希望に思えたが、今のクラウドにはそれすらも「自分が星に還ったところで彼女には会えない」という絶望の言葉のように感じられた。
ぼんやりと考え事をしていたクラウドの背後で、意識を失っていたティファが「んん…」と小さな声を上げて目を開く。すぐに体を起こしたティファを一瞥したクラウドは「子供たちの行方はレノとルードが追っている」と短く告げた。クラウドの酷く他人任せな口ぶりに眉根を寄せるティファだったが、彼女はクラウドの方を横目で伺いながら「クラウド、星痕症候群…だよね」と静かに問いかけた。

「このまま死んでもいい、なんて思ってる?」

クラウドは、その問いかけに答えることが出来なかった。見事に図星だったからだ。自ら命を絶つような気はさらさら無いが、病の進行によって命を落とすことになるのならば抵抗の余地は無い。そう思っていたクラウドの思考を見透かしたように、ティファは「やっぱり」とつぶやいた。

「治療法がない」
「でも、デンゼルは頑張ってるよ? 『友達が治療法を知ってる、それを探してきてくれるって約束したから、それまで頑張るんだ』って、必死に生きようとしてる」
「それが真実だと、本当に思っているのか? 誰かがデンゼルを安心させるためについた嘘だという可能性は?」
「ふぅん…そういう事言うんだ。ねぇクラウド、どうしてそんなに壁を作ろうとするの? みんなで助け合って頑張ろうよ」

ティファは寂しそうな表情で「本当の家族じゃないから、ダメか」と諦めの混じった声色で言う。

「…俺には、誰も助けられないと思うんだ」
「奈々のこと、言ってるの?」
「約束したのに、結局はこの様だ。あいつを守れなかっただけじゃなく、ザックスのように信じて探し続けることもできなくなってしまった」

一層、表情を落ち込ませて俯くクラウド。ティファはそんな彼を見て大きなため息を吐いた。そしていつまでも過去の失敗を引き摺り続けているクラウドに「ずるずる、ずるずる…」と嫌気がさしたかのような顔で言った。

「いつまで引き摺ってんだ、と」

ティファの言葉を引き継ぐように口を開いたのは、いつの間にか部屋の中に入っていたレノだった。クラウドにもティファにも一切気取られることなく接近していたレノとルードに、二人は驚いた表情を浮かべる。攫われた子供たちに関する情報収集を頼んでいた彼らがここに来たということは、何らかの進展があったのだろうか。そんな期待の眼差しを向け、ティファは「どうだった?」と問いかけた。

「やつらが連れてった。目撃者がいたぞ、と」
「行き先は分かったか?」
「…忘らるる都。奴らの、アジトだ」

クラウドとティファが求めていた情報を見事に掴んで見せたレノとルードは、やはり優秀な諜報員だ。この短時間で目撃情報を手に入れただけでなく、彼らが向かった先まで調べ上げるとは。
ティファが感心していると、クラウドが小さな声で「頼む」と言った。それが、子供たちの救出をレノとルードに任せるという意味であることは、すぐに全員が理解できた。
立ち上がり「俺はルーファウスと話してくる」と言ったクラウドに、ティファは間髪入れずに「逃げないで!」と呼びかける。

「分かるよ、子供たちを見つけても何もできないかも。もしかしたらまた、救うことができないかもって不安なんだよね。でも、今を見つめて、戦おうよ!」
「でも…」
「奈々のこと、思い出してみて。あの子は色んな人を救ったけど、私たちの誰よりも強かったってわけじゃない。自分はあまり強くないからって言って、得意分野を伸ばして、いつでも全力で頑張ってた。自分にあるものを受け入れて、これからどうしたら良いのかを真剣に考えてた。私たちが奈々のことを疑ってしまった時だって、奈々は諦めないでクラウドのことを助けに向かったよね? 忘れちゃったの?」

ティファの言葉に、クラウドは思わず心のままに言い返してしまいそうになった。忘れるわけがないだろう、と。
誰よりも奈々の手に救われて来たクラウドが、彼女のことを忘れるはずがないのだ。けれど、ティファが先ほど言ったように「また救えないかもしれない」と思うと身が竦んでしまうのも事実だった。

「私だって奈々のこと、今だってすごく後悔してる。なんで傍にいてあげなかったんだろうって…あの時私が一緒に戦っていたら、奈々は無事にここに居てくれたのかなって、何度も何度も思ったよ。だからこそ、諦めたくないって思う…クラウドは違うの?」

完全に言葉を失ってしまったクラウドを見かねて、レノがぽつりと口を開く。

「…じゃあ、こう言ったらお前はどうする? アイツがアイシクルエリアに居た」
「あいつ…?」
「奈々に決まってんだろ」

レノの口から放たれた名前に、クラウドもティファも目を見開いた。二年間姿も影も見せなかった奈々が現れたと聞いたのだから、驚くのも当然だ。

「それ…それ、本当!? なんで、そんな所に」
「いや、まぁ、そりゃ色々あったんだよ。今も居るかどうかはわからねえが、とりあえず一週間前には居たはずだぞ、と」
「何故黙っていた」
「いやぁ…その…社外秘ってヤツだ」
「レノ…ハッキリ説明したらどうだ。ヘリから落下した奈々を置いて、そのまま帰って来たのだと」

こんな時ばかり饒舌になるルードの口を慌てて覆い塞ごうとするレノだったが、その言葉はしっかりとティファとクラウドの耳に届いていた。
二人からジロリと鋭い視線が投げかけられたレノは乾いた笑いを浮かべ「アジトはお前が行けよ、と」と言ってそそくさと立ち去った。

アイシクルエリアに奈々が居た。レノのその言葉が真実かどうかはわからなかったが、二年越しに聞く彼女の名はクラウドの体を動かすのに十分すぎるほどだった。クラウドは久方ぶりに瞳に鋭い光を携え、そして足早に扉の方へと向かう。

「ティファ、すまない。行ってくる」
「…うん。ちゃーんと、連れて帰ってきて!」
「ああ」

未だダメージの残る体ではとても行けそうにない。と歯がゆく思っていたティファだったが、一瞬垣間見えたクラウドの青く澄んだ瞳にいつかのような安心感を覚えた。二年前に見た、まっすぐに何かを見据えるような強い光が彼の瞳の中に存在したからだ。

「まったく、世話が焼けるんだから」

ため息交じりに吐き出されたその言葉だったが、ティファの表情には間違いなく微笑みが浮かんでいた。
彼女もまた、奈々が生存しているかもしれないという可能性を見出して心が救われたかのような気持ちでいるのだった。



***



レノとルードの情報の通り、攫われた子供たちは忘らるる都に集められていた。しかしカダージュが洗脳のようなものを施したのか、子供たちは自我を失いカダージュの思うがままに動く操り人形と化していた。子供たちを救出するためにカダージュたちに戦いを挑んだクラウドだったが、戦闘能力が非常に高い三人の前にただ追い詰められる一方であった。

そんな中、窮地に陥ったクラウドを助けに来てくれたのはかつて星を救う旅をした仲間であるヴィンセントだった。
忘らるる都から少し離れた場所まで逃げたクラウドは、ヴィンセントに「何が起きているんだ」と問いかけた。


「私はここによく来る。だから、奴らの事は知っていた」
「奴ら…」

ヴィンセントはクラウドの予想通り、かなり彼らの情報について詳しかった。
そして、星痕症候群が何なのかという事まで子細に突き止めていたようで、クラウドの腕を掴みながら星痕症候群のメカニズムを説明した。

「体内に入り込んだ異物を排除しようとする体の過剰な働きが原因らしい」
「異物?」
「ジェノバの思念、だそうだ。細かいことが知りたいのなら詳しい奴に聞け」

現時点でヴィンセント以上に詳しい情報を持っている人物など存在するのだろうか。そう疑問に思ったクラウドだったが、彼らの居る空間に「ガサガサ」という明らかなる足音が響いたことで会話が打ち切られた。その足音は徐々にクラウドたちの元へ近づき、そして草をかき分けるようにして小さな体が飛び出して来た。

「…マリン?」
「クラウド!」

必死に逃げて来たのだろう、息を切らせたマリンがクラウドに飛びついて来る。彼女の足で「よくあの三人から逃げ果せたな」と思ったクラウドはそのままマリンに質問をした。

「よく逃げられたな」
「奈々が助けてくれたの」
「奈々が…? 本当に居るのか、ここに」
「…逃げ遅れたのか、あいつは」

ヴィンセントの言葉に、クラウドがパッと顔を上げる。逃げ遅れたとはどういうことなのだろう。ヴィンセントは端的に「お前を救出するために同行したが、随分と戻りが遅い」と告げる。
奈々があの三人組に追われているのかと考え至ったクラウドが冷や汗を流した瞬間だった。辺り一面にゴウッと凄まじい風が巻き起こった。マリンが「きゃっ」と小さい悲鳴を上げ、クラウドにしがみ付く。
クラウドはそんなマリンを押さえながら、風の発生源である上空を見上げる。遥か上空から色鮮やかな金色の羽を持つチョコボが舞い降りて来るのが見えた。


「クエェーッ♪」
「みて、クラウド、チョコボが飛んでる!」
「いや、マリン…あれは…飛んでいると言うか」
「落下してきている、な」

白い木々の間を縫うように落下してくる金色のチョコボは、空を舞うのが心底楽しいようだ。ご機嫌な様子で鳴きながらバサバサと羽をバタつかせている。
そのあとを追うように「ひゃああああ〜っ!」という悲鳴が響き、その悲鳴はやがて「エアロ! エアロ! エアローッ!」と何度も風の魔法を唱える声へと変わった。

ビュウビュウと吹き荒れる風に乗って軽やかに地面に着地したチョコボ。そして、そのすぐ横にズデンと尻餅をついたのは、奈々だった。


「あだだ…ほんと…なんなの、エスケプ使ってみたら…ただのぶっ飛びカードじゃん…」
「奈々…」

クラウドが発した、非常に小さな声。その声に反応した奈々が顔を上げ、クラウドを見る。唖然とした表情から一転して、頬を上気させて花のような笑顔を浮かべたのだった。
奈々は「く、く…クラウド! うわーっ、クラウド! クラウドだー!」とそれ以外の言葉を忘れてしまったかのようにクラウドの名を呼び、そしてマリンが居る逆の方からクラウドに抱き着いた。

「クラウドー! 会いたかった! やっと会えたー!」
「奈々、本当にお前なのか」
「私です!」

クラウドの記憶に残った姿のまま、再び現れた奈々。忙しなくクルクルと変わる表情も、溌溂とした声も、温かい手の感触も、全てがクラウドの覚えている奈々そのものだ。
そんな奈々に対し、クラウドは数えきれないほどの疑問が沸き上がってきた。が、彼の口をついたのはただ一言だけだった。

「奈々」
「うん?」

大興奮しながらもクラウドの呼びかけにはしっかりと反応し、耳を傾ける奈々。クラウドは彼女に微笑みかけ「俺も、会いたかった」と静かに告げた。


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