FF夢


 9-03



目を覚ましてから数時間後、体に異常も見られなかったので私は早速スキッフに乗り込んで上空を飛行していた。やかましいプロペラ音に会話を邪魔されないようにと着けたイヤホンからはツォンとイリーナの会話する声が聞こえてくる。
私は二人の会話に耳を傾けながらも、今自分が置かれている状況を頭の中で整理していた。

運命の日の翌日、ベリルウェポンと戦ったのが0008年の1月22日。そして今日が0009年の11月21日…大体二年近くもの期間、私はこの世界から姿を消していたことになる。
不可抗力とはいえクラウドとの約束を反故にしてしまった罪悪感が胸の中をぐるぐると巡り、一刻も早くクラウドの元へ行かなければと気が急いてしまう。そんな私にとって、ルーファウスからの申し出は非常に有難かった。
とりあえず今言えることは、アドベントチルドレンが開始する前の時期に活動することができて本当に良かった…という点だ。これを逃していたら私は発狂しながらベリルに喧嘩を売ることだろう。

『しかし…ずっと姿を消していたかと思えば突然死にかけの状態で現れて…一体今までどこに居たんだ?』

耳元のイヤホンから、操縦席に座るツォンの声がする。自分がどこに居たのかなんて自分が一番分かっていないので、答えようが無い。…というか「次元の狭間にいました!」なんて正直に答えたら今度こそ変人扱いされてしまいそうで恐ろしい。

「私にも分からないんですよね。体感だと運命の日から一週間くらいしか経ってなくて」
『おかしいですね。誰かに監禁されていたなら、少なくとも時間の経過は分かるでしょうし』

今度はイリーナの声だ。言いようによっては確かに監禁に近い状態ではあった。私の意思とは関係なく、この世界から隔絶された空間に居たのだから。

「怪我をしたまでは覚えてるんだけど、気が付いたら魔晄でいっぱいのカプセルの中だったから…まぁ、目覚めた瞬間に見たのが宝条じゃないだけマシかも」
『それ、間違いないですよ。どちらにせよ、また会えて良かったです』

まさかイリーナからそんな一言がもらえるとは思っておらず、私は何だか嬉しくなってしまい反射的に「私も! 会えてうれしい!」と答えた。

「でも、流石タークスですよね。世界中を転々と移動してるクラウドの所在まで把握してるなんて」
『ああ』

ツォンの短い返事を聞いた私は、今しがた自分から放たれた言葉に疑問を抱いた。果たして彼らは本当にクラウドの居場所を知っているのだろうか?
アドベントチルドレンでクラウドの力を借りようとした彼らが、態々ティファを経由してクラウドと連絡を取っていたというのに?
胸にざわりと走った嫌な予感を解消するため、私は「ところで、今どこに向かってるの?」と問いかけた。

『目的地ですか? アイシクルエリアですよ』
「…まさかとは思うけど、北の大空洞じゃない…よね…?」
『あっ、流石ですね! やっぱりお詳しい!』
『イリーナ。頼むから口を閉じていろ』

いつぞや見たことのあるやり取りをするツォンとイリーナ。思わず立ち上がって小窓から外を伺えば、ビュウビュウと吹き荒れる吹雪に紛れているが少し離れた場所から黒い機体がちらりと見え隠れしている。神羅マークの入ったあれは、今私が乗っているのと同じヘリコプターであるスキッフだ。
二台のスキッフに、ツォンとイリーナ、そして北の大空洞。これだけのワードが揃っていて状況の分からない私ではない。

これ、アドベントチルドレン、始まってね?
全身からドッと冷や汗が噴き出してくると同時に悟った。ルーファウス神羅に騙されたのだと。

「やだ〜!! 降ろして、今すぐ降ろして! フラグがビンビンじゃないですかヤダ〜!!」

座席から立ち上がったまま扉をバンバン叩くが、返って来たのはジンジンという掌の痛みと『勝手に飛び降りたら大雪原に孤立状態になるぞ』というツォンの無情な一言だけだった。

『そこまで嫌がるという事は、北の大空洞に何かあるんだな』
「お察しの通りですけど、どうせ何言っても降ろしてくれないし引き返してもくれないんでしょ!」
『よく分かっているな』

この時点で彼らにカダージュたちの事を伝えるかどうか、頭の中で葛藤が生まれた。
だがしかし、知っていようがいまいが彼らは任務を遂行するだろうし、ジェノバの首を持ち帰らなければならないのも事実だ。

「多少知ってることはあるし、多分めちゃくちゃピンチになって死にかけると思う。回避するにはこの任務を中止するしかないけど…」
『では、覚悟して行くのみですね、ツォンさん』
『そうだな。肝に銘じておこう』

予想していた通り、彼らには任務を遂行するという選択肢しか無かった。そうだよね知ってた、タークスってそういう人たちだもんね。
こうなったら、私が生き残るには死に物狂いかつ自力でカダージュたちに抗うしか無いのだと、改めて思い知らされた。

「前もってお伝えしときますけど、私はジェノバの首なんか見たくもないし、いざとなったら一人で逃げますからね」
『相変わらず薄情なことだ』
『大丈夫ですよ。勝手に巻き込んでいるのはこちらなんですから、恨みません!』

なんとも軽いノリで返って来た言葉の数々に、私はつい開き直りそうになる。
本音を言ってしまえば、ジェノバの首なんぞに命をかけるなんて絶対に嫌だ。私はクラウドと再会して今度こそ幸せに穏やかに過ごすのだから、易々と命を賭けたりできないのだ。

そんな会話から数分後にはスキッフが北の大空洞上空へと到着し、何やらレノと通信している声が聞こえて来た。残念ながらレノからの音声は私に聞こえないよう設定されているらしく、そういう所がタークスたる所以だなぁとしみじみ感じた。
ゆっくりと降下していくにつれて暗くなっていく景色に、私は自分自身にシールドやヘイストといったバフを掛けておく。ここの所ケガばかりしているし、そろそろ無傷のままでキープしたいのだ。

やがて最深部まで降下すると、スキッフは僅かに平らになった地面の上に停まった。蟻の巣のように複雑だった大空洞内部は、どうやらポッカリと広い大穴に変貌しているようだ。運命の日に噴き出したホーリーの影響だろうか?
ずっと「クラウドたちが何日もかけて進んだ道のりを…ヘリで…!?」と疑問に感じていたが、確かにあのエネルギーが噴き出したとあっては地形くらい変わって当然だ。
イリーナとツォンが操縦席を離れて大空洞内部の捜索を開始する。私は、進むのも嫌だが取り残されるのはもっと嫌だったので、剣を引き抜きながら二人の後に続いた。

停止中のスキッフのライトが照らす場所を捜索していたイリーナが、何かを発見して「ツォンさん、見てください」と声を上げる。ああ、とうとう聞き覚えのあるフレーズが飛び出してきてしまった。

「うん…当たりだな」
「なんだか気持ち悪いですね…」

二人が覗き込む先には、きっと見たくもないグロテスクな生首が転がっていることだろう。
あえてそちらを注視しないようにしていると、ツォンが黒いケースを取り出して黒ずんだ塊をその中に格納した。中身がどうなっているのかなんて知りたくもないので「用が済んだらさっさと退散!」と二人を急かす。

「そうだな。レノ、頼む」

通信機に向かってそう告げるツォン。帰りはぜひともレノの方のスキッフに乗りたいのだが、どうにか言い出せないだろうか。そんなことを考えている私の視界に、とうとう黒い靄のようなものが飛び込んできた。
「まずい」と思ったのも束の間で、大空洞内部に数発の銃声が響いた。
黒い靄は急速にその姿を人型に変え、あっという間に三人の銀髪の男が姿を現す。まさかカダージュ、ヤズー、ロッズが蘇る瞬間をこの目で直接見ることになろうとは…
一瞬の現実逃避の間に、ヤズーが放ったであろう銃弾が私たちに牙を剥く。私は事前にかけておいたシールドのおかげで傷を負わずに済んだが、イリーナは銃撃をまともに食らってしまい苦しそうなうめき声を上げた。

「イリーナ!」

このまま蜂の巣にされてはたまらないので、目くらましのファイガを地面に向かって放った。
爆炎に巻き上げられた土が煙幕のように広がり、双方の視界を塞ぐと同時にカダージュたちへ「そんなに無暗にバンバン撃ってたら、あなたたちの『母さん』が怪我するかもよ!」と大声を上げる。
私の言葉に反応した彼らが攻撃をピタリと止めたその時だった。いつの間にかこちらに接近していたツォンが、私にあのケースを押し付けて来たのだ。

「これを持ってレノの方まで行ってくれ」
「は? えっ、私が!?」
「レノ、聞こえたな。梯子を一瞬だけ降ろしたらすぐに上昇するんだ」

戸惑う私を尻目に、ツォンはまるで私を庇うような体勢で私の背を押す。騙されないぞ、これジェノバの首を守ってるだけだからね、この人。耳元で「プツプツ」という音がしたと思いきや『了解』というレノの声が私のイヤホンからも聞こえた。

『降ろすぞ、すぐに掴まれ!』
「わかった!」

レノの合図と共に頭上から黒い縄梯子が落ちて来る。土煙が収まる前になんとか梯子にしがみ付き「レノ、オーケー!」と声を上げれば、肩関節が持っていかれそうな勢いでスキッフが上昇し始めた。
急上昇していくと同時に縄梯子がスルスルと自動で巻き取られて行き、私は労することなくスキッフの乗り込み口付近まで上がることができた。とはいえ片手が塞がっていてはどうすることもできないので、右手に抱えていた黒いケースを振りかぶり、思い切りスキッフの中へと放り投げた。
ガン! ゴン! という音に、私が何をしたのか合点がいったらしいレノが「おいおい! 危ねえぞ、と!」と抗議の声を上げるが、ジェノバなんて細胞レベルで粉々になっても自力で集まるほどの生命力があるのだから気にしないでもらいたい。

ようやく両手が使える状態になったのでスキッフの中へとよじ登ろうとした瞬間、私の全体重を支えていた梯子に一発の銃弾が命中した。まぐれ当たりにしてはピンポイントすぎやしないだろうか。
唯一の支えを無くした私の体はあっけなく宙に投げ出され、内臓がひゅっと浮かび上がるような嫌な感覚が私を襲った。

「お…落ちてるううぅ!」
『ハァ!?』
「トットトト…トルネドー!」

このまま大空洞内部に落ちてたまるか、と私は最大風力のトルネドを放つ。勢いよく渦巻く突風に巻き上げられた私は、何とか大空洞の外へと飛び出すことができた。…の、だが。

「依然として空中ーっ!」

猛スピードで落下していく体を捻り、せり出した岩壁に接触しないようエアロを数回に渡って放つ。どうにか落下の勢いを殺した私だったが、体勢が整わないまま降り積もった雪の上に墜落した。
エアロと雪のお陰で私の体がグチャグチャの潰れたトマトにはならずに済んだが、耳元で響く『悪いな、任務優先するけど恨むなよ、と』というレノの薄情な声と共に通信機がプツンと音を立てて静かになった。

知ってた。知ってたけど、これほどあっさり見捨てられるとはね!
私も「いざとなったら一人で逃げよう」と思っていたのでお互い様ではあるのだが「巻き込んだ側」と「巻き込まれた側」という立場の違いが、私の胸に釈然としない気持ちを残した。
そういえば落下の途中でカダージュの『かならず…いに…行くからね…』という途切れ途切れの声が聞こえてきたが、生存するのに必死で何のリアクションも取れなかったなぁ。実際に彼らに襲撃された今思い返してみると、非常に恐ろしくて背筋が凍る。
…というか、雪の中にがっつり埋まってしまっているのでリアルに凍えそうだ。
レインからもらった薄手のカットソーに、自らの体温で溶けた雪が冷水となってジワジワしみ込んでくる。やばい、この極寒の地を進むにはこの服は薄すぎる。

なんとか雪の中から這いずり出た私だったが、一面真っ白の銀世界に一人で放り出されていることを認識するや否や絶望感に打ちひしがれた。方角もわからないこの状況で、どうやって進めと。
冷えた体を温めるには例の山小屋に行くかアイシクルロッジに行くかだが、この状況ではどちらも現実的ではない。
山小屋は正直小さすぎて、この広大な雪原で見つけられる自信が無い。
そしてアイシクルロッジへ行くにはたった一人で雪原を進み、大氷河を抜け、いつぞやスノーボードで飛び降りた崖をよじ登り、長く果てしない急斜面を上って行かなければならない。普通に無理だ。
どうしよう…と途方に暮れていると、背後からドスン! という謎の衝撃が走り、私は前方に向かって勢いよく突き飛ばされた。なんなんだ、泣きっ面に蜂とはまさしくこの事だ。

顔面から雪に突っ込み、半べそをかきながら「何なの!!」と叫び声を上げると、頭上から「クエェー!」という可愛らしい鳴き声が響いた。絶体絶命な上に野生のチョコボに喧嘩を売られるなんて…とチョコボの鳴く方を見上げれば、私のことをきらきらと輝く瞳で覗き込んでいるチョコボと目が合った。
今まで目にして来たチョコボよりも体が大きく立派なそのチョコボは、明るくて鮮やかな羽をしている。つぶらな瞳で何かを期待しているかのように見つめて来るチョコボを眺めていると、私の口から「…クーちゃん?」という言葉が無意識のうちに飛び出していた。

「クェッ!」
「うそ、ほんとにクーちゃんなの!?」

名前を呼んだ瞬間に羽根を広げてバサバサと羽ばたきながらジャンプをするこのチョコボは、どうやら本当にクーちゃんらしい。
私の知っているクーちゃんとはあまりにも違うサイズ感だったが、普通に考えて二年も経てば大抵の動物は成体になることだろう。何故クーちゃんがこんな所に居るのかは分からないが、今の私にとってこれほどの助けはない。
クーちゃんに近づいて思い切り抱き着けば、ふかふかで暖かな羽が私の冷え切った体をじんわりと暖めてくれた。

「クーちゃん! 会えてうれしいよ、覚えててくれたんだね! 私の事、助けてくれるの?」
「クェ!」

任せろ! と言わんばかりに胸を張り、そして私を背中に乗せようとしゃがんでくれるクーちゃん。ついこの間までふわふわの雛チョコボだったというのに、今はこんなにも頼りになるだなんて。
クーちゃんの成長を見守れなかったことは大変悔やまれるが、僅かな時間しか一緒に居れなかったにも関わらずクーちゃんが私のことを覚えてくれていたのがとても嬉しい。

「よし、クーちゃん。アイシクルロッジまでお願い!」
「クエェー!」

私の声を合図に、クーちゃんは足取りも軽く走り出す。
その軽快なステップと楽しそうな様子に、私まで気分が明るくなっていった。




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