FF夢


 9-04



人間の足では到底越えられないような急斜面も何のその、私を背に乗せたクーちゃんはネズミ返しのような形状をした崖をも軽々と登り切り、海チョコボとしての能力の高さを見せつけた。ほぼ垂直に近い斜面ですらスイスイと登っていく様は流石としか言いようがない。むしろ、背中に乗っている私のほうが必死になってしがみついているくらいだ。

クーちゃんのおかげで無事にアイシクルロッジへとたどり着いた私だったが、ちょっとした問題が二つほど浮上していた。一つ目は手持ちのギルが殆ど無いこと。道中でようやく気付いたのだが、今まで入手したギルやらアイテムやらが悉く見当たらないのだ。強くてニューゲームをしたけどアイテムは引き継げなかった時のようなやるせない気分である。
今の持ち物は丹精込めて育てたマテリアと、いつぞやゴドーから譲り受けた片手剣のみ。これだけあれば道中で死ぬようなことは無いのだが、如何せん先立つものが無いと不安でしょうがない。
まぁ、ギルならばモンスターを退治すればよい話なのだが…二つ目の問題がそれを阻む。実は先ほどからなんだか体調が悪いのだ。ガンガンとした頭痛に加え体の節々の痛み、そして全身を襲う寒気。久しぶりに感じたこの感覚は…おそらく風邪だろう。少し考えてみれば原因は明らかだ、猛吹雪が吹き荒ぶこの極寒の地で薄っぺらいカットソー一枚。しかも雪に濡れた状態で数時間雪原をウロついたのだから体調を崩して発熱していてもおかしくはない。こうはならないようにと今までアイシクルエリアに立ち入る際の服装には十二分に気を付けてきたというのに。私を姑息なやり方で北の大空洞に連れてきた神羅なんか嫌いだこんちくしょう。

すっかり日が暮れてしまったアイシクルロッジはとても静かで、村の中には私とクーちゃんの「ぎゅむ、ぎゅむ」という雪を踏む音だけが響く。建物から漏れる柔らかな明かりを頼りに村の中を進めば、やがてこの村にある唯一の宿屋に到着した。扉を開けて中に入ると、ベルデスクには見覚えのある金髪の女性が座っている。彼女――ダリアは私を見るや否やハッとした表情を浮かべた。

「奈々!?」
「ダリアさん、久しぶり」

へらりと笑って手を振れば、ダリアは態々立ち上がってこちらに歩み寄って来てくれた。ミディアムほどの長さの髪がゆるりと巻かれ、照明の光を受けてきらきらとはちみつのように輝いている。
透き通った美肌につやつやの唇…相変わらず、どこからどう見ても美しい人だ。

「ザックスから奈々が行方不明だって聞いて心配していたのよ。久しぶりに見たと思えばこんな薄着で…一体どうしたの?」

私が姿を消していた間、ザックスが行方を捜してくれていたのだろう。こんな雪国まで来てくれていただなんて、申し訳ない気持ちの反面で嬉しさも感じてしまう。

「色々ありまして…私は全然こっちに来るつもりじゃ無かったんだけど、無理やり」
「無理やりって…ねぇ、奈々、顔が赤いわよ」

私の両肩を掴んでいたダリアの手が、互いの額に移動する。柔らかくて少しひんやりとした手が心地よくて目を閉じれば、ダリアは「やだ、熱があるじゃない」と言った。

「すぐに休んだ方が良いわね。部屋を準備するから」
「あの、でも、今ちょっと手持ちが無くて…体調が治ったらちゃんと払うから、後払いで泊めてもらえないかな…」
「何言ってるの! 病人からお金取るつもりなんて無いわよ、気にしないで休みなさい」

非常識な頼み事にも嫌な顔ひとつせず、ダリアは私にルームキーを渡してくれた。そう、私は彼女と再会した上でこうして頼みを聞いてくれることを祈っていたのだ。全く見ず知らずの人にはとても頼めないが、彼女であれば後払いすると言えば宿泊させてくれることだろう、と。彼女と上手く再会できてよかった、本当によかった。ダリアは宿の外から心配そうにこちらを覗き込むクーちゃんに「ほら、あなたも一緒においで」と声をかけた。宿泊施設だというのにチョコボの出入りまで許してくれるなんて、彼女は女神か何かだろか。クーちゃんも羽をぴっちりと閉じて身を縮こませながら私の一歩後ろを歩いている、クーちゃんなりに周りにぶつからないよう気を付けているのだろう。賢い子だ。
部屋に到着すると、ダリアは私に着替えや毛布を手渡して「食欲はある? シチューとかスープ、持ってきましょうか」と問いかけてくれる。正直食欲は無かったが、何か食べなければ回復が遅れるということは痛いほど分かっていたため「スープがいいな」と彼女の申し出を有難く頂戴することにした。
部屋の中は体の大きめなクーちゃんには少々窮屈なのではないかと思ったが、クーちゃんは私と一緒に居られる嬉しさの方が大きいようだ。小さく「クェッ」と鳴いた後に部屋の中心にあるラグの上にちょこんと座った。

そのすぐ後にダリアが持ってきてくれたオニオングラタンスープで体を温めれば、眠気とともに眩暈も増したような気がする。きっと気が抜けたことによって体が限界を訴えているのだろう。こうなったらもうひたすらに眠るしかないと判断した私は、眠気に逆らうことなくふかふかのベッドに身を沈めて大人しく目を閉じた。


***


ダリアの看病のもと休息を取った私だったが、完全回復するまでに四日間という時間を費やしてしまった。自分でも驚くほどの高熱に見舞われた私は熱に浮かされながらひたすら食事と水分と睡眠を取り、ようやく体調が戻ったのだ。十代の頃は体調を崩しても一日眠れば即座に回復していたというのに… 私が寝込んでいた間、クーちゃんはダリアの手伝いをしてくれていたようで、ダリアから「あの子すっごく力持ちなのね! 沢山荷物持ちしてもらっちゃった」というコメントをもらった。なんと出来たチョコボだろうか。そして何より、この四日間ずっと部屋を貸してくれただけでなく看病までしてくれたダリアには本当に頭が上がらない。

体調が戻った私はまず、彼女から借りたゆるりと大きめのニットとスキニージーンズ、足元はムートンブーツのようなモコモコとしたブーツを履き、その上から厚手のコートとマフラーを巻いた完全防備で雪原に出た。何をするかと言えば、もちろんギルの荒稼ぎだ。何をするにもまずはダリアへのお返しをしなくてはならないので、四日分の宿泊費に加えて食費や薬代、迷惑料も込み込みで多めにギルを渡さなければ私の気が済まない。
幸いなことにここはアイシクルエリア。大氷河に出れば、弱点属性がハッキリしたモンスターがウジャウジャと存在するのだ。あとは全体化したファイガで燃やしまくれば一日か二日やそこらで多少纏まった額のギルが手に入る。
こちとら魔晄の影響で魔力は無尽蔵に近いのだから、ファイガを連発したところで何のダメージもない。戦闘になると毎回思うがエーテルいらずのこの体は非常に便利だ、ありがとう神羅。やっぱり大好きだ。

そうして二日間にわたり生態系を壊すレベルでそこら辺のモンスターを狩りつくし、ダリアにギル袋を押し付け、自分の服やら装備やらを買い揃え、ようやくまともに動けるようになった。
既に北の大空洞でのカダージュたちとの邂逅から七日が経過し、十一月二十八日となっていた。カダージュたちが本格的に行動を開始するのが北の大空洞の騒動から二週間後であるから、アドベントチルドレンが始まるまであと一週間しかない計算になる。ツォンとイリーナは無事に逃げ果せているだろうか?
心配になった私はクーちゃんと共に忘らるる都へと赴くことにした。万が一、まだ救出されていないのであれば早めに助けてあげなければ。今回の件は完全に神羅による自業自得と言えなくもないが、そもそもあの場で彼らがジェノバの首を回収していなければ一週間前に突然セフィロスが再臨していたことになる。結果的に時間稼ぎをしてくれたということになるし、できることなら助けたい。そして再び彼らに恩を売っておけば、後々何かしらの役に立つこと間違いないのだから。

アイシクルロッジを出発してから数時間、時刻は夕方に差し掛かった頃だった。無事に忘らるる都へと到着した私とクーちゃんは、白く光る木々の間に身を隠しながら静かに都へと忍び込んだ。カダージュたちが潜伏地に使っている以上、この忘らるる都のどこから彼らが襲い掛かってくるのか分かったものではない。クーちゃんも辺りを気にして静かに歩いていたが、突然何かを聞き取っているかのような素振りを見せた後に「クエェ」と私になにか語り掛けてきた。
当然チョコボの言葉は理解ができないが、クーちゃんは私の後ろに回って背中をぐいぐいと押してくる。されるがままにクーちゃんの行きたい方向に歩いて行けば、やがて水の祭壇の近くまで来ていることに気が付いた。

「ちょちょ、クーちゃん、ここはまずいって…!」
「クェ」

水の祭壇はまさしくピンポイントでカダージュたちがアジトに使っている場所だ。あまり接近しすぎては危険だと訴えれば、クーちゃんは私の背中を押すのをやめた。するとどこからか「ジャリ」という地面を踏む音が聞こえ、私は心臓がビクッと跳ね上がるのを感じた。これはまずい、非常にまずい。
恐る恐る音がする方を向けば、巻貝の家の近くに黒くうごめく何かが潜んでいるのが見えた。クーちゃんが「クエッ」と鳴いた瞬間、その黒いものが勢いよくこちらへと飛び出して来た。思わず身構えて「ひゃっ」と叫び声を上げた私は、早鐘を打つ胸を押さえながら剣に手をかけた。

「あ、あれ…ささみと…クジャ…?」

巻貝の家の裏から飛び出してきたのは、なんと山川チョコボのささみとクジャだった。すっかりカダージュたちだとばかり思っていた私は、思わず深いため息を吐いた。
二羽は私とクーちゃんの姿を見ると「クエェ〜」と甘えるような鳴き声を上げてすり寄って来る。二羽との再会を喜んでいたが、とりあえずこの場から離れなくてはということを思い出した。

「みんな、ここから少し離れよう。いつ誰が来るかわからないから」
「クエッ」

私がそう言えば三羽とも足音を立てないようにそろそろと歩いてくれた。しばらく歩いて白い木が立ち並ぶ森の中に入れば、ようやく落ち着いて彼らと向き合うことができた。
よく見てみるとささみとクジャは羽が所々くしゃくしゃに乱れており、何かと戦った痕跡のようなものが見えた。慌てて回復魔法をかけてやれば、ささみはうっとりと目を閉じて私の肩に頭を預けてくる。うーん、相変わらず可愛い。ささみもクジャも何故ここに居るのか分からないが、もしかしたら私やザックス、クラウドと過ごしたこの地を住処にしていたのかもしれない。

せっかく再会できた二羽を休ませてやりたいと思った私は、とりあえず偵察は後回しにして森の中に簡易的なテントを張った。念のためと思ってショップで買っておいてよかった、神羅が発売している緊急用テントのセットは驚くほどコンパクトなのに強風にも耐えうる強度が売りらしい。…とはいえ、もう既に販売元の神羅カンパニーが無いのでこれ以上店頭在庫が増えることも無さそうだ。
テントを張りはしたが、私は外に焚火を作ってクーちゃん、ささみ、クジャと共に地面に座り込んだ。アイシクルロッジ周辺よりも幾分気温の高いこの場所なら、外で過ごしても命を落とすようなことは無さそうだ。むしろ今は両脇をふかふかのチョコボに囲まれており、非常に暖かい。

こうしてささみたちと共に焚火を囲んでいると、ザックスとクラウドと一緒に旅をしていた時のことを思い出してしまう。
あの頃は常に全身全霊でザックスを生かすことだけを考えていて、だけど彼らと一緒に旅をしている事への喜びもあって、大変だったが楽しさもあった。私の膝に頭を預けてくるささみを撫でながら、楽しかった旅の記憶をぼんやりと呼び起こすと心がほかほかと温まるような気がした。ささみがこうしていつも以上に甘えてくるのは傷を負った心細さか、それとも二年間会えなかった私のことを懐かしんでくれているからだろうか。どちらにせよ甘えてくれるのは嬉しいことに変わりない。右隣で嬉しそうに体を揺らすクーちゃんに寄りかかりながら、私は少しだけ目を閉じた。


すっかり眠り癖がついてしまった私が目を覚ましたのは、体感で数時間が経過した後のことだった。頬を撫でる風が冷たさを増し、ふと目を開けば辺りはとっぷりと日が暮れていた。白い木々の放つ光が一層幻想的に見える中で、私の視界に血の如く真っ赤な塊が飛び込んできた。風にあおられてヒラヒラと舞う赤い布、その主はかつて共に旅をした、ヴィンセント・ヴァレンタインその人だった。

「ヴィンセント!」
「久しいな、奈々」

相変わらず地を這うようなローテンションボイスだったが、彼の場合はそんなところに安心感を抱いてしまう。そういえば彼はこの場所によく来ると言っていたし、アドベントチルドレンにおいてもカダージュたちに捕らえられたツォンとイリーナを助けた張本人だ。今このタイミングで忘らるる都に居たっておかしくない。

「今までどこに雲隠れしていた?」
「うーん…嘘ついたってしょうがないから言うけど、私にもよく分からなくて。 時空? 次元? の狭間? 的な?」
「随分と曖昧だな」
「運命の日の翌日…ザックスとエアリスと一緒にウェポンと戦った直後から、私はこの世界に居なかったみたいで」

私の酷くあやふやな説明にも静かに耳を傾けてくれるヴィンセント。彼は途中で口を挟まずに最後まで話を聞いてくれるから、説明するこちらとしても非常にありがたい。私はヴィンセントに最近起きた出来事を包み隠さず打ち明けた。ベリルウェポンとの戦いに始まり、次元の狭間でベリルウェポンと対話をしたこと。そしてつい一週間ほど前に目が覚めて、クラウドの所まで連れて行ってやるという神羅の口車に乗せられて北の大空洞まで連れて行かれたこと。

「気が付いたら北の大空洞まで連れて行かれて、何をするのかと思えばセフィロスが残していったジェノバの頭部の回収だったの。そこで思念体三人に襲撃された挙句、ヘリから落下してそのまま雪原に置き去り…もう散々だよ」
「…疑問点がいくつかある。神羅は何故、ジェノバの首を回収したんだ」
「私にも良く分からないけど、まぁ、使い方によっちゃすごく便利だからね。ソルジャー計画で軍事力を跳ね上げた神羅だから、ジェノバ細胞を手元に置きたかったのかも」

ヴィンセントから問いかけられてみて初めて思ったが、確かに神羅はジェノバの頭部を手にして何をしたかったのだろうか。作中で語られていないことは私にも分からないし、自分の推測だけを告げた。

「思念体とは何だ?」
「ライフストリームに溶けなかったセフィロスの残留思念が人の形をして現れた存在のこと。銀髪の三人組がここに来なかった?」
「ああ、連中か。ツォンとイリーナを連れて来ていたな」
「そう! そういえば、ツォンとイリーナは無事かなぁ」
「分かり兼ねる」

この口ぶりだと、どうやら救出には至っていないらしい。むしろアドベントチルドレンを視聴した際に「よくヴィンセントが自発的に彼らを助けたなぁ」と疑問に思っていたから、これはこれで納得のいく行動ではある。
しかし、こうしてヴィンセントとも再会できたのだから少し手助けをしてもらおうじゃないか。むしろ私だけでは二人を救出することなど不可能に近い。

「ヴィンセント、頼みがあるんだけど」
「面倒事か」
「さすが、よくお分かりで」

彼の中での私は、おそらくトラブルメーカーに類する人物なのだろう。否定はしない。
心なしか少し嫌な顔をしたヴィンセントだったが、こういう時の私の粘り強さを知っているからか数秒間の沈黙の後に「…言ってみろ」と言ってくれた。

「やった!」
「何度断ろうが食い下がってくるのだろう、お前は」
「もちろん。目的のためなら手段は選びませんもの」

ふふふと笑って見せれば、ヴィンセントはもう一度ため息を吐いた。さすがに一緒に旅をしていただけあって、私の諦めの悪さをよく理解してくれているようだ。

「ツォンとイリーナの救出作戦、手伝ってほしいの」
「まぁ、予想はしていたが…お前を厄介ごとに引きずり込んだ連中を、何故助ける?」
「うーん…ツォンとイリーナに関してはそんなに酷いことされたわけでもないし、ここで貸しを作っておけば後々役立つでしょ?」

私の答えを聞いて数秒間黙っていたヴィンセントだったが、おもむろに立ち上がり「少し探って来る」と言って姿を消す。なんとも行動が早くて助かる。偵察とあっては私が同行したところで足手まといになるだけだろう、大人しくここでヴィンセントの帰りを待ったほうがいい。
そう判断して三羽のチョコボと共にヴィンセントを待っていると、彼は僅か一時間ほどで戻ってきた。

「おかえりなさい」
「決行は明日だ。三人のうち二人がエッジへ行くと言っていた」

忘らるる都に残るのが一人だけとは、千載一遇チャンスではないか。三人を一度に相手取るのは非常に厄介であるが、一人だけならば何とかなるかもしれない。もちろん、ヴィンセントと一緒だということが大前提だが。
ヴィンセントに気を引いておいてもらい、その間に私とささみたちでツォンとイリーナを運び出す。そんな雑な作戦を立て、私たちは明日に備えることにした。

「二人を運び出したら私に構わず先に行け。救出さえ終われば、その後は合流する目的も無いだろう」
「その通りなんだけど、相変わらずクールを通り越してドライだよね」
「私一人ならば撤退も容易だが、荷物が在り過ぎると動きが鈍る」
「お荷物ですいませんねぇ!」

キィキィと文句を言えば、ヴィンセントはマントの襟で口元を隠しながらクックッと小さく笑い声を上げた。わぁ、ヴィンセントが笑った。その珍しい光景に、私の中の負の感情が綺麗サッパリ消え去る。

「明日に備えて眠っておけ」
「さっきまで寝てたから眠くないんだよね」
「…まるで子供だな」
「何十年も棺桶で寝てたヴィンセントには理解できないかもだけど、人間って起きたばっかりだと眠れないんだよ?」
「まったく、喧しいことだ」

喧しいと文句を言いながらも立ち去る素振りを見せないヴィンセントに、つい口元がにんまりと笑んでしまう。なんだかんだ言って仲間には優しいのが、彼の良い所だ。


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