4 - Hane's perspective - ばちゃんばちゃんと、湯船を叩きながら私は今週あった出来事を思い出していた。 転校してきた日向凛。初日に話しかけてきて以来、彼は毎日私に絡んでくる。 別に嫌とかじゃなくて、彼と話してるのは普通に楽しいからいいんだけど……。 ああ……、でも私と一緒にいるときに他の女子生徒を口説きだすのはやめてほしい。 変な嫉妬とかじゃなくて、その逆。周りの人から勘違いされてなぜか気の毒な目で見られるのだ。「あのチャラい男の彼女かわいそう」みたいな目。私の勘違いかもしれないけど。 それに今日なんか、あの三日月さんに声かけるから本当にひやひやした。 三日月佳南さんは星蘭学校でも知らない人はいないといわれる有名人。 なんせ、すっごく美人で、定期考査でも順位はいつも一桁。 逆にそれで有名にならない方がおかしいけど、彼女は超のつくほど気が強いから、話しかける人はあんまりいない。 まあ、それも有名になった一つの原因でもあるけど。 そして私は地味というだけで彼女に嫌わてるらしいのだ。彼女と目が合うといつも針のように鋭い視線で睨まれる。 ……理不尽だ。 でも、そんなこんなで、凛が三日月さんに話しかけたときは、本当に焦った。 案の定、怒鳴られてたけど。……なぜか私も一緒に。 「はあ……」 別に好きで、伊達眼鏡とかしてないし、髪も手入れしてないわけじゃない。 数年前から伸ばしっぱなしの黒髪に触れる。 痛んでるなあ、髪。もうそろそろ毛先でも整えよう。 * 風呂から出て、お気に入りのパジャマに着替えて髪を乾かしていると、チャイムが鳴って私は飛び上がった。 「え? はーいっ!」 こんな時間に誰? と思いながら玄関の前に行く。外からは、最近聞いたばかりの声が私を呼ぶのが聞こえた。 「波音ちゃん! 俺、凛!」 「え? 凛?」 なんで凛がこんな時間に、と思いながらも一応チェーンをかけてドアを開けると、そこにはいつものようにニコニコと笑っている凛と、ぶすっとした表情の三日月さんが立っていた。 「み、三日月さん!?」 驚いた私はチェーンを外すと、ドアを大きく開けて二人を見た。 「な、なに!? どうしたの!?」 「いやあ、この子今日帰る家がないんだって。さすがに俺の家連れ込むわけにもいかないし。今日一日泊めてやってくれない。」 テンパってる私に凛が三日月さんの頭を撫でながら言う。 「泊めてって、え?」 「取りあえず、よろしくね!!」 凛は三日月さんを押し付けて私の家にぐいっと入れ込むと、すっと背中を向けて走り去っていった。 ……え、えぇ? ――何言い逃げしてるのよ!! 去って言った凛を憎々し気に睨んだ後、ため息を吐いて三日月さんに目を向ける。 俯いて、歯を食いしばっているらしく、顔をこっちに向けようとしない。 「……三日月さん? 取りあえず中入れば?」 腕を引くと、彼女はびくっと体を震わせて家の中に入ってきた。 よく見ると、服は破かれ、足は怪我している。 まるで襲われた後見たい……って、は! 「も、もしかしてそれ凛にやられたとかじゃないよね!?」 そうだったらあいつとんだ最低野郎だ。 確かに三日月さんは美人で手を出したくなる気持ちもわかるけども!! 私が拳を握り締めてると三日月さんが初めてこちらを向いた。 「ち、ちがうわよっ!!」 しゃべった……! そして相変わらず強気な態度。 「そ、そうなの。まあそれはいいんだけど……」 私が黙ると三日月さんも黙り込み、私の顔を見つめた。 沈黙が私たちを襲う。 なにこれ、すっごく気まずいんですけど……。 同じクラスとはいえ、元々三日月さんとはあんまり話さない。 ていうか、嫌われている。 どうして凛は私の家なんかに三日月さんを放り込んだのだろうか。 「……私今お風呂入ったばかりで、まだお湯流してないから入ったら?」 とりあえず、恰好をどうにかしてもらおうと風呂を進めると、彼女はこっちをじっと見てきた。その真っ黒な瞳に私は汗をだらだら流す。 ――何!? なんなの! 何か言ってよー!!! 私が心の中で悶絶している中、三日月さんは長い間そうしてると、やがてこくりと頷いた。 「…………ありがと」 「え、あ、うん!」 しどろもどろに相槌を打って、おどおどと浴槽まで案内する。使い方の説明をすると、三日月さんは素直にそこへ入って言った。 私はふらふらとリビングに戻り、今の状況を整理しようと試みる。 えっと、なぜか凛が服が破れた三日月さんを連れてきて。 泊めてっていわれて。 今、三日月さんはお風呂に入っている。 「て、展開が急すぎるよぉ」 痛む頭を抱えてごろごろと床に寝転がった。 とりあえず、凛が元凶なのはわかった。 でも三日月さんあんな状態だし、ここまで来たら泊めるしかないよね……。 でも、泊めるんなら寝る場所とか用意しなくちゃいけないのかな? そういえば三日月さん着替えも持ってないみたいだったし。 自分の部屋から、なるべく新しめのルームウェアと新品の下着をだして、風呂場に持って行った。 「三日月さん、着替えここに置いとくね」 「…………うん」 返事があったことに安堵して、リビングのソファで彼女が上がるのを待つ。 来週の課題を終わらせようと思って机にプリントや参考書をぶちまけていると、ブルーのふわふわとしたルームウェアに身を包んだ三日月さんが現れた。 私の様子を見て眉を顰める。 「あんた、もうこんなのやってんの?」 「え、あ、うん。早めに終わらせようと思って」 「……ふーん。やっぱりがり勉ちゃんは違うわね」 皮肉めいた言葉にはははと苦笑いをする。 気が強いのは健在のようだ。 三日月さんはそのまま私の向かい側に座ると私の様子をじっと見つめた。 最初は気まずかったのだが、勉強に集中していると、だんだん気にならなくなっていった。 |