鬼ごっこ
「………」
閻魔殿の今は使われていない物置きと化した部屋。
その部屋の片隅に置かれた机の下でじっと息を潜める鬼女が一人。
京子は耳を澄ませ外の様子を伺う。
追っ手が来る気配はない
少し安心して一息付くが、ここもいつまでも安全ではない。
しかも、あの優秀な補佐官の事だからきっとすぐにここも見つかってしまうだろう。
その前にどうにかここから、いや地獄からも脱出せねばならない。
ううん、と色々な人物を思い浮かべるが
この事態を打破できる人物は一人しかいない
私は携帯を開いて名前を見つけすぐに電話を掛けた。
プルルル……ガチャッ
「はーいもしもし?京子ちゃんが電話くれるなんて珍しいね〜僕に会いたくなっちゃった?」
ワンコールで出てくれるなんて
女たらしもこういう時は本当助かる。
「白澤さん手短かに言います、今すぐ助けに来てください!」
「えっ、何かあった?」
京子のただならぬ声色を感じ取ったのか、白澤も真剣に応える。
「悪い奴らに追われています、捕まったらもう終わりです。早く来てください!」
「分かった。今どこ?」
身を隠している場所を告げて、すぐ通話を切る。
白澤さんにしては真面目に取り合ってくれて助かった。
これで大丈夫。後は白澤さんが助けに来るのを待つだけ。
きっと彼の事だから神獣姿になってひとっ飛びで来てくれるはず。
もし見つかっても白澤さんに乗って逃げれば大丈夫
その後はどこか天国か現世にでもしばらく身を隠そう。
なんて今後の事を考えていると、勢いよく部屋の扉が開いた。
さすが白澤さん、もう来てくれたなんて!と思い机の下から出ようとした瞬間
机は木っ端微塵になり、他の並べてあった椅子まで巻き込んで吹っ飛んで私の周りには身を隠す物が何も無くなり更地になってしまった。
恐る恐る顔を上げると、そこには文字通り鬼の形相の補佐官様。
「何してるんですか?」
「か、かくれんぼ…?」
「質問を質問で返すな」
ヒュッ、と私の頭を金棒が掠めた。
すんでの所で避けたのはいいが金棒に気を取られていると、がっしりと両手首を掴まれてしまい身動きが取れなくなってしまった。
「避けるなんて生意気ですね」
「何回食らったと思ってるんですか」
ギリギリと鬼灯の手は京子の手首を握って締め付ける。
「てゆうか、何でここが分かったんですか」
「あのスケコマシもたまには役に立つ」
京子が必ず白澤に助けを求めるだろうと踏んでいた鬼灯は、極楽満月に先回りして白澤を捕まえて居場所を吐かせたのであった。
「あの偶蹄類つかえねー!今度会ったら目の前でビーフジャーキーくちゃくちゃしてやる」
「貴女の行動なんてお見通しなんですよ。」
鬼灯が京子の手首にこれでもかというぐらい強くロープを巻き付ける。
「いーやーだー!!!離してください!!」
「往生際の悪い」
「注射打たれるぐらいなら鬼インフルエンザになった方がいいですー!」
「去年かかって死ぬ死ぬ言ってたのは誰ですか」
毎年流行る鬼インフルエンザを防ぐべく、今日は外部から医者が来て獄卒は全員鬼インフルエンザの予防接種を受ける事になっていた。
「大体、何で鬼の注射ってあんな太いんですか!死ぬわ!あんなの刺されたらか弱い私は死んじゃいます!」
「か弱い女性はロープを引きちぎって医者を殴って逃走なんかしません」
朝から嫌だと暴れていた京子をロープで縛って連れて行ったのだが、部屋に入りいざ注射を打つ時になって逃げ出してしまった
部屋にまでは入らず外で待っていた鬼灯だったか、まさか医者を殴ってまで逃げ出すなんて思ってもみなかった。
「やーだー!鬼灯様の変態!!」
このロープも引き千切ってやろうかと京子は力を入れるが、鬼灯がどこかから頑丈なロープを持って来たのであろう、ビクともしなかった
手が駄目なら足だと、足をバタバタさせる。
「じっとしなさい!」
京子は鬼灯をじとっと睨むと口を開く。
「鬼灯様がちゅーしてくれたら大人しく言うこと聞きます!」
京子はこうなったらとことん抵抗してやる、という顔でフフンと笑ってみせた
キスなんて到底出来っこない
なんて高を括っていると、目前には鬼灯の整った顔
鼻と鼻が触れるぐらいに近い距離、睫毛が触れてしまうのではないかと思った
「えっ、ちょっ…」
待ってと言う言葉は鬼灯の唇によって塞がれる。
冷徹と呼ばれるにはふさわしくない、唇の柔らかい感触と温かさに、京子の思考回路は一気にぐるぐると回り目眩がした。
「んんっ、」
唇を離そうと、少し抵抗をみせるとあっさりと離れた。
しかし未だに熱と感触の残る唇に、京子は頬を赤くさせる。
「目ぐらい閉じたらどうです?」
京子とは裏腹にいつもと至って変わらぬ澄ました顔の鬼灯。
「いやっ、あのそういう問題じゃ、」
京子がアワアワとしている間に、鬼灯は手首と足首にぐるぐるロープを巻き付け
解けないのを確認すると京子を肩に担いだ。
「お姫様抱っこを希望します…」
「まだキスが足りないようで?」
鬼灯がそう言うと、キスの感触を思い出したのか京子が顔を赤くさせる。
「おや、顔が赤いですよ風邪ですか?その分も注射打ってもらいましょう」
「嫌だーっ!!!」
実はいつもより少し体温の高くなった鬼灯に気づかぬまま、京子の叫び声は閻魔殿に響くのであった。
END
…後日…
「白澤さんの裏切り者。燻製になれ」
「ごめんね、京子ちゃんが去年みたいに熱で苦しむ姿見たくなくて」
「白澤さんがまた付きっきりで看病してくれればいいんです」
「僕なんかキュンとしたよ京子ちゃん」
「きもい」
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