金魚と簪


「あの、京子様これ報告書です」


一人の男獄卒が執務室の京子の元へやって来る。


「ありがとうございます」


何気なく書類を受け取る。
いつもはそこで終わりなのだが、その獄卒はチラチラとこちらの様子を伺っているようだ。


「あの、何か?」


京子がそう言うと男獄卒は慌てて
何でもないです、と言うと少し肩を落として部屋を出て行った。

このやり取り、今ので何回目なんだろうか。
今日はすごく男性陣がソワソワしている気がする…


自分の顔に何か付いてるのかと思って手鏡を見るが特にいつもと変わらない平々凡々な顔だ


横にいる鬼灯様もいつもと変わらず淡々と仕事をこなしている。
万一、私の顔に何か付いてたら嫌味の一つや二つ出そうな物だが

うーんと悩んでも答えは出そうになかったので、京子は諦めてまた机の上の書類に目を戻した。


しばらくすると、鬼灯様がすくっと立ち上がる


「用事がありますので少し出てきます」

そう言うと鬼灯は部屋を後にした。


執務室には京子一人になり
だからと言ってサボる暇もなく黙々と仕事をしていると、シーンと静まり返った執務室のドアを誰かが勢い良く開けた。


「京子ちゃーん!!」

「白澤様うるさい」


勢い良く抱き着いて来ようとする白澤を避けるのはいつもの事。
しかし今日の白澤はそんな事ではめげずに京子の手をギュッと握ると顔を近づけて来た。


「白澤様近い、ウザいです」

きっと鬼灯様が居たら私共々、金棒でぶっ飛ばされてるんだろうな。


「ねぇ、京子ちゃん今日は何の日か知ってる?」

「白澤様、誕生日なんですか?お爺ちゃんおめでとうございます」


白澤様の年齢のロウソクなんて地獄中、いや現世までかき集めても足りないだろうなと思った。



「違うよ!もう、京子ちゃんって本当こういうイベントに疎いよね。今日は好きな人に想いを伝える日でしょ?」




そこまで言われて、やっと京子はカレンダーを見た。
あぁ、男性陣がソワソワしてたのはこれが原因か



「日本でバレンタインってただの製菓企業の策略ですよ?」

京子がそう言うと、白澤は笑顔で懐から紙袋を取り出し差し出してきた。


「中国では、女の子に贈り物をするんだよ?」


紙袋を受け取り、見てみると中から綺麗な簪が出てきた。


「わぁ、すごく綺麗…」

「京子ちゃんに似合うと思って」


簪に見惚れる京子の肩を白澤はグッと寄せる


「京子ちゃん大好き」

耳元で囁く白澤に、綺麗な簪との相乗効果もあってかキュンとときめいてしまった。

そんな京子の気持ちに気付いたのか、白澤が今日はキスぐらいできるかもしれないと思った瞬間
部屋のドアが蹴破られる。



「やっぱり来てたか偶蹄類」


「今京子ちゃんと良いムードなんだから邪魔すんなよ」


睨み合う鬼と神獣
部屋には一瞬にして険悪ムードが漂うが、それを打ち破るように鬼灯が手にしている生き物が大声で鳴き出した


「オギャアアアアアアア!!!」

「わっ、びっくりした!」


部屋中どころか閻魔殿中に響きそうなその声に金魚草の声は割と聞きなれている京子も流石にびっくりする。


「あぁ、そうでした」


鬼灯は気にする事なく、その金魚草を京子に差し出した。


「え、何ですか?」

「差し上げます。私が品種改良を重ね、鳴き声は地獄一ですよ」


半ば無理矢理に京子の手に金魚草を握らせる鬼灯。


「あ、ありがとうございます」

手の中の金魚草がジロリと京子に目を向けた。


「このスケコマシと同じ考えっていうのが気に食いませんがね」

そう言うと鬼灯はジロリと白澤を睨む。

「はぁ?僕の簪とお前の気味の悪い生き物を一緒にしないでもらえるかな
てゆうかお前がバレンタインにプレゼントとか似合わなさすぎ」



「あ、これそういう意味だったんですね」


そこまで聞いて、やっと京子はこれが鬼灯からのバレンタインのプレゼントだという事に気付いた。

用事があるって、わざわざこれを取りに行ってくれてたんだ…


「貴女の事ですから、ここまでしないと気づかないでしょう」




そう言うと鬼灯は京子の唇にちゅ、と軽くキスをした
思いがけず鬼灯にキスをされて鈍感な京子も顔を赤くさせる。

後ろで白澤のギャーという叫び声が聞こえた




「今のはチョコの代わりに貰っときます」

「僕が先にしようと思ってたのに!」

「ちんたらしてるから先を越されるんですよ。老化ですね」




ギャアギャアと争う二人を尻目にゆらゆらと揺れる金魚草と、簪を見比べて
火照った頭で、来年はチョコぐらい用意してもいいかなと思った京子だった。
それに応えるように手の中の金魚草がオギャアと鳴いた。


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